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038 春高をかけた第5セット

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 春高 県最終予選 女子決勝戦

  第5セット

   第三者視点

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 春高出場をかけて行われる女子決勝戦。

 

 試合は選手、両校指導者、観客の全員が思わなかった形で終わろうとしていた。


 第5セットは姫咲高校からのサーブ。これを松原女子高校は1本目で断ち切り、先制点は松原女子高校へ。

 ここで会場にいる姫咲高校贔屓の人は覚悟を、松原女子高校贔屓の人は期待をした。松原女子高校のサーブ。一番手はエース立花優莉。彼女のサーブは世界レベルであり、女子高生チームが容易にレシーブできるものではない。事実、ここまでの4セットで松原女子高校が一番点を稼いだのは彼女のサーブのターンであった。

 

 姫咲高校としては可能な限りここでの失点を最小限に食い止めたい。

 

 松原女子高校としては可能な限りここで得点を重ねたい。

 

 

 両校の思惑が重なる中、立花優莉最初のサーブは姫咲のコート奥深く、エンドラインをわずかに超えてのラインアウト。

 


 痛恨のサーブミスとなった。

 

 

 とは言え、ここで立花優莉を擁護するのであれば仕方のないミスといえるだろう。

 

 彼女は機械ではない。何本もサーブを打てば、そのうち1度くらいはミスをする。すでにこの試合、一番多くのサービスエースを決めて見せ、その分一番サーブを打っている。ライン越えが怖ければ入れていくだけのサーブを打てばいい。だが、そんなことはせず、結果はアウトになったが第5セットになっても日和らず攻めるサーブをして見せた。

 


 これを責めるのは酷である。

 

 

 とは言え、予期せぬ形で立花優莉のサーブが終わってしまい、これは幸運と士気を上げる姫咲高校は試合を優位に進める。

 

 徐々に点差を広げ、ついに13-6まで差を広げた。ただ点差を広げたのではない。

 

 松原女子高校の選手はまだ4人しかサーブを打っていない。松原女子がもっとも連続得点(ブレイク)を狙える立花優莉は松原女子で一番最初にサーブを打った。再びサーブを打てるのはコートの6人全員がサーブを打った後。そのためには後3回サーブ権を回す必要がある。だがサーブ権を回すためには松原女子が点を取った後に姫咲が点を取る必要がある。そして後3回サーブ権を回すためには2点を失う必要があるが、第5セットは15点先取なので2失点した時点で試合に負けてしまう。

 

 そのため、松原女子が勝つためにはエースのサーブに頼らず最低でも後7点とり、デュースに持ち込まなければならない。

 

 あとがない松原女子高校は第5セット最後となる2回目のタイムアウトを申請した。


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 視点変更

  春高 県最終予選 女子決勝戦

   第5セット  

    姫咲高校 女子バレーボール部 主将

     長谷川 茉理 視点

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「すいません!」


「ドンマイドンマイ!」


「ナイスガッツ!強気のサーブ」


 タイムアウト明けのサーブでうちのセッター、知佳のサーブはネットに引っかかり、相手コートに届くことなく終わった。

 

 それでも姫咲(うち)はたとえコントロールが怪しくなってもパワーサーブを打たなくてはいけない。なんせ相手前衛にはちょっと前の世界選手権でぶっちぎりの得点女王に輝いた日本のエース様がいらっしゃる。生半可な形でボールを相手コートに入れれば触れることすら叶わないスパイクとなってこちらにボールが返ってくる。

 


「はいはい。切り替えて。一本で切るよ」

 

 手を叩きながら次の指示を出す。今度は相手のサーブ。松原女子はサーブに力を入れている高校で全員が程度の差はあれど強力なサーバーだ。

でも、それでも山なりに相手にボールを返すわけにはいかない。キチンとサーブレシーブをして、スパイクで返す。これをやらないと強烈な一撃で返ってきてしまう。


 

 なんとも理不尽な相手だ。


 というか松原女子はもっと練習しろ!全員胸に余計な脂肪がたくさんついてるわよ! 


 と僻んでも仕方ない。次の相手のサーバーは……

 


大河(14番)のサーブねぇ……)



 正直なところ、この14番については実力を計りかねている。素人に毛の生えたレベルの経験値なのか、あるいは急遽レフトではなくセッター対角のライトに入ったことが原因なのか全体的に位置取りが悪い。位置取りが悪いせいもあって碌にボールに触っていない。

 


 反対にもう1人の新手、雨宮(11番)についてはおおよそ実力に見当がついている。

 


 『半年でだいぶセッターらしい動きになったけど控えに甘んじるのが妥当』程度。

 


 インターハイ予選の半泣き状態の時とは違い、今回は良く味方コートだけじゃなくて私達相手コートのことも見ている。セッター歴は浅くてもバレー暦はそれなりにあるのかトス回しはとてもセッター歴半年とは思えない程よい。

 

 松女セッターならではの課題として立花優莉(エース)用の高い速攻用トスが上げられるか、というものがあるけどこちらもクリア。これができなかったら楽だったのに。ちっ。

 


 ひょっとしたらセッターとしてのセンスは雨宮(11番)の方が上かもしれない、くらいの出来。

 

 

 

 赤井監督の言葉を借りるならセッターには2種類あって、1つは自分を黒子にしてスパイカーを持ち上げるタイプ、もう1つは自分が表にたってスパイカーを引き上げるタイプ。

 

 松原女子の立花陽菜(正セッター)が前者で、沖野知佳(うちのセッター)雨宮(松女の副セッター)が後者。

 

 

 どっちが良い悪いは一概に言えない。

 


 黒子タイプのセッターはチームにすぐに溶け込んで融和を図るから軋轢を生まないけど小さくまとまる場合がある。

 

 目立ちたがりタイプのセッターはスパイカーの良さをスパイカー本人が思っている以上に引き出せることがあるけど、チームが不和になる場合がある。

 


 と赤井監督が言っていた。

 

 


 ここまでならタイプの違うセッターがチーム内で競うことで良い効果をチームにもたらし、あるいは相手によってセッターを代えることで戦い方を変えることが出来る、と思うかもしれない。


 

 けど、『松女の』セッターとして見れば雨宮(松女の副セッター)立花陽菜(正セッター)に及ばない。


 

 

 理由は2つ。1つめ。身長。

 

 雨宮(副セッター)の身長は多分165cmくらい。対して立花陽菜(正セッター)は長身の立花先輩の妹だけに175cmくらいある。加えてこっちもやっぱり血のつながった姉妹だからか、立花先輩同様手足がすらりと長い。胸部はメロンどころか小ぶりのスイカが実ってるし。雨宮(副セッター)は胸部がちょっとけしからんことになっているけど、それを除けば典型的日本人の体形。

 

 指高は多分12~14cmくらいは違うと思う。これだけ違えばセットアップもブロックも高さが違ってくる。セッターのポジションを競うならこれを上回る何かがないと勝負にならない。さっき評価したセンスだけでは今のところ補い切れていない。

 

 

 

 

 そして2つめ。こっちが致命傷。自分本位過ぎる。

 


 第5セット、姫咲(私達)はローテーションを変えている。このセットは15点先取だから第2セットのように立花優莉(相手エース)のサーブで連続失点をするような事態は避けたい。だから (自分で言うのも恥かしいけど)レシーブの巧い私を中心に最初に1番サーブレシーブが巧いローテを持ってきている。

 

 ……当たり前だけど、サーブレシーブが巧いって評価したのは赤井監督でローテをずらそう、って考えたのも赤井監督だよ。

 

 ただ、このローテはこのローテで問題がある。例えば第4セットまでは正美(うちのエース)村井(相手の裏エース)と一番マッチアップするようにローテを組んでいた。理由はもちろん、村井(相手の裏エース)の得点力を封じるため。この作戦はうまくいったけど、第5セットはローテを崩したことでこれが出来なくなった。

 

 

 サーブの後、立花優莉(相手エース)はしばらく後衛となる。当然、攻撃力は落ちるわけだけど、その落ちた攻撃力を補うだけの爆発力が村井(相手の裏エース)にはある。だから私達は直前まで、それこそ午前の準決勝の試合をベンチに入れなかった子に頼んで試合を録画してもらって、お昼に最終確認をするくらい村井封じを考えてきた。第5セットは背に腹は代えられないとはいえ、その対策の一部を放棄してまで望んだんだけど……

 

 

 Bクイック?ブロード攻撃?シンクロ攻撃?

 

 そうね、かっこいいわね。

 

 特にセッターなりたてなら『私スゲー』『どう?こんなことだってできるのよ』っていうのがやりたくてついつい覚えたての難しい技を使いたくなるわよね?

 

 わかるわかる。

 

 しかもセッター歴半年でそこまでできるんでしょ?

 

 凄いわ。本当に凄いわ。天才かもね。

 

 けど、あなた自分のところのスパイカーをちゃんと見てるの?

 

 私達のコートまで気にしているのはわかる。こちらのブロックシフトを見て少しでも守りの薄いところを狙っているのもわかる。でもそれはその分、自分のところのスパイカーを見ていないってこと。

 

 村井(裏エース)は丁寧にトスを上げて、スパイカー自身に余裕を与えれば単独でブロック3枚と勝負できるスパイカーなのよ?

 

 わざわざ中央攻撃やツーアタックになんて頼る必要はない。ま、おかげでそちらの粗末な攻撃が続いてくれて、第5セットの序盤中盤で結構点を稼げてリードを奪えたわけだけど。

 

 


 そもそも松原女子のレフトは2枚合わせればおそらく高校最強の攻撃力を持つ。それこそ全部オープン攻撃だけで勝負出来るくらい強力。

 立花陽菜(正セッター)の方はわかっている。松女(自分達)のレフトがどれだけ強いか。どれだけ優秀か。だからまずレフトありきで考える。センターやライトからの攻撃もしてきたけど、あくまで添え物程度。外から見れば単純って思うかもしれない。でも違う。それが最も松原女子の力を発揮できる攻撃。

  それに雨宮(副セッター)は気が付いていない。単純に本か何かでセッターの一般常識を学んで、それを実践しているだけ。勿体ない。もっとチームを見るべき。

 


 もっと『松原女子高校の』セッターになるべき。

 

 

 

 

 『チームの最大値を引き出すのがセッターの役目』

 

 

 

 これも赤井監督の言葉。

 

 

 残念ながらそれに気が付かない限り、松原女子の正セッターは立花先輩の妹で日本のエースのお姉さんのままでしょうね。

 


 さてさて、結局実力がよくわからない大河(14番)のサーブ。

 


 こっちのローテはさっきサーブを打ったばかりの知佳(セッター)が後衛。前衛には正美(エース)と私と成美(長身ブロッカー)の3枚スパイカー体制。うちで一番攻撃力が高いローテ。

 

 生半可なサーブならすぐに点を取り返せる攻撃力がある。まあ松原女子のことだからスパイクサーブかジャンプフローターサーブかの強烈なサーブが……

 


「はい。いきます!」

 

 あら?可愛い。大河(14番)は笛が鳴ると右手をまっすぐ上に上げてわざわざ宣言をしてからサーブを打つようだ。

 

 私も小学校の時はサーブを打つ時に声を出しなさい、って言われてやってたなあ。いきま~すって毎回言ってたよ。

 

 って、ありゃ?ジャンプしないの?

 

 う~ん。

 

 特別ボールは速くもないし、ていうかこのままだとネットにぶつかるんじゃないの?


 案の定、ボールはそのままネットの上部、白帯に当たり、そのままこちらに……って!

 

 

 慌てて一番近い成美が飛びつくけど、もう遅い。ボールはコートに落ちてしまった。

 

 

「すいません。今の拾えました」


 成美が謝るが、まあ仕方ない。

 

「仕方ない。仕方ない。みんなコート深く守ってたからね」

 

 拾えなかったのには原因がある。松原女子のサーブは強烈だからみんな普段より少しエンドラインに寄せてサーブを待ち構えていたのが仇となった。普段の位置で守っていたらひょっとしたら拾えていたかもしれない。過ぎたことを言っても仕方ないけど。

 


「そもそもネットイン自体、滅多にないことだから切り替え、切り替え」


 それに、私だって今のはネットに当たってサーブの失敗かと思ったし。ま、そんなこともある。13-8。まだリードはある。気持ちの切り替えを促して、さ、次よ次。

 

 

「はい。いきます!」

 

 

 2回目の大河(14番)のサーブ。1回目と同じように片腕を上げて宣言をしてからのサーブで……

 

 え????

 

 ちょっとまって?????

 

 ボールの軌道が1回目とよく似ているというか同じというか、え?え?え????

 

 ボールは1回目と全く同じくネットの上部の白帯に当たって落ちた。今度も私達はボールを拾えなかった。それ以上に動揺させられて体が固まり、ボールを見送ってしまった……

 

 

 一体どうなってんの?????

 

 

 春高 県最終予選 女子決勝戦 第5セット

  姫咲高校 VS 松原女子高校

     13- 9


  ※第5セットは15点先取制。勝利校は春高への出場権を得る


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一年生達の成長が判り易く描写されてるね。 [一言] 初見殺しを使う最高のタイミングですね。
[一言] 狙ってできるってスゴイよね でもプロ選手は大概できるっていうw
[一言] 出た!大河の必殺技! 初見殺しなのかもしれないが。。。 なぜかプロゴルファー猿の旗包みを思い出した いや、あれは物理的に不可能だけど。
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