020 モブキャラ
人生の転機なんてどこにあるのかわからない。
ってこの間17歳になったばかりの私が言ったら怒られそうだけど、本当に転機がどこにあるのかなんてわからない。
そのどこにあるのかわからない転機にぶつかったのは中学1年生の4月、入学式の後。体育館から教室に戻ってきて、自席で先生を待っていたその時。ほんっとに偶然、たまったま出席番号順に割り振られた席で、隣の列の席が知佳の席だった。
「ねぇねぇ!バレーボールって知ってる?」
確かそんな感じの言葉だった気がする。返事もよく覚えていない。けれどもあの時の私はバレーボールなんてルールも知らなかったし、興味もなかった。そんな私をバレーボールに引きずり込んだのがこのよく覚えていないやりとりだった。
後で知佳本人からなんで私に声をかけたのかを聞いたら、「偶々席が隣だったから」とあっけらかんに言われた。つまり、偶然。
この偶然が私の中学生活を決めてしまった。
中学校の思い出と言えば普通は運動会とか修学旅行とか合唱コンクールとかの学校行事を思い浮かべると思うんだけど、私は違う。1年の時も2年の時も3年の時もバレー、バレー、ひたすらバレー。思い返すとそれしかない。私の地元の公立中学校はどこにでもある本当にごく普通の中学校で、バレーボールが強いところじゃなかった。むしろ、あんまりやる気のない顧問、部員数だってそんなに多いわけじゃなかった、バレーの弱小校だった。
これを1年生の時のクラスメイトの知佳は相棒の正美と一緒に校内外を東奔西走して用具を集めたり、練習メニューを変えたりしていった。毎日毎日、朝から夜までバレー漬け。そんな暴走劇についてこれる子なんて少ない。ゆるく部活をやりたいって子だっている。
中学2年の夏、当時の3年生の先輩達が引退したら部員はたったの5人になった。
でもバレーバカの2人は諦めなかった。
練習についてこれる根性がありそうで、運動部に所属していない運動が苦手じゃない子――ごめん。愛菜。私が2人に紹介しちゃった――を無理やりバレー部に引きずり込んで、なんと中学3年生の時には県内女子バレー最強の砂川中学に勝って全中に出場するところまで勝ち上がった。
さらには正美と知佳はU-16の代表合宿に呼ばれるところまで行ってしまった。
やっすいドラマとかありふれた漫画、アニメで使い倒された『天才スポーツ少年・少女が無名の学校を全国まで導く』って題材を本当にやり遂げた正真正銘のバレーバカ。
人はそれを天才って呼ぶんだろうけど、間近にいた私に言わせればバレーのことしか頭にない『バレーバカ』って表現が一番しっくりくる。
多分、あの2人はバレーボールって物語の主人公なんだと思う。
物語は中学だけで終わらず、今は高校生編。
試合に出れるかどうかというレベルで部員にも困る無名中学から一転、今度は近隣から有力な選手が集まる県どころか全国でも屈指の女子バレー強豪校に進学して、1年生のうちからレギュラーを奪取。2年生になった今年、ついにはインターハイで全国制覇まで成し遂げてしまった。
もう笑うしかないドラマの中の主人公。
きっとお話は続き、高校の次はプロ編で最後は世界編、かな?
そんな私は物語の序盤の中学生編でちょこっと出て、後は駆け上がっていく2人をテレビの向こうから応援するモブキャラAね。
でも、ドラマと違って現実世界ではモブキャラAにだってモブキャラAなりのお話がある。
「主将。監督が呼んでます!」
「今行くわ」
中学校で物語の主流から外れたモブキャラAこと私、小比類巻 千恵里は高校2年生なった今、とある公立高校の女子バレーボール部で主将を務めている。
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私の通っている県立原野建高校は言っちゃなんだけど普通の高校である。まあ強いて言うならプールがないから水泳の授業を受けたくない子が集まったり、後は競技かるた部がボチボチ強いってことくらいが特徴の高校。男女比は大体同じくらいで偏差値は60ちょいだから進学校と言えなくもないけど平凡な高校。
中学時代、バレーボールしか思い出のない私はこの高校で真っ当な青春を謳歌するんだ!と決意して入学したんだけど、たまたま1年生の時の担任が女子バレーボール部の顧問だったのが運のつき。
「六崎中学出身で小比類巻ってことはバレーボールで去年、全中に出た小比類巻だよな?」
入学初日のホームルームで自己紹介をした後のこの一言。
これで小比類巻=バレーボールと認知されてしまい、ズルズルと女子バレーボール部に連行された。さっきも言ったけど原野建高校はこれといった特徴のない普通の高校なの。目立つ部活動は競技かるた部だけであとは強くない。それどころかむしろ弱い。女子バレーボール部も同じで、くじ運にもよるけど1~2回戦敗退の常連。何かの拍子でベスト16まで勝ち残れば大喜びする程度だった。
一方私は中学までバレーボールを知らなくて、その中学でバレーボールの練習を考えたのは正美と知佳。顧問が自主性に任せるという名の放置主義だったことで私達が2年生になる頃にはバレー部の主権を完全に乗っ取り好き放題練習メニューを魔改造していった。その結果、控えめに言って死ねる練習メニューが出来上がり、それが当然だと思っていた私は初めて原野建高校女子バレーボール部の練習風景を見た時に正直『ぬるい』と思ってしまった。
言葉にはしていないし、態度にも出していないつもりだったけど、傍から見たらバレバレだったのかもしれない。
「中学校のバレー部だとどんな練習をしていたの?」
バレー部の先輩から聞かれて、私は中学校の時の練習メニューを伝え、実際にやってみせたりもした。
……中学3年の9月以来のバレーだったからそんなに動けてなかったけど、それでも周りから感心の声が出てしまった。
私は強くNoと言えず、周りからの圧に流されやすい日本人……
気が付けば高校も女子バレーボール部に入部し、1年生のうちからレギュラー(うちはそんなに強くない上に人数も少ないからすごい事じゃない)になり、2年生になった今年の6月、3年生の先輩達が引退すると私がバレー部の主将になってしまった……
高校に入ったらバレーボールとは関係のない生活を送ろうとしたのにこの有様。
中学1年生の時に知佳に引きずられて始めたバレーボールは中学生活だけでなく、高校生活も大きく変えちゃった。正直、バレーボールに関わっていなかったらどんな中学生、高校生だったのか想像もつかない。まさに中学1年生のあの時に知佳に声をかけられてしまったのが私の人生の転機だった。
そして現在は高校2年生の夏休みも終わる寸前。
私達、原野建高校女子バレーボール部は、玉木商業高校という高校で5校合同の女子バレーボール合宿に参加している。
去年は別の高校と一緒に県外の合宿施設を利用していたんだけど、その施設が老朽化で使えなくなってしまい、監督曰く困っているところを玉木商業高校の監督に声をかけてもらって私達も参加することなった。
ちなみに合宿所は玉木商業高校内に備え付けられている宿泊施設。設備も高校の備品を使用する。合宿中、調理を担当するのは元々は玉木商業高校の学食関係者ということもあり、特別美味しい料理が出てくるわけでもなく、学食だよねえって味である。
でもいいところもある。6泊7日の合宿にも関わらず去年の3泊4日の合宿よりお金がかからない。家計に優しい合宿となっている。
その合宿も今日で5日目が終わろうとしている。
この合宿の面白いところは、午後練が終わった後(日によって違うけどだいだい19時前には終わる)は翌日の練習開始までに節度を持った範囲なら何をやってもいい、というところ。
原野建以外は去年も参加済みらしく、初日から普段は出来ない他校の選手と入り混じった混合チームでバレーをやったり、黙々とサーブやスパイク、ブロック練習をする人、自主練はしないでみんなでパーティーゲーム(何人かはわざわざゲーム機まで持ち込んできている)をする人、夕食後はお風呂に入って早々に寝る人など様々、自由に分かれて過ごしていた。
原野建も話には聞いていたので、最初だけ戸惑ったけど今ではこれはこれで楽しく過ごしている。
……まあ、その自由時間を過ごす前に練習前に干した洗濯物を回収しないと……
当たり前だけど、夏に運動部が1泊2泊ならともかく6泊もするような合宿をすれば当然、たくさんの洗濯すべき衣類が発生する。
幸いというか当然というか、この合宿所にも洗濯機があり――ここで見るまで実物を見たことがなかった二槽式の洗濯機。年代物と思いきや調べると私より年下だった――昨日の午後練が終わった後に洗って干したそれを合宿場の屋上から回収しに行く。
……うちは部員が8人しかいないから主将でもこうした雑務は行う。ま、仮に私が平部員だったとしても、雑用を全部他人に押し付ける様な主将にはついていきたくないから文句は言わない。
屋上に向かう途中、ここまでの合宿での練習を振り返る。
この合宿は練習試合を主としている合宿であり、5日も戦えば自ずと相手の力量も知れる。
合宿参加校で一番強いのは松原女子高校。
今年の1月の春高で準優勝。6月のインターハイ予選は県決勝で姫咲高校に敗れて県2位。でもその姫咲高校は全国優勝するような高校なので仕方ないと言えば仕方ない。
じゃあバレーボールが参加高校内で一番巧いかって言われればそうじゃない。
格闘技で言えば階級が違うっていうか……
松原女子高校のバレー部には小学校からの知り合いが1人いて、普段の練習を聞くと筋トレとサーブに力を入れているって言っていた。
その効果は確実に出ていて、松原女子のサーブはとにかく速い。一部例外はいるけど、速いサーブを打たない子も含めて、所謂『入れてくサーブ』は誰も打たず、基本的には腕を思い切り振ってパワーボールをぶち込んでくる。
これであわよくばサービスエース、ダメでもファーストタッチを乱して攻撃が簡素化されたところをご自慢の身体能力を活かした平均値の高いブロックでシャットアウト。
松原女子の子は華奢な外見に反して全員がフィジカルエリート。単純な力だとか高さにある程度以上差があると小手先の技術じゃ対抗できなくなるというのを実感させられる。
これも松原女子の子に聞いた話だと「女子校だから普段から力仕事を男子に頼めない。自分でやるしかない。だから強靭な体と力仕事も自分でやるんだって気持ちが出来る」なんて言ってたけど、それを信じちゃうほどね。
ラリーのボールも速くて、バレー技量で勝っていても単純なパワープレイで簡単に覆されて負けるパターンも多くあった。
あともう一つ特徴があって、この合宿に参加している5校のうち、松原女子の子だけおっぱいがあたるネットタッチで失点を重ねることが多かった。
こぼれ聞いた話だと、松女ではBカップは貧乳どころか無乳扱いらしい……
何の冗談かと思ったけど、相手の主将や、正セッター、リベロを見てると同い年とは思えない凄いのがあった……
もげてしまえばいいのに。
なんて考え事をしていたら屋上についた。
そしてこの合宿に来て思い知らされる。あの干してある洗濯物の一群から放たれる圧倒的威圧感ときたら――
「千恵里、なにしてるの?」
「愛菜達みたいに大きければ周りの目なんて気にしないで堂々と下着を干せるんだなって感心してた」
やはり干した洗濯物を回収しに来たであろう愛菜――小学校の頃からの友達で今は松原女子でバレーボールをやっている――は私の言葉の何に驚いたのかぎょっとした顔をした。
「……そうね。そうよね。普通は下着って堂々と干さないものよね……」
愛菜は苦笑しながらそうつぶやいた。
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いくら合宿中に洗濯したい衣類がたくさんでてもシャツとかハーフパンツならともかく、あんまり人目に見せたくない洗濯物だってある。
そういうのは各校、各人に割り当てられた部屋に部屋干しをするものなんだけど、松原女子だけは堂々と合宿所屋上の物干しスペースにそういうのも干している。
これをてっきり「松女の面々はおっぱいが大きいから自慢するためにも堂々と干している」と思ったんだけど……
「そんなわけないでしょ。松女は女子校でしょ?だから同世代の女子に下着を見られるのが恥ずかしいって感覚がなれて抜けちゃってるのよ」
松女の後輩と共に洗濯物を回収しつつ、まーちゃんは苦笑しながら答えてくれた。
「どうして女子校だとそういう感覚になるの?」
意味が分からない。
「そうね……例えばだけど、学校で体育の授業があった時にどこで着替える?」
「……原野建高校は古い高校だけあって更衣室なんてないから教室でチマチマ着替えるわよ」
「原野建は男子もいるだろうからそうなるわよね。でも松女は女子しかいないの。だから、みんな下着なんて気にしないでがばっと脱いで着替えるわね」
「女子しかいなんでしょ。だったら「今じゃ男の先生がいても気にしないで着替えるようになってるの」」
えっ?何を言ってるの?????
「1年の1学期の頃はまあ多少は気にしてたけど、夏休みに入る前には教師の目なんて気にしなくなった子の方が多かったわね。
2年になった今は逆に先生の方が気を使って体育の授業前にはチャイムが鳴るとすぐに教室を出ちゃうし、体育の後の授業の先生はわざわざ教室に入る前に一言断ってから入ってくるわよ」
「……え?なにそれ?教師って言っても男なんでしょ?嫌じゃないの?」
「松女だと男の先生は若いとナメられて、中年だとウザがれて、おじいちゃんになると可愛がられるようになるわね」
……
「だからみんな普段から下着なんて隠さず見せ合ってるから今更ねぇ。松女は去年もこの合宿に参加しているから、屋上に男の先生は見回りに来ないって知ってるの。だったら風通しのいいところに干したいじゃない?」
それでも下着は日陰干しが基本だと思うけど………
というかまーちゃん、今、取り込んだタオルをたたんで普通に胸の上に置いてる……
すごい。リアルで出来る人がいるなんて思わなかった……
もげればいいのに。
「あと、私達が大胆というか、そのあたりに無頓着になってるのって新しくした練習場にあるのかも。松女の体育館、シャワー室があるのよ」
「え?松原女子って公立高校でしょ?シャワー室なんてあるの?」
「ほら、今年の1月に春高に出たでしょ?あの時にもの凄い額の寄付金が集まって老朽化して使えなくなってた第2体育館がリフォーム出来たの。その時にシャワー室も出来たのよ」
「へえ。羨ましい。原野建は当然ないわよ。だから夏場の練習後なんて最悪ね。汗を何とか拭って後は制汗スプレーと冷却スプレーでごかましてるのに」
「……去年は松女もそうだったんだけど、そっちの方が健全になるわね。原野建もそうだと思うけど、松女の高校には生徒が校内から出なきゃいけない完全下校時刻ってものがあって、でもバレー部の練習って去年も今年も完全下校時刻ギリギリまでやるのよ」
「流石全国2位の強豪校。時間ギリギリまで練習するのね。原野建は片付けも着替えも完全下校も、全部余裕を持った5分前行動よ」
「羨ましい。松女は本当にギリギリ。さてここで問題です。松原女子高校バレーボール部の部員は16人です。シャワーは3つしかありません。練習が終わってから最終下校時刻まで10分しかありません。この場合どうなるでしょうか?」
「……あ~言いたいことがわかった。多分、シャワーなんて頭からお湯をかぶって汗を流したら次々交代していくのね」
「そう。最初の頃は隠したりしてたんだけど、時間がないし、それが毎日毎日続くのよ。だんだん雑になって今じゃもう……」
あられもない姿を見たり見られたりってことね……
「先輩。局所的な例を取り上げて、それがさも全体であるように言わないでください」
まーちゃんの爆弾発言を修正する松女の1年生。やっぱり話を盛った――
「じゃあ逆に聞くけどその辺しっかりしている子って誰?バレー部に限れば優莉ちゃんだけだと思うけど?1年生も最近じゃすっかり大胆になって来ちゃってるし」
「――わ、私はその、先輩達を差し置いてシャワー室を長時間使えないから仕方なく……」
……盛ったわけじゃないのね。そうなのね……
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小学生の頃からまーちゃんとは仲が良かった。でも別の高校に進学したことで話す機会を失った。この合宿にしてもすれ違いざまに簡単に挨拶はしたけど中々話す機会に恵まれなかった。
日中は私が主将という立場上、部員を指導・監督しなくてはならず、夜間の自由時間はまーちゃんが他の松女の子と一緒に勉強部屋にこもってしまうからだ。
そんなこんなで今日で合宿は5日目を終えてしまう。しかし、話をしたくないわけではない。むしろしたい。というか教えて欲しいことがある。
「どうやったらおっぱいが大きくなるのか教えてください!!」
「ちーちゃんもそれ??」
洗濯物を取り込んだ後、そのまま晩御飯へ向かうまーちゃんが一人になったところを見計らって捉える。そしておそらく松女に伝わるであろうメロン畑育成法の秘伝を聞くべく突撃した。
……まーちゃんの反応を見るに他にも秘伝を授かろうとしたものがいるのだろう。
「他の学校の子にも聞かれたんだけど、特別なことは何もしてないんだけど?」
「特別なことをしないとそのメロンは実らない!」
ビシッとまーちゃんの胸元を指さす。夕方の雑談で聞き出したところまーちゃんはF。大きいなあと思っていたけど、まさかそこまでとは……
しかもまーちゃんは松女バレー部の2年生ではFでも小さい方だという。
「本当に特別なことはしてないのよ。強いて言うなら『よく食べて』『程よく運動して』『夜はちゃんと寝る』くらいよ」
「嘘だ!」
そんなありきたりなことでこうはならない!
1人2人ならまだしも松女ほぼ全員巨乳じゃない!
「本当にそうなんだけど……
あ、ちなみに『夜はちゃんと寝る』って大体夜10時前、遅い子でも平日は11時前にはみんな寝てるわよ」
「は????」
夜10時って今時中学生どころか小学生だって起きてるのに……
「松女の練習がキツイってさっき言ったでしょ?それを補うためにダイエットなんかとは無関係ってくらい食べるんだけど、お菓子なんかじゃ食べても体力が持たないからちゃんと栄養のあるものを食べて、夜は体力を回復するためにすぐに気絶するように寝ちゃってたらみんな大きくなったわけよ」
本当は背を伸ばしたかったんだけどね、とまーちゃんは苦笑しながら教えてくれた。そんなので大きくなるの?いやでも実物が目の前にいるわけで……
「私もちーちゃんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「別にいいわよ。答えられそうなものなら」
というか、まーちゃんがわざわざ断りを入れてから聞く様なことって何だろう?
「ちーちゃんはさ、高校に行ったらバレーボールはやらないって言ってたよね?なんでバレーボールを続けているの?」
「……聞くも涙語るも涙の物語があったのよ。高校1年の時の担任が女子バレー部の顧問でね。ほら、私の名字の『小比類巻』って珍しいでしょ。自己紹介の時に『六崎中学出身でーす』って言ったら『バレーボールで去年の全中に出たよな?』ってバレてそのままほぼ強制的にバレー部に入部させられたのよ」
「うわ……ご愁傷様」
「まーちゃんこそなんでバレーボールをやってるの?そっちこそ中学の時に『高校は絶対にバレーボールにはかかわらない』って言ってたくせに」
「私だってバレーボールをやるつもりはなかったわよ。ちゃんと別の、バスケ部に入部してたの。でも去年の夏休み前にバスケ部が3人になっちゃってね。試合に出れないから、同じく試合に出れないくらい部員が少ないバレー部と統廃合をかけてちょっとしたお遊びをして、負けた私達バスケ部がそのままバレー部に吸収合併されたの」
なんでバスケ部?とは問わない。だって中学3年ごろにまーちゃんはとあるバスケマンガにはまっていたからね。
「……あぁ。年末年始にバレー部だけだと部員が足りないからバスケ部から借りたってTVでやってたけど、あれ本当だったんだ」
「本当、本当。ついでにさっき言った『お遊び』って実は学力テストよ。際どいところでバレー部に負けちゃってバスケ部は休部になっちゃったの。で、流れでバレー部に入ったのよ」
「入部した理由は分かったわ。でもそれならなんで続けているの?さっきのTVの話になっちゃうけど、確か強制入部は春高までだったんでしょ?」
「……あぁ。うん。それね……えっと、ほら。松女のエース、凄いでしょ?素人軍団を春高で準優勝まで導いちゃったし、もしかしたら次の春高とか、来年のインターハイで全国優勝できるかもしれないじゃない?その時までバレーボールを続けていれば『全国大会で優勝したときのメンバーでした』って内申書にも書けるわけだし、色々と有利かなって」
「嘘ね。バレーで進路を決めるならまだしも、そうじゃないんでしょ?だったらもう全国準優勝って看板だけで充分。そんな理由でさっきまーちゃんが言っていた毎日気絶するくらいへとへとになるまでバレーの練習をするなんて思えないんだけど」
まーちゃんは賢い。まーちゃんは知っている。
高卒後もバレーボールでやっていける人間はどんな怪物なのか。それを中学校で思い知っている。ううん。松女には他にもナショナルチームに呼ばれた子がいるって聞いているから私以上に体感しているはず。
そして内申書の加点なんてバレーボールで先を進まない限り意味がない。精々、大学の推薦入学の時に足しになるかも?だけど労力に見合わない。学力で突破することを考えているならそもそも内申点自体無価値になる。
だから進路のため、というのは嘘だ。
「はぁ……松女の子ならこれで通じるんだけど、付き合いの長いちーちゃんには通じないか」
「当たり前じゃない。で、本当のところ、どうなの?」
「笑わない?」
「内容によるわね」
まーちゃんは少し困った顔をして、周囲を見渡して人がいないことを確認した後に教えてくれた。
「ちーちゃんは1月の春高のこと、覚えている?」
「そりゃあれだけ特集を組まれていれば覚えているわよ。……まーちゃんはあんまり試合に出てなかったみたいだけど」
あの頃は毎日、TVに新聞、ネットも松原女子高校のバレーボール部を取り上げていた。確か当時の松原女子高校バレーボール部は部員が8名。1人はリベロだったから、1名ベンチ、他の選手は常に試合に出続けるという他の高校にはない状態だった。その『1名ベンチ』のベンチ要員がまーちゃんだった (はず)。
「そうなのよ。私は基本的にベンチだったんだけど
……ベンチだったから偉そうなことを言えないんだけど、実は1試合だけ私が試合を決めたことがあるのよ。
……試合を決めたって言ったら怒られるかも?たまたまマッチポイントのところでピンチサーバーに選ばれてね。そして打ったサーブなんだけど、我ながら打った瞬間、『あ、これエンドライン超えるかも』ってサーブだったわけよ。当然、相手もアウトだと思って見送ってくれたんだけど、そしたらそれが入っちゃったのよ。別に私のサーブが失敗しても点差はあったし、私が決めなくても次に誰かが決めるか相手がミスをしたら勝ってた。その試合、私は碌に貢献してなかったんだけど……」
「それでもね、その試合。私のサーブが決め手で勝ったんだよ」
「凄いんだよ?春高。歓声とか。決まった瞬間、ぐわわぁああってなるの」
……それはなんとなくわかる。正美と知佳に連れていってもらった全中、凄かったもん。私が黙っていると、まーちゃんは顔を真っ赤にしだした。
「もう恥かしい。最後だけちょっと出て『自分が決め手で勝った』って言うのは恥ずかしい。無し!今のは無し!」
まーちゃんは必死にさっきの話をなかったことにしようとする。でも言いたいことはわかった。まーちゃんはきっとあの時の歓声を聞きたくて、今度は自分の力で引き寄せたくてバレーボールを続けてるんだ。
「で、私ばっかりじゃなくて、ちーちゃんはどうなの?バレー部に入部させられたのはわかったけど、なんで続けてるの?」
顔を赤くして、ちょっと怒った口調で私にカウンターを繰り出してきた。まーちゃんはなんだかんだ、真摯に答えてくれた。これはちゃんと返さなくてはいけない。
「笑わない?」
「えっとブーメランになるけど『内容によるわね』って返せばいい?」
「だよね。えっとね、原野建女子バレー部ってもうザコもザコ。私が入るまで毎年1回戦負けの常連だったの。それが去年も今年もなんと!インターハイ県予選で2年連続ベスト8まで勝ち残ったのよ」
まあ、その後のベスト4をかけた試合で去年は東豆涼、今年は陽紅相手に2セット合わせて30点も取れずにボロ負けしちゃってるんだけど。
「……えっと、それで?」
そうだよね。そりゃそうだよね。ぶっちゃけたかだか県ベスト8。どこも凄くない。どこにだってありふれている。でもザコ高校の私達にとっては違う。
「うん。まーちゃんのところみたいに『目標は全国制覇』、みたいなところは気にしてないと思うんだけど、インターハイ予選でベスト8まで残ると続く春高予選は1次予選が免除になるのよ」
「あっ!!」
まーちゃんは気が付いたみたい。でも補足はしておく。
「松女はどうだか知らないけど、女子バレー部に限らず原野建って部活は原則3年の夏までなのよ。だから実質インターハイ予選が3年生最後の公式戦。そこでね、3年生が後輩のために春高1次予選免除のために奮起するのよ」
今でも思い出す。
――まだいけるよ!追いつける!――
――後3点!それで私達の勝ちだよ!――
去年も今年も当時3年生の主将が声を枯らして部員を鼓舞する。正直、次のベスト4をかけた試合は勝てっこないってわかっている。勝ち目のある、戦いになるのは最後の試合とわかっている3年生は何とか後輩達に形あるものを残そうと奮起してくれた。
そんな中、1年生時も2年生時もエース――本当のエースっていうのは正美みたいな選手を指すのであって相応しくはないんだけど――を任された私にはラストボールが集まった。
やりがいと重圧――うん。わかってる。世間一般じゃさっきのまーちゃんが反応してくれたみたいに県ベスト8如きはてんで大したことがない――を感じ、そして試合を決めた。
所詮地方のベスト8。注目選手なんて味方にも敵にもいない。歓声なんてまーちゃんが受けたものの1/10もないだろう。でも私達の中では確実に『ぐわわぁああ』って声はあった。
「その、ごめんなさい」
「いいのいいの。県ベスト8なんて他の人から見ればそんなものよ。私だって原野建の野球部が甲子園予選で県ベスト8まで残った、って聞いてもふ~んだったし」
さっきまで赤かった顔を青くして謝るまーちゃんに気にしないで、と伝える。
その通りで気にしなくていい。
バレーボールという物語で私は主流から外れたモブキャラA。
世間は誰も注目しない。
でもドラマと違って現実世界ではモブキャラAにだってモブキャラAなりのお話がある。
モブキャラAはモブキャラAなりのお話をハッピーエンドにすべく、今日もバレーボールの練習を続ける。
原野建高校 2年生 女子バレーボール部 主将
小比類巻 千恵里
身長:163.3cm
ポジション:ウイングスパイカー
才能:良くも悪くも愛菜と同等の才能。がっつり練習をすれば高校生レベルなら全国上位を狙える。そしてそんな環境は原野建高校にはない。
ちなみに原野建高校と松原女子高校の学力を比較すると
松女特進クラス > 原高文系・理系クラス > 松女文系・理系クラス
となります。
千恵里と愛菜の学力を比べると若干愛菜の方が上。ただし、国語系科目に限れば千恵里の方が若干上。