閑話 萩野 美穂
才能というものがある。ある人は10の努力で10の力を得て、ある人は20の力を得る。反対に10の努力をしても5しか力を得られない人もいる。
さすがに18年近く生きていれば嫌でも才能という存在は気が付かされる。才能がある。限界がある。
私の入学した県立松原女子高校のバレー部はかつては強豪と言われていたらしい。だが、今は県でも中堅どころといったところだ。けれども、練習の質と量はかつての強豪時代のままだった。
一方で松原女子高校は特徴のない――あえていうなら歴史がある、くらいにしか特徴のない高校で入学してくる生徒はごく一般的な生徒だった
そんな一般的な生徒がバレーボールに高校生活の大半を捧げたいとおもうか。多くは思わない。おしゃれをして、遊んで、時々勉強をして、そういったごく当たり前の高校生活を望んで入学してくることがほとんどだ。
バレーをやりたければそこに力を入れている高校に行けばいい。そう考える人が大半で、でも大半でない人が当時のバレー部にはいた。
1年生の頃のバレー部の練習は厳しくて、それでも結果は伴わなかった。練習はしていたが、それでも有力な中学生をスカウトする強豪私立には高さで勝てなかった。
そして厳しい練習から、4月には10人いた同学年のバレー部員も、新年を迎える前には4人にまで減っていた。私が1年生の頃の3年生は春高予選で敗れる11月まで残った。そして引退。後を継いだ2年の新主将は開口一番、私達にこう告げた。
「現実を見ましょう」
春高県代表予選、4回戦敗戦。ベスト4にすら残らない。残ったのは2年生4人、1年生4人、マネージャーはいない。
そんな自分達が今のまま闇雲にバレーをやっていいのか。現実的に考えてIHや春高は難しい。それなら今のように厳しいバレーではなく、もっと楽しくバレーをやったらどうか。
この日を境に少しずつ練習は簡素化、時短化していった。
当時の顧問の先生は10年以上バレー部を担当している先生でIHに出場したときの顧問でもあった。練習を簡素化することに当初は反対していたが、最終的に折れた。
前の主将が悪いとは思わない。そもそも、残ったバレー部員も何を目的にバレーをやっていくのか見えてこなかった。ただつらいだけの練習。結果の返ってこない練習。
さらに追い打ちをかけたのが、私達が2年生の時、バレー部の新入部員が0人であったこと。この状態で部員を引き留めるには練習を緩くするしかなった。
ただ、練習を簡素化したツケはちゃんと返ってきた。
2年生の時のIH県予選はまさかの1回戦敗退。強くなるのはあんなにも難しいのに、弱くなるのはあっという間だった。そして夏に3年生が引退。残ったのはわずかに4人。試合にも出れない。みんなやる気を失っていた。
一応、応援を頼んで春高県予選には出場したが、やっぱり初戦敗退。3年生にあがる前に、部員の1人が大学受験に専念するからと部を去った。文句は言えない。きっとそれが利口な生き方だと思う。
さらには長くバレー部を指導してくれた顧問の先生も人事異動で他校に移ってしまった。後を継ぐのはどんな先生か知らない。でも、ここは公立校。経験者など望めない。
だが、ここで思いがけない事態になった。
「なんだ。たった3人か。随分寂しくなったな」
始業式当日。新しく顧問になったという若い先生は、6年前この松原女子高校を卒業したOGで、IHに出場した当時のバレー部員だった。
さらに
「1年2組 白沢中学出身 都平 明日香です!志望ポジションはウイングスパイカー!2年前に卒業した都平 今日子の妹です!」
2年前、あの誰よりも厳しかった都平主将の妹がバレー部に入部してきた。
新しい顧問、佐伯先生は去年から練習が緩くなったのを知らないし、新入部員の明日香は都平先輩から聞いたバレー部しか知らない。
あっという間に練習は前のように厳しく――それどころか前以上の質になっていた。
新入生の立花姉妹はお姉さんがあの姫咲高校女子バレー部のOGで世代別でも代表に選ばれ、今年の3月に全世代でも代表に選ばれたとんでもない人だった。その人から姫咲高校の練習メニューを聞き出し、
「姫咲に勝つには姫咲以上の練習をしないと勝てない」
とのたまい、練習メニュー強化を要請。部を強くしたい佐伯先生は二つ返事で了承してしまった。こうなると押しの弱いエリーでは対抗できず、どんどん練習は厳しくなった。
毎日が途端にしんどくなった。
にも拘らず、1年生達はどこか平然としてた。それだけではない。
ポーン
なんてことはないただのバレーのラリーなんだけど……
「優莉。腕じゃなくて膝を使って。癖がついていない今が一番大事な時。正しいフォームを覚えて」
「了解。ユキ。気を付けるね」
「おい。優莉。日本では教えを請う時は相手に敬語を使うんだ。申し訳ありません。師匠」
「同級生相手に変な敬語はやめて。優莉が日本を誤解する」
「玲ちゃんってさあ、なんていうか堅いというか、古いというか、武士だよねえ」
「!あ、私きいたことがあります!ジャパニーズサムライですね!」
「ほらぁ。優ちゃんが日本を誤解しちゃうじゃん」
あろうことか練習中のわずかな休憩時間すら練習につぎ込むような子達だった。こっちは毎日筋肉痛に……
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筋肉痛????
「え?バレーの練習で筋肉痛になったのはいつ以来?昨日も筋肉痛に悩まされたけど…」
部活の終わり。帰り道で1年生たちのいないところでエリー達に聞いてみた。
「私が言いたいのはそうじゃなくて、去年1年間を通して筋肉痛になったことってあった?」
「……そういえばなかったね」
やっぱり。私だけじゃなかったんだ。
「ふふふ」
「美穂?どうしたの?」
「私ね、ずっと努力したつもりだったの。去年もずっと頑張ったつもりだったの。でも、体って正直だね。去年1年間ずっと怠けたこと、ちゃんと知ってた」
筋肉は、体は使わないと成長しない。使えば筋肉痛として返ってくる。去年1年間、練習したつもりになっていた。
「そーいえば、今日の走り込み、久しぶりに口の奥で血の味がしたね。1年の頃、都平先輩に走らされてたころは毎日してたのに」
「でしょ?あの頃って毎日が血の味が楽しめたのに」
「私は楽しんでなかったけどなあ」
人は私を小学校の頃からバレーをやっている努力の人と評する。でもどれだけ熱意をもって取り組めただろうか?その熱意は今年の1年生たちには遠く及ばないものではないだろうか。
才能というものがある。ある人は10の努力で10の力を得て、ある人は20の力を得る。反対に10の努力をしても5しか力を得られない人もいる。
でも本当にそれは10の努力であったのか。20の力を得た人は裏では10ではなく15、20の努力をしていたのかもしれない。
5しか力を得られなかった人の努力は見せかけだけで、本当は5の努力しかしてないのかもしれない。
私の努力した時間は長かった。でも努力の密度は低かった。対して今年の1年生たちは努力の密度がすごかった。それに気が付いて慌ててねじを巻きなおしたけど、追い付けなかった。だからレギュラー落ちしたときも納得してた。していたのだけど……
インターハイの県予選 初日。
1回戦 松原女子高校 VS 蔵上高校 第2セット開始前
「第2セットは最初、優莉を外す」
第1セット、25点中24点を稼いだエースを外すと佐伯先生は言った。
「監督なぜですか?」
エリーが当然の疑問を代表して言う。
「さっきのセット、ほぼ優莉だけで勝っただろう?あれじゃ優莉以外の状態がわからん。たまたま蔵上は私達と相性のいいチームだったが、今後もそんなチームとあたるとは限らん。うちは強豪校みたいな『先を見据えて戦力確認』なんて真似ができる高校ではないとはわかっているが、ただでさえろくに練習試合が出来てないんだ。優莉だけでなく、チーム全体の様子を把握したい」
これは私に対する温情だろうか?優莉が外れれば必然的に代わりに出るのは私。
「監督。私が3年生だからですか?」
「断じて違う。優莉以外の状態と戦力を確かめるためだ」
佐伯先生は力強く断言した。
「第2セット、スターティングメンバーはこれでいく」
FL:7番 (都平 明日香)
FC:5番 (岡崎 唯)
FR:4番 (立花 陽菜)
BR:1番 (板垣 恵理子)
BC:3番 (村井 玲子)
BL:2番 (萩野 美穂)
L:8番 (有村 雪子)
→ 3番と5番が後衛時に出場
ネット
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FL FC FR
BL BC BR
――――――――――
エンドライン
第2セットは第1セットと違ってシーソーゲームになった。蔵上高校はスパイクの決定率こそ低いが、レシーブや組織的なブロックが上手く、中々点を取れない。そしてミスが少ない。典型的なラリーを制する、実に女子バレーに向いたチームだった。
それでも現在スコアは13-11。私達が2点リードしている。その要因は―――
「玲子!」
私は膝と腕を使って高いトスをあげる
「!!3番のスパイクが来るぞ!高さを合わせれば止められない高さじゃない!」
「ブロック!揃えるよ!せーー」
相手の監督と相手チームのブロッカーが声をあげる。
スパイクを打つ時、玲子には優莉と違った利点が2つある。
1つ目は玲子の方が空間把握能力が高いのか、高めにあげれば高すぎるトスにもきちんと合わせられること。優莉は高すぎるトスをあげると、空中で微妙にタイミングが合わない時があるが、玲子にはそれがない。これはセッターとしてはありがたい。
……陽菜が優莉へのトスで高さを間違えることはないから、これは単純に私のセッターとしての力不足だろう。
2つ目はスパイクの打点の違い。優莉のスパイクはどうあがいてもブロックできない高さから打たれるが、玲子の打点は現時点では高くとも300cm。そこからさらに振り下ろされるので、260cm以上の高さでブロックすれば触れるかもしれない。
そもそも前提となる260cm以上の高さ(ブロックなので助走込みではなく、垂直ジャンプで飛ぶ必要がある)が女子には相当厳しいが、あり得ない高さではない。
なので、優莉のスパイクはブロックを諦めるが、玲子のスパイクは今の蔵上高校のようにブロックを狙う価値がある。
だが、ブロックに人数を割くということはレシーバーの数を減らすということだ。その分、玲子は相手コートの増えた隙間を狙える。
なにより
「のっっっっ!!!」
蔵上のブロッカーは声を合わせて一斉にとんだ。タイミングもばっちり。確かに玲子のスパイクを触った。
でも
触ったと言ってもほんの指先。そこに唯の言葉を借りるなら指がもげる威力のスパイクが当たったらどうなるか。ちょっと触った程度ではボールの勢いが止まることなく、そのまま相手コートへ流れていき、ブロックアウトになった。
スコアは14-11へ。
先生の言っていた作戦は間違っていなかった。玲子のスパイクが相手ブロックすら粉砕し、点を重ねているから私達はリード出来ている。
ではなぜ、リードが少ないか。理由は簡単。私がいるから。
今、コートの中にいるメンバーの中では私が一番背が低い。ジャンプ力も低い。私がブロックしようとすると当然のように私のところからスパイクを打ってくる。私の上からスパイクを打たれる。
コートに立てば嫌でもわかる。玲子だけじゃない。1年生たちはみんなすごい。
ユキがまた、私の上を抜かれたスパイクをレシーブした。しかもそれをAパスでセッターに返す。
正直、ユキがいなかったらスコアボードは逆転していたと思う。
またローテーション。コートポジションが変わる。
「はっ!!」
飛んできたボールを陽菜がダイレクトで相手コートに叩き返した。私ではあの高さには届かない。なので、そもそもダイレクトができない。
陽菜はそれだけじゃない。トス回しも上手い。私ならつい玲子に集中しそうなトスも、相手を見て一番隙のあるところに打てるスパイカーをすぐに判断し、トスをあげる。
今度は明日香と陽菜のCクイックだ。これも決まった。
「ナイスキー(nice killの略。スパイクが決まるとこういう)」「ナイストス」
「「イェーイ!!」」
高校で初めて会ったばかりの二人だが、今のやり取りを見ていると10年来の親友と言われても納得してしまう。
これも才能の違い……
なんかじゃない。
明日香と陽菜はA~Dクイックまでをちゃんと練習していた。確かに習得するまでの時間は短かったかもしれないが、努力が0だったわけではない。
その努力をしたか、しなかったか。努力を惜しんだか、惜しまなかったか。この違いは大きい。だから1年生はすごい。
さらに試合は動いて現在24-20
こちらのマッチポイントだ。でもあと1点が遠い。
最初は24-16だったのが4回連続で点を取られている。
なぜなら、現在こちらはおそらく最弱のローテ。
前衛は左から順にエリー、玲子、私。後衛は左から順に明日香、ユキ、陽菜。
まず最悪なのが、高さの必要な前衛のブロック要員が(玲子はいいけど)私とエリーであること。他の4人と比べて高さがエリーは15cm、私なら20cmは低い。このせいでさっきからスパイクが止められずにガンガン来てる。
さらに強力なスパイカーの明日香、陽菜(セッターだけどエリーや唯よりもスパイクが上手い。私、本当にいいとこなし!)が後衛。
こうなると、スパイクを玲子一人に頼らざるを得ないけど、玲子のスパイクは優莉ほど一撃必殺の威力を持たない。現に何回かレシーブされている。決定率は8割程度か(それでも女子どころか男子の試合でもありえない高さだけど)。
相手からのスパイクが来る!
「来るよ。タイミング揃えて!せーのっ!」
エリーがブロックの合図をする。
バチン!
ボールが誰かの手にあたったようだ。
「!!ワンチッ(ワンタッチの意味)」
エリーが叫ぶ。
くっ!てっきり低い私の方を狙うと思ったけど、スパイクはエリーの方を狙ったのか!しかもエリーが触ったと言っている!ボールはサイドラインを超えて絶賛飛行中だ。
あれは取れない
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ってあきらめるほど性格よくないの!この2ヶ月であきらめの悪い子になったの!!!
ボールに向かって全力疾走。そして飛び込む!手をのばす!
ボールが地面に落ちる!お願い、届いて!!
ボールが地面につくちょっと前、ボールと地面の隙間に私の右の手のひら(握りこぶしだったら入らなかった)が入る。右腕だけを強引に跳ね上げる!
やった!ちょっと上がった!でもここで誰かがツータッチ目をしないと相手コートにボールは――
「美穂!邪魔!どいて!!」
私の後ろからエリーが突っ込んできた!立ち上がってる余裕もないからその場でゴロゴロ転がり緊急回避。
エリーがレシーブ!
私達のコートへボールが返る。後は誰かが相手コートにボールを返せば……って私達も戻らないと。
「みんな下がって!私がやる!」
ユキが声をあげる。何を―――
彼女は小さい体の全身、膝、脚、両腕をフルに使ってボールを高く打ち上げつつ相手コートにボールを返した!
上手い!
天井サーブと見間違えるほどボールは高く上がり、その長い滞空時間を利用して私とエリーは急いでコートに戻る。
相手のレシーブもうまい。高低差のあるボールが来たはずだけど、きれいにいなしてセッターへ
「玲子、ちょっといい?」
私はブロックで隣になる玲子にささやく。
・
・
・
「ブロック合わせるよ!そーれっ!」
エリーの合図で飛ぶ。
相手のスパイクはよりにもよってブロッカーで一番高い玲子のところに来た。
私やエリーだったら指先、よくて指だったかもしれないが、玲子のブロックは高い。面積の広い腕に当たり、そのまま相手コートへ。
カバーされることなく地面に落ちてゲームセット
松原女子高校 VS 蔵上高校
第2セット
25-20
セットカウント
2-0
「美穂先輩、最後のあれは何ですか?」
玲子が聞いてきた。
「あれ?スイッチって言って、相手のスパイク直前にブロッカーの位置を入れ替えるテクニックなの。この試合、私の上をどんどん抜かされたでしょ?だからやり返したくて」
まあやり返したくてもやり返せないから後輩を使ったわけなんだけどね。結局、ブロックに成功したのは私じゃなくて玲子。まさに虎の威を借りる狐。
まったく。この2ヶ月毎日筋肉痛になって、血反吐を味わって、苦労して、中間テストの勉強だってしんどくなって、成績落としたらお母さんに怒られるから初めて栄養ドリンクにまで手を付けて、それでも私のいない第1セットは25-3、私になったら25-20。私は優莉以下だって証明されちゃって、私3年生なのに。チームのあしはひっぱるし、練習はしんどいし、それから――――
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うおおおお。勝った!24-16になった時点で勝ったと思ったけど、そこから4点取ってくるとはなかなか相手もしつこい。最後はブロッカーの位置を入れ替える……なんだっけ?
後で陽菜に聞いとこう。とにかく、最後は美穂先輩(だよな?最後、玲子になんか言ってたし)の作戦勝ちで俺達の勝ちだ。さて整列でも……あれ?
「?美穂先輩?何かいいことでもあったんですか?」
「あぁ。優莉。なんでもないのよ。ただね、思い知らされたの」
美穂先輩は満面の笑みを浮かべてこういった。
「バレーボールって楽しいなって」
Q.なんで佐伯先生は優莉を試合から外したの?
A.理由をこちらからは明言しません。ご自由に想像ください。想像の結果が答えです。
Q.なんで美穂先輩もブロック飛んでんの?
A.松女は女子高生バレーとしては異例の3枚ブロックがデフォです。
Q.いや、背丈が低いならブロックフォローに回すとか臨機応変にしろよ
A.そのあたりは指揮官である顧問の佐伯先生に経験がないので仕方ありません。彼女は教師暦僅か2か月の新米教師&監督歴僅か2か月の新米監督です。