015 敗北者
○○は敗北者じゃけェ……!
小平 那奈は才能にも環境にも恵まれたバレーボーラーである。
小学4年生の時点で身長は170cmを超え、中学校に入学するときは180cmを越えていた。高校3年生となった今は193cmと日本人離れした長身を誇る。
その長身から小学3年生の時に誘われて始めたバレーボールでは本人の真面目な性格もあって地味な基礎練習も嫌がらずに黙々とこなしていった。
小学生バレーボールの世界で長身の選手の中には小技を習得しないこともある。ジャンプすることもなく手はネットを超えるので跳んで高い打点でボールを打つ、という基本的なことを習得せずとも試合に勝ててしまったりするからだ。レシーブに至っては固定ポジション制を逆手にとってあえて深く教えず、その分スパイクやブロックといった直接点につながるプレイを重点的に教えるクラブもある。その方が簡単に勝てるからだ。
だが、その地元のバレーボールクラブは小平に対し、長身だからと安易にスパイクだけを行わせるのではなく、アンダーハンドレシーブをはじめとした基本的な技も丁寧に教え込んだ。
体も頑強でちょっとやそっとの練習で怪我をするようなこともなく、加えて技術習得速度も速かった。
これだけの逸材である。
すぐに芽が出て……すぐにダメになった。
小平はプレッシャーにめっぽう弱かった。
自分が失敗するだけならいい。だが、勝手に期待されて、そして結果が出なかった時は勝手にがっかりされる。これに小平は耐えられなかった。
大舞台になればなるほど周りからは期待されて、それに応えられなかったら?
それが彼女を縮こまらせてしまい、少しずつ彼女の枷となっていった。故に大きな大会になるほど、彼女は精彩を欠いてしまっていた。
『練習の時だけなら一流』
『練習だけの女王』
いつしかそう評価されるようになって、「これで私には誰も期待しない」と小平は逆に安心した。
転機となったのは進学先に金豊山学園高校を選んだことである。小学生の時も中学生の時も傑出した実力を持った彼女はチームの中心選手だった。唯一の例外は、中学生の頃に全体練習には呼ばれて公式試合の時には呼ばれなかったU-16の時くらい。
しかし、全国各地から有力な高身長選手ばかり集める金豊山では彼女は中心選手とはならなかった。
身長も身体能力もバレー技術も金豊山の平均以上であったために凡百、というわけではなかったが、それでも主力中の主力という扱いではなかった。
彼女は安堵したが――
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「小平ぁあ!サボんなや!追え!」
「小平ぁぁあ!さっきのは自分のボールやろ!声出して呼ばんかい!」
「小平ぁぁぁあ!――」
金豊山学園高校の女子バレーボール部の大友監督だけは小平の可能性を少しも諦めなかった。
それは小平が3年生になっても変わらない。それどころかこうまで言い切るのだ。
「小平。お前はわいが見てきた選手の中で一番才能がある。嘘やないで。二個上の東とか一個上の飛田なんかも確かにすごいな。あいつらはいずれ日本でも有数の選手に成りよるわ。せやけどお前はその程度やない。世界で指折りの選手になれる。そんだけの器やねんからシャキッとせい!」
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「――監督。試合を振り返っていかかですか?」
「互いに死力を尽くしたいい試合でした。どちらが勝ってもおかしくない展開でした。勝敗は紙一重のところで決まったのだと思います」
「その紙一重で一昨年の国体準決勝以来の連勝記録が途切れました。これについてはいかがでしょうか」
「連勝記録のためにバレーを続けていたわけではありません。負けてしまったのは残念ですがこれを糧にして、また次の試合に挑みます」
「敗因はどこにあったとおもいますか?」
「……選手は本当にいいプレイをしてくれました。敗因はその選手の力を引き出しきれなかった自分にあります」
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大会前から優勝候補の本命とされた金豊山学園高校はインターハイ準決勝で23ヶ月ぶりに公式戦で黒星を喫した。約2年ぶりの敗戦ということで多くの記者が大友監督に集まっていた。
その様子を小平は少し離れたところから見ていた。小平にとって優勝候補筆頭という期待は辛いものだった。だから負けてしまえばそこで辛さから解放されると思った。しかし負けてその辛さから解放されるはずだったに、少しも気が晴れない。
なぜだろう。
勝手に周りが期待して勝手にがっかりされてお終いのはずなのに――
小平はわからなかった。
そんな時だ。
「――選手は本当に僕の課したキツイ練習に耐えてくれました。だから――勝たせてやりたかった」
大友監督は目を真っ赤にして言う。
……勝手な期待だったのだろうか。
少なくとも小平にとって大友監督は怖くて甘えを許してくれない人だった。
しかし――
「おう。小平。今日はもう帰りい。ごまかしとったってわかるんや。熱あるんやろ?風邪ひいた時は休んで治すんが練習や」
「なんや今日調子悪そうやな。わいは男やからようわからへんけど、しんどい時はちゃんと言うんやで」
少しでも体調が悪いところを見せるとケアをしてくれた。少なくとも自分を見てくれた。『勝手』な期待ではなかったのではないか。
だとしたら――
「ごめんなさい。負けてごめんなさい……」
小平は泣いて謝った。いったい何に、誰に謝ったのかは本人にもよくわからない。
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金田一 奏は小学生の頃から全国でも名の知れたバレーボーラーである。
背丈こそ160cm強と決して高くはないが、傑出した運動センスと努力でそれを補い、U-16では主力として活躍した。高校は女子バレーボールの名門にして強豪、龍閃山高校を選び、そこで1年生の時からレギュラーの座をつかむほどだ。
さらに今年は2年生。
自他共に高校バレーにも慣れてきて、体力も去年よりついた。去年よりバレーボールは巧くなったはずである。
しかし、今年は去年程活躍できない。
なぜか。
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認めなくてはいけない。
170cmどころか160cm台前半という女子バレーボールの世界ではとても不利な要素を抱えていることを。
去年の活躍は自分以外に津金澤先輩と長森先輩という大型の選手がいたことで、自分には注目が集まらず、それゆえに隙をついて点を取っていけただけにすぎないことを。
今年は163cmの自分が単独で点を取っていかなくてはいけないことを。
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自分の様な小兵は高さではなく、技で勝負するしかない。そんなのは中学生の時に自覚しきっている。一方で上に行けば行くほど大きくて技も持った選手が増える。技は武器になりきらない。
自分の強みが無くなっていく……
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悲観して諦めるにはまだ早い。
諦めるほど自分はバレーボールを極めていない。
技術も戦術もまだまだ上がある。
まだ可能性はある。
17歳になった自分がこれからいきなり10cmも背が伸びるなんてありえない。5cmでも伸びたら奇跡のレベル。だから希望が持てない背ではなく、厳しくても可能性のある技術に賭ける。
諦めるのは全部やりつくした後でいい。
背丈はバレーボールを諦める理由にはなりはしない。
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インターハイ 女子の部 準決勝 第1試合
姫咲高校 VS 金豊山学園高校
27-25
22-25
26-24
セットカウント
2-1
姫咲高校 インターハイ決勝戦 進出
インターハイ 女子の部 準決勝 第2試合
恵蘭高校 VS 龍閃山高校
25-22
25-21
セットカウント
2-0
恵蘭高校 インターハイ決勝戦 進出
インターハイ 女子の部 決勝
姫咲高校 VS 恵蘭高校