017 夏合宿 その2
「陽菜もだけど、優莉ちゃんも本当に大きくなったね」
玉木商業高校で5校による合同バレーボール合宿は折り返しの4日目を迎えた。すでに丸3日経過していることもあり、コミュ力の高い連中は他校の生徒とかなり親しくなっているし、そうでない連中も会話をするくらいにはなっている。
例えば昼食は自校ではなく他校の部員に混ざって食事をとるような奴もいる。
で、現在8月のお昼時というクソ暑い時間帯にも関わらず俺の背後にぴったりと張り付いて優莉ちゃん連峰を下から持ち上げたり揉んだりする変態が1人。変態の名は彩夏。玉木商業高校の女子バレーボール部の部員で陽菜の小学校からの友達。
なお、同じようなことを愛菜もよくやるが、その場合俺よりも峻険な愛菜連峰がばっちり背中にあたるんだが、今はそんなことは無し。正確には当たってるんだが、とてもなだらかな感じだ。多分Aだな。
「別に特別なことはやっていると言えばやってるし、やってないと言えばやってないんだけどね……」
「なにそれ?どういうこと?」
「好き嫌いしないで色々なものをバランスよく食べて、程よく運動して、夜はちゃんと寝る。彩夏だってやってるでしょ?」
彩夏の疑問に近くにいる陽菜が答えた。
食事は乳製品や大豆食品なんかを取り入れているが、これは胸だけに良いってわけじゃないのでバランスの良い食事の1つだろう。寝る時は夜用の下着をつけてたりするがこれもありきたりで特別どうこうってわけじゃない。多分。
「彩ねえ。おっぱいを大きくしたいなら私達に聞くだけ無駄。彩ねえは涼ねえや美佳ねえにも会ったことあるから知ってるでしょ?立花家ってそういう家系なんだと思う」
「……そういえば陽菜と優莉ちゃんだけじゃなくって涼香さんや美佳さんも大きかったわね」
正直、あれはデカいというレベルでは――って気が付けば陽菜はもう涼ねえクラスまで育ってるな。
「百歩譲って2人は除くとしてもなんで松女の子はみんな大きいわけ?」
「「それ、私達が一番聞きたい」」
いや本当に聞きたい。
そもそも松原女子高校バレーボール部の平均身長は166cmと一般的な女子高生と比べると高いが、全国の強豪と比べると低い。比較的背の高い1軍スターティングメンバーだけで平均身長を出しても170cm未満だ。一番背が高いのは176cmの玲子で180cm以上は1人もない。
1年で何人か170cm台の子がいるけど、総合力で1軍スターティングメンバー入りはしていない。1年生で飛び抜けて巧い翼ちゃんはギリギリ170cmに届かない。
そんな事情もあって
『背丈を伸ばそう、あの金豊山学園高校には3年間で10cm以上身長を伸ばした選手だっている、同じ女子高生なんだから自分達だって出来る!』
と、明日香が号令かけて4月末あたりから2年生は元々食事には気を付けていたが、さらに気を付け、1年達にもそれを可能な限りで実施してもらった。
その分、みんな成長した。特に1年生は5月から8月までのたった4ヶ月で全員入学時より見た目にわかるほど成長した。
笑留ちゃんなんか入学前の3月に制服や体操着などのスクール用品一斉購入で調達したスクール水着が7月には大きくなりすぎて着れなくなるというところまで成長した。
問題はそれが背丈ではなく胸とお尻だったってことだ。ちなみに同じ横方向でもウエストについては現状維持、もしくは細くなったという意見しか聞かない。
胸から太ってお腹は細くなるってそんなのはあり得ないって佳代あたりは言いそうだが、事実そうなのだ。俺だって春先から1カップ上がったというのにウエストは現状維持のままだ。
この事態に明日香は「なんで?どうして?」と嘆いていたが、それは俺も聞きたい。
ん?まてよ?
「笑留ちゃん!笑留ちゃん!ちょっといい?」
ちょっと離れたところでお昼ご飯を食べて終わり雑談していた笑留ちゃんを呼ぶ。
「なんですか?先輩?」
笑留ちゃんは素直に応じて来てくれた。可愛い。
「笑留ちゃん。中学校の時と比べて日常生活で何か変わったことってあった?」
「え?いきなりなんですか???」
「ほら、私達ってなんでかわからないけど、みんな大きいでしょ?でも立花家の場合、遺伝って可能性が大きいから他の家庭ってどうかなって思って」
笑留ちゃん家が貧乳家系かどうかはわからないが、笑留ちゃんの立派なたわわはどう考えても日本人の平均をぶっちぎっている。それは笑留ちゃんもわかっているのか嫌な顔一つせず答えてくれた。
「授業が難しくなったとか、電車を使って通学するようになったとかはありますけど、バレーの練習が毎日筋肉痛になるくらいハードなのと、その練習についてくために食事量が増えたことが中学の頃との大きな違いですね。
でも、効率よく栄養を摂取しないとついていけないからお菓子は本当に食べなくなっちゃいました。あと、本当にクタクタになるから夜更かしは出来なくなって、ベッドに入るとすぐに寝れるようなりました」
「それって要するによく食べて、よく運動して、ちゃんと寝るってことでしょ?う~ん、それだとさっき私達が「陽菜の説明と違うから。陽菜はゆるふわな感じで言ってたけど、そっちの子から聞くとガチな感じじゃん!」」
……確かにそんな違いはあるのかもしれない。
それに笑留ちゃんに言われてはっとしたが、立花家でお菓子を食べる機会は少ないと思う。全く食べないわけではないが、毎日食べるわけではない。
一般的な女子高生と比べてどうかはわからないが、佳代やその他のクラスメイトの鞄の中身を比較すると確かに俺や陽菜の鞄の中にはお菓子が入っていない。
さらには鞄の中は必要なものばかり。
1年の頃はともかく、今のクラスメイトはよく言えば真面目、悪く言えば地味な子が多いにも関わらず、そんな子と比べても遊びがない。
これはちっとも女子高生をしてないのではないのか?
まてまて俺が女子高生をしてどうする。だが四六時中一緒にいる陽菜、お前はもうちょっと頑張れ。もう少し色気のある高校生活を送るべきだ。もちろん、安売りしろとは言わないが……
しかし、学校指定の鞄に教科書、筆記用具、化粧品、バレーで使う着替えなんかを詰め込むともう余力はないわけで……
「なんていうか、陽菜も優ちゃんも真面目だね。それだと勉強と部活で高校生活が終わっちゃうよ?特に陽菜、中学の時はもっと普通だったじゃん」
「え?そうなんですか?陽菜先輩の中学生の頃ってどんな感じだったんですか?」
「本当に普通だよ。普通に授業を受けて、放課後は部活だったり遊んだりして、休みの日は集まってどこかに行ったりもしてたよ。例えば――」
彩夏が陽菜の中学時代を語る。それを聞くと結構陽菜を連れまわしていたようだ。直接言及はしていないし、現に事情を知らない笑留ちゃんが気が付いた様子はないが、おそらく当時俺が行方不明になって塞ぎ込んでいた陽菜を励ますためにあちこち連れまわしていたのだろうと言葉の端から推測できる。
彩夏はこういう気遣いの出来る良い女の子だ。こうしている間にも人の胸部を触る様な変態でなければ、だが。
「――ってわけでね。あの頃は男子も混ざって遊ぶこともあったんだよ。ほら、陽菜、美人でスタイルが良いじゃん!だから男子が釣れる釣れる」
そして流れるように誰それがかっこいいといった話になった。これに笑留ちゃんは食いつき、陽菜も苦笑しながら普通に話している。なお、俺は時々適当に生返事をするだけでまっっっったくついていけない。
これが生粋の女子の会話か……
呆然としている俺に彩夏がイラン助け船を出してきた。
「陽菜。可愛い妹に変な虫をつけたくないって気持ちはわかるけど、ちょっと大事に育て過ぎじゃないの?こんなに可愛いのに彼氏無しで高校生を終わらせるの?」
いや本当にそういうのはいらないんだって!
「でも優ちゃん、恋愛に興味なさそうだし……」
陽菜が苦笑しつつフォローを入れる。
「え~勿体ない!優莉ちゃん、こんなに可愛いのに!優莉ちゃんもさ、誰かいないの?普段は女子校で女子ばっかりだけど、この前インターハイに出たんでしょ?そこでかっこいい人を見つけたとかさ!」
彩夏が面倒な話を振ってきた。
「特にはないよ。それにインターハイにはあんまりいい思い出がないし」
「え?なんで?私、TVで見たよ?よくわからないけど世界記録を連発したんでしょ?世界一位だよ?すごいじゃん!」
「だからだよ」
「???あぁ。あんまり凄すぎてドーピングを疑われたとか?」
「別にそれは大したことじゃなかったんだけどね」
実際、競技終了後や就寝前に俺だけ尿検査や血液検査なんかがよくあったけど、それは気にならない。日本の高校生だけの大会でやる様なレベルの検査ではなかったらしいが、俺は素直に受け入れた。
反対の立場なら俺だってドーピングを疑うから仕方ない。むしろ無実を証明してくれるのだから受け入れない理由がない。
食べる物も制限を受けたが、逆に栄養価が保証されてかつ、それなり以上に美味しい食事が毎回保証されて出てくるのだから助かるくらいだ。
「じゃあ何が嫌だったの?」
「ちょっと取材と称したものがね……」
言っておくがまともな取材であれば受け入れざるを得ないと思っている。女子で高校生な奴が陸上の世界記録を叩き出したのだ。そりゃスポーツ専門の記者なら取材くらいしたくなる。おまけにうぬぼれかもしれないが、俺はそれなりに容姿が整っている。1年前ならともかく、今は凹凸も多少はある。中身を考慮せず、見た目だけを判定した場合、陽菜には10-0で負けるだろうが、明日香・未来レベルとの比較なら10人中2~3人は俺の方が良いと評価する奴もいるだろう。多分。つまり話題性はばっちり。
なので競技が終わった後にちゃんと断りを入れてからのインタビューや写真撮影なら文句は言わない。
だが、無神経にいつでもどこでも突撃してくる奴は却下だ。
例えばもうすぐ競技だというところで「走る前に一言!」なんて無神経に聞いてくる自称記者もいた。もちろん、競技前の選手に関係者以外は近づけないような警備体制は敷かれている。
が、インターハイ自体は高校陸上界では最大のイベントでも所詮は日本の学生大会である。警備がガチガチにされているわけではないので隙を縫ってくる阿呆もいた。
この場合、俺も俺以外も競技前だから集中力を高めている中での所業である。つまり、俺以外の選手にも迷惑がかかる。
後は競技後のプライベートな時間に取材と称してくる奴。
こちらを学生となめ腐っているのかこいつらは基本的に「たかが高校生相手に大人のプロが取材をしてやってんだ。協力するのは当然だし、感謝の礼くらいしろ」などと本気で考えているから質が悪い。
彼等にはコンプライアンスという概念が根本的にないのかインターハイが終わった後も普通に自宅近くに張り付いていたりする。
立花家は生物学上は女4人暮らし。おまけに俺以外は全員美人である。家にいない時間帯もあるので何かあったら大変とわざわざ民間の警備会社に警備をお願いするところまで来ている。
実際警察にも何度かお世話になっているしな。
春高前後でもフィーバーがあったが、あの時とはダメな方向で違う。これはおそらくバレーと比べ陸上はメジャーで分かりやすい競技だからだろう。
例えばバレーボールでスパイクの打点が女子高生なのに4m近いというのがどれだけすごい事かわかる一般人は少ないだろう。
一方で100m走で女子高生が10秒以下のタイムを叩き出すのがどれだけすごい事かわかる一般人は多いと思う。
その差が春高のフィーバーとインターハイのフィーバーの違いだろう。
正直ウザい。
陸上とはしばらく関わる気を失せさせるレベルでウザい。
「あー。なんかTVで凄いことになっているけど、そのせいで大変なことになってるの?」
「なってる。私だけで収まるならまだ我慢できるけど、周りまで迷惑をかけちゃうのはちょっとね」
「……ごめんね。優莉ちゃんの周りがそうなってるって知らなかったの」
しおらしく頭を下げる彩夏。ま、俺の真後ろにいるから頭を下げたというよりかは肩に頭をのせてきたって感じだけど。
そうだ。ここでひとつ煩わしい恋愛話を避けるために捏造設定を作るか。
「別に彩ねえが悪いってわけじゃないから気にしてないよ。でもそんなわけだからもう陸上は懲り懲りかな。本当はこの合宿も迷惑をかけるようなら辞退しようって思ってたけど、最近は落ち着いてきているし、流石に学校の中まで入ってくるような人はいないみたい。だけどあぁいう記者って男の人が多くて軽く男性不信になってるから正直恋愛とかはしばらく勘弁かなぁ」
女子高生が男性記者からの無遠慮な取材に男性不信となる。うむ。我ながら良い感じの捏造だ。
「それは無神経だったね」
「私にふられたら困るだけで、恋愛話そのものは止めなくてもいいよ。特に陽ねえのは気になる」
「なっ!!」
「ほうほう。優莉ちゃんもお姉ちゃんの恋模様は気になるよね。良いわよ。あれは陽菜が「ちょっと彩夏!余計なことを言わない!あと優ちゃんも!!」」
偏見と言われるだろうが、女子という生物から恋愛話を取り除くことは出来ない。だが、自分にふられても困る。ならば適当な生贄を作るのが一番だ。
陽菜は見た目に反して妙なところで子供というか単純だから変な男に引っかかる可能性が高い。高校生になってからは俺が近くにいるからそういうことはないと断言できるが、過去にいなかったのかはわからん。
これを機に彩夏から事情聴取をするのも悪くはないだろう。
色気のある高校生活は送って欲しいが変なのと付き合ってほしいわけではない。
最低限、兄が納得する奴ではなくてはな!
おまけ:陽菜のコンプレックス
陽菜も人並みに異性を好きになったりしている。しかしその度にトラウマイベントが発生している。
小学5年生の頃、月並みにクラスの背丈は平均並みだがカッコよくてサッカーの巧い男子が気になり始めたが……
「女子は小さくて可愛い子が良いよな」と男子同士で会話をしているのを偶然聞いてしまう。当時の陽菜の身長は160cmを超えていた。小学5年生男子の平均身長は140cm弱である。
当然もの凄くショックを受け恋心は消失。
なお後日、兄に「いやいや。140cm台って子供じゃん。そんなのちっとも色気がない。むしろ背が高い方が魅力的な大人の女性に見えていい」と言われた。
現に兄は170cm近い長女の前だと露骨にデレデレしている。これを見て立ち直る。
中学3年生の頃、やはり同級生でバスケ部でイケメンスポーツマン(【重要】陽菜より背が高い)をカッコいいと思い始めたが……
「胸がデカい女って頭が悪く見える。バカはちょっとなあ」と男子同士で会話をしているのを偶然聞いてしまう。当時の陽菜はすでにアルファベット3文字目。周りの女子の中で一番の成長株。
当然もの凄くショックを受け恋心は消失。
が、小さくなった元兄に「は?陽菜は涼ねえが頭悪いって思ってんの?バカなの?」と言われた。
現に元兄は長女の前では(以下略)これを見て立ち直る。
そして陽菜高校2年生の夏。
背もカップサイズも長女を追い抜いたが、依然として妹は長女の前ではデレデレし、自分には「陽ねえって女としての魅力が低い」と塩対応なのがだいぶ気に入らない。
気に入らない時は妹相手に「チビ」「貧乳」と罵ることに決めている。
「小さくないし!背も胸も平均以上だし!」と顔を真っ赤にして反論してくるところに、胸を押し付けるように抱きつき「あれ?優ちゃんどこ?お姉ちゃん、優ちゃんが小さくて見えないや」と追い打ちをかける。
押し付けたままの体勢を維持し、妹が圧倒的戦力差に半べそになるころには、陽菜のストレスはだいたい解消している。