014 殴り合い上等なチーム
インターハイ県予選 初日から2日後の月曜日。
この日は練習前に週末の3-4回戦に向けて簡単なミーティングをするそうだ。
「先週の土曜はよく戦った。私達の戦い方は通用する。その自信がみんなもついたと思う」
「ハイッ!」
「とはいえ、次からはこうはいかないだろう。他校も私達のことを知った。今のご時世だ。今頃どこかのSNSサイトには優莉の強烈なスパイクの動画が上がっているはずだ。何らかの対策、最低限心構えはしてくるだろう。前回は圧勝できたが、それは奇襲によるものだ。次の土曜日こそ、私達の真価が問われる戦いとなる。いいな」
「ハイッ!」
「それと優莉は……家でも学校でも女性だらけで日本の男性について接し方をよくわからないようだ。恵理子、陽菜。主将として姉としてそっち方面も面倒を見てくれ。私も顧問として教師として配慮する」
「ハイッ!」(え~~~……)
本音で言えば中身は生粋の日本人だからよく知っているのだが、佐伯先生から見れば『昨年の9月に初めて日本に来て、今年の3月まで基本的に3人の姉と暮らし、4月からは女子校に通う、日本の男性慣れしていない少女』なわけで、しかも一昨日の土曜日にやらかしている以上、強く言えない……
「さて、今度の土曜日に2回勝てばインターハイ県予選のBブロック代表となれるわけだ。次戦の鶴留高校は油断していい相手ではないが、この前の蔵上高校、菊星高校のように戦えば勝てる。問題は次々戦の相手であろう玉木商業高校だ。こことは相性が悪い」
「監督。質問です。相性とはどういうことでしょうか?私達の戦い方は驚異的な高さと力を誇る優莉と玲子を主軸にして相手の戦略ごと叩き潰す戦い方のはずです。相性は関係ないと思います」
エリ先輩が俺も思っていた質問をしてくれた。
「いい質問だ。ではもう一度おさらいしよう。まず、私達の戦い方は『驚異的な高さと力を誇る優莉と玲子を主軸にして相手の戦略ごと叩き潰す戦い方』だ。それは間違いない。
では、これはどのような相手に有効か。それは蔵上高校のように堅守で攻撃力がさほど高くないことが望ましい。優莉のスパイクはブロックの上から攻撃できる。だからブロックが意味をなさない。
そしてスパイクは球速も速く、レシーブも容易でない。そのため相手の特色である『堅守』を無意味なものに出来る。だが、相手の守備を無効化するスパイクも、そこにつながるトス、さらに言ってしまえばその前提となる最初のレシーブが良くなければならないが、私達のチームは守備に難がある。だからレシーブを潰されるとどうしようもない。
それでも、私達の場合はトスを高めにあげてしまえば何とかなる、という時点で他のチームよりはレシーブに求められる精度は低いという特徴はあるけどね」
レシーブが乱れるとまずいのはバレーボールの共通認識だろう。一般論としてセッターがどう攻めるか戦略を決めてるのだが、それにはレシーブがAパスでセッターに返ってくるのが前提だ。乱れたパスではセッターの戦略通りにならないことが多い。
ここが他チームとの違いであるのだが、俺達の場合は基本的にレフト(俺と玲子)にオープントスをあげればOK、レフトじゃなくてもとりあえずアタックラインよりネット側にオープントスが出来れば俺か玲子が強引にスパイクに変換して相手にボールを返す、というチームだ。
普通ならこんな戦略もへったくれもない単純攻撃は有効打にならないが、前述のように戦略を破壊できるスパイクなのでこれで十分戦える。つくづく女子バレーを根本から否定するチームである。
「さて、私達と相性のいいチームの特徴は復習できた。となると、これの逆のチーム、具体的には『守備はおざなりでも攻撃力の高いチーム』が私達と相性の悪いチームとなる。一昨日の菊星高校戦を思い出してほしい。私達はどんな場面で失点した?最初のレシーブを崩され、攻撃までつなげられずに相手のコートへボールを返せなかった場面だっただろう?」
……いや、一番多かった失点はサーブがネットを超えなかったり、スパイクがラインを超えてしまったりといった自爆系だったような気がするが、ここは茶々を入れない方がいいだろう。
「監督。そうは言っても菊星高校とは第1セットは25-10、第2セットは25-9で圧勝しています。バレーボールは失敗ありきのスポーツです。よほどの実力差がない限り1試合中1度のレシーブミスもなく試合をするのは不可能です。それに実戦でわかりましたが、私達は決して守備力が低いチームではありません」
「守備力に関しては私も同感です。優莉と玲子の二人はレシーブに関して練習が必要ですが、高さと力がある。ブロック要員としては非常に優秀です。この前の試合でも二人は何度もスパイクをブロックして見せましたし、ネット際の押し合いでも勝ってました。後衛に下がればリベロと変わるので、苦手とするレシーブをする機会は自身がサーブを打った後のラリーか、相手からのサーブを受ける時の2パターンのみで限定されています。私を守備の穴と言われるのであれば否定しませんが……」
佐伯先生の考えにまずエリ先輩が反論し、それに唯先輩が同意する。
「いや、失点が悪いと言ってるんじゃないんだ。勘違いしないで欲しいが、私達の強さは相手より先に25点取れる攻撃力にあって、ミスがないわけでも堅守というわけでもない。もし仮に私達と同じよう多少の失点には目をつぶってでも高い攻撃力で先に25点取りに行く、という相手がいたとしたら、それが私達にとって相性の悪いチームだ。」
「それが玉木商業なんですか?その、点取り合戦で玲子ならともかく優莉に勝てるスパイカーはいないと思うんですけど……」
「なにも高さと力だけがバレーボールで点を取る方法じゃない。というか1年生はともかく、3年生も知らないのか?」
「玉木商業が強い、というのは知っていますが、どうして強いか、というのは……」
エリ先輩が申し訳なさそうに言う。
「では玉木商業がなぜ強いか、だが、その前にall-rounder6って知っているか?」
「確か、全日本女子バレーで鍋島監督が編み出した新戦術ですよね?」
「そうだ。どのような戦術か詳細は割愛するが、平たく言うと守備力を下げてでもスパイカーの数を増やして攻撃力をあげる戦術だ。玉木商業はこれをより攻撃的にした戦術をずっととっている。なんせ私が高校生だった頃、つまり6~8年前からやっている。もっと言えば、その頃ですらその超攻撃型スタイルは玉木商業の伝統芸と言われていたから、多分10年以上攻撃に偏ったスタイルでチーム作りをしていることになるな」
「いったいどんな戦い方なんですか?」
「それを今から見せるのさ」
そういうと佐伯先生は大きなタブレット端末を取り出した。今の時代は便利だなと言いながらとある高校バレーの動画を見せてくれた。投稿日付は先週の土曜日。今年の動画か。
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「監督、玉木商業側のユニフォームですが、全員同じ色です」
試合開始前のあいさつの時点でまず玲子がその不思議に気が付いた。
「そりゃそうだ。玉木商業はリベロを使わない。リベロはスパイクできないからな」
は?リベロを削ってまでスパイカーの数揃えるの?スパイク打てるのって結局一人だけなんですよ?
all-rounder6も真っ青な前のめり戦術だ
そして試合の様子……
なんだこれ?
こいつらプレイヤーポジションって概念がないの?
現代の分業化されたバレーを全否定だ。
誰でも当たり前のようにトスをあげて当たり前のようにスパイクを打ってる……
基本的に後衛の奴がセッター役になっているが、必ずしもそういうわけではない。前衛がセッターとなってトスをあげる時もあるが……
いや、これ本当にプレイヤーポジションの概念どうなってんの?(2回目)
高さは確かにない。レギュラー陣では一番背の高い奴でも170cmあるかどうか。でも攻撃方法が千差万別。いや、花があるから百花繚乱というべきか?
クイック、ブロード、時間差攻撃はもちろん、スプレッド攻撃をはじめとしたコンビネーション攻撃まで使いこなしている。
何をどうすれば高校生でここまでできるようになるんだ?
正直、一個一個の完成度は決して高いとは言えない。でも、多彩な攻撃方法で相手ブロックを翻弄して無効化している。
あぁ。ブロックの無効化って意味だと俺達と同じだな。
連係ミスだってないとは言わない。現に速攻を仕掛けようとしたらトスミス、というのも見られる。
でも気にした様子はない。そうか、この玉木商業も『10点20点の失点は上等。先に25点取って勝つバレー』をやってるのか。
!!!
って!今のって漫画の技でしょうに!
「監督、さっきの一斉にスパイカーが駆け出したあれは何ですか?」
「5人速攻攻撃だ。バレーの常識だと前衛3人、後衛1人の計4枚のスパイカーでブロックをかく乱する4人速攻攻撃が限界のはずなんだが……」
「あの、これ、バックアタック要員2人いますよね?」
「そうだ。玉木商業はリベロを使わないからな。その分かく乱要因のバックアタッカーを1枚増やせる。だから計5枚のスパイカーでかく乱してくる。さて問題だ。5人のスパイカーがいたら誰をマークしてブロックする?」
「……勘でひとりをマーク、ですかね?」
「そうだな。予測でブロックを飛ぶことをコミットブロックというが、外れた時のリスクが大きくて今の主流ではない。だが、スパイカー5人とトスの両方に注意しつつ、トスが上がったらリードブロックする、というのは難しいだろうな。だから流行からは外れるが、コミットブロック狙いもありだと思う。特に優莉と玲子は強打をちゃんとレシーブ出来るような練習はさせてないこともあって飛ばずにレシーブ要員に回しても期待できないから、なおのことありだな」
うげ……あの大量に飛んでくるスパイカーの中から勘でどれが当たりか見当つけてブロックしろと?俺、この間のバスケ部とのバスケの試合でもフェイントにガンガン引っかかったくらい単純なんですよ?
「あるいは、トスではなく個人を見るのも良いかもしれんな。今年の玉木商業は彼女を中心に動いている」
佐伯先生が動画を止めて指をさしたのは一人のイケメン……
いや、本当にイケメンなんですって。なんというか歌劇団の男役?みたいな。
目鼻顔立ちがキリッとしててかっこいい。
背丈はネットとの高さから察するにエリ先輩と同じくらい。
「市川 真貴子 3年生でゲームキャプテン。ポジションは登録上セッターだけど、アタックもブロックもレシーブもする相手の大黒柱だ」
いやいや、この人ポジションはセッターじゃなくてオールラウンダーです、って言った方がしっくりくる。
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玉木商業の動画を見せてもらった感想はヤバい。確かにあれは先に25点取られるかもしれない。
「今日も入れてあと6日でいきなりバレーボールはうまくなったりしない。玉木商業は確かに強いだろう。だが、相手もこちらを見れば『松女は強い』と思うはずだ。
今日動画を見せたのは本番当日に焦らず慌てず戦うためだ。今できることを一歩一歩確実にこなしていく。結局はこれが勝利への近道だ」
佐伯先生はいいことを言う。
そういえば玉木商業の今年の動画はSNS上にあったけど、俺達の動画ってあがってるの?
「……あがってるよ。あまり優莉には見せたくないが…………」
「?どうしてですか?」
「『松原女子高校』『バレー部』で検索すると、まずヒットするのは優莉が男子高校生をビンタしている奴だ。
…そのビンタの原因が優莉への痴漢行為だったから学校として動画の削除は依頼しているが、一度ネットにあがったものだから削除しきれないだろうな」
佐伯先生は苦虫をかみ潰したよう顔でそう言った。
俺個人としては変に加工されないのであれば事実を映した動画なんて流出しても構わない。俺がビンタして相手を失神させたのは事実だし。
陽菜もそうだけど、あの程度で痴漢とか男に対して厳しくないですかね?過剰反応だと思うんですよ。
って言ったら陽菜にかつてないほど怒られた。他の1年生にも怒られた。なんとあの温厚な3年生にもめちゃめちゃ怒られた。
優莉は被害者なのにビンタだけを見ると加害者だと誤解される、きちんと抗議しないとドンドンエスカレートするから初動が大切なんだ等々。ついでに俺にはもっと鏡を見ろと強く言われた。
なお、あのビンタ事件の動画削除依頼だが、松原女子高校サイド、相手校サイド、さらには大会組織委員会サイドからも出されたことでネット上からは表面上、月曜日の夜には消えていた。
だから俺達は知らなかった。この時の動画削除騒動で俺達の試合を撮影した動画すらネット上から削除されていたことを。
all-rounder6の元ネタは現実世界のhyb○id6です。
というか元々h○brid6としたかったのですが、この手の固有名詞をつかうと
運営ににらまれると聞いていますのでall-rounder6としました。