035 出さんぞ
「都平はこの試合、出さんぞ」
(((((えっ〜〜〜〜〜〜)))))
第1セットが終わり、ベンチ戻った時の佐伯監督からの第一声がこれ。
続く瞬間、間違いなくバレー部員の心の声は一つになった。……多分だけど。
「はぁ……
何を言いたいのか見当がつくが、決着がつく前に負けた時の言い訳を考えるな。まだ勝負はわからない」
そう言っても実際、第1セットを大差で落としてるんですけど……
「そもそも私達はロボットじゃないんだから、怪我や体調不良でベストメンバーで試合に臨めないなんてよくあることなんだぞ?
8月の合宿の時は都平がいない状態でも練習試合が出来ていただろう?なんで今できない?
6月を思い出せ。あの時お前達は誰のせいでもなく自分達の力が足りなかったから負けたと反省したんだろ?
それもとなにか?夏はセッターが試合に出れなかったから負けたんです、春は主将が試合に出れなかったから負けたんです、ベストメンバーで戦えていれば私達が勝ってました、本当は私達の方が強いんです、なんてみっともなく言い訳をするのか?」
うぐっ!!
そ、それは——
いやいや。
6月の時は仕方なかったじゃん。監督は知らないだろうし、翼ちゃんが責任を感じちゃうから公言してないけど、あの時、陽菜の足首はめっちゃ腫れてたんだって。
一番ひどい時でテニスボールくらいはあった!
本当に歩けない状態だったんだって!
そんなんでバレーボールなんてできるわけないじゃん!
公傷って奴だよ!
対して、明日香の場合は五体は満足じゃん!
……あ~、なんつうかある意味では一体は満足じゃなくて不満足なんだけど、それでもスポーツする上では何の問題もないじゃん!
「まだ、納得していないって顔だな。いいか。そもそも、第1セットはあの出来じゃあ都平がいてもいなくても落としてた。サーブは5連続ミスもいれて計6本も失敗している。タダで6点もプレゼントしたんじゃそれじゃ負けて当然だ。別に失敗したことを責めているわけじゃないんだ。松女の武器はサーブ。とにかくサーブで主導権を握るのが私達の戦い方なんだ。もし仮に失敗した6本のサーブが相手コートに入っていたら?それだけで相手の得点は6点もなかったことになるんだぞ?更にもし失敗したサーブがサービスエースだったら?それでうちの得点はプラス6点。もしそうなっていたら12-25じゃなくて18-19。たった1点差。ほら。勝負になっている」
……いや、確かに松女はサーブ自慢のチームだけど、相手は全国でも屈指 (だと思う)のレシーブ巧者が集う姫咲高校でっせ?
俺のサーブだって甘いコースに打てば拾ってくるチームなんだから他の選手がサービスエースをポンポン決めるのは難しいと思うんだけどなあ……
「普段からそんなにサーブを失敗するのか?そうじゃないことを監督は知っている。気張る必要はない。練習通りの良いサーブを打てばいい。
それから村井。また悪い癖が出ている。お前は優莉とは違う。というか誰がブロックにつこうがその上からスパイクを叩き込めるのは世界でも優莉だけだ。ブロックを恐れずスパイクを打つのとブロックに捕まるのは別だぞ。ちゃんと考えて打て。確かに村井には相手のエースが張り付いているが、これはそれだけ村井を恐れている証拠だ。U-19でエースと評される選手がわざわざローテーションを崩してまでお前をマークしているんだ。それだけの実力があると姫咲は思っている。私も思っている。
守備はとにかく声出しだ。いつも言っているが声を出したら取りに行け。それでぶつかったら仕方ない。相手に任せるな。自分のボールは責任をもって取るんだ。周りももっと声を出して——」
佐伯監督があれこれ第2セットに向けての戦い方を指南してくれているが、目新しい戦術はない。いつもの、普段通りの、基本に忠実なバレーをやろうってことだ。逆を言えばそれが出来ていないってことなんだよなあ……
ふと、ちょっと前、全日本女子バレーボール代表で呼ばれていた時のことを思い出す。他所からみたらよくまとまっていたように見えたそうだが、実態はそうではなかった。
日本中からバレーボールのエリートを集める、つまりバレーの天才を集めたわけだが、そう言った連中は大なり小なり天狗気質があった。
俺が合流した9月時点でもまだチームは一つになっておらず、まして俺には一切守備をさせない変則守備体制はなまじ豊富なバレー経験を持つ選手を集めたことでかえってなじまなかった。
練習中は怒号が飛び交い、それでも8月の頃よりはマシだと美佳ねえに教えてもらい驚き、それでもなんとか本番には間に合わせた。
あの時、チームの中心にはいつも荒巻さんがいた。
素人目から見て荒巻さんは凄い選手には違いないけど、ぶっちゃけ身体能力で言えばもっと凄い選手はいた。
10年くらい前に膝を壊して以来、高く跳べなくなったというのは本人の談。実際、最高到達点は296cm。玲子より10cm以上も低い。
だが、長年の経験に裏打ちされたものか、はたまた本人の資質なのかはわからないが、荒巻さんの言葉は天狗気質の日本代表のメンバー相手にある意味では監督以上に受け入れられていた。
世界選手権中だってよく荒巻さんは試合中にチームの戦術を微調整し、勝利に導いていた。
明日香と比べるのは荒巻さんにあまりにも失礼だが、日本代表の柱が荒巻さんであったように今までの松女の試合を思い返せばなんだかんだいって明日香が練習、試合問わずバレー部をまとめ、明日香が松女の柱だった。
佐伯監督。監督の言う『普段通りのバレーボール』っていうのをやるにはやっぱり明日香が必要だと思うんですよ……
そんなことを思っていると笛が鳴った。
イカン。第2セットが始まる。
「おっと。もうそんな時間か。色々言ったが、最後に1つ。いいか。お前ら。もし今日負けて帰ってみろ。最低でも年内いっぱいは部室が隣のバスケ部相手に肩身の狭い思いをするぞ!嫌ならここで奮起するんだ」
????
それはどういうこと?
そりゃ明日香と未来はライバル関係だが……
「今日はバスケ部もウィンターカップの県最終予選だそうだ。で、さっき私のスマホにバスケ部顧問の上杉先生からこれが届いたぞ」
佐伯監督のスマホには未来達松原女子高校のバスケ部員がユニフォーム姿で写って……
って!!
首から下げられているメダルの色!!!
バスケ部、部員たった6人で東京行きを決めたのかよ!
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視点変更
実況席より
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『春高出場をかけての決勝戦、間もなく第2セットが開始されます。インターハイの女王、姫咲高校がこのまま連取するのか。はたまた日本のエース、立花優莉を擁する松原女子が取り返すのか。立花さん、松原女子がこの第2セットを取り返すにはどうすればいいのでしょうか』
『そうですね。まず松原女子高校は平常心を取り戻すところからですね。サーブミス、連係ミス。これらは相手を喜ばせるだけです。まずは落ち着いて、お互いのポジションをよく確認するところからですね。主将不在の状態で慣れていないようですが、連係ミスさえ無くせば姫咲に追いつくことが出来ます。逆に第1セットと同じ状態ではこの第2セットも落としてしまうでしょう』
『第1セットの終盤は松原女子の選手はしきりにベンチ、主将の都平を見ることが増えていました。コンディション不良で外れている都平の状態は、もしかしたら無理をすればバレーボールが出来る状態なのでしょうか』
『エー、ソレハドウナンデショウカ』
『反対に姫咲高校が第2セットを連取する条件はなんでしょうか』
『とにかく相手の連携不備を突くことです。そして陽菜に、セッターにきれいにボールを返させない、トスを上げさせない、です。
優のスパイクはまともに打たれたらまず取れませんからその前をつぶします。松原女子はチームとしての守備範囲自体に穴があるように私には見えて——』