010 魔王に挑む勇者たち その2
3話連続公開の2話目
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インターハイ 県予選 女子決勝
第1セット終了直後
姫咲高校 女子バレーボール部主将
長谷川 茉理 視点
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「なぜ松原女子高校はセッターを変えないのでしょうか?練習試合では他にもセッターの子がいたはずですが……」
赤井監督が困り顔でそうつぶやく。
でも誰もわからない。
理由がわかったのは試合後に松原女子高校の選手に6番以外のセッターは代わりに出てきている11番の子だけ、練習試合の時にいた子?バレー部を辞めたよ、と聞いた時。私達にとって部活=通学理由なので部活を辞めるという発想がなかった。この辺は公立高校との違いなのだろう。少なくとも試合中にそんな単純なことに誰も気が付かなかった。
「まあそれはさておき、次の第2セットはとても大事です。このセットは確実にものにしなくてはいけません」
赤井監督が第2セットが重要だという。そしてそれは私達もよくわかっている。
やはり一番失点を重ねてしまっているのは相手の4番がサーブのローテーション。私の数え間違いでなければ28失点中、16失点が彼女がサーブのローテから生まれている。本当に化物過ぎる。大魔王か何かってレベル。
わずかとはいえ、そのサーブの機会を奪える次の第2セット、勝つつもりなので第4セットも姫咲としては抑えなくてはいけない。
そのうえで――
「ではそのための作戦です。徳本さん、良い働きです。そのまま村井を封じ続けてください。
第2セットも松原女子高校としては少しでも早く、長く、多く立花優莉にサーブをさせようとするはず。
そうなれば村井相手に最もブロック機会があるのは徳本さんです。攻守にわたり最も徳本さんの働きが利いてきます。期待してますよ」
「はい!」
「続いて沖野さん。仮に相手セッターが11番のままだったらという前提ですが、相手はセッターとしては素人です。ツーアタックをもっと多用して構いません。
ネット際のボールは多少不利でも積極的に揺さぶりをかけてください。硬くなった動きをさらに狭めてしまいましょう」
「任せてください!」
2年生の正美と知佳は去年末あたりから変わった。
それまでは私と同じ『才能はあるけど世代代表のレギュラーにはちょっと届かない』くらいだと思ったけど、それが化けた。
私だっていつかはなりたい。
きっかけはなんなのか。知りたい。練習?いやいや今はそれじゃない。試合。試合に集中。
「いいですか。試合前にも伝えましたが、相手はワンマンチームです。たまたま優れた身体能力を持っている選手がいるので試合になっているだけで、中身は昭和のバレーです。時代遅れの戦い方はもはや通用しないと知らしめてやりましょう」
時代遅れの戦い方、って言うのは言い得て妙だと思う。
多くの球技がそうであるように、バレーボールだって時代ともに戦い方は変わってきている。その歴史の遷移はネットで調べてもらうとして、今の主流の戦術は『トータルディフェンス』という考え方である。
これは平たく言うと『チーム全員で守りましょう、それでも失点したら仕方がない』というもの。そんなの当り前じゃん、って思うかもしれないけどそうじゃない。
例えば第1セット、私達は村井のスパイクによる攻撃を2失点に抑えている。正確に数えたわけじゃないけど10本近くスパイクは打たれているので決定率を3割程度に抑えられている計算になるけどこれは正美1人の手柄ってわけじゃない。
むしろ正美はわざとスパイクの一部コースは素通ししている。そしてその素通しの先にはリベロの百合が待ち構えている。これはブロッカーはストレート方向をブロックで封じてリベロがクロス方向を拾う、という作戦があるため。
『トータルディフェンス』をもう少し詳しく言うなら、『広いコートをたった6人で全部守るのは無理。だから6人で組織的・計画的に守って少しでも失点を防ぎましょう。相手が自分達の守備以上の攻撃をして失点したらそれは仕方がない』ってところ。
先ほどの村井の攻撃を例にするならば、ストレート方向を防ぐにしてもクイック攻撃や時間差、囮攻撃でブロックを振り切って攻撃されるかもしれない(まあ第1セットに限って言えばそんなことはなかったけど)。
あるいはクロス方向への攻撃はレシーブに失敗するかもしれない(こっちはAパス以外は失敗とするならそれなりにあった)。
相手がこちらの守備力を上回る攻撃をしてきたら仕方ない。仮に作戦が上手くはまっても機械ではないのだからミスは必ずどこかで発生する。それも仕方がない。
けれどもその『仕方がない』を最小に抑えようとするのが『トータルディフェンス』なのである。
もっと言ってしまえば、サーブから得点が動くまでの一連の流れを考えて守ることでもある。相手がファーストタッチでセッターにキレイにボールが返せてしまうと、こちらは様々な攻撃手段に対して考慮しなくてはいけない。結果としてどこかで『仕方がない』を人のミス以外で生みかねない。これを防ぐために攻撃は相手にとって厳しいところへ行う必要があり、そのためには……と試合の流れ全体を考え、相手に合わせ試合中にも柔軟に戦術を変え、試合をコントロールしていく。それが今のバレーボール。
対して松原女子高校はどうか。
確かにあの立花優莉は凄い。超人的身体能力はそうだし、ボールの飛んでくるコースを読めるという『勘』も反則技と言っていい。
でもあくまで単品。
例えば『勘』でスパイクをブロックしたところで次につながらない。そもそもブロックする時にどこに飛ぶのか、どこを守ればいいのか味方さえわからないというのはチームメイトとして困ったもの。
総じて松原女子高校からはセットのたび、ラリーのたびに攻守が組織化されていく印象を受けない。常に単品。流れが作れるようなプレイというわけではない。
それはまるでもっと単純だった時代のバレーボールのよう。
だから赤井監督は『昭和のバレーボール』とこき下ろしたのだ。
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まあ、いくら時代遅れの戦い方でも、それでここまで圧勝で勝ち残っているのは当然その戦い方が有効なわけで……
第2セットは追われて追う展開になった。松原女子高校は去年と比べてサーブレシーブが随分巧くなっている。特に苦手だったフローターサーブへの対処が巧くなっている。
まあチームメイトに強力なジャンプフローターサーブの使い手である立花姉妹がいるのでそれ相手に練習すれば巧くなるのは当然かもしれない。
それでもやっぱりプレーは単品。
特に解せないのがやっぱり第2セットもセッターとして出てきた11番。
彼女は身体の向いた方向にオープントスしかできない。
それすらもちょっとネットから割れて――割れるって言うのはネットから離れちゃったトスってこと――しまうことがある。
バックアタックはあまり使わない。
向こうのコートからは「落ち着いて」とか「それでいいからしっかり上げて」とか聞こえる。不思議ね。代えればいいのに。
ただ、それでも立花優莉のブロックできない高さからのスパイクはどうしようもないし、オープン攻撃でも決めてくる村井、都平は凄い。
もう少しセッターがまともならあっという間に勝負はついていたでしょうね。
第2セット、先にセットポイントになったのは私達だったんだけど、ここから粘られた。そして決めたかった27-26の時に逆に失点し、27-27。
サーブ権は相手へ。しかも相手のサーブは立花優莉。
最悪な時に最悪な人へサーブが渡り、なんとかしようとしたものの、27-29の逆転まで許し第2セットも落としてしまった。
流石にこれは厳しい。第3セットは再び松原女子高校からのサーブ。第2セットも失点した半分以上のローテは立花優莉のサーブだった。
ここから3連続でセットを取るのは――
「ラッキー、ラッキー」
「今日はツイてる!」
チーム一同、沈んだと思ったところで何を思ったか、正美と知佳が突拍子もないことを言いだした。
「あのさ、何がラッキーで何がツイてるの?」
当然の疑問を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「だってそうでしょ?これが決勝戦じゃなくて3回戦とか4回戦だったら2セット先取制だったよ?」
「それがさ、たまたま3セット先取制の決勝戦にあたったから首の皮1枚繋がってるわけじゃん。ほらツイてる!」
……
め、めちゃくちゃね……
確かにインターハイの県予選は準決勝までは2セット先取制で決勝と3位決定戦だけは3セット先取制に変わる。
「……それはそうだけど、逆を言えばここから1セットも落とさないで3セット取らないと負けちゃうんだよ?」
「逆ですよ。ここから3セット取れば勝つんです」
「それにほら、向こうのセッター、もういっぱいいっぱいですよ。第3セットは取れます。
だったら第4セットもついでに第5セットもおいしくいただいて逆転勝利でドン!これで行きましょう!」
……
あぁ。2人ともここが去年と変わったんだ。
逆境でも最後まで諦めない。きっとそこが――
「徳本さんと沖野さんの言う通りです。第2セットは惜しかったですね。ですが、単独プレーばかりの相手と違って、試合のたびに強くなれるのが組織で戦う私達なのです。さあ、次、切り替えましょう」
赤井監督も次を見据えている。
諦めるにはちょっと早いのかもしれない。
インターハイ 県予選 女子決勝
姫咲高校 VS 松原女子高校
第2セット
27-29
セットカウント
0-2
おまけ
姫咲高校 女子バレーボール部
現主将 長谷川 茉理 現3年生
身長 176.8cm
バレーボールの才能は明日香よりちょっと上でスパイカーとしてプロになれるくらい。アンダーカテゴリーでレギュラーになれなかったのは千鶴お姉さんをはじめ一つ上に有力選手が多かったため。
ポジションはウイングスパイカーでレフトを任されているが、現在は1つ下の正美がいるためにエースとは呼ばれない。
美佳ねえと同じく、チームメイトにある意味で恵まれ、ある意味で恵まれなかった選手。




