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014 一芸を磨く者達

 田島先生から『今を大切に過ごせ』と言われたのが3週間近く前のこと。

 

 以来、出るからにはうじうじ迷ってないで全力で取り組むべしとバレーも陸上も自分なりには一生懸命にやって来たつもりだ。それでも一つのことを極めようとして努力している奴とはやはり違う。

 

 

 俺は他人の意識をなんとなく読み取れる……のかもしれない。


 あやふやな言い方になるが、実際あやふやなのだ。例えば距離が10mも離れてしまえばまず読めない。出来るのは対面で向かい合った時ぐらい。それでも100%内容を読み取れるわけではない。

 

 具体例としてジャンケンをあげてみよう。仮に1対1の状況だったとしても相手が具体的に何を出すか正確に読み切れない場合が殆どだ。これは一々ジャンケン程度で真剣に考えて強い意志を持ってして行うなんて奴がいないからだ。1対多の場合はもっと無理。全員バラバラに考えているし、まず読めない。精々、『こいつはパーを出しそう』と考えていそうだな、をプラシーボ効果程度に受け取れるくらいだ。

 

 本来はその程度であるはずだが、明確に読み取れる場合もある。それは相手が先ほどのジャンケンの例とは逆に強い意志で明確な思考をしている時だ。それが集団で全員で同じことを考えているとさらに読みやすくなる。

 

 今、俺は、体育館の2階アリーナ席からその試合を観ている。試合展開は取って取られてのシーソーゲームで見ている分には白熱の展開で面白い。やっている方はそんなにお気楽ではないだろうけど。

 

 セットカウントは1-1。勝敗を決めるのはこの第3セット。その第3セットも20-20と互角の試合展開。当然、試合は1階で行われているし、両チームの選手からもそれなりに距離が離れている。だが、両チームから『絶対に勝つ!』という強い意志は簡単に読み取れた。

 

 

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 視点変更

  インターハイ 女子バレーボール

   準決勝 第1試合 第3セット 

    タイムアウト中

     金豊山学園高校 視点

=======

「なんのためや!なんのために4月に1年生が入って新チームになってからの4ヶ月間、必死になって練習したんや!今日と明日、勝って笑うためにやって来たんや!そやろ!」

「「「はいっ!」」」


 金豊山学園高校の大友監督が檄を飛ばす。選手はそれに応える。もはや細かい作戦などは伝えない。今日この場で考えうる作戦はここまでにすべて伝えてある。あとは『気持ち』の問題である。

 

 一見、『気持ち』や『気合』『やる気』と言った精神論で勝つなどバカげていると思うかもしれない。

 

 が、事ここに至ればまさにその精神論が勝敗を分かつことになる。


 試合は終盤も終盤。選手はみな疲れ切っている。そうなるとどうしても後一歩のフォロー、次の展開を考えた動作といったものはどうしてもサボりがちになる。

 

 例えば普段ならなんてこともない選手の間に飛んできたボールもお互いが『相手が取ってくれる』と楽観視してしまったら?

 

 それを防ぐための精神論なのである。

 

「声出し合うんや。横着せんときっちり相手コートのライン際、攻めてこうや。ブロック、斜め飛びせんと、きっちり真上に飛ぶんやで!この時間、自分らだけやない。相手だってしんどいんや。我慢比べや。苦しゅうても出来ることきちっとやった方が勝つんや!」

「「「はいっ!」」」


「それと小平!」

「はいっ!」


 大友監督は3年生でエースと主将を兼ねている小平を名指して呼ぶ。

 

 小平はいつものように怒られるのかと思い、委縮してしまうが――

 

「ええで!今まで見てきた中で今日が一番ええで!わいは知っとったし、待っとったんや。お前は出来る子や、ってな。後5点。頼んだで!」



=======

 視点変更 同時刻

  インターハイ 女子バレーボール

   準決勝 第1試合 第3セット 

    タイムアウト中

     姫咲高校 視点

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「私達も苦しい。でも相手だって同じです。向こうも同じことを思っています。だからこそ、一つ一つを丁寧に、ですよ」


 同じ頃、奇しくも金豊山と同じ指導内容を姫咲側も行っていた。

 

 ここまで至ればあとは気持ちの強い方が勝つ。赤井監督は長年の指導歴からそれを確信している。

 

「いつも同じことを言っていますが、チームプレイと言っても仲良し小好しでやりなさい、と言っているわけではありません。

 各人が自分の役目に誇りと責任を持って挑むのです。バレーボールは繋ぐ競技。常に次のプレイを考えて行動するのです。

 そして徳本さん。わかってますね?」

 

「はい!ボールは全部呼びます!全部打ちます!全部決めます!」


 彼女は変わった。


 1年生だった昨年の今頃は高い能力は持っていても責任からは逃げ回っていた。それが彼女の潜在能力を殺していた。

 

 しかし今はどうか。相棒であるセッターの沖野知佳と共にチームの屋台骨としての自覚を持ってバレーに望んでいる。それは有形無形問わずバレーの質を良い方向に変えてきている。

 


「えぇ。その意気です。貴女はこのチームのエースです。徳本さんが打つボールはチームメイトが必死になって拾ってつなげたものです。チームメイトの思いを受けて決めて、チームを勝たせるのがエースの仕事です。頼みましたよ」

 

 

 

=======

 視点変更

  インターハイ 女子バレーボール

   準決勝 第1試合 第3セット 

    立花 優莉 視点

=======

 

 タイムアウト終了を告げる笛が鳴り響く。

 

 両チームとも絶対に勝つぞという強い意志が2階アリーナ席(ここ)からでもたやすく読み取れる。

 

 

 インターハイで陸上の種目が開催されるのは明後日から。当日に現地入りすることはなく、2日前に入って明日は現地で軽く練習。2日後の本番に備えるという予定だ。

 

 今日は早めに到着したこともあり、時間もあったので俺と玲子はバレーボールの会場まで足を延ばしてみたんだが、やはりバレーに高校生活を懸けている奴らは凄いな。技術云々は当然あるが、それ以上に気迫が違う。

 

 よく俺達は『文武両道』と褒められるが、「一芸に熟達せよ。多芸を欲ばる者は巧みならず」と昔の人が言っていたように、2つも3つもやろうとすると全てが中途半端になってしまう。1つのことを極めようとすることももっと評価されるべきだ。

 

 

 

「優ちゃん、玲ちゃん!」


 試合に魅入っていると、誰からか呼びかけられた。声の方を向くとそこには龍閃山高校のユニフォームを着た少女――金田一 奏(奏ちゃん)がいた。


「奏ちゃん、久しぶり」


「こんなところにいていいの?次、龍閃山の試合でしょ?」



 奏ちゃん達、龍閃山高校はこの試合の後に行われる準決勝第2試合に出場するのだ。



「そうなんだけど、第1試合が長引いちゃってもうウォームアップも終わっちゃったんだよね。だから体が冷えない程度に歩き回ってたら2人を見つけたの!今度はこっちからの質問だけど、2人ともどうしてそんな恰好をしてるの?」

 

「そりゃ私達はインターハイ(ここ)にバレーボールじゃなくて陸上で来てるからね」


 思わず苦笑してしまう俺。

 

 ちなみに俺も玲子も背中に『松原女子高等学校 陸上競技部』と書かれたTシャツを着ている。これは団結力を高めるためだ!とか言って田島先生がインターハイに選手として出場する俺達3人(元々陸上部の御手洗先輩は持っていた)に私費で用意してくれたものだ。

 

 これを好意と受けるかそれとも囲い込みと受け取るかは人に任せる。

 

 

「……2人ともバレーボールを辞めちゃうの?」



 ……まあ、外から見ればこう見えるわな。


 

「優莉はともかく私は陸上の方はからっきしさ。バレーを辞めるつもりはないわね」


「私だってたまたまちょっと速く走れるってだけでインターハイに出場させられるけど、もう出たくないかな……」


 玲子はバレーボールを辞めるつもりはないという。俺の方も少なくとも陸上はこれっきりにしたい。

 

 なんというか、取材と自称するものがウザい。

 

 バレーボールに比べて陸上がメジャースポーツなのか、あるいは団体競技と(一部を除いて)個人競技との違いなのか、はたまた俺の身体能力が凄いと知れ渡ったのが陸上競技のマラソン大会であったためなのかはわからないが、ちょっと出歩くだけで記者を名乗る連中から取材を受けてしまう。

 

 有名税だとしてももはや過払い金を返して欲しいレベルの取材であり、これが終わるまで続くのだと思うと、1位にならずその辺で適当に負けてしまってもいいかな、と思ってしまうほどだ。

 

 それは奏ちゃんもわかっているのか「あぁ。なんか優ちゃんの取材が凄そうなのはスポーツニュースとかで想像がついていたけど……」なんて苦笑していた。

 

 

「……ところで2人とも春高の頃に比べて太った?」



 うっ……

 

 痛いところを突いてくる。

 

 確かに1月上旬(春高)の頃と比べると横のサイズは大きくなった。衣類だってあの頃はSかMサイズでよかったが、今はLかLLサイズ。そりゃ太ったって言われ――

 

「もちろん嫌味だからね。なんで2人とも、特に優ちゃんなんてそんなに胸が大きくなっちゃったの!」


 胸だけじゃなくてケツもでっかくなってんだが、まあいい。


「え、え~っと、成長期?」


「そんなに大き「金田一、どこだ?そろそろ始まるぞ!」――今行きまーす!ごめん。集合かかっちゃった!次の試合、勝つから応援よろしくね!」


 気がつけば準決勝第1試合はマッチポイントまで進み、そのまま――勝ったのは――か。

 

 

 奏ちゃんは次の試合に勝つと言っているが、相手も準決勝まで勝ち進んできた強豪。確かに奏ちゃんが予選で勝ちあがってきた東京は明日香曰く「大阪が魔界なら東京は修羅の国かな?」というほどレベルが高い。そこの代表なのだから全国でも上位の実力なのはわかる。

 

 それでも絶対の強者ではない。にもかかわらず『勝つ』と公言できるのはそこまでに積み上げてきた自信ゆえか。

 

 やはりなにか1つを一生懸命取り組み、結果を出していくことは凄い事なのではないだろうか?


 普段、俺達なりに懸命に取り組んでいるが、それでも全国の舞台に来ると強豪私立校との意識の違いを感じてしまう。

補足

 「一芸に熟達せよ。多芸を欲ばる者は巧みならず」は戦国時代の大名、長宗我部元親の言葉です。文武両道は凄い事ですが、例えば甲子園に出るために365日、ほぼ休みなしで一生懸命野球に取り組む、っていうのも凄い事だと思います。高校生に相応しい学力も身に着ける必要はあると思いますが。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 第159部分で、インターハイ準決勝が3セット戦なのか5セット戦なのか混ざっちゃってます・・・ (今気付きました)
[良い点] ラスボスだったはずの姫咲が1年冬は凄みがいまいち弱かったのですが、2年生編では予選も本戦もかっこよくなってて強いライバル感がとてもよいです。 [一言] 今さらですが、優莉がずるいかどうかの…
[一言] 姫咲と金豊山、どっちが勝ったのか気になるけど、ここまで接戦てことは実力に差はないと見るべきでしょうね。 ということは陽菜抜きの松女もほぼ同レベル、ベストメンバーなら高校の中では圧倒的ってこと…
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