009 魔王に挑む勇者たち その1
そうしないとお話的に微妙だったので3話一気公開です。
高校生がそれを生業としているプロのスポーツ選手相手に真っ向勝負で勝つ。
当時中学生だった私はTVの向こうにその大偉業が成るところを見た。
そんなアニメか漫画の世界でもないとありえないことを成し遂げた偉大な先輩達。
その姿に憧れて高校を選び、先輩達と同じ高校、同じユニフォームを着て今年で3年目。
あのプロにも勝って天皇杯・皇后杯で優勝した先輩達の代は、1年生の秋にはユニフォームどころかレギュラーの座を勝ち取り、以降は高校生相手の試合は練習試合も含めて無敗。当然、高校バレーボールの3大タイトル、インターハイ、国体、春高を先輩達は全て制している。
一方、残念ながら私達の代は高校3年間で1度も3大タイトルを取れずに終わろうとしている。今はインターハイ県最終予選の真っ最中で諦めるには早いけど、勝ち目が薄いのも事実。
県予選決勝の相手はおそらく松原女子高校。隣のコートで行われている準決勝第1試合で陽紅高校が勝てばそうではないけど、あの松原女子高校が負けるとは思えない。
松原女子高校は半年前の春高バレーで準優勝。ゴールデンウィークに練習試合をした時にはセットカウント1-6で私達のボロ負け。しかもその唯一勝った1セットは相手エースの子がフル出場していない時。
自慢に聞こえると思うけど、私は結構すごいバレーボーラーだったりする。中学の時は県の代表選手に選ばれたし、U-16にもU-19にも選手として呼ばれ、レギュラーこそ取れなかったけどユニフォームを着て国際試合に出場したこともある。進路だって6月の現時点で私は「ウチに来てください」って誘いのある大学やプロチームの中から選ぶ立場。
それでもあの立花優莉には遠く及ばない。
手をのばせば届きそうなU-19レギュラーの座はほんの少し、でも確実にある壁に阻まれて届かない。
私の名前は長谷川 茉理。私をバレーの天才と評するかどうかは他人に任せる。
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「やっぱりさ、勝負飯って言ったらツナマヨおにぎりだよね」
「絶対違うし!そこは鮭おにぎりだし!」
よくまあ毎回毎回同じネタで言い争いが出来るものだと感心しちゃう。
姫咲高校には高校から近いところに男女ともに建屋は別だけど学生寮がある。入寮は強制ではないけど、スポーツ科があり、スポーツ科の練習はどの部活であろうと長時間拘束であることから私達女子バレー部員も含めて寮生の数が多い。
で、うちのエースと正セッターは寮生で毎回大きな試合のたびに寮母さんに勝負飯だからと特製のおにぎりを作ってもらっている。
『手間も材料も大したことないし、それでやる気が出るなら』
と笑いながら言っていたけど、それでも悪いと思う。でもあれくらいの我の強さがないとアスリートとしては大成しないのかもしれない。
あの数年前に高校生なのに日本最強の座を手入れた偉大な先輩達も監督たちからすれば「選手としてはともかく、教え子としては手のかかる子ばかり」だったそう。前に参加した世代別代表でもレギュラーに選ばれる選手は一癖も二癖もある選手ばかり。
それにいつか何かのスポーツ番組である有名なスポーツ選手達が『入りたいチームがあったけど、そのチームではレギュラーに選ばれないからあえて違うチームに行った』とか『(レギュラーでなかった頃は)いつもポジションが被っている選手の怪我を願っていた』とかトンデモナイことを言っていた。
それと対照的なのは姫咲高校で1個上の先輩達。穏やかで後輩を顎で使うこともなかった。赤井監督が『あの子達は優し過ぎましたね。人としては良い事なんですけど、アスリートとして競争に勝ち抜くには良い子過ぎました』と、ちょっと前にこぼすくらい『良い人』達だった。
対して、1個下の後輩達はどうか。
至高のおにぎりの具材をめぐって口喧嘩を続ける正美と知佳。
お昼ご飯を早々に食べ終わると我関せずとばかりに爆睡モードに入る亜美。
同じくお昼ご飯を食べ終わるとスマートフォンで音楽を聴きながら漫画を読んでいる成美。
今の3年生を押しのけてレギュラーを射止めたこの4人は確かに色々図太い。
わかっているのかしら?
今のお昼休みが終わったら3位決定戦、その後は決勝戦。決勝戦は私達姫咲高校とスーパーエースを擁する松原女子高校との試合で勝った方はインターハイ本選に出場できる。その大一番の前だというのにこのマイペースぶり。
こいつらは大物になるわね……
「主将、良いんですか?ほっといて」
1学年下の小春がそう言ってくるけど……
これは進言というよりは何とかさせたいけど、自分で止めるのは面倒って思っているのだろう。
「ん。確かに今は決勝に向けて心を落ち着かせる時よね。ということで主将指令。小春、あれを何とかしなさい」
「え?なんで私が?」
私の極めて真っ当な指令に異を唱える小春。けどね、
「なんでって、小春はあの子達の同級生じゃない。私達卒業後の来年を見据えて今から練習しておきなさい」
「だからってなんでわた「小春、知らないの?次期主将指名権は現主将の私にあるの。で、客観的に考えて小春以外の2年生に任せられると思う?」」
小春の文句を遮って理由を伝えた。
小春の顔はとても面白いことになった。
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我が道を行く2年生レギュラー達は我は強いが、ことバレーボールとなると頼りになる。確かにお昼休み中に騒がしかったりしたけど、試合前にはきっちり戦闘モードに入る。
私達3年生は春まで残るからこの試合で負けても最後ってわけじゃないけど、高校生最後のインターハイ、っていうのは変わらない。その本選に進むための最後の試合、県予選決勝。幸先はあまり良くない。なぜなら……
「サーブ、相手からです」
「そうですか。コイントスばかりは練習しようもないですから仕方ないですね」
バレーボールでは試合前に両チームの主将が主審のところに集まり、コイントスでサーブかコートかを選ぶ。そのコイントスの結果、最初のサーブは松原女子から。
赤井監督に結果を告げると仕方ないと言われたものの、まず1/2の勝機を取り逃したことに落胆の色は隠せない。
松原女子高校の何が一番怖いか。
それは立花優莉のスパイク、ではなくサーブ。
男子のプロ以上かもしれない球速はもちろんだけど、一番厄介なのは打点の異常な高さ。去年の今頃と比べて体は明らかに凹凸が目立つようになって随分重くなったはずなのに打点はますます上がり、そこから繰り出されるサーブはまるで空から落ちてくるような印象を受ける。
これが高速で、しかもスパイクサーブとジャンプフローターの2択で飛んでくるのだからたまったものではない。
こんなものは対策しようにもそれこそプロの男子のトップレベルを呼んできてようやく再現できるのではないのかってレベルのサーブだから難しい。
ほぼ無名の状態からスタートした去年は物珍しさ、無名特権を活かして勝ち上がってきたが、今年は事前情報が出回り、多少なりとも対策を打たれている中で相手を蹴散らして勝ち上がってきている。
現に県予選の3回戦は決して弱くない、県中堅どころの高校相手に松原女子高校は彼女のサーブだけで25点連続サービスエースを叩き出して25-0で1セットをもぎ取っている。
そのサーブを極力打たせないためにもサーブ権はこちらからにしたかったけど、コイントスの結果、相手からのサーブとなった。
はやくもお通夜モードになりかけたとこでコーチが私達のところにやって来た。
「監督。松原女子高校ですが、決勝戦はセッターを変えてくるようです」
???
どういうこと???
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なるほど。
話を聞いてみると松原女子高校の正セッター、立花優莉のお姉さんで私達姫咲高校のOGの立花美佳先輩の妹にあたる立花陽菜って子が準決勝の最後で味方の横跳びブロックに巻き込まれて転倒、足をくじいたらしい。
私達はその時、試合の真っ最中だったから気が付かなったけど、現に今は公式ウォームアップ中なのに彼女の姿はコート内になく、コート外のベンチにすらいない。
ということは無理をすれば出れる、などというレベルじゃなくて無理をしても出れないレベルの怪我ということ。
「そうですか。そうなれば……」
赤井監督が何やら考え出す。相手の怪我を突くのは悪役っぽいけど正当な権利。これはひょっとすると……
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ピッーーー!!!
主審の笛が鳴る。
ひょっとなんて欠片もなかった。
始まった決勝戦。
相手の強烈サーブによる強襲でいきなり0-5。
5月の連休中に練習試合をした頃と比べて速度はそう変わりないけど、コントロールがえぐいことになっている。5本中3本が触ることなくサーブが決まるノータッチエースというものだったんだけど、あれは『アウトだと思ったらインだった』という絶妙なところに飛んできたから。
赤井監督がさっそくタイムアウトを取ってくる。
「戦う気がないなら今すぐここから立ち去りなさい!」
その赤井監督は集まった私達に対し、珍しく強く怒気をはらんだ口調で一喝した
「確かに相手のサーブは強烈です。そして私達は人間です。判断を間違えることはあるでしょう。ゆえに『アウトだと判断して見送ったらコートに入ってしまった』なら仕方ありません。ですが『アウトだと願って見送ったらコートに入ってしまった』は許容できません。立ち向かいなさい。戦いなさい。気持ちで負けるようでは到底試合には勝てません」
ぐっ……
確かに今までのサーブは入るな!って思って避けていた面もある。
「それと仲間をもっと信用しなさい。試合前にも言いましたけど、相手で怖いのは1人だけ。バレーボールはチームスポーツです。どれほどすごい選手でもそれが単独プレーである限り恐れるに足りません。まずは次のサーブレシーブです。しっかり触りましょう。そこからです」
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タイムアウト明け最初の相手サーブ。
これまた絶妙なところに飛んできたけど、今度は入ると思ってリベロの百合がボールを拾う。それは拾ったというよりは何とか上に上げたというものだったけどセッターの知佳が良いトスに変える。
流石U-19の正セッター候補!
それを正美がバックアタックで決めて1-5。
ここから自分達の作戦が当初想定していた以上に上手くはまった。
こちらのサーブ。
一番手はセッターの知佳。そしてサーブを打つ、つまり後衛に下がると、その対角に位置するエースの正美が前衛へ上がることになる。そう、セッターの対角にエースを配置。
これは正美に攻撃に専念してもらうオポジットを担ってもらうという意味だけど、それ以上に意味があるのがレフトではなく、ライトから攻撃するということ。正美のポジションをレフトからライトにすることは去年末に監督からの指示で決まり、当初は「ライトからは打ちにくい!」なんて言っていた正美も一ヶ月もしないうちに10年以上ライトから打っていたのではないかと思わせるほどポジションに慣れてしまった。
そして、ライトから攻撃するということはポジションがライトに移るということ。こちらのコートから見たライトは相手コートから見たらレフト。
すなわち――
バシンッ!!
ピピッーー!!
相手のスパイクがこちらのブロックに阻まれ、そのまま相手のコートにボールが入って1点追加。
「ナイスブロック!」
「ドンマイドンマイ」
対照的な言葉が両チームから出る。
ブロックを成功させたこちら側からは称賛の声、スパイクを止められた向こう側からは切り替えていこうとの声が上がる。
スパイクを打ったのは松原女子高校のもう一人のエース、村井玲子。競技歴1年未満でU-19に召集されたこともある正真正銘の天才ですでに全国レベルのスパイカー。
県予選では2回戦から4回戦まででスパイク成功率は8割強と飛び抜けた強豪とは戦っていないことを考えても何かが間違っているとしか思えない決定率。これをこの試合では最低でも5割、狙いは4割、出来過ぎの3割以下まで抑えることがこの試合に勝つ条件だと赤井監督からは言われている。
そのキーウーマンがライトに配置になったうちのエース、徳本正美。
正美はライトに配置されて以降、相手から見るとレフトの位置、つまりエースの位置でブロックをすることになっている。正美の背は私とそう変わらないけど、運動センスの差からか、私よりブロックを成功させている(気がする)。
エースにしてエースキラー。
それが彼女に与えられた仕事。
4-5
着実に点差がつめられている。
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妙なことがある。
松原女子高校のセッターがおかしい。
そりゃ、ここまで出番のない控えのセッターだったのかもしれないけど、それにしても酷すぎる。ネットを挟んだこちら側からもわかるくらいガッチガチに緊張していて、プレーにも悪影響が出ている。
赤井監督は早々に『彼女は速攻用のトスを上げられません。それは立花優莉に対してだけでなく、誰に対してもです。また、おそらくバックトスも出来ないでしょう。ですから身体が向いている方にトスが上がると思って対処するように』と、指示を出し、事実相手控えセッターは身体が向いている方に高いトスしかしてこない。おそらく高いトスしか出来ない。
それはそれでいいとして、なんでそんな子をセッターとして試合に出すのか?
5月の練習試合の時には他にセッターの子がいたはず。でもその子がベンチにすらいない。なぜ???
松原女子高校のセッターは特殊っていう事情は理解できる。立花優莉がメチャクチャ高く跳ぶから彼女用にトスを上げられるように練習しないといけない。
だからこそ、セッターは控えも鍛えないといけないんだけど……
そんな不可解なセッター事情もあって相手の攻撃は単調なオープン攻撃ばかり、それでも……
ドカンッ!!
ピピッーー!!
4mの高さから打ち下ろされる雷の様な一撃をレシーブ出来るかと言われればノー。
今はまだ辛うじて接戦が出来ているけど、あのセッターが本調子になればどうなることか……
インターハイ 県予選 女子決勝
姫咲高校 VS 松原女子高校
第1セット
26-28
セットカウント
0-1