039 度胸
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット
姫咲高校 女子バレーボール部 主将
長谷川 茉理 視点
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2連続ネットインサーブなんていう不可思議現象を目の当たりにしてしまい、固まってしまう私達。そのまま正面の松原女子のコートを見て気が付いた。
「みんな!ちょっといい?」
コートにボールが落ちて、点が動いてから一秒を争うくらいせっかちにサーブは始まらない。簡単に一言二言くらい伝える隙間時間がある。
「向こうの大河は狙ってネットインサーブができる」
時間はあまりない。集まったチームメイトに端的に伝える。
「え?本当ですか?それもう人間業じゃないていうか……」
「サーブの時に白帯を狙え、なんてよく言われますよ。偶然が2回続けて出ただけだと思います」
まあそうだよね。普通そう思うよ。私も。ついさっきまでだけど。
「根拠はある。みんな。松女のコートを見て。あちらさん、もう次のサーブを打つ姿勢になってる。おかしいでしょ。終盤の崖っぷちで2回連続ネットインサーブ。ふつうもっと喜ぶでしょ?」
「「「!!」」」
それだけで私の言いたいことが伝わったようね。仮に私達の誰かがネットインサーブを春高出場のかかった決勝戦で2回連続決めようものなら絶対に大騒ぎする。ついでに「今日はツイてる」とか「帰りは車に気を付けて」とか「明日は大雪ね」とか言うはず。
ところが松女の連中は確かにサービスエースには喜んでいたけど、ネットインサーブ自体に驚いたり喜んでいる様子はない。つまりあの大河がネットインサーブを打てると知っているのよ。そうこうしているうちにサーブを告げる笛が鳴る。大河3本目のサーブ。
飛んできたところはネットの白帯。
やっぱりね。
「前!前!」
仲間から声が聞こえる。そしてそれに応える。
「私に任せて」
ボールは白帯にあたり、こちらのコートに落ちてくる。お化け屋敷のどこが怖いって、どこからお化けが出てくるかわからない、未知が怖いのよ。ネットインサーブは凄いけど、ネタがバレてしまえば……
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ネタがバレてもやっかいな事には変わりないけど、やっかいさは半減する。
サーブがネットにぶつかってインしてくる関係上、ネット際でサーブレシーブをしなくてはいけない。バレーボールのルールでは競技中にネットに触るのはダメ。触った時点で相手の点になっちゃう。レシーブしたボールがネットに当たっちゃうと予期せぬ方向に飛んでいくこともある。ネットプレーは地味だけどボールを上手に捌くには技術がいる。
そのネット際の対応を強いる時点で松原女子お得意のパワーサーブではないけど確かに松原女子お得意の嫌らしいサーブだ。
加えて……
「知佳」
ネットと平行になるように身体の向きを変えてセッターへレシーブ。セッターのところに返したAパスだけど、ここから助走距離を確保してスパイクの体勢に持って行くのは時間的に無理。
つまりせっかくのスパイカー3枚体制なのにこの時点でレフトの私はスパイク要員になれない。強制的にスパイカーを1枚削られたってわけ。
ちらりと見れば松女のブロックシフトも私達から見てセンターからライト方向に偏って待ち構えている。
スパイカーを牽制させ、スパイクを打たせない、ネタがバレていても嫌なサーブね。松女はあからさまに正美を警戒している。立花優莉がこのセットもベタ付きの様子。正美は第4セットまでは対角の村井とかみ合うようにこっちのローテーションを組んでたから、立花優莉の変則ブロックとは今日はあまり対戦してないけどここまでうまく対応してくれている。
ライトから正美が、センターから成美が跳ぶ。
セッターの知佳が選んだのは――成美!
成美の跳躍にあわせて松女のブロッカーも跳ぶ。でもブロックは右側に若干の隙間があるように見える。それを見逃す成美じゃない。右側に打とうとして、次の瞬間、にゅっと右から壁が生える。立花優莉の素早さは本当におかしい。さっきまで正美にベタ付きで明らかに初動は遅かったのにブロックには間に合わせてきた。でも成美は成美で右に打つ気だったところを左に腕を強引に振り切った。
「ワンタッチ!」
成美のスパイクは相手ブロッカーに当たった。
ふむ……
ちなみに成美が飛んでからの攻防は1秒にも満たないコンマ秒の世界の話だけど、その中でも1人だけ倍速で行動しているかのような俊敏性を誇る立花優莉はやっぱりおかしい。
ブロックではじかれたボールは松女のコートの外に飛んでったけど、方向が悪かった。大河の近く。あれはAパスでセッターに……
次の瞬間、ばっこーんという残念な音と共にとりあえずネット際にボールが返ってくる。
あのチャンスボール、まともにレシーブ出来んのかい……
神業とも言えるサーブと多分、その辺の小学生バレーボーラーにも劣るレシーブ力。ちぐはぐな子ね……。
相手代役セッターが山なりに返ってきた残念ボールの下に……
「結花ちゃんどいて!」
そこに割り込んだのは日本のエース、立花優莉。
フルジャンプ程の高さは出てないけど、それでも目算で多分3m50cmくらいの高さ、つまりどう頑張ってもブロックできない高さから打ち込んできた!
高さも嫌だけど、球速もやっかい。そんな速度で誰もいないところにボールが来たらとてもじゃないけどレシーブ出来ない。
13-10
向こうも10点台に乗せてきた。
しっかし、本当に立花優莉はこちらの守備の隙をつくのが巧い。まあ世界を相手におかしな決定率を叩き出したのだから高校生程度の守備なんて大したことがないのかもしれないけど。一番跳んでるはずなのに、加えてお姉さんほどじゃないにしても大きな重りをくっつけてるのに立花優莉はまだまだ元気の様子。
でも今のプレイ……
「すいません!取れませんでした!」
「ドンマイ。あれ取れたら世界レベルだから。にしても立花優莉はまた殆ど後ろから飛んでくるなんて打ちにくいボールをよく打ってきたわね」
「松女じゃあどこにボールがあっても打てるように練習してるって噂だし、あれくらいなら想定の範囲なのかもね」
まあ、それはあるかもしれないけど、それより重要なことがある。
「向こうの立花優莉、セッターにボールを拾わせずに打ちにくくてもツーで返してきたわね」
「多分、お姉さんほど雨宮とはうまくやっていけてないってことの表れだと思います」
セッターがトスできるボールを横から奪うのは“あなたをセッターとして信用していません”というメッセージに他ならない。背信行為だと雨宮は思うのかもしれないけど、立花優莉や村井からすればなんで最終ボールをエースである自分に任せないんだ、ってことがきっと先にくる。
つくのはここ。
そしてもう1つ。
「後ろから見ててずっと思ってたけど、マッチアップすると実感するわ。知佳、今後は雨宮のところ上げて。立花陽菜と比べると低くてやりやすい。あれなら上を抜ける」
やっぱりさっきスパイクを打った成美も気が付いたようね。実際にマッチアップすると雨宮のブロックはとても低く感じる。
絶対評価をすれば165cmくらいあって松女ご自慢の筋トレで鍛えた雨宮のブロックは平均よりは高い。
けど、第4セットまで戦っていた立花陽菜はそれより10cmくらい背が高くておまけに日本人らしからぬ、すらりと長い手足の持ち主。雨宮の武器の筋トレだって立花陽菜は1年長くやっている。その分鍛えられている。
相対評価をすれば雨宮のブロックは立花陽菜よりボール1個分くらい低い、ように感じる。
こればっかりはね。仕方ない。女子バレーの世界も大型化が進んでいると言われているけど、長身セッターはあまりいない。セッターはウイングスパイカーやミドルブロッカーと比べれば体格よりもゲームメイク能力、トスワークと言った技量が重視される。後は単純に大型選手はスパイカーやブロッカーに回したい、という事情もある。
姫咲だって知佳を除けば身長は170cm未満。だから雨宮は悪い選手ではない。比較対象が優秀なだけ。
同情はするけど、それと試合中に狙わないのは別。タイミングさえ合わせれば雨宮の上は立花陽菜よりつきやすい。
「けど、あんまり露骨に狙うとブロッカーの入れ替えで肝心な時にシャットアウトを食らうので気を付けてくださいね」
成美が雨宮を狙うって宣言し、内心私も同意したところで、正美にくぎを刺された。
……全く可愛げのない後輩である。
そして4回目となる大河のサーブ。そろそろサーブ権を取り返したいし、やられっぱなしというのも癪に障る。
ボールはやっぱり白帯に向かって飛んでくる。
ネットインサーブは面倒だけどネタさえバレてしまえば……
そう思ってボールを見つつネットの真下に移動すべく前進すると、大河のサーブは白帯のギリギリ上、多分白帯とボールの間には段ボールがギリギリ通らないくらいの隙間が……
あれ?ネットインじゃないの?
いや、そんなことを考えている場合じゃない!
ボール目の前!避けなきゃ……って避けてどうするの!
「くっ」
いつもだったらなんてことのないボールなのに、白帯に当たって落ちることを予期して前傾姿勢で動いていたのが仇になった。オーバーで対応するのもアンダーで対応するのも微妙な位置。結果、ボールを弾いてしまった。
13-11
じわりと追い上げられてきた。
笛が鳴る。
どうやら姫咲がタイムアウトをとったみたい。
……頭を冷やせってことね。
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット 同時刻
観客アリーナ席より
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「えっらいな。えっらい子を松原女子さんは見つけてきよったなぁ。どこでみつけたんやろ?」
金豊山学園高校女子バレーボール部の大友監督は、興奮しながらそうつぶやいた。
「ところで博。最後のサーブ、あれ狙ってやったと思うか?」
松原女子の大河は3本連続でネットインサーブを決めて見せ、4本目のサーブは白帯の少し上を通過した。これが狙ったものなのかどうなのか、大友監督は隣に座る参謀の沼田に意見を聞いてみる。
「おそらくですが、狙ってネットインさせなかったと思います」
「博もそう思うか。いや、えらい子や。あの子のサーブは単品で見れば大したことあらへん。姫咲の子やったら落ち着いてレシーブしたらほぼ確実に拾える。しかもこの試合、勝った方が春高行ける大一番やで?そこで少しコントロールを誤ればネットを超えずに相手の点になるネットインサーブを決めて見せる度胸。
4本目はわざと普通のサーブに切り替える胆力。あの子、心臓に毛でも……女の子に心臓に毛は失礼やな。そやな鉄の心臓、いや鋼の心臓なんてどや?」
軽口を叩く大友監督。こうなれば生真面目な沼田はそんなことはないと反論してくるだろうと予想してのことであったが……
「そうですね。いっそのこと大河は機械仕掛けで動いていると言ってくれた方が納得しますね」
「お?」
予想外の反応に戸惑う大友監督。
「監督。大河はなぜネットインサーブが打てるんですか?」
「そらぁ、白帯狙うサーブ練習をたっくさんしたんやろ。大したもんやで」
バレーボールの一般的な事象としてサーブが白帯に当たった場合、必ず相手のコートに落ちる、とは限らない。自陣コートに落ちる場合もある。
ここで大友監督が『大したもの』と評価しているのは、まず白帯を狙うことのできるコントロールだ。加えて、勝てば春高、負ければそれまでの大一番で、運よく相手コートにボールが落ちるかもわからない賭け事を3連続でやり遂げる度胸の2つである。
「監督。これは私見ですが、彼女は一か八かでネットインサーブを打ったのではないのです。彼女はボールが相手コートに落ちると理解して打っているのです。さながら状況再現ともいうべきでしょう」
「は?」
沼田のあまりにひどい意見に思わず間の抜けた返しをしてしまう大友監督。
「お気持ちはわかります。私も確信を得るには今撮影しているビデオの映像を確認してからになりますが、彼女はネットインサーブを決めた3回すべてで同じ、本当に寸分たがわず同じフォーム、そして同じ力加減でサーブを打っているようです。妙だと思っていたんですよ。大河が前衛の時にはしきりにネットの張り具合を確かめていましたし、8点目のコートチェンジの際もネットを触っていました。
ネットの状態、ボールの空気圧、コートの状態。これらを組み合わせて大河は確実にネットインサーブを決められる状態に持って行くことが出来るのです」
「あのな、博。蕎麦職人がその日の湿度で水加減変えるんとちゃうんやで?そんなん人間業やあらへん」
「ですから言ったじゃありませんか。『機械仕掛けで動いていると言ってくれた方が納得できる』と。……そうそう。彼女の渾名でしたね。サイボーグなんかどうですか」
「博もたまにおもろい事いうなぁ」
生真面目な沼田の冗談に大友監督は思わず苦笑してしまう。そしておもむろに県大会予選のパンフレットを開く。
個人情報保護が叫ばれている今日でも、パンフレットに出場選手の名前、番号、学年くらいは記載されている。
「松原女子の14番は……大河 奈央ちゃんか。覚えたで!あの子のサーブだけでも2人分の新幹線代払うて見る価値あるな!」
……個人情報保護が叫ばれている今日関係なく、無料配布のパンフレットで手間となるふりがなは無い場合が多い。
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット 終盤 タイムアウト明け直前
立花 優莉 視点
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タイムアウトが終わった。あと4点。頑張って俺か玲子に繋いで点取りましょうっていつも通りの作戦。つまり作戦らしい作戦はない。
はぁああ
緊張するなぁ。
なんなら世界選手権の時より緊張する。
あの時はチームメイトが凄すぎたので俺がミスをしても問題なかった。監督からも『一番経験が浅いのだからミスは気にしないで思い切りやれ』って言われてたし、何かやっても『優莉は高校生だぞ、周りがフォローしてやれ』って言われたくらいだ。
対して今日はチームの主役で主力だから勝ち負けがダイレクトに効いてくる。第5セットの最初にサーブをミスった時は目の前が真っ暗になったくらいだ。
「先輩、ちょっといいですか?」
内心ブルーになっているところに後ろから声をかけてきたのは結花ちゃんだ。
ーー余談だが、『女の子がみっともなく猫背にならない!優ちゃん美人なんだからみんな見てるんだよ!いつもちゃんとして!』と陽菜が常日頃から口酸っぱく言ってくるのと、当の本人も家の外ではいつも背筋をピンとしているので渋々俺も倣い、それが癖になっているので内心とは裏腹に堂々と歩いていたはずなので不審には思われていないはず。
「先輩。レフト解禁します。基本全部優莉先輩か玲子先輩にボールが上がると思ってください。玲子先輩にはもう伝えてあります」
おう……
ここでボールを俺や玲子集中ですか。
元々今年の松女はレフトにボールが上がることが多かった。レフトには強力なスパイカーである玲子と、手前味噌で恐縮だが俺がいるので、レフトからの攻撃が多いのは当然である。それでもライトからは明日香が、センターからは翼ちゃんや英子ちゃん達ミドルブロッカーが攻撃することもあった。
が、先週の二次予選に続き今日の三次予選も明日香が不在。代わりに入った愛菜は守備の人でありスパイクは出来なくもないけど正直弱い。センターの翼ちゃん英子ちゃんのスパイクも姫咲の強固なブロッカーの前にはイマイチ通じていない。
なので1~4セットは必然、レフトからの攻撃が多くなった。
コートの中にいた俺達はおかしいとは思わなかったが、コート外から試合をみていた結花ちゃんは攻撃がレフト一辺倒になっていたことで姫咲に専用シフトを敷かれていると指摘してきた。
確かに玲子のスパイクは中々点に結びつかなかったし、俺の攻撃も速攻ならともかくオープン攻撃だとAパスにはさせなかったが、逆に言えばセッターのところに返らなかっただけで今までにないほど拾われていた。
専用シフト自体、去年から使われていたから強豪税のようなものだと思っていたし、まして相手は夏の全国女王、多少は仕方なしと思っていたが、結花ちゃんに言わせるとライトやセンター、あるいはツーアタックを警戒させれば警戒が緩くなってもっと決めやすくなるとのことだ。
丁度セッターが変われば攻撃手段が変わってもおかしくないということで第5セットはここまでレフト一辺倒ではなく、その他の攻撃も混ぜて攻撃してきたのだ。そのかいあってか確かに姫咲はレフトだけではなく、センターやライトからの攻撃も警戒するようになった。
そしてレフトへの警戒が緩んだところで俺や玲子を解禁するという寸法だ。
……実質今日がセッターとしての初の公式戦のはずなのに、負ければお終いの試合であえてエースの俺 (自分で言ってハズイ)や玲子の出番を減らす作戦を取る結花ちゃんの度胸には驚く。
結花ちゃん、おそろしい子!
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第5セット 終盤 タイムアウト明け直後
大河 奈央 視点
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応援や声援が聞こえる。
集中が足りていない。
監督は後4点先に取れば春高だとかそんなことを考えるな。目の前の1点に集中しろなんて言っていたけど、なんでそんな当たり前のことを言ったんだろう。
元より春高だとかインターハイ予選の雪辱だとかは全部邪魔。試合に関係ない。
想いだとか感情だとかでスポーツはうまくならない。
むしろそれを切り捨てなければいけない。
遠くから『奈央、思い切っていけ!』『ナイサー、一本』『奈央、落ち着いてしっかり!』だとかの雑音が聞こえる。
それらは試合に関係ない。
そぎ落とす。
「はい。いきます!」
いつものように宣言する。その瞬間、雑音は聴こえなくなった。これでいい。雑音は私のサーブにいらない。
いつものようにサーブを打つ。ただそれだけ。
春高 県最終予選 女子決勝戦 第5セット
松原女子高校 VS 姫咲高校
11-13
第5セットは15点先取制。勝利校は春高への出場権を得る
実は2点しか進んでないです。