021 合宿で見えてきたもの
玉木商業高校での合宿も6日目。
去年と同じであれば明日は午前中に6泊分お世話になった部屋や体育館、その他使用した設備の掃除をして、昼食にバーベキュー (これについては専門業者に頼んで俺達は特に用具を用意することなく、炭などの後片付けもしなくてよいので本当にバーベキューだけを楽しめる)で〆てお終いとなる。
故にバレーボールの合宿としては実質今日が最終日となる。
で、この合宿は練習試合をメインとしており、松女からは2チーム参加している。
となると当然、こうなる組み合わせも存在する。
松原女子高校Aチーム VS 松原女子高校Bチーム
Aチーム、Bチームと分けても1軍、2軍という区分けではない。この合宿を迎えるにあたって、佐伯監督からチーム全体に2つのことを意識して取り組め、と言わている。
「玉木商業高校で行う合宿は2つのことを意識してほしい。1つめは『ラリーをさせない』、だ。いいか。ラリーを『しない』じゃない。ラリーを『させない』だぞ。
どうすればそれが出来る?考えてみろ。例えばサーブ。入れていこうなんて考えるな。選手の間、ライン際。そこに強いボールを打ち込めば相手はたまらない。サーブだけで試合を決めるくらいでやるんだ。
ブロックも積極的にキル・ブロックを狙おう。だが、そのためにはどうすればいい?高さを揃えたブロックで相手のスパイクコースをつぶせばいい。スパイクを決めるには?そうしたことを意識して考えて練習試合に挑むんだ」
とのことだ。
これを要約すると「お前達は守備がザルだからラリー勝負に持ち込んでも勝てない。だから力こそパワーで相手をねじ伏せろ」となる。パワープレイ推奨という頭の悪い作戦だが、この合宿では意外と通用している。
サーブやらスパイクやらの決定率は、確実に他校より高い。それはなにも俺や玲子、明日香の3人だけでなく、1年生の攻撃も通じている。玉木商業高校の彩夏も言っていたが、松女は全員ボールが速いとのことだ。
よく言われている2年生からすれば慣れたものだが、1年生からすれば新鮮な意見であり、4月からやって来た筋トレが間違いでないと言われているようで1年生達の士気は高い。
意識してほしいことの2つめは『コート内選手の流動化』だそうだ。
「我々は人だ。突然怪我や病気で試合に出れなくなることだってあり得る。好不調だってある。そんな時に代替となる選手がいないのは困る。誰だって試合に出る準備をしてほしい。試合に出れるのは最強の6人と前から伝えているが、『最強の6人』が常に準備万端とは限らない。
今回の合宿では選手をシャッフルしてチームを組むからそのつもりでいるように」
監督は合宿前の練習で宣言し、その宣言通り、インターハイ予選で戦った俺、陽菜、明日香、玲子、愛菜、ユキ、翼ちゃんの7人で練習試合を出来たのは初日の2セット分だけ。
特に佐伯監督からは「村井と立花姉妹の3人が同じチームになると試合にならない」として、俺が陽菜と玲子と同じチームになることは前述の初日2セット分だけだった。
正直、この決断は諸刃の剣だと思っている。
想像してほしい。いっそのこと、バレーボール以外でもチームスポーツで想像しやすいなら野球でもバスケでもサッカーでもラグビーでもハンドボールでも何でもいい。
息の合ったチームプレーというのは一朝一夕で身につく様なものではなく、同じメンバーで地道な反復練習を繰り返して、お互いの得意不得意、癖などを理解して身につくものだとチームスポーツ経験者なら誰でも容易にわかることだ。
今回のシャッフルは1人2人をちょっと変えてお終い、ではなくチームの中核となっている2年生もバラバラに配置するくらいシャッフルしている。
これでは中々『息の合ったチームプレー』が育てられない。
そりゃバレーボールでも各ポジションごとにある程度は決まった動き、役割が存在はする。だが、前述の『息の合ったチームプレー』はそれを超えたところにある。
一方で監督のやりたいことと思うことを想像するに仕方のない面もある。
お題目である『コート内選手の流動化』はもちろん理由の一つだが、おそらく『センターラインの確立』も目的だろう。
現在の我が松原女子高校校バレーボール部部員は16名。
これをポジションごとに分解すると、一番わかりやすいのがリベロ。4月からずっとユキと敦子の2名体制。レギュラーがユキでサブが敦子。わかりやすい。続いてはセッター。これは陽菜がレギュラーで6月からはサブとして結花ちゃんがいる。これも陽菜がダメなら結花ちゃんが出るというわかりやすい体制だ。
ちょっと微妙なのがセッターの対角、オポジット。
これは女子によくある守備的オポジット――ユニバーサルって言うらしい――として愛菜がいる。この前のインターハイ予選ではチーム事情から違うポジションで出たが、本来はここが愛菜のポジションである。このオポジットに昨日から自分のポジションだと名乗り出てきたのが奈央ちゃんである。奈央ちゃんは女子によくある守備的オポジットでも男子によくある攻撃的オポジット――スーパーエースというカッコイイ名称だ――でもないオールラウンド型のオポジットになるとのことだ。明日香曰く「奈央は愛菜みたいに足りないところを補うタイプじゃなくて全部をそつなくこなすタイプのオポジットになってもらう予定」とのことだが、それは競技歴4ヶ月の素人にやらせるようなことなのか?
俺の疑問はもっともだったらしく、明日香も「普通はやらせないね」と苦笑しながら言っていた。
そのうえで「奈央は玲ちゃんみたいに他人の動きを模倣するのが得意だし、玉木商業高校の選手の動きをうまく取り入れれば1年生時は無理でも2年生時には様になるかも?」と評していた。
なるほど。
奈央ちゃんは玉木商業高校の連中みたいになるのか。あっちは特化型の松女と違って徹底して技能の万能化を進めている。日頃の練習でも筋トレメインの俺達と違って、あっちはひたすら2対2で全ての技能を練習している。それを行うことで玉木商業の選手は誰でもレシーブができるし、誰でもトスがあげられる。もちろん、スパイクもできる。
つまり奈央ちゃんの最終目標は去年玉木商業にいたイケメン先輩ということになる。
少し話がそれたが、ここまで名前が挙がったのが6名。16-6=10で残りの10名だが、これが揃いも揃って10名全員の第1志望ポジションがレフトのウイングスパイカーという偏りぶりである。
中にはライト、つまりオポジットでもよい、という部員もいるが流石に偏り過ぎだろう。この10名からおそらく3~5名程度はセンターラインを担うミドルブロッカーへの転向を監督から薦められると俺は推測している。
先ほども述べたが『各ポジションごとにある程度は決まった動き、役割が存在はする』。
それは当然、ウイングスパイカーとミドルブロッカーとでは求められる動き、役割、それに紐づく練習が異なるということである。インターハイ予選では松原女子高校の基本戦術である筋肉バ……もとい力強いバレーの出来る2年生を中心に挑んだが、この4ヶ月で1年生もだいぶ基礎体力が向上した。この合宿で去年の俺のようにレシーブが下手だからという消極的な理由ではなく、ブロックの要となれるか、という観点でこの10名の選手を審査しているのではないか。
幸い、インターハイ予選で県2位の俺達は春高1次予選は免除され、2次予選は11月から。
この合宿でミドルブロッカーを決めて残り2ヶ月で鍛えればよい、と監督が考えるのは不思議な話ではない。
さて話を戻してAチーム VS Bチームだ。これは言い換えると明日香が率いるチームVS佐伯監督が率いるチームとなる。この合宿中のAチーム、Bチーム間の選手交換は頻繁に行われている。俺も何度かBチーム所属となっているが、1人だけ例外がいる。それが明日香だ。
佐伯監督は部員にはあれこれ指導をするが、Aチームに行っている間は一切指導をしない。
1チームはどちらも通常選手7名+リベロ1名。
Bチームでは誰が後衛時にリベロと代わるのか、あるいはベンチ1名選手が座ることになるが、これをいつ交代させるのか、あるいはさせないのかを佐伯監督が指示するが、Aチームには何も言わない。全て明日香が考え、判断することになっている。
これはそれだけ明日香が信頼され、またバレーボールをよく知っているからこそである。
なお、去年と違い指導者が1名になってしまった松女ではあるが、Aチームのベンチでは監督役としてなんと去年の卒業生、OGのエリ先輩がその役を買ってくれている。その他、この合宿では試合のない時間帯は審判や線審、スコアボード係などをやることになっているが、これまた応援に来てくれたOGの美穂先輩が未経験の多い俺達に代わって特に難しい主審を引き受けてくれている。
2人とも大学生で本来は関係ないはずなんだが、俺達が困っていると知るとわざわざ来てくれたのだ。
唯先輩も実家に帰省していたお盆前後なら来たかった、とSNS上で嘆いていた。まあ大阪からの往復の交通費を考えると仕方あるまい。
余談だが、エリ先輩も美穂先輩もすっかり美人になっていてビビった。背丈や体格的なものは変わらないが、2人ともちょっと髪を伸ばして薄く化粧をしている。それが女子高生とは違う大人の魅力を引き出している。
なんというか見慣れている高校2年生と比べてたったの2歳差なのにすっかり大人できれいなお姉さんだ。
一方でそんな2人から見ると俺も大きく変わったと見えるようだ。
この合宿で再会したときに2人とも俺を見るなり絶句された。
「え?えっとあなた、優莉よね?」
「な、なんかすごく成長したというか。大きくなったわね」
ふふふ。これは当然の反応である。卒業式の時には俺が拉致監禁中で会えなかったから、2人に最後に会ったのは1月の春高の時。そこから俺の身長はなんと7cmも伸びて今や163cmだからな!!
「やっぱりわかります?わかりますよね!私、今163cmもあるんですから!!」
2人にとって優莉ちゃん=160cm弱より背が低いチビ、という印象だろうが、今や160cmの美穂先輩より背が高いのだから驚くのも仕方あるまい!
「えっと。うん。そっちもそっちで驚くんだけど……明日香?」
「優ちゃん、ちょっと前に自分はEって言ってました」
「うん。そうだよね。それくらいあるよね。でもこの微妙にずれた返しはやっぱり優莉なんだなって……」
????
どういうことだろう?
いー?
あぁ。明日香に最近調子はどう?と聞かれた時に調子は良いと返した時の話か。
おっと話がそれた。
さて練習試合である。現在俺の所属は明日香の率いるAチーム。相手チームにはインターハイ予選ではレギュラーの陽菜、玲子、愛菜、ユキ、翼ちゃんの5人。要するにほぼ1軍メンツと言っていい。
相手からのサーブ。威力は良いが、狙いどころがいまいち。そこは今のAチームで一番レシーブが巧い明日香の守備範囲だ。強打が売りということは、日頃からチームメイト相手に練習すれば必然と強打のレシーブ練習もたくさんできるということである。
この辺り、全国の強豪も強打慣れしているのは同じなので、単純に強いボールというだけでなく、狙いも大切ということである。
「結花ちゃん!」
明日香が少しずれたがAパスと言っていいくらいのいいレシーブで結花ちゃんにボールを繋ぐ。それを――
「優莉先輩!」
結花ちゃんが高くあげるトスで俺に上げる。これは――まあいい。
結花ちゃんには俺にトスを上げる時は格好つけず、オープントスでよいと伝えている。陽菜も去年の今頃は俺にはオープントスしか出来なかった。出来なかった、というよりは俺の技量もあってやらなかった、が正しいのかもしれないが。
まずは俺の好むところにトスを上げられること。これを第1目標としている。
結花ちゃんのトスを受けて俺も跳ぶ。狙いはもちろん――お前じゃ!陽菜!!陽菜の体を目掛けて渾身の一撃をお見舞いする。
「くっ!!」
陽菜は咄嗟に避けようとするが判断が遅い。陽菜の胸元にあたったボールは上に上がることなく、コートへ落ちた。
うむ。これで1点――
「優ちゃんさあ、陽菜と仲が良いのは知ってるけど、真面目にやってよね」
「そうだそうだ!」
なぜか敵からだけでなく、味方からも非難の声があるが、全くの誤解である。
「今のはセッター狙いっていう立派な作戦だもん。仮に相手のセッターが陽ねえじゃなくて結花ちゃんでも狙ってたもんね」
今のはトスをセッターに上げさせないためにあえてファーストタッチをセッターにさせるという高度な作戦なのである。決して、「最近陽菜が俺の言うことを聞かないから腹いせに狙った」などということはないのである。
それよりも大事なことがある。
……俺個人としては正直、非常に言いにくい。でも言わなくてはいけない。
「結花ちゃん。さっきのトスなんだけど」
「わかってます。もう少しネットから離したところに上げるんですね」
「そう。私は玲子や明日香よりも高く跳ぶの。だからその分、ネットから離してくれないと困る。わかってるなら次はよろしくね」
結花ちゃんのあげてくれたトスへのダメだし。これが必要なことである。
佐伯監督からは以前「優莉。お前はバレー部でもう先輩なんだ。先輩は後輩を助けるためにある。今までは一番経験の浅いお前をみんなが助けてくれていた。今度はお前が後輩を助けてやるんだ」と言われている。これは多少打ちにくくても文句を言わず決めろ、ということだ。
一方で「優しくするだけが先輩の仕事ではない。ダメなもの、改善すべき点はキチンと指導し教えるのも先輩の仕事だ。場合によっては嫌われることもあるが、それでも必要なことはやらなくてはいけない」とも言われている。
こちらは自分の欲しいトスの形をちゃんと伝えろ、ということである。二律背反しているが至極真っ当な話ではある。が、陽菜より年下の女の子にあれこれ厳しく言うのはちょっと精神的にキツイ。
一方で言わないのも無責任である。俺の場合、スパイクの打点が非常に高い。これはジャンプ力が高く、空中にいる時間が長いからなのだが、それはつまり助走時の慣性で進んでしまう距離も長くなってしまうということである。そんなの真上に跳べば関係ない、などと思った阿呆はいないと思うが、いたら物理の勉強をすることをすすめる。
俺は超人的な運動能力を誇っても物理法則を捻じ曲げているわけではないのだ。助走時の慣性は無視できない。
……俺の体格というか筋肉量から算出される以上の運動能力を生み出すのは物理法則を無視していると言えなくもないんだが……
こうしてサーブ権はこちらに代わった。こちらのサーブは奈央ちゃんの番。
奈央ちゃんのサーブは色々と怖い。
まず、普段の奈央ちゃんは今年の1年生で1、2を争うほど喜怒哀楽をはっきりと出すが、試合中、特にサーブの時はまるで能面のように表情を出さない。
なんちゃって聴勁で奈央ちゃんの考えを読んだから知っているのだが、表情だけでなく内心でも何もない。
考えなしで打っているのかと言えばそうではない。練習で完全にものにした型を狂いなく再現することに考えなど不要という境地まで達した、とでも言えばいいのだろうか?
ともかく、そんなサーブだ。
で、能面みたいな無の状態から放たれるサーブは基本的にネットインサーブ。奈央ちゃんのサーブがネットインサーブだと、合宿に参加している高校にはこの6日間でバレているし、俺達はそれ以上によく知っている。
が、さばくのは難しい。
第1に厄介なところとしてネットインサーブは文字通りボールがネットに当たるサーブなんだが、それはつまりボールの落下位置がネット際ということである。ネット際のボールが対処しにくい理由は今更語るまでもないだろう。
第2の厄介なところはそんなネットインサーブが飛んでくると『わかっている』こと。偶然飛んでくるというのも厄介なのだが、ネタバレしているのも厄介である。第1の点で上げているようにネット際にボールが落ちるとわかっているので対処が難しく、また、わかっているからこそ半端な覚悟をしてしまい、それが緊張を生み、体が固くなってしまい、うまく対処できない。
そして第3の厄介なところは――
おぉ!まさに目の前で展開された!
奈央ちゃんの打ったサーブはいつのもフォームでいつものように白帯ギリギリをボールがかする……ことなく白帯のほんの少し上を通過する軌道を描く。てっきりネットインサーブが来るものだと思っていた相手選手――翼ちゃんはネットに駆け寄ろうと前傾姿勢で構えていた。
そこにネットに当たることなく、それどころかボールが伸びのある軌道を描いて翼ちゃんを襲う。
「くっ!」
前のめりに構えたところに予想外のボールの動き。身体をのけぞらせ、なんとかレシーブをしようとするも失敗。奈央ちゃんのサービスエース。翼ちゃんは1年で一番レシーブが巧いのに大したものだ。
これが第3の厄介なところ。
奈央ちゃんはネットインサーブを打てるが、ネットインサーブを打つとは限らない。100%ネットインサーブが来るとわかっていればネット際で待ち構えていればいいが、奈央ちゃんは全く同じフォームでボールの軌道を少しだけ上昇させてネットに当たらないサーブを打てる。
本人曰く「ネットインを狙ったらネットに当たらなかったり、反対にギリギリ当たらないように狙ったらネットインサーブになることもある」とのことだが、他人から見れば意図したものだろうが意図しないものだろうがネットインサーブになるかどうかわからないサーブが飛んでくる、という時点で十分に厄介だ。奈央ちゃんのサーブを待ち構える側はネットインサーブが来るかもしれないと素早くネット際に駆け寄れる準備をしつつ、そのままネットをかすらずに飛んでくることも考えなければならない。
実に鬼畜なサーブである。
=======
この合宿の練習試合は1セットマッチなのですぐに終わる。明日香チーム VS 佐伯監督チーム の練習試合は25-14で俺達明日香チームが勝った。
ぶっちゃけ松女内の選手をどう編成しようが俺のサーブが大体決め手となってしまう。いくら強打に慣れているからといっても、一番俺のスパイクやサーブを正確にとらえることができるユキをして「優莉のボールは5回に2回まともに上げられるかどうか」と評されるレベルなのである。
他の選手に至ってはお察しだ。
で、試合が終われば、相手チームの監督から言葉をいただいて次の試合に備える。場合によっては試合ではなく、審判とかをやったりする。
「優莉。さっきの試合、口ではいろいろ言っていたが本当は陽菜を狙っていたわけじゃなくて、有村を集中して避けてたんだよな?正確に言えば、有村が取れない位置を狙うのが1番で、その上で陽菜狙いだったんだよな?」
これが先ほどの試合を受けての佐伯監督の言葉。
「はいそうです。なにか問題がありましたか?」
「いや。良い作戦だったよ。途中まで私も陽菜狙いだと思っていた。
有村はよく優莉と練習しているだけあって、優莉のボールに一番怖がらずに向かうから避けるのは当然だ。
陽菜については優莉がお姉さん子だけあって姉のことをよく知っている。改めて課題が浮き彫りになったが、陽菜は自分が原因で失点を重ねると体が固くなるな。誰しもそうなるが、陽菜は特に顕著だ。今後に活かそう」
さっきの試合というかこの合宿にあたり、俺なりに目的をもって取り組んでいた。
陽菜との速攻は型に持って行けばまず決まる。競技歴が1年にもなるとわかるが、バレーボールにおいて『速い』とはレシーブ、トス、スパイクの3つの間にある『間』が短いことであり、俺のスパイクとて高いボールを打つ攻撃では『遅い』攻撃となる。
確か去年のこの合宿でイケメン先輩がオープン攻撃しかできない俺のスパイクを速くても遅い攻撃と評していた。
遅い攻撃の何が問題か。
それは相手に迎撃態勢を整える時間を与えてしまうことだ。
俺のスパイクは打点が高い。故にブロックに邪魔されずにスパイクを打てる。これで速攻を使えば相手に構える時間も与えずにほぼ確実に相手コートの隙間をつける。高校生相手なら例えU-19相手でも通じたのだが、これが結果としていけなかった。
俺の中で知らず知らずのうちに『速攻なら点が取れる。速攻じゃないと点が取れない』という意識が生まれていたのだろう。
だがそんなことをしなくても俺の攻撃はブロックに阻まれないし、球速だって女子どころか男子のプロ以上の速度で相手コートに襲い掛かれる。
これで点が取れない方がおかしいのだ。点が取れないのならそれは陽菜や結花ちゃんではなく俺の問題である。
これまでなんとなく空いているところ、を狙っていたところをもっとピンポイントに狙う。全てのレシーバーを最大限警戒するのではなく、相手の力量を見極めて打つ。
また、これは良いことではないが、去年の今頃と比べて人にボールを当ててしまうことへの忌避感がだいぶ薄れている。
俺のスパイクやらサーブはボールが速く、当たったら普通の女子高生の打つそれよりは痛いだろうと思う。それを年下の女の子に当てていいのか、という気持ちもある。
だから必要以上に相手選手から離れたところをずっと狙っていた。俺のスパイクで怪我でもされたらいやだし。
が、それで実際怪我をするようなら今頃ユキは全身怪我だらけの痣だらけである。しかし、実際は精々腕が時々赤くなる程度。
流石に頭というか顔は狙わないが、胴体や脚なら当てても問題ない。当てても怪我をさせないとわかればあえて選手を狙う、もしくは近くを狙うのも作戦としてはありだろう。強烈なボールは相手選手を恐怖させ、委縮させる。
ちょっと狡いがそれも戦い方の1つだと思う。
そしてこれが重要なことだが、オープン攻撃はなにも相手だけに時間を与えるものではない。スパイカーの俺にも時間をくれる。相手コートを見定め、狙いをつけて、考えてスパイクを打つ。
この6月のインターハイ予選敗退以降、ずっとそんなことを考えて練習を続け、ようやく形になりつつある状態だ。
まあ姫咲みたいな全国レベルの強豪は全員がアホみたいにレシーブも巧いからこの合宿中に出来たこと程、都合よくは運ばないだろうが、1つの武器にはなると思っている。
=====
視点変更
金森 翼 視点
=====
「「「「お疲れさまでした!!!!!」」」」
合同合宿もこれで6日目が終わった。明日は軽めの運動をした後に片づけをして終わりと聞いているので練習をするのは実質今日が最後だ。
人によってはこの後の夜間練習が最後となるが、チームとしての練習はもう完了。この合宿では普段と違い、試合形式の練習が多かった。メンバーも頻繁に入れ替わった。
だから実感する。
私は総合力では部内で五指に入る。
けど、今のままでは6人試合に出れるはずのバレーボールで試合に出れない。
私は――
「あ~ちょっと待った。解散する前に浜野、円城寺、末藤と金森はちょっと残ってくれ」
合同練習が終わると生徒には自由にしてよい、とだけ指導し、先生たちは大人たちの合宿と称して呑みに行く……のがこの5日の定番だっただけど、今日は少し違った。
呼ばれた私達4人だけが先生のところに集まったところで監督が口を開いた。
「単刀直入に言う。お前達、ミドルブロッカーにポジションを変えてみないか?」
!!
「私は常々『コートに立てるのは最強の6人』と言っている。この方針はずっと言ってきたもので、今後も変えるつもりはない。しかしこれはチームとして強い6人を出場させる、という意味だ。
例えば、私がそう強いたから仕方ないが、雨宮はセッターとしてまだまだだ。バレーボール選手として見た場合、君達の方が巧い。
が、姉の方の立花が何らかの事情で試合に出れない場合は雨宮がセッターとして試合に出る。出井にしても有村が怪我でもしようものなら試合に出る。
一方で、君達もよく知っているように松原女子のたった2枠しかないスパイカーには10人もいる。
仮にセッターの対角もスパイカーとして使うとしても3枠。今この3枠を占有しているのが妹の方の立花、村井、都平の3人だ。君達は点取り屋としてあの3人に勝てるところがあると思うか?」
「「「「……」」」」
威勢のいいことは言える。けれど、普段は味方として、この合宿中では時々敵としてあの3人の先輩達を見てきたけど、今すぐどころか先輩達が卒業するまでにポジションを奪い取れるほど成長できるなんて想像もできない。
「そもそもセッターの対角には守備が得意な選手を入れる場合もある。そうなると2枠。ますます厳しい。一方で知っての通りミドルブロッカーは志望者0人だ」
「……つまりスパイカーでは試合に出れないから空いているミドルブロッカーに転向しろってことですか?」
圭がそう監督に訊ねる。私もそれは聞きたい。
「誤解しないで欲しいんだが、あくまで君達自身の希望が第一だ。何も部活動はレギュラーになって試合に出ることが全てではないからな。確かに2年生の壁は厚いがそれでもレギュラーを奪取しようとするならば私は君達を応援する。贔屓はしないけどな。
それと空いているからミドルブロッカーになって欲しいんじゃない。誰でもいいならレフト希望者のうち、君達以外の1年生も含めて転向を呼び掛けている。君達4人に絞ったのは君達ならブロックの要になりうると思ったからだ。空いているからミドルブロッカーになって欲しいんじゃない。
ミドルブロッカーに推薦されている、と思ってほしい。すぐには決められないと思う。この合宿が終われば新学期まで部活動はない。それまでに少し考えて欲しい」
突然のポジション転向の話。私は――
松原女子高校 バレーボール部 モブキャラ紹介
元々、新1年生は結花ちゃん、翼ちゃん、奈央ちゃん以外はモブキャラの予定で名前も決めていませんでした。
なのでモブA、モブBと扱っていたのですが、モブLの笑留ちゃんをきっかけに名前を決めました。
そのままアルファベットの子達
村重 愛:あい=I
浜野 圭:けい=K
矢祭 笑留:える=L
名前に持ってくると微妙だったので名字に持ってきた子達
出井 敦子:でい=でー=D
末藤 貴子:えふ=F
上地 菜々香:えち=えっち=H
よく思いついたと自分をほめたいもの
円城寺 英子:じえい=じぇい=J
これにより1年生10名の名前が確定しました。
没になった名前には詠美とか美々とか椎子などもあったのですが……