040 瞬時の攻防
生きてます。短いです。
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット 終盤
第三者視点
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勝者のみが春高への切符を手にすることの出来る大一番は終盤の終盤で動きを見せていた。
15点先取の第5セットで一時期6-13と大きくリードを許していた松原女子高校が、怒涛の5連続得点で11-13と試合をひっくり返そうとしている。
その猛追の立役者、大河奈央の5本目のサーブ。
打ったボールはまるで過去の再現動画のように同じ軌道を描き白帯に激突、そして同じように姫咲のコートへ落下していく。
しかし、最初の頃とは違い姫咲の選手に動揺はない。
ボールがネットに当たるか否かをギリギリまで見極め、当たった瞬間に駆け出し、素早く、丁寧にレシーブ。ボールは正確に低くもないが高過ぎることもない高さでセッターの位置へと返っていた。
これを受けて姫咲の正セッター沖野の選択は――
一方その時の松原女子側のコートでは姫咲からの攻撃に備えて前衛がブロックの準備に入っていた。バレーボールはボールを落としても持っても失点となる。必然、視線は上を向く。そのため、ボールを追っている姫咲の選手からは見えない。姫咲のベンチからも宙を舞うボールに視線が集まっているので見えない。
一方、試合を2階席という高い位置からコート全体を俯瞰し、バレーボールをよく知り細かなところまで目の届く一部の観客は、優莉が雨宮の背中に手を回してユニフォームを引っ張っているのに気が付いた。
(ブロック位置入替やな)
その一部の観客には金豊山学園の大友監督も含まれる。
迎撃態勢を整える松原女子に対する姫咲。長谷川の高すぎないファーストタッチを見ると、その意図を正確に汲み取り弾かれたように姫咲の選手は一斉に動き出した。
バレーボールは『間』のスポーツであり、バレーボールで『速い』攻撃とは豪速スパイクではなく、この『間』が短い攻撃を示す。
最も『間』が長い攻撃はセッターの高く上げたトスを見届けてスパイカーが助走を始める【サード・テンポ】
それよりも『間』が短い攻撃としてセッターのトスと同時期にスパイカーが助走を始める【セカンド・テンポ】
さらに『間』を短く、トス前にスパイカーが助走を開始し、セッターがスパイカーの位置に合わせてトスをする【ファースト・テンポ】、所謂速攻である。
が、バレーボールにはこれよりさらに『間』の短い攻撃が存在する。
セッターがトスを上げる時にはスパイカーの助走と踏切が完了し、ジャンプする直前/直後の状態。セッターは高く跳んだスパイカーにあわせてボールを運ぶ【テンポ・ゼロ】。
長谷川の上げたボールは正確にセッターの位置。ジャンプした沖野の丁度頭の上に飛んでくる絶妙な高さ。そして中央からはミドルブロッカーの船越がセッターへの返球を確認しつつ、ネットへ駆け込んでくる。沖野はトスを上げるというより、ボールを置きにいくような小さなトス。これで十分。
セッター沖野の身長は171cm。ミドルブロッカー船越の身長は175cm。どちらも女子としては長身でそれがジャンプをするのだから打点は3m近くになる。
テンポ・ゼロによる超速攻に加えて、長身を活かした高い場所から高い場所にボールを置きにいくトス。その速さは松原女子に守備を整える時間を与えず、その高さは雨宮では届かない。
最速にして最高の攻撃が松原女子のコートを襲うーーはずだった。
船越がスパイクを打とうとしたまさにその瞬間、にゅっと想定より30cm以上高い壁がネット越しに現れた。本来雨宮が跳ぶ位置に立花優莉が跳んできたのだ。
ブロッカーの高さが不揃いな場合、相手スパイカーは当然低いブロッカーを狙ってスパイクを打つ。これを逆手にとって本来ブロックの跳ぶ位置を直前で入れ替える技をスイッチという。傍から見ればそんなものに引っかかるものかと思うかもしれないが、宙を舞うボールを追うバレーボールの特性上、視線は常に上を向き、ラリー中に相手コートをじっくり観察することは少ない。ゆえにスイッチは有力な技の1つとなる。
現に、今まさにスパイクを打とうとした船越も突如現れた想定以上に高い壁にぎょっと驚いた。
驚いたが、それまでだった。
確かに驚いたし、スイッチを使ってくるのは想定外だった。
が、試合前より松原女子高校の立花優莉が時々神がかり的な推測ブロックを仕掛けてくることは予習済みである。故にこの試合が始まるよりずっと前から『立花優莉のブロックが突如目の前に現れることもあるが、慌てない』を想定し、それに対し左右に打ち分けるなり、ブロックアウトを狙うという対策も練っている。
スパイクを打つ船越も松原女子のコートにたたきつける気満々であったところを、想定通り練習通りにボールが手のひらに当たる直前で無理やり立花優莉の指先にあて、ブロックアウトを狙うスパイクに切り替えた。
これに気が付いた立花優莉は慌てて腕を引っ込めようとするも間に合わず、ボールは指先に当たり、松原女子のコート外へボールは飛んで行った。
なお、姫咲高校がファーストタッチとなるレシーブを行ってからここまでにかかった時間は10秒にも満たない。ゆえにバレーボールを知らない人から見れば『よくわからないが、姫咲が速い攻撃を仕掛けて松原女子がそれをブロックした』程度にしか思われないだろう。
さて、立花優莉がブロック『させられてしまった』ボールは松原女子のエンドラインを超えて遠くに飛んでしまっている。このボールを追うのはチーム1番の長身で反応速度と運動能力も優れる村井。猛ダッシュで追い、ボールが床に落ちる前に飛び込んでなんとかボールと床の間に手のひらをもぐりこませる。
そのまま腕を上げて何とかボールを打ち上げるも、ボールが地面に落ちるまでの時間をわずかに先延ばしさせるのが精一杯。
「玲子。ナイスレシーブ」
だが、それで次につながった。
村井が何とか拾ったボールを繋いだのは同じくボールを追っていたが体が小さく、そのため歩幅も小さく村井に比べて出遅れていた有村。わずかに上がったボールに飛びついて無理やり自陣コートへボールを押し返す。
「チャンスボール!!」
姫咲のコートからそんな声が上がる。松原女子のコートには悪球打ちが得意なエース立花優莉が残っているが、そもそもスパイクが出来ない程低く戻ってきたボールは打ちようがない。そのため、返球はチャンスボールになると姫咲は声を上げたのだ。
それはその通りであるが、嫌がらせは出来る。
「ラスト任せて」
立花優莉は手と声を上げ、味方が繋いだボールの下に潜りこみ、そしてボールを高く高く高く打ち上げた。ボールを高く打ち上げることでコート外に駆けていった村井と有村が戻ってくるまでの時間を稼ぐ意味もあるが、それ以上にこれは攻撃手段である。
人は地面に対し、水平方向に向かってくるボールよりも垂直方向に落下してくるボールの方が遠近感がつかみにくい。かつて天井サーブがバレーボールの世界で猛威を振るったのも人あってのものである。
まして今の試合会場は立派な施設だけあって一般高校生が試合をやる様な体育館よりも天井が高く、その高さを活かした攻撃である。
しかし、無駄。
姫咲高校は松原女子用の対策練習をいくつもしている。
立花優莉が返球に困った時にはボールを高く打ち上げて返球することは約1年前の春高でも見られたし、6月のインターハイ予選でも見られた。ゆえに対策練習はばっちり。
「オーライ、オーライ」
姫咲高校のリベロ、国木田は当然のようにボールの下に正確に入り、遠近感も間違えることなく丁寧なレシーブをした。
それは高く、丁寧なファーストタッチ。
味方に十分な落ち着きと助走時間を与えるキレイなレシーブ。
先ほどのサーブレシーブの時とは真逆。これも意味がある。
1回目のラリー時は相手はサーブを打った直後で相手コート内が乱れていた。そこを素早く突くための速攻。
2回目のラリー時は相手からの返球時に高くボールを打ち上げ、十分な時間を稼がれてしまったので、こちらも万全の状態で挑むべくファーストタッチを高く上げた。
セッターへ返球を見届けつつ、姫咲の3枚のスパイカーは同時に助走に入った。
【ファースト・テンポ】による3枚速攻。
松原女子が守備布陣を整えたのなら、こちらも真っ向勝負の最高攻撃で薙ぎ払う。
対する松原女子はスプレッド・シフトという前衛3人が左、中央、右にそれぞれ散開して待ち受け、確実に1枚は相手スパイカーにつく布陣で待ち受ける。
そして姫咲のセッター、沖野が選んだのはライトでボールを待ち受けるエース徳本。対する松原女子のブロッカーは立花優莉。ローテーションの関係上、この試合マッチアップの少なかった2人の攻防――にはならなかった。
立花優莉は確かにブロックに跳んだが、徳本から見てクロス方向を完全に塞ぐ形で、反対にストレート方向はがら空きであった。ただし、そのがら空きの先にはリベロ有村が待ち受ける。
トータルディフェンス
近代バレーの守備における考え方である。
昔はひたすらブロックする、がむしゃらにレシーブをするのが良しとされてたが、今のバレーボールはブロックでボールが飛んでこないように防ぐ範囲、レシーブでボールを拾う範囲を決め、効率的にコートを守る戦術に変わっている。ただし、決めたからといって確実にブロックできるわけではないし、レシーブも出来るわけではない。徳本も1対1とはいえ、絶好球のボールが上がってきているのだ。そう易々レシーブはさせないとストレート方向に渾身の一撃を放つ。
結果は――
「む……」
小さく不満を顔に出す徳本。レシーブされたボールは少しセッターを動かす所謂Bパスという形で大体セッター雨宮のところへ上がっていった。
攻守入れ替わり、松原女子の攻撃。
少し動かされたとはいえ、この位置からでもブロード攻撃等は出来る。が、セッター雨宮の選んだ先はレフトからのオープン攻撃だった。
「優莉先輩!」
タイミングとしては最も『間』の長い【サード・テンポ】用のオープントス。ただし、トスの上がった位置は程よく高く、またネットからも少し離れた立花優莉が最も好む位置。高く跳ぶエースから放たれる豪速スパイク。姫咲の選手は何とか拾おうとするもボールに触るのが精いっぱい。
12-13
松原女子はついに1点差まで追い上げた。
テンポ・ゼロ攻撃もセンターを使う場合は小学生でもやってきます。漫画ハイキューのようにコートのどこでもテンポ・ゼロはまず無理ですが。