011 チーム事情は他所からは見えない
3話連続公開の3話目。でもこれだけ読んでも話は通じそう……
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全日本女子バレーボール代表
合宿所 第3者視点
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6月某日。
その日、全日本女子バレーボール代表は8月に行われるアジア競技大会、ほぼ間を挟むことなく行われる10月の世界選手権に向けて合宿の最中であった。と言っても24時間ぶっ続けで練習するわけではなく、適宜休憩時間を挟むことになっている。
その休憩時間で話題となっているのは――
「なんで松原女子高校はセッターを代えないの?」
同日行われている松原女子高校のバレーボール部と姫咲高校の女子バレーボール部がインターハイ本選の出場をかけての試合であった。流石に地方大会なのでTVによる全国放映はされていないが、決勝戦くらいはネットで閲覧することが出来る。
なお、余談だが、バレーボールの地方大会決勝戦のネット配信自体は特別なことではない。が、松原女子高校の圧倒的な話題性を見越して主催者側は特別に他の県とは違いサーバーを増強し、集中アクセス対策をしていた。それでもサーバーがパンク寸前だったりするのだが……
全日本の合宿でその試合が話題となるのは当然である。この合宿に参加している選手のうち、10名以上が姫咲高校のOG、そのうち1人はさらに妹が2人も相手高校、松原女子高校の選手だったりする。
そしてその妹の松原女子高校の選手のうち1人は自分達と同じくこの合宿に参加してもおかしくない選手なのである。当然、選手はもちろん、監督やコーチも持ち込んだPCからその配信動画をチェックしていた。
「ほら、画像が粗いけど、それでもセッターの子が泣いてるのが見てるこっちからでもわかるわよ。代えてあげればいいじゃない」
先ほどからセッターを代えろと言っているのは飛び込みで合宿に召集された飛田 舞。
本来なら彼女は呼ばれる予定ではなかった。だが、正セッター候補の1人、伊月 春乃という選手が4月に交通事故に巻き込まれて全治3ヶ月の怪我を負ってしまった。
完治後に練習を再開してもアジア競技大会はもちろん、世界選手権も間に合わないと判断し、急遽招集したのが彼女というわけだ。
「舞の言う通りね。大体、出場している子だって巧くないんだし、あの優莉ならオープントスさえあげれば何とかなりそうなんだから、下手に欲を出さずに丁寧にオープントスだけ上げてればいいのよ。それくらい控えの控えセッターだって出来るでしょ」
飛田に同調したのは飛田と同い年の津金澤 杏奈。ちなみにこの合宿に参加している中では彼女達2人だけが十代である。
「他にセッターがいないのさ。松原女子高校にはうちの妹とあの子しかセッターはいないからね」
これに対し、反論をしたのは唯一松原女子高校バレーボール部の事情を知る立花 美佳。
「だとしても、あのセッターは酷すぎませんか?素人同然ですよ?」
「そりゃそうさ。セッター歴は1ヶ月もない素人だからね」
素人同然だと酷評する代表選手相手に、その通りの素人だから仕方ないと美佳は反論した。
「妹から聞いたんだけどね。妹の通っている高校は私達が通っていたみたいな中学校に毛が生えた程度の授業しかやらない高校と違ってちゃんと高校の勉強をする高校なのさ。
当然、勉強だって大変。で、妹以外のセッター候補だった選手が5月の中間テストの結果を受けて部活を辞めちゃったみたいなんだよね。
それで急遽今、出てる子が『ちょっとだけトスが巧いから』って理由でセッターに選ばれたわけ。これが5月末の話」
「……」
その言葉に選手一同絶句してしまう。
セッターはバレーボールにおいて司令塔、心臓部とも言える重要なポジションで最も練習が必要とされる。そんな重要なポジションに素人を配置するとは……
「ここにいるみんなはもうずっと前にそんな工程はすっ飛ばしてきてるんだろうけど、妹達は違う。選手の数はギリギリだし、そもそも望む選手がチームに入ってくれるとは限らない。選手側もバレーボールだけをやりに入部するわけじゃない」
全日本代表にまで選ばれる選手ともなれば遅くとも高校時代には超強豪高校で有力選手相手に切磋琢磨し、バレーボールの実力を磨いてきた選手ばかり。
そこには熾烈な競争がポジションごとにそれこそ入学前から存在していて、それが当たり前だっただけにそんな世界があることをすっかり失念していた。
「う~ん。まあそういうチーム事情があるのはわかったけど、無理に代役のセッターに頼る必要はないんじゃないの?例えばセッターでなくとも他の子がトスを上げるとかさ」
そう口にするのは立花 美佳の高校時代のチームメイト、重野 由美。
「そればっかりは難しいところだと思うね。沙月。例えばの話だけど、調子がものすごく悪いんだけど沙月以外にセッターがいなかったと仮定して、その時『沙月じゃトスは無理だからベンチに下がって』って言われたらどう思う?」
「……嫌な気分にはなるわね。自分がセッターなのにセッター以外の子にセッターの役目を取られるってことでしょ?
トスを任されるって言うのはチームからの信頼を受けてる、ってことなのにそれを否定されたら辛いかな」
元チームメイトからの問いに対し、同じく元チームメイトでセッターの川村 沙月に問いをふれば予想通りの答え。
「由美。今沙月が言ったみたいに、代役でも何でもセッターの子を使うのはチームとしての信頼の証なんだよ。それにちらっとしか映ってないけど、松原女子高校のベンチにあの半泣きのセッターの子の代わりをやろうって子がいる?見たところいなさそうだけど?」
その問いに誰しもが黙ってしまう。
立花 優莉というおそらく最強のスパイカーを擁してもし失敗したら?
それだけでも強烈なプレッシャーであろう。
それを引き受けられるほどの選手が松原女子高校にはいないのだ。
コートに立っている他の選手もフォローはしている。そもそもセカンドタッチを任せるのはあの代役セッターの選手を信頼しているのだろう。
何とも言えない空気の中、試合は進んでいき――
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視点変更
インターハイ 県予選 女子決勝
第5セット終了後
立花 優莉 視点
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「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
姫咲戦で陽菜の代わりにセッターを務めてくれた結花ちゃんが泣きながら謝ってくる。
ちなみに姫咲側は歓喜で大盛り上がり状態だ。
「謝ることはないよ。よく頑張った。攻めきれずにごめんね」
俺はそう言葉をかける。
悔しいとかそういう気持ちはあるが、まずは大泣きしている結花ちゃんを何とかしよう。
「結花ちゃん、ナイスファイト。ごめんね。フォローしきれなくて。でもまだ試合は終わってないよ。さ、並ぼうか」
泣いてうつむく結花ちゃんに対し、慰めと立ち直ることを促す明日香。
なんとか整列させ、最後の挨拶まで行えたが、結花ちゃんが泣き止むことはなかった。
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試合後の整列とあいさつも終わったんだが、結花ちゃんはまだ泣き止まない。
「あの、優莉先輩。陽菜先輩の怪我はどうですか?」
そんな中、顔を真っ青にして陽菜の容態を確認してきたのは翼ちゃん。
俺は明日香とか陽菜につられて後輩を『ちゃん』付で呼ぶようになっているが、実は後輩の殆どが俺より背が高い。なので『ちゃん』付はおかしい気もするが、それは先輩ということで後輩達にはOKを貰っている。
「さっきスマホに連絡が着てた。特に骨とかには異常はないみたい。でも結構腫れてるからしばらくは激しい運動は禁止だってさ」
「そうですか。申し訳ありません」
陽菜からのメッセージを軽い口調で伝えるが、翼ちゃんはますます体を小さくしてしまう。
気持ちは……わからんでもない気もする。
陽菜は午前中に行われた準決勝で怪我をしたわけだが、その遠因を作ったのは翼ちゃんともいえる。準決勝の終盤、相手高校の陽紅高校は囮を混ぜた攻撃を仕掛けてきた。その時の前衛は玲子、陽菜、そして翼ちゃん。で、相手の囮に翼ちゃんはちょっとだけ引っかかり、囮の位置でブロックを跳ぼうとしてしまった。それでも跳ぶ直前に囮だと気が付き、ボールを止めようと斜めに跳んだ。本来であればブロックはブロッカーが全員真上に跳ぶものなんだが翼ちゃんが斜めに跳んできたことで隣に位置する陽菜からすれば横から翼ちゃんが跳んできた形になり、不意の衝撃に着地に失敗、足首を怪我したというわけだ。
バレーボール経験者なら一度は経験があるだろうし、これで翼ちゃんが悪い、なんて言う奴もいないだろう。少なくとも俺はそう思うし、見た感じだと陽菜も明日香も佐伯監督他も翼ちゃんが悪いのではなく、ただのバレーボールあるあるの事故としか見てない。
なので翼ちゃんには『ナイスガッツ。気にすんな』と言ってあるし、それで終わりにしてほしいところだ。
一方でそりゃ後輩からすれば先輩を怪我させて病院送りにしたわけで萎縮もするし、申し訳ない気持ちにもなるわけで……
さらに運が悪いことに先ほどの決勝戦で負けたことでどうやら『自分のせいで陽菜先輩が怪我をしてチームも負けた』と思っているようだ。
わからんでもないが、それは違うだろう。
結花ちゃんは結花ちゃんで泣きっぱなし。
結花ちゃんのせいで負けたわけではない、チームとしての実力不足で負けたと明日香や佐伯監督は試合後に総括し、俺もそうだと思う。
今一歩実力が足りなかった。例え陽菜抜きでも実力的には勝ててもおかしくなかった。それが出来なかったのは終始流れが掴めなかったことが原因であるし、試合をコントロール出来なかったことで、それは個人ではなくチームとしての敗因になる。あえて個人に責任を持ってくるとすると俺がサーブで攻めきれなかったというのもあるし、明日香や玲子のスパイクが例えオープン攻撃だったことを踏まえてももう少し決められても良かった。その辺を無視して1年に責任を押し付ける気はない。
だが、この状況。
どうしたものやらと考え始めると去年のことを思い出してしまった。
……あれこそまさに勝てる試合を台無しにしたわけで……
「結花ちゃんも翼ちゃんも気にするなって言われても気になるのはわかるけど、私は2人のせいで負けたなんてかけらも思ってないよ。
あえて言うなら因果応報って奴かな?実は去年の今頃、私の大ミスで負けて県予選敗退したことがあるの。それが返ってきただけかな?」
個人的には抹消したい過去だが、それはいかんだろう。あの頃、せめて今の半分くらいでもバレー技術が俺にあったらエリ先輩達はあそこで引退することはなかったはずだ。
「去年の県予選のことを言うなら優莉はまだいい方だろう。得点と失点を差し引きすればまだ貯金がある。あれは私のミスで負けたようなものだ」
「いやいやそれないって。優ちゃんも玲ちゃんも活躍してたじゃん。しかも競技歴2ヶ月で!私なんて小学校からバレーやってたのに最後まで得点出来なかったんだから、あの試合の敗因は私だって!」
俺の言葉に玲子と明日香が続いた。う~ん。2人の言葉には色々言いたいことはあるけど、とりあえず反論はしておかないでおこう。
その後にユキも混ざって『今の2年生だって去年先輩達の足を引っ張って負けたことがあるから気にするな』と1年生に伝える。
「――って考えると1年生は私達よりマシだよね。なんてったって私達の場合は先輩を引退に追い込んだわけだし」
「……よく去年の先輩達は笑って許してくれたね」
「エリ先輩達は海より広い心を持ってるとしか思えないね……」
失敗談を交えたせいか、ようやくうつむきがちだった翼ちゃんは顔を上げ、結花ちゃんは泣き止んだ。
あと一押しできっと――
「まあ、私達も去年そうだったから気にしないのは無理だと思うけど、だったら次で挽回しようよ。私達と違って春高予選で汚名挽回の機会はあるわけだし!」
……やっちまったよ。やっちまったよ。この明日香。
せっかくきれいにまとまりかけてたのに!
ほら!翼ちゃんとか気が付いてツッコミを入れるべきかどうか迷ってんじゃん!
当の本人は気が付いてないようだが、どうするべきか……
「優莉。気が付いているのなら明日香に教えてやれ」
ここで口を挟んだのは大会後の後処理で1年生慰め会の途中から合流した佐伯先生。まあご指名が入ったわけだし……
頭に『?』が浮かんでいる明日香に教えることにする。
「明日香。汚名は『良くない評価』って意味で挽回は『取り戻す』って意味があるの。つまり『汚名挽回』だと『良くない評価を取り戻す』って意味になるからね。ここは『汚名返上』か『名誉挽回』じゃないとおかしなことになるからね」
「へ?」
俺の解説に明日香はアホな言葉を漏らす。
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あぁ。やっぱりギャグじゃなくてマジで勘違いしてたのか。
「明日香、言い間違いじゃなくて本気だったの?」
「私は場を和ますジョークだと思ったんだが……」
等々の意見が1、2年の部員からも聞こえ始める。佐伯監督はやれやれと首をふる。
「ち、違うの!これはその――」
明日香が顔を赤くして反論するが、時すでに遅し。
シリアスな雰囲気はすっかり消し飛んでしまった。
最後は誰ともなく笑い出して、そして俺達はインターハイ本選を逃すこととなった。
インターハイ 県予選 女子決勝
松原女子高校 VS 姫咲高校
28-26
29-27
31-33
26-28
12-15
セットカウント
2-3
Q.この鬱展開必要?
A.この鬱展開を経て結花ちゃんがバレーエンジョイ勢からガチ勢になるので必要です。
なお、結花ちゃんは才能だけならセッターとして陽菜を上回るものを持ちます。




