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041 経験値の差

=======

 春高 県最終予選 女子決勝戦

  第5セット 終盤

   第三者視点

=======

(良くない流れね)

 

 姫咲の赤井監督はそれを肌で感じている。

 

 元より全国でも強豪校となる姫咲高校には熱心なファンもいればその逆のアンチもいる。また、遠征先では観客の殆どが相手の応援団、などという事態も経験している。

 

 しかし、今日の会場はそれとは違う。

 

 一ヶ月前に日本女子バレーを世界一に導いたエース。

 

 日本中から愛される国民的ヒロイン 立花 優莉。

 

 それが相手にいる。

 

 松原女子高校(相手校)を応援している観客の多くはバレーをよく知らない一般人。それもあってか、バレーに不慣れな声援、歓声が多く、鳴り物も姫咲側はともかく、松原女子側からは統一感もない。総じて『普段通り』がしにくい。応援者数も圧倒的に相手の方が多い。

 

 それもあってか会場全体が松原女子の勝利を願っているかのような雰囲気が出ている。一時はこちらの大量リードでそうした『空気』を破壊したが、終盤に来てからの猛追で再び自分達姫咲の負けを願うような雰囲気を感じる。

 

 

 点の取られ方もまずかった。

 

 先ほどの攻防はこちらに2点入ってもおかしくないところだった。ところが、実際には点を取れず、相手に1点入っている。

 

 まずはここで流れを――

 

 とここまでを瞬時に考え腰を上げかけたところで再びベンチに座ることにした。なぜならコート内の選手誰一人としてベンチ(こちら)を見ずに自主的に集まり次に備えている。何より、試合を任せている主将(キャプテン)の長谷川が片手をベンチ(こちら)に突き出して監督(自分)に留まるよう、無言のアピールをしている。

 

(それなら心配ないでしょう)


 赤井監督は腰を深くベンチに沈めた。

 

========


「間違ってない。さっきのは悪くなかったよ。切り替えて次、もう一回やろう。次は取れるから」


 女子バレー部の主将、長谷川は右手で監督にタイムは使ってくれるなと無言の依頼を出しつつ、集まったチームメイトに声をかける。


 実際、先ほどのラリーは2回点が入ってもおかしくなかった。

 

 1点目は相手のブロックアウトを誘発した時。

 

 立花 優莉(相手エース)が超反応でブロックに来ることは試合前からわかっていた。対策としてボールを打つ直前まで相手ブロックを見極め、急にスパイクコースを塞がれたらブロックアウトを狙うことが出来るようになる練習――具体的にはスパイク練習時に打つ直前にランダムにコーチ陣が吹く笛が鳴ったら打ち下ろすのではなく、ブロックアウトに咄嗟に切り替えられる練習――をしてきた。

 

 それもあってここまで超反応ブロックとも戦えている。

 

 先ほどは拾われてしまったが、あんなのは5~6回に1回出来るかどうかであり、実際第5セットまであの形になったら大体成功、時々拾われたというケースがよく見られた。

 

 その後のこちらの攻撃で徳本 正美(こちらのエース)のスパイクが相手の8番(チビリベロ)に拾われたが、あれも何度かやれば拾われる、というものに過ぎない。もう少し考察するなら如何にアンダーカテゴリーに選抜されるほどの正美といえども特に強打に強いと定評のある8番(相手リベロ)から容易に点は取れない。しかし、直接点につながらずともファーストタッチを乱せばこちらへの返球はチャンスボールに変わる。事実、スパイクは拾われたが、セッターを大きく動かすことになるCパスや攻撃が出来ないDパスとして拾われるケースは1~5セットまでに多くあった。

 

 もしを考えても仕方ないが、あの時にセッターがトスを出来ないようなレシーブを8番(相手リベロ)がしていた場合、三度こちらの攻撃、そして得点、となっていた可能性がある。

 

 点差は無くなってきているが、焦りは禁物。自分達の攻撃は通じているのだから、何かを変える必要がない。先ほどは偶々運の悪いケースが出てしまっただけ。

 

 赤井監督が第5セット最後のタイムアウトを取ろうと腰を上げかけたが、それが良いとは長谷川には思えなかった。

 

 バレーボールにおいてタイムアウトを取る場合は大きく分けて2つ。

 

 1つ。

 

 相手に流れがある時に時間を止めることで、その流れを食い止める場合。

 

 この使い方は特に相手がビッグサーバーで連続失点してしまった際に仕切り直し、そして相手サーバーの集中力を絶つために使う場合が多い。現状でこの場合にあてはまるかというと微妙。確かに相手サーバーはネットインサーブという非常識なサーバーであるが、同時に1点取られれば相手のマッチポイントという場面でネットインサーブを何本も決める強心臓の持ち主でもある。タイムアウトによる集中阻害が有効とは思えない。

 

 

 2つ。

 

 戦術の見直しのための作戦会議を行う場合。

 

 こちらは無意味。こちらの攻撃は通じているし、ワンポイントアドバイス程度で変えられるような改善点もない。なによりこの先にタイムアウトの使いどころが出てくる可能性が高い。今は13-12。仮にこの後、お互いにシーソーゲームで2点ずつ取りあうと15-14。その時、松原女子のサーブは姫咲には最悪な立花 優莉(相手エース)のローテーションとなる。不幸中の幸いで世界選手権で見せた、あの魔球サーブこそ打ってこないが、それでも男子のスパイクより凶悪なサーブを打ってくる。そうなったら相手に行きかけた流れを止めるためにも、その時にタイムアウトを取って欲しい。そう瞬時に判断し、監督にはベンチに座ってもらうようハンドサインを出した。赤井監督も浮かせた腰を再びベンチに留めたことから同じ考えなのだろう。姫咲の主将、長谷川はそのように判断した。


 

主将(キャプテン)大河(14番)のサーブはまた主将(キャプテン)のところに飛んできますよ」


「でしょうね。大河(14番)を考えた人は相当性格が悪い(頭が良い)みたい」


 チームメイトからの助言に対し、肯定する長谷川。

 

 ここまでに松原女子の大河(14番)は5本のサーブを許した。しかしそれで見えてくるものもある。最初は白帯を狙ってネットインサーブをしていると思った。

 

 しかし、全く同じフォーム、全く同じボールの軌道、さらにはネットインを当然の様に受け止めている松原女子の面々を見て大河(14番)のサーブは(信じられないことだが)白帯を狙って偶然ネットイン、ではなく意図してネットインが出来ると思われる。

 

 しかしここで新たな疑問が生まれる。

 

 ここまで正確にサーブをコントロールできるのであれば、なぜ毎回同じところに打ち続けるのか。

 

 確かにネット際のボールは対処しにくいが出来ないわけではない。加えて短期間に何度もやれば慣れも出てくる。都度都度コートの左、中央、右を打ち分けていればもっと効果的なサーブになるのではないか。サーブを打つ際に狙うべき場所はいくつかある。

 

 もっとも一般的なのは相手の選手でレシーブが苦手な選手を狙うこと。

 

 これに対して姫咲の全選手が主将(キャプテン)の長谷川はこの条件に当てはまらないと考えている。長谷川はバレーボールに必要な技能を全て高いレベルで習得している。少なくとも姫咲のコートでレシーブミスを狙うなら他の選手を狙うはず。他にありきたりなところとしてはレシーブしにくい箇所、例えば単純にレシーブしにくいコートの最奥の隅、スパイカーの助走経路を塞ぐためにアタックラインよりネット側に落とす、といったところがそれにあたる。

 

 その意味ではネットインサーブはレシーブしにくいところを狙っているサーブではあるが、だからといって5回も同じところを狙ってくるだろうか?

 

 人間には慣れがあるものなので、出来るのであれば毎回違う選手に取らせるように左右に打ち分けた方が良い。仮に打ち分けられないのであればコートの中心、真ん中を狙ってネットインサーブを打たせた方が良い。そうなれば拾いにくさはそのまま、コートの真ん中に落とすということはファーストタッチをしたレシーバーとセカンドタッチを行うセッターとがコート内で交差することになり、確実に相手コート内動線を乱せる。にも拘らず、大河(14番)は毎回レフトを狙ってきた。これの意味するところは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えはおそらく(エース)潰し

 

 

 

 

 

 

 今の姫咲(自分達)はセッター対角にオポジットとしてエースを配置しているが、一般的にレフトにはエースを配置する。

 

 

 そうなると、あのネットインサーブの目的は単純にレシーブしにくいネット際に落とす、ではなく、相手エースにファーストタッチを強要することで、助走までの時間を稼がせない、仮にエース潰しが目的だと看破され、他レシーバーに捕球させてもその分エースの助走経路には他レシーバーが、ファーストタッチを行ったことで残り、結果として満足のいく助走をさせず、助走に続くジャンプとスパイクを弱体化させる。大河(14番)のサーブは相手エースを潰す目的のために相手レフト側にネットインサーブを決めることを手段として選び、それを磨き上げてきた。

 

 それを考えると中々にエグいサーブである。手の内を読まれても(エース)潰しという目的を果たせるのだから始末が悪い。

 

 

「で、主将(キャプテン)。そこまでわかっているならどうします?」


 主将(キャプテン)の長谷川に声をかけているのは守護神(リベロ)の国木田。

 

 

 これは『相手サーバーの目的はレフト潰しですよ?せっかくの前三枚なのに使えないのは勿体ないですよ。私が代わりに取りましょうか』という意味である。


 

「いいえ。相手の意図に乗ってあげましょう。これで正美が後衛だったら考えてたけど、今は前衛。仮に私が助走に入れなくてスパイクが出来なくてもエースは健在のままよ。それよりコート内で選手が入り乱れる方が困る」

 

「了解です」


 悪くない提案だと思ったが、リベロが前に出てボールを拾うと自分の助走経路をつぶされることが想定される。それでは前三枚の意味がない。幸い、ライトにはエースの徳本正美がいるローテーションなので自分で拾うと宣言。国木田はそれも一理あるとして指示に従う。

 

 

 

 

 ピーッ!!

 

 

 

 サーブ開始を告げる笛が鳴る。

 

 

 大河(14番)がサーブを打つ前に長谷川は深呼吸し、冷静にボールに向かうことにした。

 

 

『バレーボールにおいて予測は大切です。闇雲にボールを追っても拾えません。正しく予測し、備えることで守備範囲は広がり、攻撃にも幅が出ます』



 この3年間で耳にたこができるのではないかというほど聞いた教え。



(あの大河(14番)のサーブは二択。ネット際か、コート奥か。ボールが白帯の上を通るその時。その時に白帯に当たるかどうか)

 

 

 試合も終盤で疲労も蓄積する中、長谷川は深く集中する。

 

 

 ボールが白帯に当たるか否か。

 

 

 当たれば前進、当たらなければ後進。

 

 

 集中、集中……

 

 

 

 ボールが過去5回と同じ軌道を描いて向かってくる。白帯に当たるか、否か。

 

 

 

 ボールがネットに近づく!

 

 当たるか――いや、通過した!

 

 極限まで集中していた長谷川はボールが白帯に当たることなくボールが通過したのを確認するとすぐさま一歩後ろに下がった。

 

 これは予めボールの飛んでくる方向を予測し、かつボールがネットを超えた瞬間の動きを決めていたからこその成果である。

 

 

 

 

 

 

 そして、これが悪い方に作用する。

 

 長谷川は大河(14番)のサーブは2択と思っていたが、実際は――

 

 

(あれ?思ったよりボールに勢いがない?あ、まずい!このままじゃ落ちる!14番(コイツ)のサーブは2択じゃなくてネットイン、エンドラインギリギリ、それにアタックライン手前の3択ってこと??)

 

 

 気づいた時にはもう遅い。

 

 

 集中していたがゆえに、見切った後の初動は速く、すでに後ろに一歩踏み出し、重心も後ろに動いている。

 

 

 さりとてそこは世代別代表に選ばれるほどの才能も経験もある名選手。

 

『バレーボールにおいて予測は大切です。しかし予測を絶対視してはいけません。予想外を頭の片隅に常においてください』


 こちらも恩師に叩き込まれた教え。



 後ろに下がろうとしていたところから無理やり前進し、下半身は大きく崩れるもボールに触る腕とそれを支える腹筋背筋は崩さず、ボールの下に潜り込む。ボールは高すぎず、低すぎずセッターの位置へ。

 

「ラスト任せた!」


 ファーストタッチを行った長谷川はセッターへボールを返すという仕事をやってのけたが体勢を崩してしまった。ここから助走位置まで戻って攻撃に加わるのは難しい。松原女子から見ればサーブはきれいにレシーブされてしまったが、三枚スパイカーのうち、一枚をつぶした。姫咲から見れば左一枚スパイカーをつぶされてしまったが、サーブレシーブは大成功。中央、右からの攻撃は可能。

 

 

 双方ベストではないがベターな結果となった最初の攻防を終え、姫咲の攻撃へ。

 

 

 松原女子高校のブロックシフトは通常、ブロッカーを右、中央、左に散開させるスプレッド・シフトである。

 

 が、相手レフトのスパイカーがサーブレシーブで態勢を崩し、助走出来ないと判断すると姫咲から見てレフトのブロッカーは中央に寄る。

 

 その程度の融通くらいはある。

 

 姫咲のセッター沖野は主将があげたボールを追いつつ、横目で松原女子のブロッカーの様子を見る。そして確信する。

 

(間違いない!あの立花優莉(日本のエース)が正美を意識してる!)


 この試合、松原女子の二枚エースの一人、村井玲子と可能な限りぶつかるように徳本正美を配置した関係で、村井玲子の対角に位置する立花優莉と徳本正美が同時に前衛となる機会はほとんどなかった。


 第5セットになり、ローテーションの開始位置をずらしたことで立花優莉と徳本正美の2人が相対する場面が出てきた。

 

 ここで両者の認識の違いが出る。

 

 立花優莉から見れば徳本正美と沖野知佳はチームメイトの陽菜、明日香、ユキの3人を小学生の頃から圧倒し、コート内で棒立ちだったと自他共に認める素人だった愛菜を入れてなお、当時通っていた無名の公立中学をバレーボールで全国に導き、さらに今では世代別代表に選ばれるほどのバレーボールの天才×2である。

 

 一方、沖野知佳から見れば相棒の正美を含め自分達のバレーボールの才能は平均より少し上程度の小さなお山のボス猿に過ぎず、本当の一流には二歩も三歩も劣ると思っている。事実中学生の頃に参加したアンダーカテゴリーのナショナルチーム合宿では完全に落ちこぼれだった。

 

 そんな彼女達から見れば立花優莉は競技歴1年超で日本代表に選ばれ、日本を世界一まで導いたバレーボールの天才である。

 

 

 

 故に立花優莉から見れば徳本正美と沖野知佳の2人はバレーボールの天才であり、ブロック時にはどうしても警戒してしまう。

 

 

 対する2人から見れば、自分達の様な雑魚など問題にならない程の天才が立花優莉であり、その天上人がわざわざ下々の自分達を警戒するというのはあり得ないことであり、そうなったら誉でもあると受け取っている。

 

(え?凄くない?わざわざ世界の優莉ちゃんが正美のために重心をライト側に寄せて警戒してるんだよ?めっちゃ凄くない?あれ?ひょっとしてここで正美が打って決めたらかっこよすぎない?)

 

 横目で相手コートのブロックシフトを確認し、否が応でもテンションの上がる沖野。相方の徳本も相手コートの状態を確認し、同じように高揚している。

 

(これやっちゃおう!決まったら凄いし、ダメでもまあ相手は世界レベルだし、仕方ないっしょ!)


 時間にしてほんの数秒。セッター沖野は頭上にボールが返ってくるまでに双方のコートを確認し、センターか、ライトかの2択でライトからの攻撃を選ぶ―――

 

(――って、考えてたけどやっぱやーめた!)

 

 つもりだったが、トスを上げる直前で考えを改めた。

 

 相手の立花優莉は確実にこちらの徳本正美を意識している。そんな中でブロックをかいくぐって決めたらそりゃカッコイイ。失敗しても相手は世界レベルの選手。負けて元々。どうということはない。これが個人戦ならば、であるが。

 これは団体戦。個人のワクワクのためにチーム全員に迷惑をかけるわけにはいかない。まして自分はもう後がない3年生を出し抜いて正セッターの座にいる。

 

 わざわざ露骨にマークしてます、というところから攻めなくてもいい。ということで土壇場で中央からの攻撃に切り替えた。

 

 

 なお、一見殊勝なことを考えている風の沖野だが、これはその場限りの気まぐれ思考によるものである。仮にもう一度同じ場面となった場合、果たして今回の様に手堅くセンターを使うか、はたまたマークをされているライトを使うかは不明である。

 

 そして偶然だがこの気まぐれこそが立花優莉の聴勁(インチキ)による封殺ブロック(ドシャット)を妨げている要因となっている。

 

 

 そんなセッターの気まぐれトスを任されたのはミドルブロッカーの船越 成美。

 

 ネットを挟んで松原女子側のコートでは相手レフトからの攻撃は無いと見切っていたために本来はライト側のブロッカーもセンターに集まってきている。そのため、左側(ターン方向)にはばっちり高いブロック2枚。対して右側(クロス方向)は相手ブロッカーがこちらのエースにトスが来ると思ってか、一度徳本正美の真正面まで移動して、いざブロックのために跳躍する直前までいき、そこから慌てて戻ってきたために手薄。

 

 考えるまでもなくブロックの隙間をついてスパイク。しかしこの攻撃は相手裏エース村井のフライングレシーブで拾われてしまう。

 

(たった2年足らずで本当にバレーボーラーになってくれてるわね……)


 ブロックをすり抜けるスパイクを放ったもののボールを拾われたことに船越は皮肉つきの悪態を内心ついた。

 

 今の村井のレシーブは断じて偶然出来たものではない。

 

 

 積み上げてきた練習の質と量が違うのだから同然ではあるが、姫咲(自分達)には劣るものの松女(相手)も組織的なフロアディフェンスを展開している。

 

 先ほどのシーンは本来の形であれば中央にブロックを3枚配置することでスパイクコースを全て潰し、スパイカーは破れかぶれにブロックと真っ向勝負をするか、フェイントで逃げるか、はたまたブロックアウト狙いにブロッカーの指先を狙いに行くところだった。

 

 そのため、レシーバーはブロックアウトを警戒しややコート後方に構える選手とフェイントに備えて前に出る選手に分かれる。反対に封殺しているスパイクコースには選手を配置しない。正確にはレシーバー3人でコート全面を守るのは不可能なので、高確率でボールが飛んでこないところは選手を配置せず、よりボールの飛んでくる確率の高い場所に選手を配置する。それが近代バレーボールの戦術となっているトータルディフェンスである。

 

 しかし、常に万全のブロックが出来るわけではない。現に先ほどはブロックが一枚剥がれた。船越はその隙をついたわけだが、それを村井はカバーして見せたのだ。

 

 言うのは簡単でもやって見せるのは難しい。

 

 仮にバレーボールの座学で「味方ブロッカーが1人つられて3枚ブロックが2.5枚ブロックになりました。相手スパイカーから見ればクロス方向はブロックもなく、レシーバーもいません。さて皆さんはどこで守備をしますか?」などと言われれば誰しもが相手スパイカーがクロス方向に打ってくることを予測しクロス方向で相手ボールを待ち構える、と答えるだろう。

 

 だが、実際の試合は連続する時間の中で行われる。

 

 ボールの位置、味方ブロッカーの位置、相手スパイカーの位置、セッターのトス癖。それらを総合的に判断し、かつ瞬時に考え守備位置を変えて急遽出来た自陣コートの隙をつぶす。

 

 立花優莉(相手エース)の様な勘、などというあやふやなものではない。バレーボールに対する知識と経験からなる確固たる行動。

 

 そしてこの2つには明確な違いがある。(前者)はその場限りのものだが、知識と経験(後者)は積み上げることが出来る。

 

 立花優莉(相手エース)は時折神がかり的な先読みをしてレシーブやブロックをすることがある。それこそまるで相手の考えでも読み取っているかのような動きをする。

 

 けれどもそれは絶対ではない。現につい先ほどは囮攻撃につられていた。

 

 それが勘である以上、そこから先はない。

 

 対して、知識と経験は積み上げることが出来る。

 

 先ほどの成功体験でまた一つ小さな経験を積むことが出来た。

 

 素人同然の去年はひたすら技と知識を爆発的に増やしていった。きれいな型通りの試合展開ならそれこそ何年もバレーボールをやって来たかのように錯覚してしまうほど。二年目の今年は覚えた技や知識を実践に活かすことを少しずつ覚えていった。これによりイレギュラーケースの引き出しも確実に増えていった。今日の試合もマッチアップを続けた徳本正美(エース)が最初の1~2セットは面白い様に手玉に取っていたが、恐ろしい速度で技術を盗み(学習し)、第4セットは実力勝負になる場面が増えていた。

 

 この手の経験はどうしても通常の練習では身につかない。宙を舞う生きたボールを追う試合、出来れば公式戦での経験が望ましく、今まさにその経験を得て成長する怪物。

 

 世間は立花優莉をバレーボールの天才だと言うが、長谷川からすれば彼女は規格外の運動能力が凄いだけでバレーボール自体の才能はさほどないと思っている。

 

 たまたまバレーボールをやっているだけでおそらくテニスだろうとソフトボールだろうと水泳だろうとなんだろうとやれば大成するだろうが、果たしてそれを特定スポーツの天才と呼んでいいものなのか。

 

 真の意味でバレーボールの天才とは村井玲子や姫咲(うち)徳本正美(エース)沖野知佳(セッター)のような人たちにこそ与えられるべきなのだろう。

 

(まあそうは思っても技術を無視できる単純な身体能力ってのもすごいけどね)



 この攻防はバレーボールを深く知らない層からみればスパイカーがブロックの隙をついて攻撃したがレシーバーに拾われた、と断片的な評価をするかもしれないが、もう少し知っているものが見ると少し違った評価となる。



『コート中央から船越のスパイク!しかしこれを村井が拾う!』


『船越選手は良いところに打ったのですが、村井選手の位置取りが良かったですね』


 今のレシーブは偶然の産物ではなく、位置取りが良かったからだと評価する立花美佳(解説)


 そして言われるまでもなく、自称を含めたバレーボールの玄人観客も同様に評価する。ついでに一連の流れで周りも評価する。

 

 

 

(そもそも今のは優莉(4番)が悪い。囮のスパイカーにつられてブロックに綻びを作ったらそりゃブロックの隙間をつかれる。我慢してトスを見てから跳ぶ(リード)ブロックをしなきゃダメだ)


(いやいや元々優莉(4番)は0か100かの予測(ゲス)ブロックが売りでしょ。現にこの試合、何度も封殺(ドシャット)のブロックで点を稼いでいる)


(その前の大河(14番)のサーブ。ネットインサーブだけの選手だと思ったが、レシーブのためにレフトの選手を前後に強制移動を強いる、エースを潰すためのサーブにしか思えない)


 


『ボールは高く、しかし大きくそれてしまいました。ですが松原女子としては問題ない展開ですよね』


『松原女子は前衛に優がいますからね。妹はオープン攻撃で十分得点を狙えます』


 攻守は入れ替わり、松原女子の攻撃。

 

 並の県大会決勝程度の高校女子バレーではオープン攻撃は必殺の攻撃足り得ない。

 

 県予選の1~2回戦なら強豪校のエースが弱小校相手に無双するようなこともあるが、両者が県決勝まで勝ち残れるような強豪校であった場合、攻撃側も守備側も高校トップレベルとなる。攻撃側が安易にオープン攻撃を仕掛けようものなら守備側はブロックは三枚、レシーバーも万全な位置でブロックからのこぼれ球に備えることができ、点には結びつきにくい。

 

 

 が、それは常識の範囲での話。

 

 松原女子のエースは女子どころか男子でもあり得ない4m近い高さから攻撃を仕掛けてくる。当然ブロックなど無効。加えて高高度から相手コートを俯瞰してスパイクを打つためか、的確に相手コートの隙間に打ち込んでくる。

 

 が、それも彼女の長所を引き出せるトスあってのもの。

 

「優莉先輩!」


 代役セッターの雨宮がレフトに対し、オープントスをあげる。

 

 一見して問題なさそうではあるが……

 

 

「下手くそ。せやから11番(お前)控え(ベンチ)なんやで」


 雨宮(セッター)の上げたトスにアリーナ席から小声で悪態をつく大友監督。オープントスはただ高くトスを上げればいいというものではない。

 攻撃速度としてはスパイカーは上がったトスを見上げてから助走を始める【サード・テンポ】の攻撃となるため、最遅の攻撃となるが、スパイカーとしてしてはゆったり自分のリズムで助走に入ることができる。

 しかし、スパイカーのリズムで助走できても一度上がってしまったボールの位置まではスパイカーには調整できない。

 

 雨宮のあげたボールはネットから少し離れた位置にあった。他のスパイカーであればそれでよいが、立花優莉がスパイカーの場合は少し異なる。華奢な体型から物理法則を無視しているとしか思えない豪腕・豪脚を誇る彼女であっても一度跳躍した後の重力法則と慣性は無視できないようだ。誰しもスパイクを打つ際には助走を行う。そして彼女はスパイク時に人より高く跳ぶ。高く跳ぶということはその分、打った後の落下時間も人より高く跳んだ分、長くなる。長く落下する分、跳躍前の助走の影響を受けてその勢いの慣性で体が前に人より多く流れるということである。流れた先でネットにぶつかれば即失点となる。

 

 故に立花優莉にトスを上げる際には他のスパイカーより体が前に流れることを考えてネットからより離した位置にボールを上げる必要があった。


 その程度のこと、チームメイトである雨宮(11番)も承知であろう。

 

 例えばこれが練習中の出来事で、かつきれいにボールが返ってきた状況なら雨宮(11番)もこのようなミスはしないだろう。

 だが、今は試合中、それも春高をかけた決戦の中、しかもあと2点取られれば負けてしまうというプレッシャーのかかる場面。おまけにファーストタッチは乱れた。咄嗟に思わず立花優莉用のスペシャルトスではなく、他のスパイカー用のトスを上げてしまったことは理解できなくもない。

 が、厳しいことを言えば、それを乗り越えて初めて全国レベルの選手に片足を踏み入れることが出来るのである。故に、他のセッターと同じようにトスを上げてしまったことに対し、大友は『下手くそ』と評したのである。


 そして大友の独り言を横で聞いていた沼田は雨宮(11番)を『良くも悪くも県で中/上位レベルの選手』という評価を改めてしつつ、立花姉(6番)の評価を少し見直した。

 

 『立花美佳の妹で立花優莉の姉の立花陽菜は170cmを超える大型セッター』

 

 などと一部のマスコミが囃し立てるが沼田は冷静に彼女が凡百の選手――平均より上で高校女子バレーの中では上位だが、それ以上ではない選手――であると評価している。

 

 そもそも170cm超の女子高生バレーボーラーは大勢いるにもかかわらず、なぜ170cm超の女子高生セッターは少ないのか。

 

 それはセッターには背丈以上に他に求められるものが多いからである。

 

 まず第一に変幻自在のトスワーク。レフト、ライト、センター、バックへとどのスパイカーにあげるのか読ませず、かつ的確にスパイカーの最高打点にあわせるトス技術。きれいにAパスで返ってきた時だけでなく、C、Dと乱れたパスでも強引に修正できるリカバリ能力も欲しい。

 

 その技術も戦略眼がなくては活かせない。

 

 味方、敵。双方のコートの様子を把握し、最も得点を上げられるであろう確率の高いスパイカーを選ぶ能力。場合によってはあえてスパイカーを使わずツーアタックを選択するのも手。トス、戦略だけではない。セッターは一般的にサーブローテの一番手を担うことが定石である。

 これはセッターが後衛から始まる、つまり前衛スパイカー三枚体制から始まり、しかもセッターが前衛に上がるまでそれが続くということ。攻撃力を高めるための作戦である。

 最初にサーブを打つことは最もサーブを打つ機会が多いということもありビックサーバーであることが望ましい。

 セッターは後衛時でもリベロと代わることはない。となるとレシーブ技術も求められる。前衛に上がればブロックもする。場合によってはスパイカーになる時もある。

 

 ボールを触る機会は最も多い。些細なミス=失点となるバレーではその分、体力以上に精神を削られるポジションでもある。それゆえに精神的にタフな選手が望ましい。

 

 これらの条件を満たしたうえで長身の選手、というのが中々いないだけのこと。

 

 ただ単にデカいだけのセッターなら大勢いる。

 

 

 では立花陽菜はどうか。

 

 アスリートとしては明らかに絞れていない身体だが、今でも超高校級の身体能力 (誉め言葉ではなく高校生としては最上位でもプロを目指せるレベルではないという評価)を誇り、筋肉をつけるには一度脂肪をつける必要があること、スポーツをする上では重りでしかない大きな脂肪が筋肉へ変わった時を実姉と半妹の存在を考慮し、想像すれば潜在的な身体能力は非常に優れていると思われる。

 

 レシーブ、トス、ブロックはそれなりに巧い。

 

 特筆すべきはサーブ。豪打ばかりの松原女子で目立ちにくいが、あのジャンプフローターサーブは全国レベルで脅威である。個人的には立花優莉の次に村井と並んで松原女子で2番目のビッグサーバーだと認識している。

 

 あまり打数は多くないが稀に打つスパイクも良い。

 

 問題はセッターとしては弱気の戦略が目立つこと。崩れたファーストタッチから強引に速攻に持って行く強気の戦術はまずとらない。スパイカーが満足に助走距離を確保できそうもないなら速攻は使わない。戦術は極めてオーソドックスで奇策に出ることもないから相手からすると読みやすい。安全策ばかりとる彼女が、ここまで戦えているのはただ単に左の2枚が強力だからである。

 

 心・技・体のうち、技と体は良いが心は平均かそれ以下。

 

 そう評価していたのだが、松原女子の、というよりは立花優莉のセッターとしてはあれが最適解なのかもしれない。

 

 立花陽菜のトスはとても丁寧なのだ。先ほどの様な場面でも彼女はまずミスをしない。彼女は確かに奇策を殆ど用いない。強引に速攻を使うことも少ない。だから相手からすると読みやすい。

 

 が、それは逆に言えば味方からすれば安定して打ちやすいトスが供給されるということ。

 

 前述したように松原女子の左は強力だ。特にエースの立花優莉はオープン攻撃だろうと十全な形でスパイクを打てれば世界レベルの守備を相手にすら高確率で点を取れるスーパーエースだ。

 

『同じ高校に通っている姉のトスが一番打ちやすいです』


 ほんの一、二ヶ月前の世界選手権中のインタビューで日本のエースは日本最高クラスのセッターを差し置いて姉の立花陽菜のトスが一番だと即答した。

 

 相手ブロックなど気にしない彼女からすれば速攻などに頼らずとも自分に至上のトスが上がれば攻略できる、だから丁寧なトスをよこせ。そう考えてもおかしくはないし、それならば奇策を用いない立花陽菜のトスを好むのも理解できる。

 

(マスコミ越しに見る彼女はいつも丁寧な物腰だが、実はプライドが高く、小細工を強要させる速攻ではなく自分の力だけで相手をねじ伏せたいのかもな)


 あり得ない話ではない。エースという人物は大抵自分のスパイクに自信を持っている。その矜持がなければ困難な状況で自身を奮い立たせられないというのもあるが、裏返って大なり小なりエースは我儘なものである。

 

 レベルの高いバレーでは当然のように速攻が中心となる。

 

 速い攻撃は確かに強力で、決定率も高いが、同時に選手からすれば忙しなく、窮屈な攻撃でもある。そうでなければ守備がシステム化された近代バレーで、男子に比べ力と高さに劣る女子バレーではなかなか得点に結びつかないのだが、男子以上の力と高さを誇る彼女からすれば『なぜわざわざお前達の型にはまって攻撃しないといけないのか』『細工はいらない。私に余裕をもって打たせろ。点は私が決める』くらいのことを思っていても不思議ではない。

 

 今、目の前で望むようなトスが上がってこないことにほんの少しだけ不満が見える顔の立花優莉をみて沼田はそんな感想を持った。

 

 なお、この考察は半分正解で半分不正解である。

 

 立花優莉は確かに日本代表選手が上げたトスよりも立花陽菜の上げたトスの方を好む。日本代表クラスのセッターは多少どころかかなりファーストタッチが乱れても強引に速攻をねじ込むだけの技量を持つ。そのトスはピンポイントでスパイカーの最高打点に合わせてくるがそれゆえに余裕がなく、窮屈でこれを好まない。この点は正解である。

 ただし、その先の理由が沼田が考察したように『そんな小細工など無用』という自信から来るものではなく、『これだけ凄いトスを貰って決められないと周りからがっくりされるのが精神的にキツイ』という後ろ向きなものである。

 立花陽菜のトスを好むのも『このトスなら決められなくても自分だけじゃなくてセッターの責任もあるよね』という割としょうもないものである。

 この消極性がバレていないのはただ単に、陽菜-優莉のコンビ攻撃が例えオープン攻撃であってもきちんと打てればほぼ確実に決まっているので、点が取れないことに非難が集まらないからである。

 

===

 

 そのトスはコート外のアリーナから俯瞰して見るまでもなく、エースが求めるトスではないと判断できた。少なくとも姫咲の選手はベンチの選手ですら全員、即座に判断できた。なぜならば松原女子関係者を除けば誰よりも長く立花優莉の攻撃を観察してきた。

 

 ひょっとしたら『質』で言えば先月まで開かれていた世界選手権の世界トップクラスの強豪国がより専門的な知識・機材を持つので上を行くかもしれない。

 

 だが、こと観察にかけた時間、『量』に関して言えば姫咲高校女子バレーボール部関係者が一番である。なにせ彼女が選手として出てきたほぼ素人だった昨年の6月から情報を集めていたのである。

 

 同じ県である以上、インターハイや春高に出場するためにはほぼ確実に対戦する高校。この点は他県の強豪校のように『全国大会に出たら対戦するかもしれない』ではなく『全国大会へ出場するための県予選で高確率で対戦する』ため、真剣さが違った。

 

 

 その長い時間かけた解析は正確だった。

 

 素人同然であった昨年の6月頃は身体に対して正面、クロス方向にしか強打が出来なかった。そこから半年近く経った11月の春高予選の頃は非常識なジャンプ力がフォーム改善を得てさらに高まり、さらにはストレート方向にも打ち分けられるようになった。

 

 相手コートの守備の穴をついて攻撃をするようになったのもこの時期からだ。それ以前はとりあえず思い切り打ちこむことを第一優先としていた。これ以前はおそらくコースを打ち分ける技術がまだなかったのだろう。

 

 また、この時点でも、そして今でもどちらかと言えばクロス方向に打つことを彼女は好んでいる。

 

 1年前の11月~1月頃(今頃)はわざと低く跳ぶ、フェイントを混ぜるなど小細工を使う場面が見られたが、今年に入ってからは見られなくなった。シンプルに高く跳んでブロックすら届かない位置から相手コートを俯瞰し、隙間に豪速スパイクを叩き込む。単純にして唯一無二の必殺攻撃。しかしこれを破らないと全国は見えない。

 

 昨年の11月、春高県予選で松原女子に敗れ、その時の映像と、さらに1月の春高本選の松原女子の試合の双方を観察し、ある仮説を立てた。

 

『守備の穴をついてくるなら反対にわざと守備の穴を見せればそこにスパイクを誘導できるのではないか』

 

 彼女のスパイク攻略を難しくしているのは

 ・ブロックで止めることが出来ない高さから

 ・4m近い高さから相手コートを俯瞰して確実に相手コートの隙間を確認して

 ・そこに反応できない程の超速でスパイクを打ってくる

 からである。

 

 この3点いずれかさえなければここまでではなかった。

 

 どれほど高速、高威力のスパイクであってもブロックでとらえることが出来れば無力化出来る。ブロックにもネットにも視界を塞がれることのない4mからの視界はごく短時間であっても相手コートの守備布陣とその隙間を見ることが出来る。そして女子どころか男子のトッププロより速い豪速スパイクはこちらが反応してボールを拾う前に床にボールをたたきつけることが出来る。

 3点揃ってしまえばまず拾えない。が、反対に言えば3点揃わなければそうではないということである。立花優莉へのトスは良くない。普段より助走は短め、ゆっくり助走に入り、ジャンプ前にはそのゆっくりとした助走の勢いすら殺した。女子にはブロックできない高さからの攻撃だが、それでも普段より30cmほど高さは低い。


 あの助走ではスパイクに体重も乗らない。それでも腕力だけで高校女子バレーボールにはあり得ない豪速スパイクだが常よりも確実に遅い。

 

 加えて姫咲高校は立花優莉対策を立ててきた。

 

 立ててきた、といえる程凄いものではないが……

 

 

 遡ること約半年前。五月の大型連休中に、姫咲は松原女子と練習試合を行った。結果はセットカウント1-5の大敗だったが、ただ負けたわけではない。夏のインターハイ予選を見据え、立花優莉対策を立てての大敗だった。

 

 立花優莉の打点は高い。それはボールが高いところから落ちてくることが脅威なのではなく、スパイクを打つ直前、ネットにもブロッカーにも視線を遮られることなく相手コートを確認して的確に隙間を狙ってくることである。ならばとこれを逆手にとってあえてコート上に隙間を作り、スパイクコースの誘導を謀った。

 

 しかしこれは大失敗に終わった。一見すると空いたスペースを狙ってくるだろう、そこに飛んできたボールを拾うんだ、という決意を決めた時ほど

 

 なぜかあざ笑うかのように、スパイクが飛んでこないと油断している選手の手が届く範囲に打ち込んできた。

 

 それならば、せめて手の届く範囲だけでも、と逆の覚悟を決めるとそんな時はある意味当初の目論見通りこちらが意図的に空けた空間に打ち込んできた。

 

 なぜこうもこちらの作戦を的確につかんでくるのか不明だった。

 

 姫咲の指導者や選手の中でも頭脳派とされる人達が頭を抱える横で、同学年のコミュニケーション強者があっさりその答えを当の本人から聞き出してきた。

 

「え?なんで待ち構えている時ほど隙間に打ってこないかって?そ、そりゃなんとなくというか、勘というか……

 そ、そう!なんか身構えてるな、ってわかっちゃったんだよね!うん。そう。なんか隠そうとしてるけどバレバレみたいな……

 え?まるで心を読んでいるみたいだった?イヤダナソンナコトデキルワケナイヨ」

 

 性根が素直な徳本と沖野の質問に相手も素直に答えてくれたのだ。まさかの回答であったが、赤井監督をはじめ姫咲のベテラン指導者たちは長年のバレーボール経験からそんなこともあり得る、と理解した。

 勘、と立花優莉(彼女)は称したが、それはおそらく勘という当てずっぽうなものではなく経験を活かした予測であると察している。ごくまれに女子高校バレー世界にもビックリするほど相手守備の隙をつくのが巧いスパイカーが存在する。

 

 彼女達に話を聞けばやはり何となく相手守備の隙がわかるとのことだ。彼女達に共通する点と言えば、小学生の頃からのバレーボールをはじめ、その頃からのエーススパイカーであったという点である。エーススパイカーだからこそボールが集まり、多くのラストボールを任された。その経験が何年も積み重なり、いつしか何となく相手の守備の隙が見えてくると予測している。

 

 今回のケースで言えば立花優莉は経験値という点は足りていないが、昨年の時点から彼女はどんなボールもスパイクにするような、彼女にとってバレーボールとは最初から最後は自分のスパイクで点を取る様なスポーツであった。相手の癖を即、見抜く才能は見られたことである。

 

 運動能力だけでなく洞察力も跳び抜けていたと考えるのであれば短い時間で相手の癖を即、見抜くことで、これまで見てきたようなエースと同じように当てずっぽうな勘ではなく経験則に沿った未来予知に近い予測を立てているとするならば彼女がこちらの守備の隙をつくのは納得できる。

 

 さて、立花優莉(彼女)が高性能な未来予測をした自分達の守備の隙をつく攻撃をしてくるとわかった姫咲高校はどのように対応したのか。

 

 答えは『守備範囲を選手ごとにきめ、どこに打ってきてもボールを拾う覚悟を決める』である。もともと立花優莉のスパイクは人間が反応できない豪速で打たれるのだからせめて癖なりを読み取って守備範囲を限定しよう、から始まった対策が最終的にコート全てを守ろうとするのは本末転倒と思われるかもしれないが、これは間違いである。


 何も対策せずにコート全てを守ろうとするのと、万策打ったうえで最終的な結論としてコート全てを守ろうとするのでは覚悟が違う。手を尽くし、これ以外に手がないと自信を持つことは守備に迷いなく最後までボールを追う気持ちをもたらした。

 

 

 こうした背景があってこそ――

 

 

『レフト立花優莉の強烈な一撃!しかし姫咲高校はなんと拾って見せた!』


 万全のスパイクではなかったとはいえ、立花優莉が打った世界最強レベルのスパイクを今日何度目かとなるレシーブ成功へと導いた。

 

 もっとも――

 

『ボールは高く上がったが大きくそれてコートの外へ』


『でも拾うことは出来ます。拾って次の攻撃に備えましょう』


 ボールはセッターの位置どころかコート外の記録係の席へ飛んでいく。これではスパイク(攻撃)に繋げられない。無難に相手コートの奥に押し込むのが精いっぱい。

 

 そう。普通ならスパイク(攻撃)など出来ないのだが――

 

「知佳!ライト!」


「正美!飛べ!」


 姫咲の徳本(エース)沖野(司令塔)は違った。

 

 沖野は声だけ張り上げるとコートの方は全く見ないままボールへ、机など見えはしないとばかりに記録員の席へ駆けだした。勢いそのまま――向かってくる沖野に慌てながら転がるように席を離れる記録員など一切気にせず――記録員席をなぎ倒しながらボールに追いつくと振り向きざまに、これまたコートの方を一切確認することなくトスを上げた。

 

 そんなバカなと思うかもしれないが、トスの上がった先にはこれ以上ないほどのベストタイミングで徳本がボールを待ち構えていた。

 

 まさに阿吽の呼吸。

 

 小学生の頃から、ずっと組んできたコンビだからこそできる妙技。

 

 しかし、直前に互いの名前を呼んでいたからこそ、松原女子のブロッカーも的確に――松原女子の選手からしてもあそこから強引にトスなど出来ないとは思っていたが、相手はU-19(ユース)にも選ばれる程の選手である。凡人には出来ない超人的な技巧の一つや二つくらい出来るだろうとある意味で相手選手を信頼している――3人が備えることができた。


 ブロック3枚に対し、姫咲のエース徳本が取った作戦は――

 

 

 

 

 (正面突破(正面からぶち抜く)!)

 

 

 

 

 

 バレーボールはスパイクで点を取ってもサーブで点を取ってもキルブロックで点を取っても、相手のミスで点を取っても加点は1点のみである。

 

 一度に複数点加点されることはない。

 

 しかし、一度に複数点加算されたかのような流れを引き寄せる1点というのはある。徳本は長いバレーボール経験から次の1点を取れば流れが大きく自分たちに傾くと本能的に感じている。

 

 

 相手のスーパーサーブからの連続失点。そんな中で日本のエースからのスパイクを拾いあげ、逆に1点もぎ取る。間違いなくこちらに勢いがつく。ここは確実に、しかし相手にしてやられた、という点の取り方をしなければいけない。

 

 だからこその正面突破。これ以上ない点の取り方をすれば姫咲(自分達)は盛り上がり、松原女子(相手)は意気消沈する。姫咲のエース、徳本の渾身のスパイクを受けることになった雨宮は思わず「え?」と声を漏らしてしまった。バレーボールでブロックは両腕を上に上げて行う。この時、少しでもブロックの面積を増やすべく、単純に腕を真上に上げるのではなく、少し左右に広げて行う。

 

 ただし、広げ過ぎてしまうとボールが両腕の間を通り抜けてしまう。この時、雨宮はきちんとボールのサイズを考え、腕の間を通り抜けられないように考えてブロックを行った。行ったはずだった。だが、徳本の放ったスパイクのボールは自分の腕の間を通り抜けた。手品でも何でもない、他でもない雨宮自信が両腕の間に風を切ってボールが通り抜けたをの感じた。

 

 だからこそありない。本当にボールは腕にギリギリ当たらない――もし仮にバレー部のユニフォームが今の半袖ではなく、昭和の頃のように長袖であったなら長袖に当たって減速したはずという本当のギリギリ――ところでブロックを潜り抜けた。

 

 

 ボールがブロックを潜り抜けたのを確認すると徳本は内心ガッツポーズをした。

 

 今のは完璧に相手の意表を突いた一撃。

 

 バレーボールの世界ではトータルディフェンスという考え方が浸透している。稚拙な戦術が目立つ松原女子だって簡易なものなら出来ている

 

 今のはストレート方向はブロック3枚で完全にふさいで無理やりインナーに叩き込むか、はたまたフェイントか、それともブロックアウト狙いにブロッカーの手先を狙うのかが通常戦法だった。

 

 故にブロックで防ぐストレート方向にはレシーバーを配置しない。そこに強引にスパイクを叩き込んでやった。これでこちらの点に――

 

(…??え?なんで???)



 松原女子のコートのその場所には本来いないはずの大河(レシーバー)がいた。

 

 なぜ彼女がその場にいたのか。それは極めて単純。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が素人だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来のレギュラーである都平、あるいはサブの白鷺であったならば、あるいはもっとバレーボール経験のある他の1年生なら、この場面はそこにいなかった。ブロックフォローのためにもっと前に出ていた。

 

 が、バレーボール歴8ヶ月、ポジションが決まったのは3ヶ月前という大河にとってはポジション別、場合別の動きは学習前である。サーブを打った後、よくわからないまま後方で待機していたらたまたまボールが来ただけに過ぎない。

 

 

 さてここで最大限、彼女を擁護しよう。


 大河奈央はとても運動能力が高い。体操から少し離れたとはいえ、未だに細い平均台の上でバク転は余裕で行える運動能力はあり、ネットインサーブを自在に打てるなど、自分の思ったように身体を動かせるセンスがある。

 

 が、自分の思ったように身体を動かせるということは反対に自分が思ってもいないようには身体を動かせないということであり――

 

(え?え?急にボールが来た!えっと胸より上のボールはオーバーハンドだっけ?でも速いボールだとすっぽ抜けちゃうからアンダーで取らないといけないし、そうなると下がって――)

 

 

 

 

 姫咲のエース、徳本が放った渾身のスパイクは女子高生があげるにはいささか可愛くない声と、ボールと肉が当たる鈍い音、その結果として生まれた、今日では珍しいくらいの見事な顔面レシーブに阻まれ、得点には結びつかなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公はバレー以外のスポーツでも記録を残せただろうけど、水泳だけは多分無理だっただろうなぁ
[良い点] 盛り上がってまいりましたぁ! しかし、こ れ は 痛 い [一言] 読み始めて数日で追いついてしまった・・・ 更新通知オンにしとこ・・・
[一言] 久しぶりの更新まってましたー!
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