024 何度目かの召集
「優莉、あなたちゃんと食べるのね」
普通に晩御飯を食べているつもりだったんだが、そんなことを言われた。あれ?どっかで俺、好き嫌いが多いって話したっけ?
小中学生の頃は多少あったが、その後2年程好き嫌いなんて言ってられないところにいたこともあって、今じゃたいていの物は食えるんだが……
俺が首をかしげて困っているところを察したのだろう。由美お姉さん達が補足をしてくれた。
「津金澤。細いから誤解してるんだろうけど、優莉ちゃん普通に食べるよ。去年の合宿の時も私達と変わらないくらい食べれてたし」
「けれどその辺、やっぱり姉妹なのよね。優莉ちゃんも美佳と同じで食べた分はぜえ~んぶおっぱいとお尻にいっちゃうのよねえ」
「それ、いうなよ。結構気にしてるんだから」
最後に俺の隣でやはり晩御飯を食べている美佳ねえが口を尖らせた。
長いようで短かった、最後の最後で高校生なのに英語の学力がおそらく中学1年生程度しかない奴に高校用の英語を教えるという難題があった夏休みも終わり、今日から2学期。
本当なら今頃は始業式翌日に行われる学力テストに向けて最後の確認をしなくてはいけないんだが、そもそも明日のテスト自体、俺は受けられない。
ここは都内のとあるホテル。ここに今月9月末から開催されるバレーボール女子世界選手権に参加する女子日本代表の選手はもちろん、監督、コーチその他スタッフが一部の例外を除いて宿泊している。
……その豪華絢爛なメンツの中に俺が混ざっているという不具合はある。田代監督に言わせると俺がキーウーマンだそうだが……
中には「9月末に大会が始まるのに9月に入ってから合宿とか遅くね?」と思う方もいると思うが、これは正解であり、不正解である。
元々、バレーボール女子日本代表の今年のスケジュールは一大イベントである世界選手権に焦点を合わせて作られている。
9月末から開催される大会に向けて半年以上前の3月までにおおよその選手を決め、4月に最終選抜合宿、5月上旬に海外遠征、そのまま5月中旬から6月下旬にかけてはネーションズリーグに参加しつつ、さらに代表選手同士の結束を高めつつ選手を絞り込み。7月上旬にミニ合宿、下旬に再び海外遠征、8月も上旬にミニ合宿、8月の中下旬はアジア競技大会でチームとしての完成度を高めてきている。
ゆえに今更合宿かよ、という考えは正解ではあるが、そもそもこの合宿は世界選手権へ向けた最終合宿であり、代表としての合同練習は4月からずっと続けている。
俺はと言われると、実はこれらすべてに誘われてはいたが、建前上は学業優先、本音はバレーに一生懸命だった選手の中に俺のような半端物が混ざるのは畏れ多いという理由で回避してきた。
が、流石に大会直前のこの最終合宿は断れず、学校には10月の世界選手権含め大会が終わる10月まで全てを公休扱いにしてもらい参加することになっている。
え?残り一ヶ月弱で俺が代表選手に混ざっても問題ないチームプレーができるのかって?
HAHAHA
いい質問だ。答えはもちろん出来ない。
というか監督スタッフ選手一同から「優莉は本当に守備をしないでいい。ブロックも跳ばなくていい。連携も考えなくていい。スパイクとサーブだけを考えてくれればいい」というあれなお言葉をいただいた。
今日の練習もそんな感じ。優莉は好きなところを跳んでいい。ボールは持って行く。だから誰にも止められないところからスパイクを打て、という感じの練習。そんな特別待遇&練習だが、田代監督をはじめ誰も俺に文句を言うことはなかった。
そもそも去年の8月や12月にもバレーボール女子日本代表の合宿に参加したことがあり、その時に俺の特異性は十分に理解している。
さらにその時と比べて「背が伸びて手足も伸びた分、打点が高くなってしっかりトレーニングもおこなっているから球速も速くなっている」と田代監督やコーチ、選手からも去年よりパワーアップしていると評価されている。
また、俺の特異性を活かすべく、4月からの合宿は通常の練習とは別に「優莉がコートにいる時に5人で守るための守備練習」というのをずっとやってきたらしい。そこまでの特別扱いをしてでも俺が必要とのことだ。
実際、8月のインターハイで陸上競技で大暴れしてた時に「世界選手権は出てくれるんだよな?陸上に転向したりしないよな?」などと連絡も来るくらい期待されている。
正直、プレッシャーでお腹が痛くなりそうだ。
で、そんなおなかの痛くなる合宿初日。
俺以外は(度々休日はあったが)もう5ヶ月間ずっと一緒に行動してきたこともあり自己紹介とかは特になく集まって着替えて即練習という形だった。参加選手は基本的に俺が去年代表合宿に呼ばれた時のメンツからさらに絞り込みをかけてより精鋭部隊へとなっているが、2人は代表合宿では初めて顔を合わせることとなった。
1人は先ほど俺の食事姿を見てちゃんと食べていると驚いた津金澤 杏奈さん。
確か去年参加させられた合宿では田代監督が「デカいだけで技術がない」とばっさり切り捨て、同時に「才能はある。体躯だけに任せたプレーでなくなれば代表に呼ぶ」とも言っていた。多分だが、春高バレーかその後のプロとしての試合を観て変わった、と評して呼んだのだろう。
もう1人は去年の夏からの知り合い、飛田 舞さん。
舞さんに関しては偶然というかある不幸な事故が遠因で召集されている。
舞さんのポジションはセッターなのだが、このポジションには元々3人の選手が呼ばれている。そのうちの1人が伊月 春乃さんという選手だ。
が、春乃さんは4月の選抜合宿から家に帰る途中に交通事故に巻き込まれてしまったのだ。命に別状はなかったが、脚を骨折し全治3か月。丸3ヶ月動けず、完治する7月後半からリハビリを始めても9月末からの大会には間に合わないとし、急遽別のセッターを呼ぶこととなり、
そして呼ばれたのが舞さんというわけだ。
この辺の流れは当時のスポーツ紙に小さく扱われていたので俺も知っている。
そんな経緯もあって津金澤さんは舞さんのことを「補欠代表」と揶揄している。舞さんもその都度言い返しているようだが、津金澤さんはすでにワンポイントブロッカーでの起用どころかスタメンを勝ち取っているらしく分が悪い。
でもこの仲の良さは明日香と未来を彷彿とさせる。
あ、ちなみに俺が『津金澤さん』と呼んでいるのは実質今日が初めて会話をしたみたいなものだからだ。初対面の年上――本当は年下だけど――の女性をいきなり名前呼びするのは無理。
他の代表選手は舞さんを含め全員名前で呼ぶように本人から言われているし、過去に合宿を共にしたりもしたこともあって、もう慣れたもので全員名前呼び……美佳ねえだけは美佳ねえか。いやそれを言い出したらオフは〇〇お姉さん、と呼んでいるような……まあとにかく名前で呼んでいる。
で、津金澤さん曰く補欠代表の舞さんだが、他の2人のセッターに比べて大きく劣っているとは思えない。特に8ヶ月前の春高からさらに磨きをかけたサーブは3人のセッターの中では一番だと思うし、トスワークだって見劣りしていない――と思う。
この辺を美佳ねえにどう思っているか聞いてみると「いいセッターの条件は強烈なサーブを打てることでもトスが巧いことでもないよ。チームの最大値を引き出せるセッターが一番いいセッターだね。その点、あの子はまだまだというか個人技に頼りすぎ。沙月には到底及ばないよ」とのことだった。
美佳ねえの言うことだから正しいのだろうけど、だとしたら個人技しかない俺をチームに加えるのはどうかと……
「反対にエースってのは我儘だろうと失点が多かろうと点を取って勝ちをもぎ取れればいいんだよ。そういった意味じゃ優は満点だ」
そんなもんだろうか?
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約2ヶ月学校を公休扱いで行かないわけだが、勉強は続ける。もとよりしっかり自主勉強を続けないと戻った時に授業についていけなくなる。
別に全日本代表の強化合宿中とはいえ24時間バレーボールだけに費やしているわけでない。プライベートにあてる時間もあるが、それは勉強のための時間にあてることにしている。
全日本代表関係者は「そんなことをしないでもバレーボールで将来はいくらでもひらける」と言うが、その将来は俺が望むものではないから意味がない。
「優は熱心だねえ。昔の涼ねえを思い出すよ」
俺が机に向かって勉強している姿を見て美佳ねえがそんなことを言いだす。
ここは宿泊しているホテルの一室。どうやらこの合宿中でも大会中でも部屋は相部屋となるらしい。俺の場合、部屋の相方はずっと美佳ねえ。相部屋となるならその1人は美佳ねえが一番望ましいので助かる。
「でも適当なところでちゃんと寝ろよ。明日も早くはないけどきっちり練習はあるんだぞ」
「いつもはもう少しやってるし、明日の朝は普段の朝練を考えるとのんびりできるから無理はしてないよ」
「そっか。なあ、優は将来何になりたいんだ?」
「薬学の道に進みたいって前に言わなかったけ?」
「あぁ。そうだったな。惜しい気がするけど、それを言ったら私も人のことを言えないからなあ」
苦笑する美佳ねえ。
美佳ねえの夢は母校での体育教師兼バレー部のコーチ。だが、身体もバリバリに動けるうちから現役バレーボーラーを引退して教職の道に進むことを周りから色々と言われているのだろう。
美佳ねえが適当に流しているTVの音をBGMに今日の分の勉強を終わらせ、就寝。
さて、ここで問題が1つ。
どうやら知り合って日の浅い津金澤さんはもちろん、舞さんも、どこでも美佳ねえと一緒なのをみて俺のことをシスコンなのでは?と疑っているらしい。
酷い話だ。
それは疑惑ではなく、正真正銘のシスコンだと2人には公言しておいた。
「えー……」
公言をしたところなにやら残念な様子で何か言いたそうな舞さん達だが、考えてみて欲しい。顔もスタイルも性格も全部いい超人が美佳ねえなのである。これでシスコンにならない方がおかしい。
なので俺がどうこう悪いわけではないのである。
ここまで書いておいてなんですが、世界選手権編は「優莉が大暴れした。そして勝った」くらいしか描写予定はないです。