013 悪夢のプール開き
遅くなりましたが「ヒューマンドラマ〔文芸〕」部門の日刊&週刊両部門でランキング1位といただきました。
これも応援してくださる皆様のおかげです。
これからもスポ根小説として……と言いたいのですが、今回はギャグ回です。
女子バレー部として初の公式戦があったのが土曜日。そして今は翌日の日曜日。しかも夜。俺は明日の準備を進めていく中、とても気分が重くなっていた。その原因は目の前にある。
まず、ハンドタオルが2枚。巻きタオル(かなり丈が長い)が1枚。ゴーグルが1個。スイムキャップが1枚。そして……
ビニール袋に入ったまま未開封状態のスクール水着が1着
ダメだろう。これはダメだろう。いくらなんでもこれはダメだ。いくらなんでも着れない。女になって1年弱。ここまで色々な女性物の衣類にそでを通したが、これは難易度が高すぎる!絶対に無理。
実はプール開きは先週からだった。だが、先週は俺の必死の雨ごいが天に通じたのか雨だったり、季節外れの寒波が来てたりでプールが中止になった。
が、明日はダメ。日本列島のどこにも雨雲がない。予想最高気温は35℃。季節外れの真夏日らしい。やめて!逃げ道をふさがないで!
どうする?いっそのこと女の必殺技「生理中です♪」で逃げるか?
いやダメだ。これで逃げれるのは精々1週間。プールは6~7月丸々ある。それに逃げたところで体育教師からは「一度はプールに入らないと体育の単位はやらん」と言われている。つまりどこかでは着ないといけないわけで、いやでもこれは無理だろ。勘弁して―――
コンコン
ん?誰だ?というかノック?
今の俺の家でノックという風習は完全に廃れている。
父親は海外出張、母親は不在、次女は大学の寮生活という中で、家に住んでいるのは長女、三女(陽菜)、四女(俺)の3人だけ。
俺が男だったら違うのかもしれないが、全員女ということで誰しもがノック無しで各部屋の出入りをしている。着替えている途中だろうと気にするような奴は今の立花家にいない。お互いの裸なんて風呂場で見慣れてるしな。
コンコン
と思考停止していたら再びノック。幽霊じゃないよね?
「誰?開いてるよ?」
ガチャリ
入ってきたのは真剣な顔をした陽菜だった。入ってくるなり、俺に近づき、両肩をつかんでこういった。
「優ちゃん。お姉ちゃんと取引しよう。明日以降の大恥を防ぐために、今日ちょっとだけ二人で恥かしい思いをしよう。ね、いいでしょ?」
何言ってんだこいつ?
数分後
俺の目の前にはスクール水着を着た陽菜がいる。その陽菜は俺に自分のある部分を注視しろと命じてくる。それに対して俺は―――
俺は陽菜の両肩をつかんで言う!言わなくてはいけない!
「陽菜!目を覚ませ!バカなことはやめるんだ!」
「ちょ、優ちゃん?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか!お前、昨日俺に言ったことを忘れたのか!お前こそ正真正銘の女の子だろ!もっと自分の体は大切にしろ!女の子がそんなところを他人に見せるとかしちゃいけないの!」
「あぁ。うん、えっと今は優ちゃんとしてではなくて私のお兄ちゃんとしての助言かな?」
「そうだ。お前の兄貴としてこれは止めなくちゃいけない。だからもう一度言う、バカなことはやめるんだ」
「……うん。ありがとう。悠にい。素直にうれしいよ。私さ、今、お姉ちゃんのふりしてるけど、やっぱりうまくできなくてさ、いまでも結構悠にいに頼ってるところがあるよね」
「いいんだよ。それで。戸籍とか見た目とかはあるけど、俺の方が長く生きている、お前のにーちゃんなんだから」
「うん。ありがとう。でさ、そんな頼りになる悠にいって理系だったよね?」
……なぜだろう。すごく嫌な予感がする
「そうだよ」
「たしか、理科とか科学の世界だと実験をする前に予測を立ててから実験をするんだよね?」
「そうだな。実験とは仮説の真偽を検証するために行うのだから、仮説が正しいか、間違っているかの予測は必要だわな」
「じゃ、ちょっと未来予測してね。まず、悠にいの言う『バカなこと』をしません。この場合、私だけじゃなく、悠にいもしません。そして明日、体育の授業に参加します。そこで悠にいが『バカなこと』をしていれば防げた最悪な事態は何でしょうか?」
・
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・
ふむ。予測してみる。俺が明日体育の授業に出席し、かつ『バカなこと』をしていれば防げた最悪な事態とは……
明日の体育は水泳だ。水着を着る必要がある。自尊心を限界まで削ってその……着たとする。松女指定のスクール水着はごく普通のスクール水着だ。ローカットではあるが、女性用水着である以上、太ももの付け根くらいまでは出るようなデザインである。別に変なことではない。
そして俺の体。黄色人種より白い肌に色素の薄い毛。紺色のスクール水着にはさぞ映えるであろう。そこで普段から処理はしているが、万が一、その……いわゆるデリケートゾーンからこんにちはしているものがあったとする。
もう一度言おう、スクール水着は紺色。俺の毛は色素が薄い。多分目立つ。
でもこれを指摘するような勇気があってかつ、空気の読めないクラスメイトはそうそういない。でもいたな。俺の出席番号後ろの奴。で、彼女から言われるわけだ。
「優ちゃん。はみ出てるよ」と
・
・
・
「ぬわーーーーっっ!!」
衝撃の未来予想図に悶絶し、その場で転げまわる。それは絶対にダメなやつだ。女子高生として人生が終わる!!
「悠にい。気が付いた?『バカなこと』をしなきゃいけない理由に」
陽菜が告げる。これは仕方ないことなんだと。
「それに、私達、昨日も一昨日もその前も、もう何回も一緒にお風呂に入ってる。その時にお互いの裸だって見てる。下着だってどんなのを持っているかお互いに知っている。スリーサイズだって知ってる。見られても見てもだから今更なんだよ。」
陽菜が悪魔のささやきを続ける。
「さて、女の子暦1年未満の優ちゃんに女の子暦16年超の陽菜お姉ちゃんが提案します。さっき言った『バカなこと』、やったほうがいいんじゃないかな?」
「……」
恐るべき未来。だが、人としてどうかと思う道を歩めば避けられる。
「……」
いやさ、こんなことしなくたって、お互い手入れ位してるでしょ?第一、俺に顔を真っ赤にしながら下の手入れを教えてくれたのお前じゃん。
「……」
わかるよ。自分でチェックするより他人にチェックしてもらった方が確実だって。でもさ、メリットとデメリット考えない?
「……」
だからはみ出ちゃうとか普通ないって。万が一の、万が一のためにお互い恥かしい思いすんの?
「……」
「…ごめんなさい。陽菜お姉ちゃん。私が間違ってました」
この夜、俺は陽菜の、その、股を厳重にチェックし、陽菜にはスクール水着を着た俺の股を見てもらった。途中で俺が何度かベソをかいたのはいうまでもない。
悪魔がささやいた翌日。空は雲一つない晴れ空。とっても暑い。そしてプール横の更衣室にて。
さすがにこの年で下に水着を着こんで登校してくる奴はいないようだ。あと、みんな割と大胆に着替えてた。壁を向いて巻きタオルで隠しながらチマチマ着替えている俺が変なのか?
って、髪がすっごい長いからスイムキャップに入れるのが大変。悪戦苦闘していると、陽菜が呆れて先行きやがった。ちょ、ちょっと待ってよ!陽ねえ!
「この裏切り者!!!!」
「うひゃああああああ」
両手を使って何とか帽子に髪を入れようとしていると、いきなり背後から鷲掴みされた。てか、俺のそこはそんなにでかくないぞ?
「あるじゃない!あるじゃない!お椀もくびれもあるじゃない!どこが寸胴のちんちくりんなのよ!」
人の胸部を背後から襲ったのは声の感じからクラス委員の佳代だな。なんでかしらんけどエキサイトしてる。
「佳代。私の貧乳触って楽しい?」
「どこが貧乳なのよ!ちゃんとあるじゃない!」
くるりと方向転換。佳代の方を見てみる。う~ん。眼鏡をはずしてセミロングの髪が帽子に隠れるとだいぶ印象が……
おや?いつもより盛り上がりにかけてる?あぁ。佳代は体育の授業中もパット入りで過ごしてたのか。ある意味スゴイ。
「佳代。よく聞いて。数学の世界だと小さい数字は圧倒的に大きい数字からみて0とみなすことがあるの。だから私も佳代も同じ0なの」
「言ってる意味がわからないのだけど?」
「大丈夫。すぐにわかる」
「あ、やっと来た。優ちゃん!こっちこっち!」
「優ちゃんって内陸国出身の生まれだよね?泳げるの?」
「ななな」
陽菜と明日香が俺を呼ぶ。隣にいた佳代は驚きの声をあげている。
「ダメじゃない。あの二人、スクール水着なんて着ちゃダメじゃない。絶対に誤解されるって」
うん。俺もそう思う。
……プールサイドに次々と生徒が集まる。みんな手足がすごくきれいだ。ちゃんと処理してある。もちろん脇もだ。あれは自然な現象ではない。努力の結晶なのだ。
俺はこの日2つのことを誓った。
1つ。自分も含め女性をうかつにプールや海には誘わない。女性側の事前準備がつらいからな。
2つ。もし仮にもう一度高校入学の機会があれば、その時は『プールがないこと』を最優先事項にすること。
特に2つ目は絶対だ!
屈辱のおまけ
何を隠そう、俺は泳げない。無い胸をはって言うことではないが、事実として泳げない。男だった時から今に至るまで泳げたことはない。
「あ、いっがーい。優莉ってスポーツなら何でもできると思った」
「え~優莉って泳げないの?あれだけ運動神経いいのに……」
同級生からの笑い声が聞こえる。が、これも仕方あるまい。ここまでの体育の授業は俺の独壇場だった。
例えばサッカー。俺は小学校、中学校をごく普通の男子生徒として過ごしている。なので、少なくともこれまたごく普通の女子高生よりは遥かにサッカーで遊んだ経験がある。
そこに今の規格外身体能力があるのだ。もうサッカーの授業は俺の無双状態だった。あんまり無双し過ぎたから「立花の妹の方。お前、審判な」とやんわりプレイ禁止を体育教師から言われるレベルだった。
例えばバレーボール。部活でガチ勢として取り組んでいるのだ。ノンガチ勢の集まりである体育の授業では大活躍して当然。
それに入学3日目のスポーツテストでも一人だけおかしな記録を作ってる。
なので同級生から見れば立花優莉=スポーツ万能ウーマンだったわけで、そんな奴が泳げないとは思われないわけだ。そして、俺が泳げないのは事実だからなんと言われても気にしないのだが、これを変に勘違いする人がいた。そう、プールの監督役の体育教師、佐伯先生である。
※余談だが、プールの授業に関しては生徒側からの強い要望で女性の体育教師が監督役となる。なので普段の体育は田島先生という男性教師が見ているが、プールの時間限定で佐伯先生が担当になっている。
「こら、お前たち。優莉はお前たちと違って日本の小学校、中学校で学んでないんだぞ。そんなことを言うな。」
ごめんなさい。実は俺もばっちり学んでるんです。
「優莉。同級生からの言葉は気にしなくていい。実はな、日本では7歳の頃から学校で水泳を教えてるんだ。まだ、優莉は習ったことがないだろう?大丈夫だ。恥かしいことなんて何にもない。先生も一緒になってやるから頑張ろう」
そんな風に優しく言われると良心がすっごく痛くなるのでやめてください。
これ以降、佐伯先生はわざわざ俺限定のプール教室をプールの一角で開いてくれる。
そこでまずは潜る練習から始まり、プールの端っこにつかまってバタ足練習だとか、本当に小学校低学年に教えるような内容から懇切丁寧に指導してくれた。
佐伯先生からすれば「立花優莉はこれまで碌に学校に通ってたことがなく、またそもそも内陸国出身だから水泳の経験がないのは当然」という思考からスタートし、かつ俺の捏造履歴を考えるとこれを否定するのは無理があるので…………
ここで問題です。
見た目はどうであれ、実際には年下である15~16歳の少女に応援されつつ、今年24歳になる女性教師から手取り足取り初歩的な水泳を指導される俺の気持ちを想像してください。
こたえ:死にたくなる
俺は水泳の授業が開かれる日が近づくたびに必死の雨ごいをすることになる。
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秘密のおまけ
立花 優莉 Aに近いB
立花 陽菜 Eに近いD
都平 明日香 D
村井 玲子 Cに近いB
有村 雪子 F
瀬田 佳代 Aが遠いAA
板垣 恵理子 B
岡崎 唯 Bに近いA
萩野 美穂 C
佐伯 加奈子 D