026 まだ終わらない
もっとだ。もっと追い込まないと勝てない。
「そこまでだ。ちょっと休憩するぞ」
なのに止められた。何で!
「前島。お前はちょっとこっち来い」
顧問の上杉先生に呼ばれた。ったく。なんだよ……
「前島。何を焦ってる?焦っても碌なことにならんぞ?」
いきなり説教だ……
「んじゃ聞きますけど今のままやってウィンターカップに出れるんですか?」
「出られないだろうな」
「だったら「今のまま練習を続けたら予選の前に誰かが怪我をする。そこまでじゃなくても誰かが痛みを隠したまま試合に臨むことになる。そんなんで県予選を突破できると思ってんのか?」」
……ぐうの音も出ない正論。アタシはそれ以上ごねるのをやめた。
「なあ、前島。昭和の時代じゃねえんだ。走ったら走った分だけ速くなるなんてことはない。もっと効率よく最小の努力で最大の結果を得られるように練習するもんだ」
「なんすかそれ?そんなにうまくいくなら苦労はしませんよ」
「そりゃそうだ。この前読んだ、どっかの偉い先生が書いた指導者向けの本にそう書いてあったんだがなあ……
その先生、ちょっと略歴を調べてみると頭はともかく運動経験は大したことなかった。理想だけ並べた机上の空論だろうな。なんだかんだ言って結局練習量は嘘をつかない。俺はそう信じている」
「だったら!」
「まだ9月だ。ウィンターカップ予選は11月。無茶すんのはその前だけだ。今からやっても壊れる。ちょうど嫌でも体を休めるしかない中間テストの時期が10月にあるからな。その直前は追い込むぞ。
……念のために聞いとくが、お前、テストは大丈夫なんだろうな?中間テストで1教科でも40点未満があったら誰であっても試合には出さんぞ?」
「んなバカはバスケ部にはいないっすよ」
全くひどい話だ。そんなバカは明日香くらいだ。
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アタシの同期生に立花 優莉って奴がいる。
他のクラスからちょっと見ただけとか、碌に話したことがない、なんて奴以外なら全員、あいつを一言で表すと?と聞けばまず間違いなく『シスコン』と答えるような奴だ。
半分だけ血のつながった陽菜が大好きでいつも一緒にいる。登下校時も移動教室の時も何をする時もいつも一緒。
半年ともうちょい前の春高じゃ当たり前のように姉妹で色違いのパジャマを着て一緒の布団で寝てた。
あん時に優莉は「寒いから暖かい陽ねえと寝てる」って答えていたが、聞けばクッソ熱い夏合宿でも一緒に寝てたらしい。
これで優莉が小学生低学年くらいまでの小さい女の子なら可愛いですんだんだろうけど、優莉はアタシと同じ高校2年生。
高校2年生であそこまで姉妹の仲は良いもんなのか?下に弟がいるだけのアタシにはわからんから近所に住んでる明日香に聞いてみたらこうだ。
「ない。絶対にない。陽菜のところが異常なくらい仲がいいだけ。普通年の近い姉妹って敵だからね!」
敵って……
まあチャランポランの明日香となんでもきっちりかっきりの今日子さんとじゃあ相性悪いわなあ……
おまけに何やっても比べられるだろうし。
「比べられるのは当然で仕方ないのかもしれないけど、一番最悪なのは服だからね。私、中学1年までずっとお姉ちゃんのお古ばっかだったんだから!」
あ~……
それはアタシはわからんなぁ……
「じゃあ教えてあげる。私なんてね、高校に入るまで制服とかジャージまでパンツ以外は2人のお姉ちゃんのお古ばっかだったんだから!」
こういう話をすると優莉の片割れ、陽菜まで気炎を吐いた。どこもそうだろうけど、中学校、高校の制服のリボンやら体操着やらってのは学年ごとに色が違う。
で、陽菜には6歳年上と9歳年上のねーちゃんがいる。
つまり、中学んの時の制服やらがお古で使えてしまったのだ。そりゃまあ……。
「っておい!陽菜。お前、お古は嫌だっていうくせに優莉にはお古を押し付けたのか?」
優莉は好んで3人の姉の古着を着ているらしい。おいおい。自分がされちゃ嫌なことを他人にしてはいけないって小さい頃に教わらなかったのかよ……
「そ、それは違うの!私はちゃんと優ちゃんに似合う可愛いのを買ってあげるって言ってるのに優ちゃんが私のお古じゃなきゃヤダっていうから」
本当か?
「微妙に違うよ。お姉ちゃん達が私に着させたい服と私が着たい服のセンスが違うの。だからお姉ちゃん達のお古の方がマシ。あと、まだ着れる服を捨てるのは勿体ないじゃん。一着で松女近くのラーメン屋さんでラーメンが何杯食べれると思ってるの?」
優莉本人に聞いたらこの回答だ。あはは。そりゃそうだ。時々所帯じみたことを言いだす優莉からすればまだ着れるものを捨てるのは勿体ないと思うだろうし、それよりはお腹が膨れるラーメンってのも優莉らしい。
まあ優莉ってのはこんな奴だ。
なんとなくアタシの言いたいことが伝わるだろうか。
確かにあいつの面はいい。ここが女子校じゃなくて共学校ならさぞモテただろう。けど、その見た目だって(本人は無理やりやらされているって言ってるけど)日々美容に手を尽くしているから。
成績だっていい。ま、所詮公立の松原女子高校にしては、って限定されるけど。第一、あいつの成績が良いのは陽菜に負けたくない一心で予習復習を日々やっているから。
運動能力は飛び抜けてる。殆どカナヅチだけどな。
性格もどんな名医も匙を投げるレベルのシスコンを除けば良い奴だ。面だとか成績だとか運動能力だとかをひけらかすこともない、温厚でちょっと抜けててズレてる女子高生その1以外の何物でもない。
色々と普通じゃない。けど、ちょっと付き合えばわかる。普通じゃないけど普通なのが優莉だ。
けど、だから忘れていた。やっぱりあいつは普通じゃない。
一昨日からバレーボールの女子世界選手権が開催された。
初戦は圧勝。一方的に主導権を握ると25-9、25-7、25-8で3セット連続で取った。日本代表が取った計75点のうち実に51点を優莉一人で叩き出した。人によってはレシーブやトスがあって初めて成り立つって言いそうだがとにかくあいつが点を取ったのは間違いない。
昨日の二戦目もやっぱり他のチームのエースを上回る圧倒的な活躍でスパイクとサーブで48点をもぎ取りチームを勝利に導いた。
文字通り日本のエース。
おかげで今日のスポーツ紙の一面は優莉一色。優莉は見た目も良いから絵になってる。
……あんだけすごけりゃ高校だけと言わず、卒業後も、10年はバレーボールが出来るだろうな。ひょっとしたら卒業して20年後でもバレーボールが出来るかもしれない。
“お前が本気でバスケに取り組めるのは来年のインターハイ、粘っても12月のウィンターカップまでだ”
くそっ!!
7月のあの日から、ちらちら田島先生のあの言葉が頭をよぎる。最近マシになったと思ったら世界選手権での優莉の活躍だ。優莉はやろうと思えばまだまだいくらでもできる。自分で決められる。
で、アタシは?
どう考えてもなにかのまちがいでもなけりゃアタシはプロになれる様な奴じゃない。となりゃ間違いなくアタシのバスケは高校までだ。
もっとバスケを……
「……そもそもアタシはなんでバスケをやってんだっけ?」
ゴロンと自室のベッドの上で寝ころびながら考える。
正直、最近バスケがあんまし楽しくない。先は見えてる。少しでも長くやろうってするなら勝たなきゃならない。
今年はチャンスだ。
県内最強の陽紅は1年からレギュラーだった奴が3人抜けたこともあって今年は去年と比べればまだ付け入るスキはある。
アタシらのほうはなんでうちに来たんだがわからないPGの和音とPFの桃香、6月で抜けた朝岡先輩の穴を埋めてくれるSGの千晴、去年のバレーボールとの合併もあってジャンプ力が増し、ゴール下では県で一番高い歌織。こいつらとうまくいけば冗談無しでウインターカップが見えてくる。
ウインターカップに出れれば優秀な新入生が来年も入ってくる。来年も勝てる。まだバスケを続けられる。
でもちょっと足りない。後少し足りない。
だから練習する。たくさんする。
だから苦しい。だから辛い。
『なあ、アタシ、なんでバスケやってんだっけ?』
『知るかよ。つか、今何時だと思ってんだよ?』
『あぁ?9時ちょいすぎだろ?今時小学生だって起きてんぞ?』
わからなくなったから、なんとなく思いついた相手――圭司に電話をして相談したらこれだ。使えない。
『だいたい、なんで俺なんだよ?お前のお友達の都平にでもしろよ』
『あーそこはあれだ。電話帳の順番?』
アタシのスマホは普通に五十音順で並んでいる。タ行の並びでトのところは兎川、都平の順。それでなんとなく上からやったら…なぁ?
……冷静に考えるとこんな話はそもそも明日香だろうと圭司だろうとするもんじゃないな。やれやれ。アタシも焼きが回ったもんだ。
『まあ、お前がバスケやってんのってドMだからだろ?』
『はあ?なんだそりゃ?』
おいおい圭司君よ。なんか変なもんでも食ったのか?
『お前は忘れたのかもしれないが、俺は覚えているぞ!小学校4年生の最後、追いコンをやった時のごねっぷり!』
懐かしいな。追いコン。あん時、アタシが所属していたミニバスケクラブはその年の最後に卒業する6年生相手に4、5年生が男女混合試合で挑んで追い出すっつうイベントがあった。
ハンデとして追い出す方は5人じゃなくて7人で挑むんだが、まあ成長期真っ盛りの小学生。1学年の差はでかくて仮に5年生を中心にしてもそれでも中々追い出す方が勝てない。
『お前、ボール貰ったらすぐに突っ込んでボール奪われるし、6年生相手にどう考えても届かないのに必死になって張り付いたり――』
んなこともあったな。
まだバスケを始めたばっかだったから下手くそで、今でこそどうにか平均よりマシになったけどあの頃はいっつも背の順で並ぶと前から2~3番目になるくらい背も低かったから、まあ雑魚だったわな。
――でも……
『――んでよう、いい様にやられてんのにお前、全然諦めなくて、すぐにボールに向かって走ってばっかだったよな?
監督から他の奴に代われって言われてもヤダって言い返すし。どうにか引きずって代わってもすぐに出たがって、俺あんとき聞いたんだぞ?なんでそんなに出たいんだ?って。そしたらお前「楽しいから」って言ったんだ?全然活躍できなくて、ボールを持ったらすぐに取り返されるにもかかわらずだ。あの時思ったね。お前はおかしいって』
あぁ。
そうだ。そうだよ。
あの時まではレギュラーじゃなくて試合には出れなかった。あれが最初の試合だったんだ。
それが嬉しくて、楽しくて――
アタシは一体いつから勘違いしていたんだろう?
アタシはバスケを長く続けたいんじゃない。バスケがやりたいからバスケをするんだ。
『おい。圭司。んな話より今暇か?暇だよな?バスケしにいこうぜ!』
『はあ???お前何言ってんの?自分から話をふったんだろ?で次はバスケしようぜ?今から?どうやって?どこで???』
『今からに決まってんだろ?ほら、近所の白沢運動公園にはバスケコートがあったろ?あそこにアタシと圭司の2人で、試合は出来ねーけどシュート練とかなら出来んだろ?』
『いや、お前何言ってんの?』
『いいじゃねえか。お前は突っ立って手を上げてるだけでいいからな。じゃ、今から5分以内にお前んち行くから準備しとけよ』
『おい。ちょっ』
圭司が何か言ってくる前に電話を切る。圭司にああいった手前、アタシも着替えて5分以内に圭司の家に行かなくてはいけない。クローゼットから適当に運動着を引っ張り出して玄関へ向かう。
「母さん。ちょっと白沢運動公園まで行ってくる!」
「えぇ?未来、今何時だと思ってるの?それに1人じゃ危ないでしょ?」
「1人じゃないって圭司もいる!」
「兎川君も?でも迷惑でしょ?」
「あいつ、アタシが誘ったら泣いて喜んでたから問題なし!それじゃ行ってきまーす!」
「あ、ちょっと未来!」
母さんがグチグチ言い出す前に6号サイズのバスケットボールを抱えて家を飛び出る。そーいや、男子は7号サイズのボールだったな。
去年、松高の文化祭でちょっと触らしてもらってあれ?と思ったし、今日は気分転換にあっちのボールも触ってみるか。
正直、先のことはわからない。
けど、考えたってわかるわけじゃない。だったら、今のうちに楽しいバスケを好きなだけ楽しまないのは損だっつうことだけはわかった。
それがわかったら妙にすっきりした。あとは思う存分バスケをするだけだ!
おまけ
翌日の松原高校 バスケ部部室 朝練前風景より
「ふああぁあ」
「なんだ?でっかいあくびして?」
「あぁ。すいません。昨日ちょっと近所の悪友が夜にバスケしようっていきなり言い出して、結局2時間近く、11時まで付き合わされたんですよ。だからいつもより寝るのが遅くなりまして」
「あ?夜に、男2人でバスケをやってたの?ははそりゃ災難だな」
「あー2人なのは間違いないですし、災難なのもあってますね。ただ、相手は一応、多分、生物学上は女……のはず」
兎川、痛恨の失言。女と言う単語が出た瞬間、部室のいたるところから殺意が生まれる。
「ほう。兎川。お前はようするに女と夜に乳繰り合っているのを自慢していると」
「ちょ、ちょっと待ってください。先輩。聞いてました?そいつ、性格がクソなんですよ!地雷女なんですよ」
「ほうほう。で、顔は?」
「あ~……まあ普通?ですかね?」
「証拠は?」
問い詰められている兎川からすれば、なんでそんなものを出さなくてはいけないのか?と言いたいところだが、そんなことを聞ける雰囲気ではないので大人しくスマートフォンで悪友と一ヶ月ほど前にプールに行った時の写真を見せる。
そこには――
水着姿で仲良く肩を組んで笑ってる、第三者から見るとどう見てもカップルにしか見えない、しかも女の方はかなりの美少女なデジタル写真があった。
「兎川、タイキック」
「何でですか!」