007 ある新1年生の奮闘記
今日も地獄めぐりかと思わせる過酷な練習に、すっかり重たくなった体を引きずるようにしてなんとか家に着いた。
晩ご飯中にお母さんから「あんたはダイエットとは無縁ねえ」なんて言われながらも必要分を完食した。お母さんはわかっていない。あれくらい食べないと私は部活中に栄養不足で死んでしまうのだ。
それに最近は朝昼晩の食事をちょっと無理をしてでも食べているせいか、お菓子がほとんど食べれていない。だから太るなんてことはないはず。……制服のブラウスがきつくなってきてるけど、これはきっと洗ったことでブラウスが小さくなってきただけ。
少なくともお昼休みも挟む土曜日の練習で先輩達の昼食量を見ると、私以上に食べてるけど、全員太っていない。優莉先輩なんか背は私とそんなに変わらないのに胸とお尻を除けば私より絶対に細い。
同じバレー部の1年生は口を揃えて「私達地球人と違って、先輩達は食べた栄養が全部胸に行くおっぱい星人だからマネしたらダメ」って言ってるけど……
その後、重たい (体重って意味じゃなくて疲労って意味だからね!)体を何とか動かし続けてお風呂も済ます。お腹は満ちて、お風呂に入ったことで体はホカホカ。もうこのままベッドに倒れて寝てしまいたい。でもそれをやってしまうと中間テストの悪夢の再来だからダメなのよ。無理やりにでも勉強机に座り、教科書を開く。
ユキ先輩が言ってたじゃない。
「毎日5分でもいいから机に向かって勉強する習慣をつける。それが出来れば時間を少しずつ伸ばすことが出来る。0分を30分にするのは大変だけど、5分を30分にするのは簡単。
勉強は積み重ね。大丈夫。松原女子高校に入学してきた時点で学力は全員似たり寄ったり。後はちょっとの努力を積み重ねられるかどうか」
実際、ユキ先輩は去年の1学期は勉強習慣がなくて壊滅的成績だったのにもかかわらず、2学期からは勉強する癖を身に着けて1年の最後には五傑に入るところまで学力を上げたという。
1年生の1学期から毎日ちょっとずつ勉強していたという陽菜先輩、優莉先輩、愛菜先輩は一度も学年十傑から落ちたことがないって言ってた。
逆に明日香先輩は……バレーボールだけを一生懸命頑張っている。
だから私は勉強も頑張るのよ!
ふと部屋に飾ってある年間カレンダーをみたら、二ヶ月前の今日の日に赤丸囲みと『入学式!』という文字が見えて思わず笑えた。
この2ヶ月は間違いなく私史上、最も過酷な2ヶ月だった……
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私が松原女子高校を志望校としたのは中学3年生の6月頃。
理由は単純。近いから。
私の2歳年上のお兄ちゃんはどうしてもサッカーの強いところに行きたいって言って片道1時間半近くかけて通学している。朝練もあるから毎日6時前には家を出てるし、帰ってくる時間も遅い。あれを見て私は絶対に近いところに行こうって決めた。
で、選んだ松原女子高校は片道30分弱。お兄ちゃんの通学所要時間の3分の1。内訳は家から駅まで片道10分弱、電車は一駅で3分、駅から高校までは歩いてこちらも10分弱ってところ。春や秋で天気のいい日は自転車通学でもいいかもしれないところにあった。
学力面はちょっと厳しかったけど、早いうちから目標を定めたことでなんとか合格できた。
その松原女子高校に同時期入学した私の学年にはバレーボールをやりたいって子が大勢いた。入試直前の春高であれだけ活躍すればねえ……
特定の強い部があればそれを目当てに高校を選ぶ子もいる。実際に私のお兄ちゃんはサッカーで高校を選んでるし。だから強いバレー部に入りたい受験生が大勢集まる。
これは間違っていない。でも今回の場合はもうちょっと歪んでると思う。
TVの向こうで見た松原女子高校の先輩達、はっきり言うとそんなに巧くはない。もちろん全国大会に出場出来た高校だからそこら辺の高校生よりは巧いわよ。けど、他の春高出場校よりは平均レベルで劣るわね。生意気言えるほど当時も今も私は巧くないけど。それがなんで全国大会で勝てたかって言えばエースが凄かったから。
で、そのエースの先輩になる人は私が1年生で入学するときにはまだ2年生。つまりまだまだ高校バレーを続けられる。そして松原女子高校バレーボール部はバスケットボール部と統廃合しないと試合に出れないくらいの部員不足。
バレー経験者でそこそこ出来る子なら入部してちょっと頑張ればベンチ入り、あわよくばレギュラーだって狙えるんじゃないの?全国大会に出れるような運動部で!って思うと思う。少なくとも私は思った。
それに本当にバレーボールが巧いバレーボール星人は松原女子高校には入ってこない。と思う。バレーボールが巧ければ強豪校から推薦が来るはずだし、そんな推薦を蹴ってまで松原女子高校に来るとは思えない。
なんたって松原女子高校は普通の公立高校で超進学校って程でもないけど誰でも入れるほど簡単な高校でもない。バレーボールだけに専念できるところじゃない。だから私くらいでもバレー部の最低でもユニフォームを貰えるんじゃないかって思った。
あぁ。
あの頃の私、考えが浅かったなあ……
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あれ?何か違くない?
入学2日目の部活動紹介を聞いた時に思った感想。
バスケ部の部活動紹介の最中にバレー部の主将は胸とお尻に栄養が全部回っているバカだとかメチャクチャなことを言ってるんですけど……
流石にそれはないでしょ。松原女子高校のバレーボール部は文武両道って聞いてる。仮にバスケ部の主将の話が本当だとするとバレー部の主将だという高校生離れしたプロポーションで美人な先輩は3学期の期末で7科目中、30点台3科目、20点台1科目というちょっと困った成績の持ち主ってことになるんだけど……
そして肝心のバレー部の紹介はバスケ部というかバスケ部のキリっとしてすらっとした美少女な先輩の悪口で終わってるし。というかお互いがお互いの悪口しか言わないって……
だ、大丈夫かしら?
周りのバレーボールをやろうって言っていた子もちょっと引いて「今日は様子見かな」ってなってる子が多い。
う、う~ん……
どうしよう。
でも入学してみると意外と私以外にもバレーボール経験者で高校でもバレーボールをやろうって子が多いし、そうなると「部活動解禁初日から来ました!」っていうのはアピール要素になるんじゃないのかな?
えぇい!
女は度胸!
とりあえず行ってみてから考えよう。どうせ4月いっぱいは体験入部期間だから好きにやってもいいはず。ダメだったら入部しなきゃいいんだし!
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その日の放課後、実質バレーボール部専用だという第2体育館に向かう新入生は私も含めて多分20人いるかどうか。みんなバレー部の先輩は大丈夫なのかって顔をしてる。多分私もしている。
それにしても一緒に居る生徒は手足を見る限り普通の女子高生で背丈もそんなに高くない、バレーボールエリートじゃ――
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1人とんでもないのがいるんですけど……
金森 翼さん
あの公立校なのに県内最強中学校って言われる砂川中学校で1年生から主力を張っていた選手。去年の全中県予選では個人賞を総なめにしている去年県内最高のバレーボーラー。
本選の全中はくじ運に恵まれなくて1回戦にその年の優勝校にあたってしまったから初戦敗退だったけど、その試合は事実上の決勝戦って言われてる。なんせその優勝校が唯一ストレート勝ち出来なかった相手が金森さん達がいた砂川中学校だから。
そんなバレーボール星人が、なんでか松原女子高校にいる……
もっと姫咲とか陽紅とか相応しい高校があるでしょ!!!
「なに?」
げっ……
驚きのあまり金森さんを凝視していたら、不審な目で見られてしまった。何とかごまかさないと……
「ごめんなさい。砂川中学にいた金森さんよね?去年の全中の県予選三回戦で金森さん達に負けた中学校に私がいたんだけど覚えてる?」
「……ごめんなさい。覚えてないわ。三回戦ってことは南中よね?ポジションは?」
「あはは。やっぱり覚えてないわよね。一応試合には――」
見ていたのは中学の時に負けた相手がいたから驚いた、ってことで金森さんには納得してもらった。それにしても……
「――まっさか金森さんが松原女子に来るなんて思わなかったわよ。強豪校からの誘いはなかったの?」
「あぁ。バレーボールの誘いなら10校くらいからあったわよ。でも高校でバレーだけをやるつもりはないから学業にも力を入れているここを選んだの」
話を聞くと偏差値的にはもう少し上でもよかったが、国立大学を目指す都合上、文理両方の科目を学べる特別進学クラス目当てで松原女子を選んだという。
……え?金森さん、勉強も部活も頑張っちゃう系?ゆるふわじゃなくて女子高生ガチ勢?
ヤベーよ。
キラキラ女子高生じゃなくて熱血女子高生だよ。
こんな超人と私、バレーボールやるの????
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「――最後に私が顧問の佐伯だ。7年前にこの松原女子高校を卒業し、当時やっていた部活もバレーボールだったから高校だけでなく、部活でもOGにあたる。
最初に言っておくが、バレー部の練習は当時も今も厳しい。そのうち聞くと思うから今のうちに言っておくと私の頃からずっと『部活動ガチ勢四天王』の一角に上がっているくらいきつい。でもそれだけやりがいのある部活だと言っておこう」
……あの、全然ゆるい雰囲気ないんですけど……
部活動解禁日初日。私達1年生は初めてバレー部の先輩達と顔を合わせることになった。
その先輩達の印象は『大きい』これに尽きる。
先輩達は散々TVの向こうで『小さい』って言われ続けたけど、それはあくまで『170cm未満は小柄とされる高校女子バレーボール』の世界での話。
一方で日本での成人女性の平均身長は158~159cmくらいで、先輩達の平均身長はリベロを除いて168cmってこの前の春高を特集した雑誌に書いてあった。
つまり、先輩達は『普通の女子高生』として見れば背が低いどころかむしろ高い方なのである。
あと、背もそうだけど、OGの佐伯先生もそうなんだけど横方向もとても大きい。少なくともあと1年であそこまで成長するとは思えない。
一方、1年生の中では体格で飛び抜けた生徒はいない。金森さんだって背は高いけど多分170cmくらい。女子バレーボール界で長身扱いになる180cmクラスの選手はいない。
横は……私達、ちょっと前まで中学生だったわけだし。これくらいだよね。
集まった選手も金森さん以外は多分中学で有名だった選手はいないはず。1人未経験者で『タイガ』って苗字の子がいたけど、まさかね。そもそもあの『タイガ』ならバレーボールじゃなくて体操の道を進んでいるはずだし。
お互いに顔を合わせて練習開始、かと思いきや、2年生はそのままいつも通り練習をするが、私達1年生は佐伯先生から部員としてのルールを教えてもらうことになった。
「今日は教室で着替えてきたと思うが、今後は部室で着替えていい。幸いなことに大きめの部室を割り当てられたから、個人ロッカーとまではならなくてもスペースに余裕はあるはずだ。シャワーも学校からの好意で使っていいことになっているが、あまり使い過ぎないように。
それと、バレーボール部の部員としての心構えを教えておく。ここは高等学校であり、一番の目的は君達の健やかな成長だ。故に一番優先されるのは健康。続いて学業。部活動はその次に来る。
だから怪我や病気の際は遠慮なく申し出て欲しいし、その傾向がみられるようであれば一切の部活動は許可しない。学業についても定期考査でよろしくない点数、具体的には40点未満だった場合は部活動を制限する」
あれ?ということはさっきの部活動紹介で主将の先輩が壊滅的点数を叩き出したのは嘘ってこと?
私の疑問を他の子が代弁して聞いてくれた。
「あの、ということは先ほどの部活動紹介で主将が1年生最後の期末テストで悪い点を取ったというのは嘘なんですか?」
ここで嘘だと否定してくれれば良かったんだけど、佐伯先生は渋い、それはそれは渋い顔でそれを否定しなかった。
「そうなら良かったんだが、明日香――今のバレーボール部主将の学業はお世辞にもよくはない。春休みは大量の課題を色々な先生から貰ってしまったほどだ。
ただし、悪いのはその1人だけだ。残りの先輩はそうではないし、特に4人の先輩はとても学業優秀だ」
その後も心構えの話は続き、染髪は認めないが校則に違反しない範囲なら髪型は自由、つまり短くする必要はないとか、生理の時は休んでいいとか大きな声では言えないがバレない範囲なら化粧もしていいなどぶっちゃけ話も飛び出た。
「――と、堅苦しい話はここまでにして身体を動かすか。軽く走るから外に出るぞ。全員運動靴を履いて校門に集合するように」
そうして私達は校門に移動することなった。そこでこのバレー部がトンデモナイところだと知らされることになる。
「これから学校の柵の周りを走る。まあ、一般に外周と呼ばれる奴だな。1周の距離は1185m、1200mくらいだと思ってくれ。私が先導するからみんなは付いてくればいい。今日は初めてだし、ゆっくり1周6分で2周走るぞ」
!!
はぁああ???
1200mを6分で2周????
ってことは1000m換算で5分のペースを維持しつつ、2400m走れってこと???
私の記憶が確かなら女子の場合1キロ、つまり1000mの中学3年生の平均が5分くらい。高校1年生でもそうそう変わらないはず。もちろんこれは平均なので運動が苦手な子も含まれた記録。一方、私達は『タイガ』さんを除けば全員中学校でバレーボールの経験があり、その『タイガ』さんも何かしらの運動をやっていそうだから運動神経ゼロってわけじゃない。
でも受験で運動をしていなかった期間も長かったし、なにより1000m5分というのはあくまで1000mまで走る場合のこと。いきなりその距離を2倍以上にしてペースはそのままなんて出来るはずがない!
いや、絶対に無理なわけではない。むしろ出来る出来ないで言えば無理をすれば出来る、という絶妙なレベルだ。でも間違っても準備運動のレベルじゃない!
「そ、そんなに走れませんよ。どこがゆっくりなんですか?」
そう悲鳴も上がるが……
「?ゆっくりだぞ?君達の先輩はしゃべりながら――と言うと語弊があるな。英文和訳や簡単な公式を言い合いながら1周5分以内で3~4周は準備運動代わりに走るぞ?」
何を言ってるんだ?と佐伯先生はバッサリそんな意見を切り捨てた。
「私達、陸上部じゃないんだけど……」
そんな声も聞こえるが、3月の春休み期間中からバレー部の練習に混ざっていた金森さんはそれを悲しく肯定した。
「そう。陸上部じゃないからこのくらいで済んでる。バスケ部や陸上部の長距離走の部員なら1周5分で5周くらい走る。というか走ってた」
ウッソでしょ……
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いだだだだ!!!!
佐伯先生が軽い準備運動だという外周をひいこら言いながらなんとかこなした後に待っていたのは体幹トレーニングだという運動だった。
横向きに寝そべって腰を浮かせて足を……
という先輩達がやっていることを見よう見まねでやってみる。ぱっと見、ショボいと思ったんだけど、これがちょっとやるともの凄くしんどい。
先輩達は足首に重りをつけてやっていて、それでも涼しい顔しているから楽ちんだと思ったけど大間違い。1年生は重り無しでもそこら中から悲鳴が上がる。あの金森さんもかなりしんどそうだ。
唯一の例外は『タイガ』さん。
「奈央は余裕そうだな。私達みたいに重りをつけるか?」
「いやぁ。1年生で私だけ特別扱いは和を乱すから遠慮しておきます!」
なんて背の高い先輩――あれは確か村井先輩だ――と話してる。本当に何者なんだろ?
ていうか、準備運動代わりの外周と言い、これと言い、これじゃあバレー部じゃなくて筋トレ部じゃない!
と、最初は憤っていたけど、すぐにこの効果が分かった。
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バンッ!
轟音を立ててもの凄い勢いでボールがこっちに向かってくる。
うひぃいいい!!
内心で悲鳴を上げながらなんとかレシーブをするがボールは明後日の方向へ飛んで行った。
今はスパイク練習中。
コートの反対側にいる部員はそれをレシーブするんだけど、先輩達のスパイクはどれも速くて重くてそして痛い。
今のスパイクだって先輩スパイカーの中では最弱と自称する白鷺先輩のものだけど、それはそれはおそろしいスパイクだった。
最強スパイカーの妹の立花先輩のスパイクなんてあんなものをレシーブしたら冗談無しで腕の骨が折れる (と思う)。
筋トレを重視した結果。
それは単純なボールの速さ、威力に変換されていた。
なるほど。これが先輩達の強さの源ってことなのね。単純な基本技でも強く、速いボールで点を取っていく。そういえばいつかのバレー雑誌にも『高い身体能力』が武器だと書いてあった。
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えっ……
何も私はバレーボールだけをやっているわけじゃない。
バレーボール部体験入部の翌々日。入学2日目に行った実力テストの1つが返ってきた。
点数は70点。
中学校までのテストの点数より悪いけど、それよりショックだったのがクラスの平均点が73点だったこと。
えっ?
えっ?
つまり私、平均点を取れてないってこと???????
ショックを受けた私だけど、そんな子は周りにもいた。先生は慣れているのか、こういった。
「ここにいる君達は中学校までは勉強が平均よりも出来た子ばかりだと思う。でもここはその『勉強が平均よりも出来た子』だけが集められている。当然レベルも上がる。改めてここからが勝負だぞ」
えっ?
何それ?
どういうこと???
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「ま、そうなるよね。みんな最初は平均レベルが上がったことに戸惑うもんだよ。私もそうだったし」
その日の放課後。
バレー部の練習で返ってきた実力テストで生まれて初めて平均点以下を取ってしまったことを吐露すると、陽菜先輩 (バレー部では立花姉妹先輩がいるせいか全員先輩後輩関係なく名前呼びすることになっているらしい)がそう慰めてくれた。
「ちなみに、それで一念発起してちゃんと勉強しようと思ったのが私や優ちゃんで、1学期の期末テストで親に怒られるまで勉強する習慣を身につけられなかったのがユキ。悪い点を取ることに慣れちゃったのが明日香だね」
聞けば明日香先輩も最初のうちは平均点以下にショックを受けていたけど、そのうち慣れてしまい危機感を失ったのだという。
更に追撃で5月上旬の連休明けからいきなり授業の進行速度が上がるから今のうちからしっかり勉強する習慣を身に着けたほうがいい、とまで言われた。
でも毎日の練習で本当にクタクタ。全身は毎日筋肉痛。そんな状態で勉強なんてとてもできる気はしなかった。
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その後もバレー部には何人もの1年生が体験入部に来たけど、大半は1週間も持たなかった。
顧問の佐伯先生は「去る者は追わない」と断言しているし、主将の明日香先輩も「バレー部の練習は大変だから無理に言っても続かないし」とこちらも離れていく部員を追う気はないようだ。
多分合計で40名近くが体験入部に来たけど、4月末には新部員は20人弱くらいまでに減っていた。
そしてGWを迎える。
去年は練習試合なんて出来なかったけど、今年は春高の活躍もあって相手校から練習試合に来てくれると佐伯先生は喜んでいた。
最初の練習相手は玉木商業高校。
監督がものすっごいパワハラ&セクハラをしてきそうなおじさんで、正直近づきたくない。ていうか、ジャージに腹巻、竹刀って一体いつの人?って感じ。
でも先輩達はみんな親しげに話しかけに行った。
先輩達、美人なのに!!
毒牙にかかっちゃう!!!
……それは第一印象の話でその日が終わる頃にはそれが間違いだって気が付いた。
熊田先生、ごめんなさい。
その他の高校も日替わりでわざわざ松原女子高校まで来てくれた。
対戦高校からすれば、シャワーまで整っている綺麗な松原女子高校の体育館は頼んでも来たい高校らしい。
そして連休日最後に来たのはあの姫咲高校。
翼――金森さんのことを翼って呼ぶのにはまだ慣れない――は姫咲から来た部員をじっと睨みつけていた。
「怖い顔してどうしたの?」
「あぁ。ごめんなさい。中学2年生の時にコテンパンにやられた相手がいたものだからつい……」
なるほどね。
まあ気持ちはわかる。
そして姫咲高校と戦うことで私は松原女子高校が優れた身体能力を武器に戦うということが間違っていることに気が付いた。
なぜなら、姫咲高校の部員は全員松原女子高校の優莉先輩を除く先輩達と互角以上の身体能力を誇っていたから。
高校バレーの上位陣にとってフィジカルの強さは武器ではなく、前提条件だった。
そのうえで高度な技術や戦術をもって戦う。それが全国レベルの強豪校の条件。
それでも私達――っていうとほとんど活躍していない私も含まれちゃうから正しくないんだけど――松原女子高校バレーボール部は姫咲高校との練習試合をセットカウント6-1で勝ち越した。
理由は単純な実力差を覆す圧倒的な運動能力を誇る優莉先輩の存在。もう凄すぎる。
また、この練習試合期間は私達1年生を含めた戦力確認の場でもあった。
私も当然何試合か練習試合には出た。
そしてその結果、順当にレギュラーが決まった。
佐伯監督 (部活中は先生ではなく、監督って先輩達が呼んでいるのでそれに倣った)は断言してないけど、扱い方からもう確定だろう。
2年生の6人の先輩のうちリベロのユキ先輩 (雪子先輩って呼ぶと嫌な顔をされる)を除く5人に1年生でトータル能力が一番優れている翼を含めた6人がレギュラー。リベロ枠はユキ先輩。
でもポジションは一部決まっていない感じ。
セッターの陽菜先輩は当確。
これの対角は愛菜先輩であることが多い。
セッターの対角は一般にはOPと呼ばれる前衛でも後衛でも攻撃役の選手が務めることが多いんだけど、愛菜先輩の場合は守備を得意とするUV的立ち回りをしている。
攻撃役は優莉先輩と玲子先輩が主なんだけど、明日香先輩も強烈なスパイカーだ。
そうなると誰をエース格のレフトに持ってくるのか。
単純に優莉先輩―玲子先輩をレフトに持ってきてセンターラインは明日香先輩と翼にするのもいいけど、一般にセンターラインの選手は後衛時にリベロと代わる。
明日香先輩はバレー部員全体でユキ先輩の次にレシーブが巧い。そうなるとユキ先輩と代わるのはちょっともったいない。
一方、絶対エースの優莉先輩は強打をレシーブするのが苦手。多分翼の方がトータルのレシーブ力は高いかもしれない。あ、でも優莉先輩、時々わけのわからない動きでボールを拾うからなあ。
でも、それを含めたって、いっそのこと陽菜先輩の対角には優莉先輩を持ってきて守備は基本やらない、よくあるOPの使い方をするのがいいのではないか。
翼は1年生ということもあってか単純な身体能力で先輩達に後れを取っていて、ブロックやレシーブを吹き飛ばすような強烈な一撃を打てない。
加えて中学の時には巧いとされたレシーブも (自分では出来ないのに生意気な言い方になるけど)高校全国レベルの強烈な一撃を捌くにはまだ技術が出来ていない。
そうなるとセンターラインは翼と――とおそらく佐伯監督も考えているのかあれこれ練習試合中にポジションを動かしていた。
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こうしてGWをあけた後にやって来た中間テスト。
先輩達の言う通り、GW後には授業速度が上がり、そのままテストに突入。そして私は生まれて初めて定期考査で50点台の点数を出してしまった……
もう大ショック。
ただ、大ショックを受けたのは私だけではなかった。
同じくバレー部員も自己最低の点数を出してしまい、部活から離れてしまった子もいた。
佐伯監督も「学業こそ最優先すべきこと。それは責められない」と諦めモードだ。
ちなみに先輩達のうち、特進クラスに進んだ4人は凄くよかったようだ。クラス1位の愛菜先輩に2位のユキ先輩。3位の優莉先輩に5位は陽菜先輩。
何で知っているかというと、優莉先輩がそれはもう嬉しそうに陽ねえに勝ったと大声で陽菜先輩を煽りながら自慢していたから。その関係で (多分心にも思ってないだろうけど)「愛菜やユキにはまだまだ勝てないなあ。あ、私、クラス3位だったんだけど、お姉ちゃん何位?」なんて言いふらしてたらそりゃあわかるってものだ。
立花先輩達は2人とも顔が整っていてスタイルも良くて優しい、勉強もできて運動もできる超人先輩なんだけど、2人だけで絡むと途端に精神年齢が小学生並みになるのはちょっと残念だ。おまけにあれだけの美人で2人とも彼氏もいないらしい。それを言ったらバレー部の先輩は全員美人なのに彼氏がいないという。やっぱり女子校で彼氏を求めるなんて無理なんだろう。
って話がそれた。中間テストも終えた今、バレー部の1年生は私も含めてたった10人。ここまで減ってしまった。
おまけに今回のテストを受けて離れた子は1年生でセッターの子だった。来年、再来年を見越して1年生でもセッターが必要だと佐伯監督は同じ1年生のあの子を指名し、その子も受けたことで5月も下旬、6月から始まるインターハイ予選直前でセッターの追加が行われた。
まあ佐伯監督も言っているけど、正セッターは陽菜先輩で確定だし、試合中に出番なんてまずないだろう。
それに1年生バレー部員が10人になったということは先輩達も合わせて合計16人。これはインターハイ予選登録人数の上限。つまり期せずして全員がユニフォームを着れることになったのだ。
形は違っているけど、なんとかユニフォーム組にはなれた。
そして今週末からはインターハイの県予選が始まる。
気が付けば最初は無理だと思われた外周1周5分以内で2周が何とかこなせるようになり、筋肉痛との戦いにも大分慣れてきた。
それは確固たる自信となって私を支えつつあった。
松原女子高校 新1年生
矢祭 笑留
身長:163.7cm
ポジション:ウイングスパイカー
ポジション才能:高校生の世界で県の上位レベル、全国では下位レベル
補足
笑留は言っては何ですが、凡人枠。狂言回し枠でも可。普通の女子高生。