005 今年もやっぱりそんな時期が来た
5月も下旬。
この日は美佳ねえが全日本女子バレーボール代表としてのスケジュールの合間を縫って家に帰ってくる日だ。
ゆえに久々に4姉妹――昔からこの『4姉妹』という表現を使われるのが嫌でいつも『4姉弟』と言っていたが、今は肉体的には本当に4姉妹なのでこの表記を使わざるを得ない――が揃って夕食を迎えることとなる。
あいにくのド平日で昼間は仕事だったり学校だったりなので、手の込んだ豪華なものとまではいかないが料理によっては昨夜から下ごしらえしたものもあり、いつもよりは洒落た料理が出ようとしていた。
そんな中、俺は「くっくっくっ」と、どうしてもこぼれる笑みを我慢できなかった。
いや、まあ本来は喜ぶようなもんじゃないんだけどね。なんたって当然の結果って奴だし!
むすーーーっ!
ぷっ!
隣で雑魚がなにやらほほを膨らませているが、何かあったのかな?はっはっは!
「優、陽菜。2人とも何かあったの?涼ねえ、何か知ってる?」
「ちょっと前に松原女子高校の中間テストがあったのよ。その結果が今日で全部出揃って、優莉が勝ったみたいね」
今日はゲストだから料理はしなくていいと言われ、大人しくソファーの上で待っている美佳ねえの疑問に対し、夕食の準備をしながら当然の回答をする涼ねえ。
ふははは
昔の人も言っていたではないか!
兄より優れた妹など存在しない、と!
「学校のテストの点くらいで一喜一憂できるのか。すごいな。私なんて学校のテストはとてもじゃないが誇れるようなもんじゃなかったし、だからテスト返却は憂鬱だったぞ?」
そりゃ美佳ねえはねえ……
随分前の記憶になるが、毎夜毎夜遅くまで勉強をする当時高校生の涼ねえの姿を見て高校ってなんて大変なところなんだろうって思っていたし、高校生の時の美佳ねえは家に帰ったらすぐに寝るような感じだったから高校生って通う高校によってこんなに違うんだって驚いたものだ。
ちなみに美佳ねえは頭が悪いのではなく、勉強をしないから成績が悪いのだと思う。そうでなければ教員試験を一発で合格などできないだろう。
そんなことより今は陽菜相手にマウントを取ることが重要だ。胸をはって腰に手を当てもう片方の手は口元にやり「オーホッホッホッ」とお嬢様な高笑いをあげて陽菜を煽る。テスト勉強の辛苦が報われる瞬間だ。凄い楽しい。
だが、そんな背中をそっている俺を見た美佳ねえが妙なことを言いだし、動いた。
「優!お前、ちょっと見ない間にずいぶん大きくなったな。背じゃないぞ。こっちだ――おっ!結構デカい!何センチあるんだ?今何カップ?」
ちなみに「こっちだ」というセリフと共に胸部を鷲掴みされた。女子は胸がデカい女の胸を割と遠慮なく触ってくる。これはすでに松原女子高校で散々見てきたし、最近はやられる方なので驚きはしない。ちなみに佳代は触るたびに裏切り者って言ってくる。愛菜は……忘れよう。
「4月に測った時で84cm。ブラはDかE」
「ん~。ってことはブラのアンダーは65のままか。まあ優はずっと華奢だからなあ。でも去年の今頃はまな板で今はこんだけ大きいと制服とか着れるのか?」
「制服だとブラウスはボタンが留められなくなったから全部買い替えた。ベストとブレザーは着れるけど正直、ちょっときつかった。だからそっちは陽ねえからお古を貰った。体操着もだね」
なにも大きくなったのは俺だけではない。陽菜も背こそ伸びていないが、横方向には昨年からさらに大きくなっている。なので入学前に買ったLサイズのブラウスは胸のあたりのボタンが全滅。すべて3Lサイズに買い替えている。問題はベストとブレザー。こっちはブラウスほど安くないから、ポンポン買えるようなものでもない。
特にブレザーはそれなりの値段もするので勿体ない精神が働きごまかしごまかし何とか着ていたが、俺も大きくなったことでいっそのこと買い替えることにした。今まで陽菜が着ていた古いブレザーとベストは俺に譲って陽菜自身は新しいのを買うことになったのだ。陽菜のお下がりについては普段着からしてお下がりだし、下着ってわけじゃないので気にならない。ちょっとだけ体操着は引っかかるが、まあ気にするレベルではない。後2年しか使わない制服や体操着に一々大金を投じる必要もあるまい。
「ふ~ん。確か松原女子高校にもプールってあったよな?水着は?」
「あ……」
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スクール水着で去年の水泳の授業中の陽菜の姿を思い出した。去年の時点で陽菜はすでにパッツンパッツンだった。あれからさらに成長した今は去年と同じLサイズの水着は着れないだろう。
それは当人もわかっていたらしく、やはり去年の時点で『来年はサイズを大きくしよう』と決めていたらしく、カタログ表を入手していた。まあ入手するだけで満足してしまい、今日にいたるまで買い替えてはいないのだが……
だが、それが幸運にも今に活かされるわけだ。買う物さえ決めてしまえば近隣の中学校、高校の学校用品を扱っているスクールショップに行けば水着位買えるだろう。なんせ陽菜が今着ている3Lのブレザーだってすぐに買えたのだ。
さて、さっそく陽菜が去年から大事にとってあったカタログを見てみる。
去年俺が着ていたのはSサイズのスクール水着だった。これには『身長150~160cm』と書かれている。身長だけ見れば現在160cmなので着れそうだが……
「優。わかっていると思うけど、衣類のサイズを見る時に確認するのはバスト、もしくはヒップだからな」
俺の考えを読んだのか、はたまた視線の先から察したのか美佳ねえが横からカタログのバストとヒップの欄を指さしながら助言をくれた。なお、Sサイズのバスト欄には78~82と書かれている。ちょっと小さいだけで着れそうな気はする。
が、去年の陽菜を思い出して水着は新調することにする。確か去年、陽菜はLサイズのスクール水着を着ていたはずだ。今見ているカタログのLサイズ欄の横には『身長155~165』『バスト84~88』と書かれている。
去年の今頃の陽菜は身長は170cmを超え、トップも90近かったはずだ。そして水泳の授業の陽菜の姿を思い出すと余裕を持ったサイズの方がいいだろう。
「優ちゃんLサイズにする?だったら私が去年着ていた水着もあげようか?」
「やだよ」
去年の水着を譲るという陽菜に対しては、すぐに断りを入れた。
お前バカじゃないの?
妹が着ていたスクール水着とか着れるわけないだろ!
というかなんでそんな発想が出てくるんだよ!
そう抗議する前に陽菜が予想外のことを言いだした。
「聞いた?涼ねえ!美佳ねえ!これが普通なの!私がわがままなんじゃなくて妹だからってお下がりは良くないの!」
……あぁ。そういえば昔、陽菜が「パンツ以外はお下がりじゃない方が珍しい」って言ってたな。俺も上に涼ねえと美佳ねえという存在があったが、男女という違いがあり幼少期から衣類は新品だった。
それに対し、陽菜は三女。高校からは分かれているが、俺も含めて中学校は地元の公立中学校。当然、学校指定の制服やらジャージやらは同じ。そりゃそうなるわな……
三女に生まれた以上は是非もなし、と切って捨ててしまうのは可哀そうだ。涼ねえと美佳ねえもわかってくれたらしくそれぞれ悪かった、と謝罪を述べた。
いい話――
「あ、でも今の優ちゃんは私の妹だからスクール水着はお古でいいよね」
「良くないよ!」
お前は親――じゃなくて姉から「他人に自分が嫌がることをしてはいけません」って教わって育っただろうが!
「いいじゃん。今の優ちゃんは私の妹なんだから少しは妹らしいことをしなよ。第一、普段着とか、ブレザーとかはいいのになんで水着はダメなの?」
なんで水着のお下がりが許されると思ってんのか、逆に聞きたいよ!
と、抗議したところでお下がり慣れして「妹の衣類は姉のお下がりが基本」となっている陽菜は納得してくれないだろう。どうしたものやらと思ったが――
「それにしても水泳の授業なんて懐かしいわね」
「女子校でよかったな。2人とも可愛いから共学校だったら絶対に変な意味で注目の的だったぞ」
ここで涼ねえと美佳ねえが話に割り込んできた。
「変な意味って分かっちゃうけど、心は男のつもりなんでそうみられるのは嫌だなあ。美佳ねえとか平気だったの?」
「は?私?優、何言ってんだ?私は姫咲のスポーツ科出身。私も含めて女子は全員筋肉ゴリラだったからそうみる奴なんていなかったさ」
そうかなあ……
記憶に残る美佳ねえの高校生時代の姿を思い返せば余裕でいける気がするんだが……
「涼ねえのところはどうだった?涼ねえは美人だし、男子からそういう風に見られてたと思うんだけど?」
「……まあ、中学校の水泳の授業はそんな視線を感じたけど、高校ではないわね。宮園高校は水泳の授業は男女別だったから」
「え?宮園は公立校だから普通の屋外プールでしょ?ただでさえ6月と7月ぐらいにしかプールが使えないのにさらに男女で分けでまともに授業回数確保できるの?」
「宮園高校は屋外じゃなくて屋内プールなのよ。高校の近くにごみ焼却施設があって、そこから温水が送られてくるってわけ。屋内プールだったから天候も関係なかったわね。だから1学期の体育はずっと男子か女子のどちらかは水泳の授業だったわね」
「へえ。公立高校でもそんなところがあるのか。あ、姫咲は当然のように屋内プールがあったよ。じゃないと年がら年中競泳部の連中が練習できないからね。懐かしいな。あの頃は水泳の授業のたびに男子が肉体美を誇って来たもんだ」
「「「肉体美?」」」
美佳ねえを除く3人の声がはもった。
「あぁ。同級生は同じくスポーツ科の連中だからな。男子なんか当たり前のように腹筋がバッキバキに割れているし、大胸筋も凄かった。背中もな。ありゃ凄かったな。いやでも男女の違いを実感させられたよ」
へえぇ。なるほど。姫咲のスポーツ科ならさぞ凄い肉体美だろうな。
「ところで優。もうすぐプールってことはちゃんと処理してんのか?女子ばかりだからって気を抜くのはお勧めしないぞ?案外女子の方が見てるからな」
「……生々しいなあ。まあ、その……ちゃんとやっているよ」
美佳ねえが言っているのはあれだ。ムダ毛の処理。こればっかりは生えるのだから仕方がない。実はムダ毛については一緒に風呂の入る機会の多い陽菜によく確認してもらっているどころか、やってもらっている。その代わり、俺が陽菜のをやっていたりする。
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仕方ないんだって!
自分でやるより他人にやってもらった方が処理漏れが防げるんだって!
ちなみにこんなアホなことを言いだしたのは陽菜の方から。でもあっちはあっちで何年も自分でやって来たからいい加減、その大変さもわかっているのだろう。
まったく女って奴は大変だ。
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??視点
松原女子高校 体育の授業前
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今日の体育は水泳。
元々運動は得意じゃないし、好きでもないけど水泳は特に嫌い。
「?勅使河原さん、次はプールだよ?急がないと遅れちゃうよ?」
クラスメイトで日本人離れした容姿の、でも日本人である立花優莉さんが声をかけてきた。
……彼女の存在も水泳の授業を憂鬱にさせる一因となる。
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立花優莉さんは色々な要素があって学校一の有名人。今年の3月にフルマラソンで凄い記録を出して日本中から知られるようになったけど、それ以前から校内では有名だった。去年の今頃には校舎の一番端でクラスも違う6組まで知らない人はいなかった。
そんな彼女の特徴は一言で言えば凄い。いやずるい。
いくつか言葉を重ねれば「容姿端麗」「学業優秀」「運動万能」と言ったところ。でもそれだけじゃない。
この前、先生のYシャツのボタンが取れかけていたら、鞄の中からソーイングセットを取り出してささっとボタンを留めてしまった。今時ソーイングセットを持ち歩いている女子高生がいるなんて……
さらにいつもお姉さんの立花陽菜さんと手作りの美味しそうなお弁当を持ってきている。ここから察すると「家事完璧」まで合わせて持っていることになる……
こんな超反則で超完璧女子高生が立花優莉さんだ。そんな超人で目立ち、周囲から注目を集める彼女は出席番号順では私の1個前。順番に並べばどうしたって周りから見られて、比べられる立場。
私はそんなに凄くない。
立花優莉さんは制服の上からでもわかるくらい胸が大きいのにこれまた制服の上からでもわかるくらいウエストは細い。何度か体育の授業で後ろに並んだ時にキュっとくびれたウエストとそのスタイルの良さに驚――
「ちょっと!何よこれ!誰の許可を得て育ててるのよ!」
「か、佳代。止めて。着替えている最中なんだって。そんなところ触らないで」
「くぅ~~。優莉は小さいって自分で言ってたのに何よ!この山は!」
「……佳代。ごめん。私、家だと一番小さい」
「そんなわ「陽ねえのあれを見てもそう言える?」」
目の前で水着に着替えている立花優莉さんを襲う瀬田さん。襲われている立花優莉さんが指さす方には……
……なんで同じ女子高生でこうも違うんだろう?
私だけが寸胴なの?
でも同じクラスメイトの瀬田さんはその……安心して見れる体型だし、私だけってことはなさそう。立花姉妹以外にも有村さんや白鷺さんも胸が大きい……
ひょっとしてバレーボール部に入ると胸が大きくなるのかしら?
それにしても水着1枚になると改めて立花優莉さんの凄さがわかる。顔だけじゃ無くてスタイルも抜群。手足ももの凄くきれい。
あれはきっと天然。私みたいに夜な夜なジョリジョリなんてやらない。ムダ毛の処理とかで苦労とかもしないだろうなあ。羨ましい。
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ちょっと驚いている。
水泳の授業は最初の準備運動を除けば泳ぎのレベルによって4つのクラスに分かれるんだけど、立花優莉さんはなぜか私と同じ一番下のクラスに来ている。
何の間違い?
ひょっとしてお姉さんと同じクラスを選んだ……わけじゃなさそう。お姉さんの立花陽菜さんは一番上のクラスに行っている。じゃあなんで?
私が戸惑っていると、先生の合図で1人1人泳いでいく。
……一番下のクラスだけはいつ溺れるかわかったものじゃないから先生がずっとつきっぱなし。他の3クラスはちょっと指示だけしてあとは好きに泳がせてるんだけど、ここだけは違う。
まあ、1組から3組までの約100人の生徒をたった2人の教師で見なきゃいけないからそうなるのは仕方ないけど……
「次、優莉」
体育教師の中では一番若い佐伯先生が立花優莉さんに泳ぐように指示を出す。
体育の授業はこれまでずっと彼女の独壇場。きっと華麗に――
バシャバシャ
……
え~っとあれは……泳いでいるというよりもがいている???
水飛沫だけは凄いけど、ものすごく遅い。多分私の方が早く泳げる自信がある。
泳法はなんだろう。あれをクロールって呼んではいけないのは確かだけど、平泳ぎでもないし……
バシャバシャ
う~ん。すごいなあ。あれだけ無駄に体力を使って泳げるなんて……
あ、20m過ぎでようやく息継ぎした。
すごいなあ。
あんな疲れる泳法であそこまで息継ぎ無しでいけるんだ……
そんな立花優莉さんはなんとか25mを泳ぎ切った。泳ぎ切った彼女はここからでもわかるくらいのドヤ顔だった。
「よくやったぞ。優莉。1年経っても泳ぎ方は忘れていないようだな!」
立花優莉さんを褒める佐伯先生。そう、立花優莉さんは泳げない組だったのね……
「だが、フォームが悪い。体育の授業だけじゃ補いきれないから今年も7月のドッヂボール大会は参加しないでプールで補講を受けるように」
「何でですか!」
……
ふ~ん。そうなんだ。
意地の悪い話だけど、完璧超人の欠点を見つけてちょっとほっこりした。
補足1
バレーボールの世界選手権は2018年に行われました。そしてバレーボール女子日本代表の2018年5月のスケジュールはネーションズリーグという国際大会に出場しています。
なので2018年のスケジュールから想像するに美佳ねえにも召集がかかっていると想像できますが、ネーションズリーグという単語を使っていいのかわからなったので、本作中ではあえて『スケジュールの合間を縫って家に帰ってきた』としています。
まあ実際にネーションズリーグに選手として参加していた場合、2018年の5月下旬は日本にいるはずなので美佳ねえがいてもおかしくないと思っています。
補足2
当初の構想では優莉だけが昨年の制服を着れないくらい大きくなったとしていましたが、改めて本作を見返すと陽菜も1年で大きく成長していました。となると優莉だけ制服を買い替えるのはむしろおかしいと判断し、作中のように陽菜も買い替えることにしました。
なお、胸のあたりがすっかり伸び切ったベストを譲られた優莉は陽菜との圧倒的戦力差に慄いたりしてます。
補足3
立花さんちの家族構成は戸籍上、立花パパ、長女涼香、次女美佳、長男悠司、三女陽菜、四女優莉になっています。長男悠司は世間的には4年程行方不明になっています。
立花ママは10年近く前に遠いところに隠れてしまいました。とてもシャイな性格なので年に1度、お盆の迎え火の時に戻ってきて送り火のタイミングで再び隠れてしまいます。レアキャラです。
補足4
実はちょっと前まで立花さんちの経済状況はそれなりに生活がカツカツでした。立花パパは決して稼ぎが良いわけではありません。そこに子供4人。なので長女の涼香は頑張って好成績を取ることで返却不要の奨学金を手に入れたり、次女の美佳も高校、大学共に特待生で進学しています。上二人の姉はこれを公言しません。が、悠司はそれをなんとなく察しています。三女の陽菜は当時幼すぎて気が付きません。それどころか「私の服はいっつもお古」とぶーたれていました。
2年ほど前に優莉が戻ってきた際、自分の体重くらいの金塊を持ってきて、それを換金したことで経済状況は大きく改善しています。
Q1.なんで優莉はソーイングセットを持ち歩いているの?
A1.優莉(無言で陽菜の胸を指さす)
陽菜「そんなことを言ってられるのも今のうちだけだからね!優ちゃんも胸元のボタンをほつれさせることになるんだから!」
Q2.結局優莉の水着はどうなった?
A2.Lサイズの水着を新調しました。陽菜は3Lサイズを買う気でしたが、涼香「経験談だけど私は18歳まで胸は大きくなり続けたわよ」美佳「私も」という助言を受けて4Lサイズにしました。なお、3Lは90~94、4Lは93~97。もちろん優莉はドン引きしています。