042 決着
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット 終盤
姫咲高校 女子バレーボール部 主将
長谷川 茉理 視点
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「さ、こーい!」
チームを、なにより自分を鼓舞するために声を上げる。
試合は15-16で1点負け、しかもあと1点取られたら負け状態で相手のサーブ。そのサーブを打つのは世界最強のサーバーとまさに崖っぷち。
本当はこうなる前に決着をつけるべきだった。どうしてこうなったのか。どこでケチがついたのか。
思い起こせば、間違いない。第5セットの最初からだ。
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今にして思えば、松女の大河はサーブがおかしいだけの素人だった。第5セットからの出場で、ボールに触る機会がほとんどなかったから見破れなかった。そして唯一の長所であるサーブがおかしいことに気が付くのも遅れた。例えばピンチサーバーで出てきたのならサーブを警戒していた。でも大河のサーブは5番手。これで警戒しろって無理。
インチキ臭いネットインサーブで暴れるだけ暴れて、去り際もやりたい放題だった。
あの時の正美のスパイクは見事だった。あそこで腕の間を狙う?無理だって!っていうところついた最高の一撃。それを位置取りも知らないあの素人は、位置取りを知らないからこその棒立ちでボールをレシーブ……じゃないわね。体当たり……かしら?とにかく身体を張ってボールを受け止めた。
本当に受け止めただけでボールはそのままコートへ落ちていく。突然のことで松女も姫咲も固まる中、1人だけボールのフォローに動いていた。
「優莉!」
松原女子の小さなリベロがレフトに高くボールを上げた。地味にいいプレイだった。わざと高く上げることで突然の顔面レシーブで硬直してしまったところに体勢を立て直せる時間を稼ぐために高くボールを上げ、さらにわざとネットから少し離した位置。
あれは不味い。
立花優莉は後ろからのトスを苦としない。おまけに上がった位置も良い。案の定、突然の顔面レシーブで硬直していた立花優莉も正気に戻り、助走に移る。不味い。非常に不味い。
「来るよ!拾うよ!」
あんなにもわかりやすく助走しているのだからどうせ触れないブロッカーは配置しない。6人全員レシーバーで待ち構える。が、なんとかボールに触れるのが精いっぱい。本当にオープン攻撃が必殺攻撃とか止めて欲しい。
13-13
あれだけリードがあったのに、ついに追い付かれてしまった。
ここで主審がタイムを宣告。あそこまで見事な顔面レシーブならそうなるだろうとは思ったけど、やっぱり大河は鼻血を出し、それも止まらない様子。負傷退場で選手交代。代りに出てきたのは160cmくらいの小さな子だった。
うん。松女の選手だからサーブは強めだけど、だから何?って程度のサーブが飛んできた。これをきれいに知佳に返して速攻を仕掛けて久々に点を取れた。
14-13
続くこちらのサーブ。サーバーは私。
ボールは良いところに飛んで行ったが、村井に拾われる。きれいにセッターに返ったわけじゃないけど、代理セッターは立花優莉にオープントス。
いや、お前。そこは5セット目の最初みたいに他の奴使えよ。取れないでしょ!何とか触ったけど、触るのが精いっぱいで相手コートにボールは返せなかった。
14-14
またも同点。
ここがターニングポイント。
松女のサーブ。6人目のサーバー。ついにこれで相手はサーブが1ローテ周ることになる。つまりもう一度サーブ権を渡すと立花優莉のサーブになってしまう。それは不味い。だからここで1本で相手サーブを切って、そののちこちらが連続得点で一気に勝負を決める。決めないと不味い。
ここまでの1~4セットで分かっていることだけど、松女のサーブ6番手だけあってまあ別に大したことのないサーバーだった。高い背丈からのジャンプサーブはそれなりだけど、同じチームにもっとえぐいのがいるから相対的に安心できる。着実にレシーブして、速攻を決めた。
15-14
さぁ。ここよ。
「日和ってはダメ。強気のサーブ。入れてくだけじゃ意味がない」
我ながら無茶をチームメイトに言う。勝てば春高、負ければそれまでの大一番の終盤。サーブミスをすると最悪の相手サーバーにボールが渡る。逆にサービスエースになると春高出場。天国と地獄の境界線で安全に入れてけ、じゃなくて強打をするのは精神的にキツイ。
しかしここで妥協して『入れていく』サーブを打とうものなら間違いなく立花優莉に必殺の一撃を打たれることになる。それをわかっていて、力強いサーブを打ってくれた。
けれどもコースが悪い。
相手リベロのほぼ正面。案の定、普通に拾われる。Aパスでセッターへ誰を使う?まあきっとエースに――
・
・
・
は???????
はぁあああああ?????
ここでツーアタック????
その可能性を排除していたためにボールは無情にも私達のコートに落ちた。
いやいや。何考えてんの?11番?
まともにスパイクを打てばオープン攻撃でも高確率で点が取れる立花優莉が前衛にいて、わざわざ助走態勢になっていたのにツーアタック???
今のは決められたけど、こっちが拾い、さらにスパイクまで持っていけていたら姫咲の勝ちになるのにツーアタック???
11番の大胆とも無謀とも言える戦法に驚いた。
なんつう強心臓。
6番がセッターだったら絶対にこんなことはしていない。手堅くレフトから攻撃。それが定石。それで堅実に点を重ねられる可能性が高い。そんな中、唯一無二の必殺攻撃じゃなくてわざわざ得点確率の低い言っちゃ悪いけど凡庸なツーアタックなんて博打攻撃を仕掛ける意味は?
答えは精神攻撃。
立花優莉の一撃ならそうではなかった。あれは私達じゃなくて世界最高峰の選手を集めたってボールをとれない可能性が高い。だから失点しても仕方ないと割り切れる。一方、さっきのツーアタックは警戒していれば防げた。喉から手が出るほど欲しい追加点に手が伸びたかもしれない。そう考えると後悔が出てくる。しかもこれで15-15の同点で次は立花優莉のサーブ。
同じ1点でも精神的なキツさが違う。
自然と顔が下を向いてしまう。
緊張の糸が切れるとここまで5セット分、なんなら午前中の試合分も合わせて疲れが一気に押し寄せてくる。
笛が鳴る。姫咲のタイムアウトだ。
周りは見てないけど多分全員、少なくとも私はうつむきながらベンチへ向かう。
パンッ!!
目の前で大きな音が響く。
「はい。切り替える。振り返ってもボールは元に戻りません。それより次です。これはチャンスです」
顔を上げれば赤井監督がチャンスだと言い切った。先ほどの音は私達が集まると目の前で手を打った音だろう。
「次のサーブで相手エースが後衛に下がりました。つまり対処の難しい相手エースのスパイクは打たれないということです。そして立花優莉のサーブは今日何本も拾っています。少なくとも彼女のスパイクよりは対処できるということです。ここを1本で切ってしまえば後はこちらの攻撃の番です。絶対に拾えます。まずはサーブ。きっちり拾いましょう」
自信満々に言い切った。
もちろん虚勢も入っているけど一部は真実だ。本当にここさえ――4番のサーブさえ――凌いでしまえばぐっと勝率は上がる。
「それと、一ヶ月前の世界選手権の決勝戦を思い出してください。相手サーバーは世界一をかけて戦ったこともある選手です。たかが日本の高校生の大会の、しかも地方予選です。緊張することなくサーブを打ってくるはずです。緊張による相手のミスに期待しないように」
それもそうね。私達からすればそりゃ全国に行けるかどうかって大一番だけど、彼女は世界一をかけて戦った選手。この程度の大会で緊張なんてするはずもない。
ならば主将としてやることは……
「みんな聞いた?監督の言う通り、日本のエース様のサーブさえ何とかすれば勝てる。サーブは今日何本も拾っている。まだいけるよ!」
今日、確かに何本も拾っている。その裏でそれ以上拾えてなかったりするけどそれは言わない。
自己暗示をかける。
あのサーブは拾える。絶対に拾える。私は主将。情けない姿を見せるわけにはいかない。
「そうですね。あの4mからのスパイクと比べれば余裕ですよね」
「サーブの速度なら反応できるし、イケるイケる」
強気の姿勢が伝番したのか、チームメイトからも前向きな言葉が出てくる。
ここが正念場。まだ――
「まだ勝負はついていません。むしろここからです。さぁ、勝って東京に行きましょう!」
「「「「はい!」」」」
監督の檄に応える。丁度タイムアウト終了を告げる笛が鳴る。強めに自分のほほを叩く。諦めちゃダメだ。自分に言い聞かせる。
「ここ一本で切るわよ。レシーブしっかり。フォローも忘れない。いいね!」
チームメイトのほうは見ずにチームメイトに声をかける。
視線の先は相手サーバー。
何度も見慣れている。
スパイクサーブを打つ時には彼女はエンドラインからコート外へ五歩進んでからコートを向きなおす。
いつも通り。
笛が鳴る。
サーブトスはほぼ無回転で上げつつ、一、二歩で加速。三歩目でジャンプしサーブを打つ。
打った瞬間からものすごい勢い、少なくとも女子の世界じゃ絶対にありえない速さでボールが飛んでくる。
ボールが飛んでくるところは――私から少し離れたところ。
素早く移動し、ボールを捉える。感触は悪くない。
「ナイスレシーブ!!」
「知佳知佳!ライト!!」
声が飛ぶ。私のレシーブは割とうまくいった。きれいにセッターに返ったとギリギリ言えなくもないところ。
そのままこちらの攻撃。
知佳もここは正美だと判断したのだろう。ライトからの速攻。対する松原女子はブロック2枚を張り付けてきた。ストレート方向をガッツリ塞がれていたのでクロス方向へスパイクを放つ。絶妙に人がないところを狙ったと思ったが、そこへ4番が飛びついてボールを拾ってきた。
……レシーブ技術はともかくあの反応速度と俊敏性にものをいわせる守備範囲は本当に厄介。
拾われたボールはしかしセッターから大きくそれた。所謂Cパスって奴。これが相手エースならここからでも大ピンチなんだけど、いま彼女は後衛。
「レフト!」
「玲子先輩!」
ここでレフトからのオープン攻撃。3番も普通に凄い選手なんだけど、あくまで常識の範囲内。常識外の4番と比べれば対処のしようがある。相手のオープントスを確認し、こちらも守備態勢を整える。ストレート方向を塞ぎ、クロス、インナー方向に選手を配置。フェイントにも備える。
さぁ来なさい。拾ってもう一度……
え?????
は?
ちょっと!!!
相手3番の打ったスパイクはブロックをすり抜けてこちらのコートへ突き刺さったのだ!
こちらのブロッカーは唖然としている。
こ、こいつ……
私達にとって最悪のタイミングで正美の技を学習しやがった!!
ちょっと前に正美がやって見せたブロッカーの両腕の間を抜くスパイク。
これ自体は別にあり得ない技ではない。
『バンザイブロックはダメ』という言葉がバレーボールにはある。これは考えなしに両腕を上げただけのブロックではボールが腕の間を通り抜けるからダメだ、という意味でバレーボールでは常識となっている。これを逆手にとってこの試合では3番相手に1~2セット目にはブロック時に両腕をわざと少し広めに上げることでブロッカーの腕の間を通り抜けさせて、スパイクコースを誘導するという手すら使った。
その通り抜けた先にリベロを配置することで一見まんまとブロックを抜けたと相手に思わせたところでボールを拾うという戦略である。
だけど今のは違う。
今のは両腕の間を通り抜けさせるつもりはなかった。こちらのブロッカーもそう思っていた。けれどもそこをそれこそさっき正美がやって見せたように強打の威力はそのまま、普通の人間ならそこは通れないと判断するような空間に対し、針の穴を通すような正確なボールコントロールで強引に突破して見せたのだ。
「ッシャ!」
珍しく3番が声を上げて喜んでいる。相手コートは3番の背中を叩くなど手荒く喜びを表している。
15-16
ついに逆転された。
おまけに相手のサーバーはおそらく世界最強のサーブ使い。
観客も松原女子の贔屓が多いので体育館全体からその勝利を願っているのが伝わる。
敗戦の雰囲気にのまれそうになる。
パンッ!
私は気合を入れるために両手でほほを叩く。
「はいはい!今のは仕方ない。相手が凄かった!切り替え切り替え!まだ終わってないよ!次の1本、切ってこう!」
声を張り上げる。下を向くのは本当に負けてからでいい。
「うん。4番のスパイクはどうしようもないけど、サーブなら取れるよね」
「あと1回、さっきのレシーブをすればいい。次こそ1本で切ろう!」
私の檄にチームメイトが次々と応える。
うん。こいつらは普段は生意気な後輩達だけど、ことバレーボールにおいては頼りになる。
「さ、こーい!」
チームを、なにより自分を鼓舞するために声を上げる。
試合は15-16で1点負け、しかもあと1点取られたら負け状態で相手のサーブ。そのサーブを打つのは世界最強のサーバーとまさに崖っぷち。
本当はこうなる前に決着をつけるべきだった。どうしてこうなったのか。どこでケチがついたのか。
思い起こせば、間違いない。第5セットの最初からだ。
少し前のプレイばかり思い返しても仕方ない。そもそもゲームは繋がっている。こうなる前、第4セットまでに勝負を決めていればこうではなかった。
『後』から『悔』いるまえに今を……
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・
・
・
・
いや、ちょっと待ってよ。何やってんの?
あなたのサーブはエンドラインから5歩下がったところから始まるんでしょ?
なんで9歩も距離をとってるのさ?
肉眼で初めて見る、けれどもモニター越しでは何度も見た光景。
いやいやいや
何やってるの?私達は普通の高校生だって!
ま、まさか高校生相手にアレはやらないわよね?
笛が鳴る。
さっきまでよりは一段と高いサーブトス。おまけにそのボールは先ほどまではほぼ無回転のトスを上げていたのに今はゆるく縦回転をつけたトス。
マジかよ!ふざけんなよ!
いままでより高く飛ぶ。身体もまるで弓のように大きくそらし――
バンッ!
今までより大きな、ボールを叩く轟音。そして球速がおかしい。おかしい球速のままこちらのコートへぶっ飛んでくる!
なんじゃこりゃ!
ふざけるなよ!マジでふざけんなよ!
おかしい球速のままこちらのコートへ、あれでもこの速度でこの高度ならラインオーバーに……
と思ったら、いきなりぎゅるんと鋭角にボールが落ちた。そしてボールは私達のコート内に落ちた。
知ってた。
まあ一般的な話をするなら縦回転かけたサーブはドライブサーブって言われて急に落ちるサーブだし、このサーブが魔球サーブって世界選手権で言われた凄いサーブってのは知ってるよ。
ピーッ!
笛が鳴る。ゲームセットの笛だ。
あまりの豪速球に驚き、一時期停止してた時間も動き出す。
でもさ、これ、間近で見ると私の知ってるドライブサーブじゃない。私の知っているドライブサーブはこんな変態的な角度でボールが落ちたりしない。
ふざけるなよ。ここは地球なんだぞ。物理法則は仕事しろって……
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視点変更
春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット終了後
立花 優莉 視点
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「礼!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
姫咲との決勝戦も試合終了後の礼まで終わった。
こっちのコートでは未だにはしゃいでいる子が多いし、あっちのコートではうつむいたり涙目になっている子がいる。
はぁ……
それにしても今日は女の子の日じゃないけど未だにお腹が痛い……
最後の姫咲のコートから発せられる気迫はとても凄かった。コート内の全員が私が絶対取ってやる!って気炎を上げていた。
もうね、プレッシャーが凄いの。
思わずお腹がぎゅっとなる感じ。
だから拾われると思ったから一か八かの――
「優莉ちゃん!」
姫咲のベンチに向かうところ――高校バレーボールでは試合後に相手監督からお言葉をいただくのが基本である――に知佳ちゃんから声をかけられた。近くには正美ちゃんもいる。
「最後まいったよ。何で最後だけ魔球サーブを使ったの?」
これは正美ちゃん。まあ最後だけサーブを変えたからなあ。魔球サーブっていうのは俺の一か八かサーブのことだ。バレーボールのサーブだとイメージが付きにくいと思うから、身近な例で例えるとコントロールをつけつつ、ボールを全力で投げるのは難しいのと同じで狙ったところに最速のサーブを打つのは難しい。ラインアウトなんかのミスでも相手の得点となってしまうバレーボールのルールを考えれば、ある程度は力加減をしてコントロールを重視するのがバレーボールの基本である。それこそ、威力を捨てて『入れていくサーブ』なんてのもあるくらいだ。
が、そこであえてコントロールを度外視して威力しか考えない頭の悪いサーブが世間一般で言われている魔球サーブの正体である。しかし――
「あれね。いや、もう最後の最後で姫咲のコートにびっくりしちゃって。だって全員『私のところに来い!絶対取ってやる!』って気迫がひしひしと伝わるんだもん。こりゃ中途半端なサーブじゃあ、取られて普通に返されちゃうな、って思ったから一か八かの賭けに出たの」
しかし、たとえコントロールをさだめたサーブを打っても相手に拾われてスパイクで返されて失点、ではお行儀よくサーブを打つ意味がない。
最後のあの時、普通に打っていたら拾われて失点すると思ったから俺はあえての賭けに出た。それが成功しただけである。
「……優莉ちゃんって日本代表選手だよね?世界一にもなったんだよね?なのに姫咲にびっくりしたの?」
「そうだよ。強くて怖くてびっくりした。普通に打ったら拾われて負けると思ったからやけっぱちになったらうまくいっちゃった」
まあほんとにそうだ。一か八かサーブは練習でも成功率は8割程度。試合というプレッシャーの中ではそれよりいくらかは落ちるだろう。
んなサーブを使わなくても大抵の相手には通常のスパイクサーブでサービスエースをとれるんだが、今回は最後の最後で日和ったわけだ。
「世界一にもなった優莉ちゃんがびっくりしたって、私達、そんなに強かった?」
「そりゃもちろん。鬼強かったよ」
ノータイムで即答した。実際負けるかと思ったし。
「……そっかぁ。負けちゃったけど、優莉ちゃん達を追い詰められたのか……」
「うん。多分勝敗は紙一重のところで決まったと思うよ」
「そっか。そっかぁあ。負けてめっちゃ悔しいけど、いいところまでいったんだ、私達……」
「うん。強かったよ」
2人とも負けて悔しいのだろう。目元は真っ赤だがそれでも笑顔で語ってくれ――
「あ、優莉ちゃん。何かの雑誌かニュースのインタビューで見たんだけど優莉ちゃんってバレーボールでプロになる気はないんでしょ?」
「?ないよ」
「来年もさ、春高まではやらないかもなんでしょ?」
「そりゃ来年の今頃は受験勉強の真っ最中だろうからね」
「だったらさぁ」
――次の夏は絶対に負けないから――
2人にそう宣戦布告されてしまった。
言われた瞬間、ひゅんってなった。……まあ今の俺にひゅんってなるものがないけど。
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視点変更
春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット終了後
第三者視点
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「勝ち逃げされてもうたな」
「勝ち逃げされましたね」
金豊山学園高校のバレー部の大友と沼田は奇しくも試合終了と同時に同じセリフが口から出てきた。約3ヶ月前の夏のインターハイで金豊山学園は姫咲に敗れた。
その後の国体で姫咲を中心としたチームに勝ちはしたが国体は特性上、県選抜にする都道府県もあり、実際あの時のチームは純粋な姫咲ではなかった。
インターハイで敗れたのは姫咲であって国体で勝ったのは姫咲ではない。
そもそも国体の時にはこちらのびっくりどっきりがあった。
本来、全国区レベルの強豪の試合とはお互いにお互いの力量を十分に理解し、そのうえで知恵を絞り、時に奇策に頼り、時に実力で正面突破するのものだと2人は考えている。だからこそ、珍策に頼らず純粋な姫咲に春高という大一番で逆襲したかった。
「それにしても姫咲さんの松原女子対策は見事なもんやなあ。博、松原女子の3番の決定率はなんぼやった?1割くらいやったと思うんやけど?」
「いい線ついてますね。47本打って5本決めていますから約13%。監督の言う通りです」
「えっぐ」
思わず言葉が漏れてしまう。スパイク決定率は自分達だけでなく相手チームの実力も関係するため、絶対的な評価はしにくいがそれでも全国区レベルのチーム同士の勝負でエース格という条件を付けるなら3割を超えれば優秀、といえる。そして松原女子の村井は全国区レベルのエースであり、そんじょそこらの全国区レベルのチームならこの3割を超える決定率を叩き出してもおかしくない選手である。それを決定率13%まで抑えたのは姫咲の戦術が見事であったと言わざるを得ない。
「んで、優莉ちゃんなんやけどな、ワイの記憶違いであって欲しいんやけど、6番がセッターの時で二段トスやのうて、オープンでもちゃんとトスが上がった時の、前衛で攻撃した時のスパイクは決定率は100%やったか?」
「はい。そこまで条件を付けられると1本も外さず全て決めています」
「うっそやろ……」
冗談ではない。オープン攻撃であってもキチンと助走出来た場合のスパイク決定率が100%など頭の悪いフィクション作品でもまずない決定率である。
「……まあ、姫咲さんのおかげで松原女子との戦い方にめどがついたわ。仇は金豊山がきっちり春高で取ったるか」
事実、ここまで全国レベルとの強豪との試合がなかった松原女子についてその秘匿性を姫咲がいくつもあらわにしてくれた。
今年の松原女子と戦うには一にも二にも攻撃力である。
立花陽菜-優莉の姉妹ホットラインがつながってしまえば今年の姫咲の守備力をもってしても守れないのだからこれは諦める。守備力は松原女子のサーブをレシーブ出来るくらいでいい。
その代わりに全ローテで松原女子相手に得点が重ねられるような超攻撃力を持って殴り合いで勝利を目指すしかない。
狙い時は立花優莉が後衛で前衛からの決定率100%スパイクが打たれないローテ時。ここでどれだけ連続得点を重ねられるか、これが勝負の分かれ目である。
反対に立花優莉が前衛の時は、彼女にスパイクを打たれたらお終いなので、サービスエースを取れなかったら失点するものと考える。失点によりサーブ権を相手に渡した際には、反対に相手サーブを1本で切る、くらいの攻撃力が必要である。
初見殺しの14番のサーブもネタがわかれば対処のしようが出てくる。
「松原女子さんとやるなら全ローテで攻撃力が必要やな。全国でもそれができそうなところは金豊山除くと龍閃山さんとあとは――さん位やろか?」
「そうですね」
春高 県最終予選 女子決勝戦
松原女子高校 VS 姫咲高校
12-25
25-18
25-27
25-23
17-15
セットカウント
3-2
松原女子高校 全日本バレーボール高等学校選手権大会 出場決定
「ところで博。松原女子の1番。えぇ選手やったな。知っとったか?」
「金森ですね。彼女は去年の県内中学生最優秀選手ですよ」
「自分、詳しいな」
「……詳しいも何も去年、私が推薦した選手ですよ。監督には『170ないチビはイラン』と切り捨てられましたけど」
「そやったか?」
「そうですよ。いつもいってますよね。身長制限をもう少し緩和してください、と。せめて1度は見て欲しいとあれほど――」