006 女子特有のめんどくささを横目に雑談してみる
去年は9月に行った体育祭が今年から6月に行われることになった。理由を聞けば2学期に行事を集中させ過ぎていたために体育祭を1学期に持ってきたのだという。
確かに2学期には体育祭と文化祭、マラソン大会。これに2年生に限って言えばさらに修学旅行までついてくる。だから行事を分散させて学校及び教師の負担を分散させるというのは間違っていないように思える。
けどこれ、たぶん俺に忖度しているんだよなあ。
前々からバレーボールの日本代表としての練習やら大会やらへの参加を打診されていたが、その都度高校の行事を優先したいと伝えている。
俺から言わせればいくら身体能力が凄かろうと技量的にはまだまだで努力した日々も短い。バレーボールで食べていこうという将来は見えてこないし、そんな気もない。なので国家代表に選ばれることは非常にプレッシャーを感じる。
それにこれは心情的なものだが、俺はスポーツはもちろん演劇や芸術といったエンターテイメントを生業にする気はない。
確かにそれらは感動するし、俺も特にプロ野球観戦は大好きだ。TVで見るのも良いが、生だとなお良い。
が、あれらはそれ自体でお腹が膨れるわけではないし、極端な話なくても世の中は回る。少なくとも俺はそれを生業にする気はない。三度目になるが娯楽を生業にする気はない。
一方でやってみたいことはある。
向いているかどうかはわからないが、薬学の道に進みたい。ちょっとばかりわけがあって、薬がろくにないところで2年程生活することになったことがある。あの時は現代日本ならなんてことの無い肺炎 (と思われる病気)やよくわからない腹痛でバタバタと周りの人が死んでいった。
あんな光景を見せつけられるたびに、現代日本じゃそこら中にあるドラッグストアの薬レベルでもあればもっとましになるのにと思ったものだ。だからそのために勉強を――って話がそれたな。
とにかく、将来も見据えて日本代表としてのスケジュールより普通の高校生としてのスケジュールを優先したいと関係者に連絡している。
で、これをおそらくだが変な風に受け取られてしまった。
『帰国子女で日本の学校行事になじみの薄い彼女に確かに思い出作りの場を奪ってまで日本代表に呼ぶのは教育上よろしくない』
と勘違いされたのか、俺がここだけは出ても良いとした9月下旬から10月中旬まで行われる世界選手権の本大会とその直前の9月頭から始まる代表合宿にかぶりそうな2つの行事が移動となった。
9月下旬に行われていた体育祭が6月中旬へ。
10月中旬に行われていた文化祭が11月上旬へ。
大義名分としては体育祭は前述の通り。文化祭にしても『中間テスト明け早々に行っていたので準備期間を確保するためにも11月の文化の日にあわせて開催とした』だそうだが、それはそれで2年生は修学旅行から帰ってくるとすぐに準備することになっているんだが……
なお、流石に中間テストの時期だけは動かせなかったようだ。こちらについては俺の場合、見込み点になると説明を受けている。
まあ決まったことをあれこれ一般生徒である俺がどうこう言っても変わらないのでまずは目の前の体育祭の準備するとしよう。体育祭は去年と同じく、午前中に個人種目、その後に昼食をはさんで団体種目。これが一般生徒から見た体育祭の種目。俺達みたいに部活をやっている生徒は別途昼食後に部活動対抗リレーがあったりもするが、まあそれは置いておこう。
個人種目の内容は去年と変わらない。こんな感じだ。
・100m走 計4名
・100mH走 計2名
・200m走 計4名
・400m走 計1名
・1マイル走 計1名
・障害物競走 計4名
・スウェーデンリレー 計4名
・クラス選抜対抗リレー 計20名
さて、個人種目に出る選手の数は4+2+4+1+1+4+4+20で計40名。うちのクラスは33名。7人分水増ししなきゃならない。
ただし、複数エントリーは1人2種目まで。
2年1組は特別進学コースだけあってクラス全体で学力は高い。その反面、運動能力は平均より劣る生徒が多い。ゆえに……
「もうバレー部が全部出てよ!!!」
運動が苦手な子なクラスメイトが悲鳴を上げる。種目決めをしようとしたらしょうもないことでもめ始めたからである。あのさ、バレー部員はもう4人とも2種目エントリーしてますよ。
女子高生というか女子のこういうところは本当にめんどい……
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「けど、ユキも2種目エントリーでよかったの?」
誰が2種目出るかでもめているクラスメイトを横目に早々に2種目エントリーが確定したバレー部員は4人集まって雑談モードに入っていた。
正確に言うとエントリー種目決めすら終わったので雑談モードに入っているだけである。今日のLHRは体育祭の出場種目決め。
誰が2種目出るかとなったら早々に「バレー部は全員2種目出て!」というあれな要求がクラスから出た。まあ、俺は2種目出る気だったからいいけど、もう少しオブラートに包んで言えよ、と思わなくもない。
出場させられる種目も面倒な種目を8選手分指名された形で、俺、陽菜、ユキ、愛菜の4人で誰がどれに出るのか決めている。つってもほとんど選択の余地なんてないんだけどな。
一番面倒な400と1マイルは俺が出る。
同じ種目に2回エントリーは出来ず、200は3枠分割り振られたのでこれは俺以外の3人が確定。残りは100H2枠と100mが1枠。もう好きにしてくれって感じだ。
ジャンケンでも何でもいいがそれもなんだかな、ということで俺があみだくじを作ってアタリをひいた1人が100m、ほか2人は100Hとなることに決めた。
で、その結果当たりくじを引いたのが陽菜。なので陽菜は100と200。愛菜とユキが100Hと200に出場することになった。ここで俺に言わせると非合理的なのが陽菜ではなくユキが100Hに出ることである。
ぶっちゃけて言うとユキはずば抜けて運動が出来るわけではない。どうしても小さな体躯というのはほぼすべてのスポーツで不利な要素である。日頃からそこらの公立校の女子高生とは思えない程、ハードな運動をしているから確かに体は鍛えられている。が、それはバレーボール向けの体であって、単純に速く走るためのものではない。
そこを考えれば果たしてユキを問答無用で2枠エントリーさせるのは合理的なのか――
「それは仕方がない。全国大会にも出場している運動部のレギュラーが運動が苦手と主張する方が優莉の言う『非合理的』になる。私は気にしていない」
むっ……
当のユキ本人から気にしていないと言われてしまえばそれ以上――
「なにより優莉のおかげで最近走るのが楽しいし」
「わかる。全然違うもんね」
顔を少し赤くして走るのが最近楽しいというユキ。それに同調する陽菜。そして回答に困る俺。
……いや、別に俺のおかげってわけじゃないだろうに。俺がたまたま一番最初に手に入れただけだ。
何を手に入れたかと言われれば、揺れない、がっちりホールド、そして御値段バカ高いの3拍子揃ったスポーツブラのことである。
3ヶ月ほど前のこと、俺は国のとある研究施設で様々な検査を受けていた。まあ、この華奢な体格でありえん身体能力を誇るんだから調べたくなる気持ちもわかる。
で、そこでは衣食住の全てが提供されたんだが、そこで出会ったのが今俺達が身に着けているグラマラスな人向けのスポーツブラだ。
自分で言うのはちょっと恥ずかしいが、年が明けたあたりからの数ヶ月で急にその……優莉ちゃん連峰が成長した。日々少しずつ変化するものだから気がついたらあれ?シャツの前ボタンが留められないというギャグみたいな展開すら起きた。
さらに言うなら『研究施設で様々な検査を受けていた』最中は『衣』食住が提供されていた。そこで支給されたブラのサイズは見慣れた表記ではなく『30D』の文字。
これで自分のサイズを理解しろ、というのが無理である。これだから国際単位のメートル法でなくヤード・ポンド法が生きているアメ〇カ様はダメなのだ。
それはともかく、輸入物のこれはとても良いものだった。
本格的に運動の障害になるレベルの大きさになる前からこのブラを使うことになった俺には今までのスポブラよりちょっといいな、くらいしかわからなかったが、陽菜に言わせるともの凄くいいものらしい。
部活中に跳んだり走ったりしている俺の姿を見て、おかしいと陽菜がまず気が付いた。ついでに家族だけあってお互いの下着を知っている仲なので俺のスポーツブラが特別品だということも知っていた。
なので、陽菜も試しに購入することを決定。日本では取り扱いがなくわざわざ外国から取り寄せることになったのだが、着けて動いてすぐに「これ最高!リピート確定!」と大喜びだった。
その様子を見た明日香とユキがそんなにいいならと購入を決め、現在松原女子高校バレーボール部では一枚140ドルという狂気の沙汰のブラ着用者が4人もいることとなった。
ちなみに購入に際し、当然英語サイトの通信販売を利用する必要があったのだが、なぜか家族の陽菜だけでなく、明日香とユキの分まで俺が手続することなった。
明日香はともかく、ユキは英語読めるだろと言ったが意地悪しないでと言われてしまい、意地悪じゃなくていくら仲が良くても家族でもない女子高生の機微なサイズを知るのは抵抗があるからで、一方でそれを言っても理解してもらえないだろうから、結局俺が2人からもサイズを聞いて代理購入することになった。
……2人とも本当に普通の女子高生とは思えないサイズだ。まあそれ言ったら陽菜もあり得ないわけだが……
そして改めて思った。俺はまだ貧乳だと。
で、肝心のブラは明日香、ユキの両者から好評で陽菜を含めた3人とも今まで以上に元気いっぱいに練習に取り組んでいる。
まあそんな経緯があってユキは最近走るのが楽しいんだそうだ。
そうだ、ユキと言えば聞きたいことがあったんだ。
「ねえユキ。最近背が伸びてない?何かやった?」
俺の気のせいでなければ最近ユキの背が伸びたように思える。4月の健康診断の時点で146cmだとか言っていたが、今はそれ以上なのではないか。
これは異常なことである。
一般に女性の身長の伸びは15歳程度で打ち止めとなるはず。にも拘らず、高校入学時に143cmだった身長が1年後の4月に146cmと3cmも伸びるのは何かあるはず。
出来れば俺もその方法を教えてもらって背を伸ばしたい。具体的には俺のことをチビだとか言ってくる陽菜より大きくなりたい。
「特別に何かってわけじゃないけど、思い当たる節はある」
「なになに?」
「猫背を止めて背筋を伸ばすようにした。そうしたら背が伸びた」
……え~……それだけ???
「確かにユキは最近……というか私がバレー部に仮入部した8月頃と比べて姿勢が良くなったわね。何かあったの?」
釈然としない俺の代わりに俺の後ろから愛菜が続ける。
なお、愛菜の位置はこの2ヶ月ですっかり定位置になってしまった俺の真後ろ。不本意ながら最近肉付きが良くなった俺の尻と、陽菜や明日香がいるせいで相対的に目立たないがこちらも立派な (?)安産型のお尻を持つ愛菜の2つが1つの椅子に収まることはないので椅子には愛菜が座って、愛菜の太ももの上に俺が座る形になっている。また、愛菜の手は俺の胸の上。ツッコんだら負けである。
「私、その、小学生の頃から人よりちょっとだけ……大きくて……だから、からかわれて、それが嫌で少しずつ猫背になったの。
でも、高校に入ったらバレー部のみんなも大きいから、私も背筋を伸ばせるようになったの」
「わかる!超わかる!男子とかもそうだけど、女子からもあるよね!私、去年明日香と同じクラスだったからか、そういうのがなくて助かったもん!」
「私の大きさでもあったから、ユキや陽菜のサイズだとそりゃねぇ。私、バレー部に入ってからは自分だけじゃないって自信を持って背筋を伸ばせるようになったもの!」
なおも困惑する俺をよそに自分もそうだと同調する陽菜と愛菜。こういう時、俺はどうすればいいのだろうか?
ふと、黒板の方に目をやればやれ誰が200mを走るんだ、とかスウェーデンリレーはどうするんだとかで未だにもめてる。
ちなみに時計の時刻は授業開始から30分が過ぎようとしていた。
今日のLHRは『体育祭の出場種目決め』。個人種目の他に団体種目の騎馬戦だってあるのにどうすんだ?これ?
女子ってこの辺、本当に面倒くさいなあ……