027 勝って笑うって決めた
今回も主人公の出番はありません。後2回くらい出番なしの予定です。
【注意】
2018年ベースで日程を考えるとバレーボール女子世界選手権の1次ラウンドの日程は9/29~10/4。国体のバレーボールは10/5~10/8です。
なので今話のように日程が重なるのはおかしいのですが、1年生編のラストで2次ラウンドの初戦には姫咲高校の面々が寮に戻っているのでこちらに合わせ、この世界では国体のバレーボールは世界選手権の1次ラウンドとほぼ同時期に行われたものとして扱います。ご了承ください。
※国体競技は9月中で完結するものとばかり思っていました。申し訳ございません。
破竹の勢いで世界選手権1次リーグを勝ち続ける女子日本代表。現金なもので『強い』日本代表はあっという間に日本国民の支持を集めていく。すでに1次リーグの突破は決めているが、今夜はその1次リーグの最終試合。両者とも全勝同士であり1次リーグの結果が2次、3次リーグにも関わってくることもあってマスコミは今日も「負けられない大事な一戦!」と無責任な煽り文句をつけているそんな日。
本当に負けられない一戦が全く別のところで行われていた。
国民体育大会、通称国体。その中のバレーボール少年女子の部。
国体のバレーボールは都道府県ごとの代表チームで結成される。選出基準は県ごとに異なり、インターハイに出場した高校がそのまま出る場合もあれば、県で何かしらの基準を設けて選抜チームを編成する場合もある。
その為、普段練習を共にし、磨いているチームワークを100%発揮できる場かと言われればそうでないが、それでも高校生バレーボーラーにとって国体はインターハイ、春高と並ぶ三大タイトルの1つである。
その国体バレーボールは2次、3次ラウンドで逆転可能な世界選手権とは違い、国体女王の椅子をめぐる戦いは一発勝負のトーナメント戦で行われる。
準決勝に進出した4チームの1つは県内高校生の選抜チーム。その母体となるのはおよそ2ヶ月前にインターハイを制した姫咲高校女子バレーボール部。ここにインターハイ県予選で無双の活躍をした立花優莉を招集……出来たらよかったのだが、あいにく彼女は全日本代表に召集されているので呼べず、代わりに彼女の在籍する松原女子高校から村井玲子を招集した。
守備力や戦術理解については姫咲の他の選手には劣るものの、やはりその高さと攻撃力は魅力だからだ。
そしてこれが大当たり。
元より今年の姫咲高校はセッター対角のオポジットに絶対的スーパーエース徳本正美を配置する布陣。ライトからの強烈な一撃が売りだが、あまりにも強烈過ぎてそれと比べるとレフトからの攻撃は少し弱い。故に勝負どころとなるとどうしてもライトからの攻撃に頼りがちで、相手もそれを見越してブロックを敷いてくる。
そのためレフトからの攻撃を強化すべく村井玲子を左に配置したのだが、これが彼女達を率いる赤井監督の想定以上に上手くマッチした。
それまでは相手コートから見て左に徳本がいたために、相手の意識も試合が進むにつれ次第に左寄りになっていた。そこに反対側から強烈なスパイクを打てる村井の加入により、嫌でも右にも意識を向けるようなった。相手に反対側も意識させることで結果として徳本のスパイク決定率も上げた。
もちろん左右からの攻撃だけに意識が取られるようなら中央からの攻撃を混ぜることでさらに相手ブロッカーを翻弄。普段練習を共にしていない村井の参加はチーム戦術を崩してしまうのではと懸念していたが、バレーボールへの理解が深く瞬く間に理解してくれた。松原女子高校バレーボール部では姫咲の戦い方をよく研究しているとも聞くのでそれもあって姫咲のバレーボールを知っていたのだろう。また、司令塔の沖野も急遽加入した村井をよく活かし、フォローも欠かさずゲームメイクを行っている。
その戦いぶりは流石インターハイ女王と言わしめるもので準決勝まで危なげない試合運びで勝ち抜いた。
ところがここまで盤石の戦いを見せていたにもかかわらず準決勝で第1セットを落としてしまう。しかも14-25と10点以上の大差をつけられての敗北。
続く第2セットは第1セットのように相手に圧倒こそされないものの、少しだけ、しかし確実に相手にリードを許す展開が最後まで続き、22-25で落としてしまう。
もう後がない第3セット開始前、彼女達を率いる赤井監督は指示を飛ばす。
「まずは落ち着いてサーブレシーブをしっかりしましょう。特に7番のサーブは確かに強力ですが皆さんは立花優莉さんのサーブを知っているはずです。恐れるようなものではありません。
また、7番のスパイクをキル・ブロックするのは難しいのでソフト・ブロックに切り替える。これは第2セットから引き続き継続します。それから―」
表面上は落ち着いて指示をしているように見えても内心、赤井監督は困惑していた。
(背の高い、運動能力もあるいい選手だと思っていましたが、インターハイの時とは別人です。いったい彼女に何が……)
彼女達をここまで苦戦させる相手は大阪代表の皮をかぶった金豊山学園高校である。大阪は選抜チームではなくインターハイ第1代表出場校がそのまま出場する。また、国体は予選会などなく、いきなり本選を行い、かつ4日間で全ての試合を行う。
かなり忙しいスケジュールであるため、選手に変更がない大阪代表については『強豪だがインターハイと同様の対策』としてしまい、準決勝までの試合を十分に観察し、対策を打たなかったのが今回の苦戦の原因である。確かに選手は同じではある。が、1人だけ別人の様な動きを見せる選手がいる。
大阪代表の7番をつけているミドルブロッカーの小平 那奈。
インターハイの時は、なんなら昨年も一昨年も彼女はいつも眉毛を八の字にして良く言えば慎重で堅実、悪く言えば臆病でリスクを回避しすぎるバレーボールをしていた。
それが今はどうか。
これまでのようにおどおどしていた様子は見られず、かといって闘志を前面に押し出すような気迫も感じられない。喜怒哀楽をそぎ落としたような無表情。淡々と自分に出来ることをこなす。例えサービスエースを決めても、ミスをしても表情は変わらない。
そしてそんな彼女のバレーボールもまたインターハイの時とは違ったものになっている。
サーブは恵まれた長躯を金豊山自慢の筋トレと食トレと睡眠トレで鍛え上げ、それをフルに活かして放つスパイクサーブ。そのサーブは去年立花優莉が登場するまで女子高生ナンバーワンサーバーと評された現日本代表の飛田舞のサーブを上回るものだ。
スパイクにしても平均して打点が高い金豊山の中でも頭1つ以上抜けて高い。事実、193cmの超高身長に加えて三種のトレーニングで鍛えた跳躍力で叩き出す最高到達点は324cm。もはや女子高生バレーボール界どころか女子日本バレーボール界も飛びこえて世界トップレベルの高さである。加えて立花優莉とは違い、そのスパイクコースは極めて正確にライン際を攻める。
この事実が百戦錬磨の老将、赤井典子を混乱させる。
(インターハイの時から2ヶ月。2ヶ月もあれば何かをきっかけに精神状態が変わり、それがバレーボールの質を変えることがある。そうした子はこれまでも何人も見てきた。
でも、たった2ヶ月で技術面であそこまで成長するなんてことはありえない。あの大胆で精緻なボールコントロール。あれは地道な練習無くして身につくはずがない。一体彼女に何が……)
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(な~~んてことを赤井の婆さんは考えてそうやな)
大阪代表という名の金豊山を率いる大友監督はおそらく混乱しているであろう相手ベンチを思い、少しだけ同情した。確かに小平のバレーボールは大きく変わった。が、これを金豊山関係者が見ればこう答えるだろう。
“練習中の小平が試合中にも出るようになっただけ”と。
小平 那奈は異常なほどプレッシャーに弱い。
公式試合はもちろん、対外練習試合ですら十分に実力を発揮できない。それは口を酸っぱくして周囲が何度も、何を言おうとも改善されなかった。
入学当初はそれこそ、試合中はフルジャンプすら出来なかった彼女だが、それだけは当時の正セッター飛田が2年かけてなんとか改善させた。
それまでコースの狙いが甘かったのは『外れてラインアウトになったら失点になる。それは嫌だから内側に入れよう』等、勝負をしてこなかったからだ。
が、精密なボールコントロールは練習では出来ている。それだけの練習を積んできた。それが出来るところまで練習をしている。ただ、実戦では出来なくなるだけ。練習だけ見れば超一流。故に『練習だけの女王』。彼女の不名誉な二つ名はバレーボール関係者の間ではそれなりに有名だが、では実際に今の彼女がどれくらい練習では出来ているのかを知っているのは金豊山の関係者だけ。まさか本当の小平がここまで出来るなどということは部外者には想像もつかないだろう。少なくとも自分にはここまでプレッシャーに弱い人間がいると想像するのは無理だと大友監督は考えている。
その『練習だけの女王』がインターハイの敗戦で変わった。
練習中の様子は変わらないが、試合中に今までのように何かに怯えている様子を見せない。バレーボール自体も果敢に攻めるバレーボールに変わった。ただ発揮できていなかった実力を発揮しただけ。それだけ。
それが国体では効いた。
なにせ国体には予選会がない。インターハイから2ヶ月も間がない。日程も4日間で全ての試合を終わらせる。故に金豊山のように知られているところはわざわざ国体の試合中に偵察部隊を張り付けるなどとしないでインターハイの時の戦力で作戦をどこも立てる。そこに別人のようになった小平だ。戦術を本当なら根っこから変えなくてはいけないのにそれが出来てない。それなら楽に勝てる。
とは言え、大友監督にも不安がないわけではない。
「おう。小平。にぃいや。にぃい。せっかくの可愛い顔なんや。笑っていこか」
大友監督は自らの口端を指で上げながら小平に笑えと指示を出す。その目的は過度に張り詰めた彼女をリラックスさせるためだ。プレッシャーに勝ち、実力を発揮するのは良いが、あまり張りつめてバレーボールをやっても怪我をする。
もちろん、ここまでの3日間の試合程度でどうこうなる様な鍛え方をしてきてはいないし、特に小平はフィジカル面では現金豊山学園女子バレーボール部の中で一番優秀ではあるが、彼女が試合中にここまで暴れるのは初めてのはずだ。用心に越したことはない。
「すいません。笑うのは全部終わった後って決めてますから」
だが、せっかくの助言を否定する小平。なぜなら――
「私は勝って笑うって決めました。だからまだ笑いません。勝ってから笑います」
それは彼女自身が自分で決めた誓い。もう自分のせいで負けるのは嫌だから。
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ピーッ!!
試合終了を告げる笛が響く。
今日の相手は姫咲ではない。あの日の雪辱を果たしたわけではない。
まだ何も成し遂げていない。まだ。まだだ。笑うのは決勝戦に勝ってから。
それでも――
「ッシ!!」
小平はこの日初めて1人小さくガッツポーズをした。
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ほぼ同時刻、夜に行われる1次リーグ最終戦に向けたミーティングの息抜きにネット配信されている国体の準決勝を見ていた女子日本代表チームの監督・スタッフ一同は固まってしまっていた。自分達は女子高生のバレーボールを見ていたはずなのに一人だけ世界レベルの選手がいる
「金豊山の7番。小平だったわね。彼女、W杯は召集しましょう」
あまりの衝撃映像から何とか立ち直り、声に出した田代監督の言葉を否定するものは誰もいなかった。
小平 那奈
身長:193.1cm
スパイク:324cm
ブロック:311cm
適性ポジション:ウィングスパイカー、ミドルブロッカー、オポジットいずれのポジションも女子バレー史に残るレベルの才を持つ。
まあ動ける2mが雑魚なわけないです。