012 真・ガールズトーク
お待たせしました。生きてます。
6月中旬のバレーボールのインターハイ予選、準決勝の試合中に陽菜が怪我をした。
これは仕方がない。
おそらく全てのスポーツは怪我とは無縁ではいられない。
バレーボールの場合、サッカーやバスケのように敵味方入り乱れる接触プレイが頻発するようなことはないが、跳んだり走ったりはあるし、意図しないプレーではあるものの味方とぶつかるのは織り込み済みのスポーツだ。
故に陽菜の怪我は仕方ないものだと本人含め割り切っている。そうでないのは翼ちゃんと結花ちゃんくらいか。
この2人の立場になれば気持ちも少しはわからないでもないが……
とにかく陽菜は怪我をした。これは仕方がない。
で、その怪我は単純な捻挫かなにかだと思っていたが予想外に重傷だった。骨折ではなかったのでギプスこそつけなかったが、足首をがっちり固定するサポーターをつけることになった。おまけにしばらくは松葉つえを使って生活だ。
それもまあよい。
問題はこの後だ。
自宅から松原女子高校までは歩くと20分程度。これを普段は自転車を使うことで10分弱にしていたが、流石に今の陽菜が自転車で通学するのは無理だろう。
ということで陽菜は歩いて通学することになるんだが、それを横目に俺だけ自転車通学なんて出来るはずもない。
ごく一般論として兄妹で同じ学校に通い、さらに妹が怪我人の場合、それを置いて通学する兄なんていないだろう。
ついでに俺の方が体力にも自信があるので陽菜の荷物を持って一緒に歩いて通学することなった。
学校でも同じクラスで選択授業も同じなので移動教室や体育の時は陽菜の荷物を俺が自分の分もまとめて持って一緒に移動することなった。
別にこれも変なことではないだろう。困っている身内を助けるのは当然のことだ。
さらにそこから歩きにくそうな陽菜を見て「陽ねえ、ちょっといい?」と声をかけてから俺が陽菜を抱えてみることにした。
当の陽菜は最初「きゃっ!」なんて小さな悲鳴を上げたが……
ふむ。
いわゆるお姫様だっこをしてみたが、これならいけるな。移動に支障はないし、陽菜がチマチマ歩くより俺が陽菜を輸送したほうが早い。
「ゆ、優ちゃん?」
「やってみたら案外いけそうだね。陽ねえ。これからは私が運ぶね」
ぶっちゃけ陽菜が松葉つえを使ってまで歩く姿は大変そうだしな。
「で、でも私、その重いし……」
「?陽ねえ軽いよ?」
まあ確かに基準によっては陽菜は『重い』だろう。陽菜の身長は174cm。一般的な女子高生は158~159cmくらい。つまり陽菜は普通の女子高生より15cmほど背が高い。
加えて一般女子高生とは比べ物にならない程、身体の凹凸が激しい。
さらにバレー部のアホみたいな練習もあって脂肪より重い筋肉が結構ついている。
ゆえに普通の女子高生を基準とすれば体が大きく、けしからん体躯の陽菜は確かに『重い』ということになる。
だが、それでも陽菜は胸部と臀部を除けば細い。一方で俺は陽菜の体重の3倍以上の重量をベンチプレスで持ち上げられる。
俺が持ち上げられる重量を基準とするなら陽菜程度の重量など『軽い』部類に該当する。
なお、当たり前だが抱きかかえる際にはスカートの裾ごと抱えているのでパンチラ大サービスとはなっていない。仮にスカートの下が見えても陽菜も俺と同じく丈の短いスパッツを履いているので下着は見えないだろうが……
陽菜、俺がずっとスカートの下にスパッツを履くことを「自意識過剰だよ」とか「見えないように歩けるようにならなきゃダメだよ」と小馬鹿にしていたくせに、俺がパンチラを気にしないで自由に闊歩しているところを見続けた結果か、いつのまにかパクリやがったんだよ。
ともかく、歩きにくそうな陽菜に変わって俺が抱きかかえて移動することになった。最初はちょっと困った顔をしていた陽菜もすぐに慣れて抵抗することもなくなった。それどころか、「ちょっと寄り道したいからあっちに行って!」とか言ってくる始末である。
そうして陽菜が怪我をした6月が過ぎ、7月の期末テストが終わって真っ白になった明日香を横目に見つつ、テスト期間が終わり再び部活動が解禁となった週の最初の土曜日の練習終わりの部室でその事件は起きた。
「やっぱり先輩達って付き合ってるんですね!」
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結花ちゃんから「付き合ってるんですか?」と言う疑問形でなく「付き合ってるんですね!」と断定して言われてしまい、なんと返せばいいのかわからず、陽菜の方を見てしまう。
帰り際だったこともあり、腕の中にいる陽菜(でっかいサポーターは取れたが、まだ足が完治していないので未だに俺が抱きかかえて送迎している)に視線を移せば頭に?をたくさん浮かべた陽菜の顔。きっと俺もそんな顔をしているだろう。
「えっと結花ちゃん。どうして私達が付き合ってるって思ったの?」
「?先輩達、いつも一緒でいつも仲いいですし!今だって、お姫様だっこで付き合ってないとか信じられません!」
……そりゃ兄妹だし、普通に仲は良いだろう。まあ、よそ様の兄妹よりほんのちょっとだけ仲が良くて距離が近いって自覚はあるけど……
ねーわ。
俺にも選択権はある。陽菜はない。
同じ姉妹で付き合う相手を選べるなら大本命涼ねえ、対抗美佳ねえだ。陽菜なんて大穴にもならない。
「先輩達のことは2年生だけじゃなくて私達1年生の間でも有名なんです。それで私だけじゃなくて大体8割くらいの1年生が『陽菜先輩のお嫁さんは優莉先輩』って言ってますよ」
マジか。
1年生の8割が誤解してんのか……
「で、残り2割が『優莉先輩のお嫁さんは陽菜先輩』だと言ってます!」
「え?私達、1年生全員に付き合ってるって思われてるの?」
衝撃の事じ――
「1年生だけじゃなくて2年生の大半もそう思ってるし、多分3年生もそう思ってるよ」
「逆に本当に付き合ってないの?」
「大丈夫!私はちゃんと『優莉ちゃんは私のお嫁さん』って認識してるから!」
1年生どころか学校全体で誤解されていたでござる。
あと愛菜、俺はお前のお嫁さんじゃないから。俺をお嫁さんだと言って許されるのは涼ねえと美佳ねえだけだから。
「だいたいさ、何で私と陽ねえが付き合ってるって思ったの?」
「さっきも言いましたけど、2人ともいつも一緒じゃないですか!姉妹にしても仲が良すぎます!」
だからってそこから俺達を勝手に恋人扱いにしないで欲しい。
「先輩達、いつも、今日だって2人で1つのお弁当をわけあって食べてましたよね?普通なら仲が良くてもお揃いのお弁当を持ってくるところですよ!あれをどうやって弁明するんですか!」
はぁ……
これだから自分で弁当を作ったことのない奴は……
同じ弁当を2つ用意するんのは面倒なんだぞ?具材とか同じ大きさで作んなきゃ見栄え悪いし。だから2人で1つ分となる様な大きな弁当箱に詰め込んだ方が楽なんだよ。特に今なんて俺が陽菜本人も含めて一緒に持ち運ぶから、弁当を2つ用意するより1つ用意する方が楽なんだよ。分ける時にちょっとくらい形が崩れてもお互いに気にしないしな。大体、家族で鍋とか囲む時に一人用鍋を人数分用意するか?それと一緒だっつうの!
「キーホルダーとかちょっとした小物ならわかるんですけど、先輩達の場合、下着までお揃いですよね?もう怪しいってレベルじゃないくらい仲が良すぎるんですけど……」
それについては着用しているスポーツブラが悪いんだって!
これはその……でっかい奴専用で良いものなんだが如何せんデザインにバリエーションなんてないし、カラーバリエーションもほぼない(ビビッドカラーのド赤とかドピンクとかはあるけど女子高生には相応しくない。ついでにいうとあれを着けられる度胸もない)からどうしてもダブるんだって!
それにちゃんと見てんのか?明日香とユキともほぼ毎日お揃いになってんだぞ?そこにも気が付けって!
何で知ってるかって?
このスポーツブラ、外国製で日本販売は無し。だから海外サイトから個人輸入で買うしかないんだが、あいつら、特にユキなんかはちょっと頑張れば通販サイトの和訳位できるはずなのに俺に代行で買わせてるんだぞ?
おかげで陽菜だけでなく、明日香とユキのメロンサイズまで詳細に知ることになった俺の立場にもなってくれ。
「それから……」
結花ちゃんだけでなく、他の1年からも質問攻めを受け、その全てを否定して俺と陽菜が付き合っていないことを伝える。
そしてなぜこんなことが噂されるのか、最後に理由が分かった。
「じゃあなんで先輩達、そんなに可愛いのに彼氏どころか男の子の影すらないんですか!」
つまりこれである。
俺と陽菜が付き合っていると思われてしまった理由は「あんなに可愛いのに彼氏がいないのはきっと2人が付き合っているからだ!」ということなのである。
彼氏持ち……
それは女子高生世界において最強のステータスである。
勉強ができるとか運動センスが優れているとかオシャレだとか、コミュ力が高いだとかは確かに羨ましがられるステータスであるが、それを遥かにちぎるほど『彼氏持ち』というのは羨ましがられる。
だが、ここは女子校。
そうそう出会いの場なんてない。俺の周りだと彼氏持ちは未来くらいしか知らない。
未来は去年の松原高校の文化祭で久々に会った松高のバスケ部のなんとかって奴と付き合っているというのを本人からでなく明日香経由で聞いている(なお、本人は『そんなんじゃねえし!ただの悪友だし』と言っている)。
なんでもその彼氏君の親の勤めている会社がとあるプロバスケチームのスポンサーだとかで試合のタダ券を貰って、周りの男友達を誘ったがその試合が明後日開催という急な話で誰も希望者がなく、どうしたものかと思って途方に暮れながらの帰り道で近所に住んでいる未来と合流。ダメもとで未来を誘うと、未来がOKを出したことで一緒にバスケの試合を観戦しに行った。
で、タダ券を貰うだけでは悪い、14日ではなかったが、2月だったこともあって試合観戦の帰りにコンビニによって未来曰く『安物』のチョコをこれまた未来曰く『ぶん投げて』渡したことがきっかけだという。
なお、このきっかけのバスケの試合は俺達も未来経由で誘いがあったが、その日はバレーボール部の練習で埋まっていたので希望者が無く、2人だけの実質デートだったらしい。
まあ勝ち組の奴はほっといて俺達の話だ。
客観的に考えて、中身はともかく見た目だけなら陽菜はかなりの美少女高校生である。性格は子供だが、外見だけなら相当上位。少なくとも今の現役女子高生で陽菜より可愛い女子を俺は知らん。
現役にこだわらなければ高校生時代の涼ねえか美佳ねえなら陽菜に勝てるだろうが、逆に言えば世代別では美少女ランキングで頂点を狙える。
そんな陽菜に彼氏どころかその噂もない、というのは確かにおかしいと思うだろう。
そしてうわさも何も四六時中一緒にいる俺が断言するが実態としても陽菜には男の影がない。
……そりゃ誤解されるわ……
というか客観的に考えて陽菜、それよりは劣るがやはり美少女レベルの高い明日香に男の影も噂もない、というのは信じられん。
……まあ明日香はバレーボールが恋人と言っていいのかもしれん。いやでも明日香は電車通学だから通学時にこっそりワンチャン……
まてよ?出会い以前に未来のように中学以前の知り合いと実は、なんていうのもあるのかもしれん。
一方で陽菜はマジでないな。家から高校までの通学路にそんな出会いの場なんてないし、家も一緒だからわかるが一切そんな雰囲気無し。不純異性交遊をしろ、とは言わないが、もう少し彩のある生活をしてもいいのではないだろうか?
「――で優莉先輩、本当に彼氏はいないんですか?ちょっと仲の良い男友達とかもいないんですか?」
……俺に話をふるのかよ……
正直俺は男にモテたいという気持ちが全くわかない。だから彼氏が欲しいと思ったことなどない。どちらかと言えば女にモテたい。
これにはわけがあり、俺の場合は約18年間真っ当な男として生き、そこで自己が形成されている。そこからちょいと訳ありで女になったわけだが、まだ3年も経っていない。
体の変化だとか、日常生活を送るうえで女性扱いされるのは慣れたし、受け入れるし、不満もない。反論しても仕方ないしな。どう考えても俺の容姿で男性だと主張するにはあまりにも無理がある。
だが、それでも男としての経験が長いためか、少なくとも今は男性が恋愛対象にはならない。
今後何処かで変わるかもしれないし、あるいは三つ子の魂百までというから変わらないかもしれない。
この点に関してはスケベ心ではなく学術的観点から涼ねえと一緒(この類の話をすると美佳ねえや陽菜は『どうでもいい』と理解を示さない)に何度か議論している。
まず俺の身体だが、女として繁殖を行う機能にどこか欠点があるわけでない。人様と比べると軽い (らしい)がちゃんとお月さまの日だってある。
しかし例えばイケメン男性の裸体をネットとか雑誌とかで見てもちっともピンとこないのである。まだ美女の裸体の方がこう、頑張れる。だが、それにしたって心身ともに男だった時と比べると衝動はずっと小さい。
となると今の俺は性に対しはどちらにも興味がない、が一番妥当な答えだと思う。思うが……
こういう話を大っぴらにするものではないだろう。
相手だって困る。
だから今までは恋愛話をふられた時は「私、よくわからないです」と返していたが、今日の話相手は1年生。
今までも恋バナに対し、よくわからないとか興味はありませんと返していた。すると「優莉はまだ子供ねえ」ですんでいた。少々気になるが、同級生や先輩から優莉は恋愛もよくわからないおこちゃまと思われるのはまだ何とか我慢できる。
しかしである!
後輩から「え~!優莉先輩まだ恋とかわからないんですか?プッ。先輩子供なんですね!」と思われるのは嫌だ。
……まあ、それを言い出したら陽菜達どころか去年の3年生だったエリ先輩達だって本当は俺より年下なわけだが……
まあともかく、結花ちゃん達からなんとかお子様だと思われない回答をひねり出さないと!
うなれ!うなるんだ!俺の脳細胞!
そして出した答えは……
「あ、私、そもそも男の人と出会う機会がないんだよね。みんなと違って高校に入るまでは……というか日本に来る前は毎日あちこち逃げ回っていたから知り合いの男の人なんていないし、家にはお父さんが本当にたま~~に帰ってくるだけで殆どお姉ちゃん達と暮らしているから学校を除けばまず男の人と会話しないしね。
今日だって朝起きてから今まで、ただの一言も男の人と話してないし、男の人との接点なんて学校に来る時にすれ違った場面だけだよ?みんなと違って小中学校の頃の知り合いもいないしね」
恋愛もなにもそもそも男と会う機会がないんだから彼氏なんて出来るわけないよね!だ。
「そ、そういえば優莉先輩ってその……」
「うん。元々住んでたところが戦火で住めなくなったから日本に来たんだよ。そのことは言われても気にしてないからね」
「で、でもごめんなさい……」
俺の経歴は噓八百なんでそんなに委縮されると困るが、これでこの話は乗り切――
「ん?確か優莉は家の近くに住んでいる男子大学生と仲が良かったよな?」
うぉおおい!ここで玲子がまさかのツッコミかよ!というか恋愛話に玲子が乗ってくるのかよ!
玲子が例に出したのは俺が小学1年生だった時からの親友で、家族以外で唯二、俺が元男だと知っている祐樹と雄太のことだ。今のバレー部2年生は去年、松原女子高校近くの男子高校、松原高校の文化祭に突撃する際の仲介役として俺が紹介したのを覚えているのだ。
確かにあいつらとは直接顔を合わせず(立場的に大学生のあちらと女子高生の俺とでは頻繁に顔を合わせられない)ともSNS上ではよく連絡を取り合っている。
途端に「誰ですか!その人!」「先輩、年上好みだったんですね!」「イケメンですか!」「付き合ってるんですか!」と会話が爆発する1年生達。
くっ……
俺一人ではこの勢いを鎮火しきれない。
ここは事情を知っている陽菜に――
「そういえばこの間、優ちゃんと祐樹にいと雄太にいの3人でどこか出かけたよね!」
は、陽菜!!!!!
燃料を投下するな!!!!
テメー、それは3人でプロ野球観戦に行っただけって知ってんだろ!!!
何なら俺達が中学生の時から1年に1回は3人だけで観戦しに行ってるって知ってんだろ!!!
お前、あの時、誘わなかったのをまだ根に持ってんのか!!!
いっつも「野球なんてよくわからない」って言ってるし、あの時は足の怪我も完治してなかったから、興味もないことに誘うのは悪い、と思いやった兄心がなぜわからない!
この後、燃料投下で大炎上する中、俺は1年生どころか2年生も含めた質問攻めを受けることとなった……
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その日の夜
某SNSサイトでのこと
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『――ってことがあった。全く女子高生って言うか女って奴は恋愛脳でキツイ』
『ちょっと待て。あれか?俺達のどっちかがお前と付き合ってるって思われてんの?』
『それは全力で否定した。信じてもらえたかはわからん』
『もし仮にお前の彼氏として紹介させろ、てなことになっても絶対に嫌だからな』
『全くだ。そうなったら名誉棄損で訴えるからな』
……名誉棄損はこっちのセリフだっつうの!!