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011 VS 蔵上高校

インターハイの県予選 初日。

 俺達は高校から電車とバスを乗り継いで2時間弱かかる、とある市営体育館へと来ていた。

 ていうかさ、何でここまで来ないといけないのさ。松女(俺達の通っている高校)から歩いて30分くらいのところにでかい市営体育館があるじゃん。

 あそこ、最寄り駅からもバスも出てるし、なんでそこが会場じゃないんだよ?

 え?あっちはバスケのIH予選で使ってる?……ふっふっふ。明日香じゃないけどバスケ部に殺意がわいてきた。

 

 近くの会場だったらもう1時間は朝のんびりできたと思い、俺は朝から不機嫌だった。


「優莉。そんなに不機嫌だとせっかくの可愛い顔が台無しだよ?それに、ほら、今日は男の子もいるんだし、チャンスだよ?」

 

 ……いったい何がチャンスなのだろう?

 俺は体こそ女になったが心は男なので、恋愛対象は男性ではなく女性。付き合うのであれば女性がいい。言っちゃ悪いが、男性と付き合うとか想像するだけで寒気がする。生理的に無理。

 一方で体は女性なので相手の女性は困るだろう。これはもう生涯独身確定である。

 ちなみになぜ男がいるかというと、今日はバレーボールのインターハイ県予選であり、それは男子も同じ。

 別に男女で会場を分ける必要もないため、同じ会場で男子の試合も行われる。

 今日、この会場から勝ち残れるのは男子は3校中1校、女子は4校中1校のみ。

 多くの3年生にとって夏で引退のはずなので、今日が最後という高校がこの会場だけで5校。そう考えるとなかなか重いイベントだ。

 っと、先ほどの問いかけは先輩からのものだったのだ。無視はいかんだろう。


「う~ん。私、恋愛とかよくわからないんですよ。みんなでワイワイやってる方が楽しいですし」

 周囲から優莉は子供ねえとか聞こえる。唯一事情を知る陽菜が笑ってやがる。後で覚えてやがれよ!


 会場となる体育館に入ると男子はその辺で適当に着替えてる。まあそうだよなあ。

 で、私達はどのへんで着替えるんですか?と聞いたら女子更衣室まで手を引っ張って連行された。

 曰く、「女子校内じゃないんだから、その辺で着替えるとか大声で言わないで!」だそうだ。ごめんなさい。



「そういえば初戦であたる蔵上高校ってどんなチームなんですか?」

 着替えながら誰ともなく聞いてみる。誰か知ってるかな?

「昨年のインターハイ県予選でベスト8まで勝ち残ったチームだよ。派手に攻めるんじゃなくて、堅実に守って相手のミスを誘って点を重ねていくチームだね」

 明日香さんや。その情報はどっから仕入れてきてるんですか?

「ちなみに去年、私達がインターハイ県予選初戦の相手も蔵上高校だったよ。その時はセットカウント2-1で負けてる」

 これはエリ先輩が情報。いや、そういう情報ってもっと早くに展開するもんじゃないの?因縁の相手ですよね?

「今の私達には関係のない情報だからね。昨年の蔵上高校と今年の蔵上高校は別チームだよ。もちろん、私達もね」

「恵理子の言うとおりだ。みんな着替え終わったな。ウォーミングアップに行くぞ」

「「「「「「「「ハイッ!」」」」」」」」


 アホな妄想をされても困るので一応言っておく。ユニフォームの下は太ももの半分くらいまでを覆う丈の長さのクォーターパンツだからな。



 更衣室から出ると、入る前以上に視線を集めるようになった。もとより俺の外見はハーフに見えるので珍しさから視線を集めるのは理解できるが、着替えただけでなぜ変わるのだろう?

「ユニフォームを着てるからじゃないの?さっきまではマネージャー枠の子だと思ったのが選手として歩いているからじゃない?」

「?なんでマネージャー……ってひょっとして髪の毛?」

「そうじゃない?」

 俺の髪はおろせば腰に届くくらい長い。今は試合中、目にかからないよう後ろでおさげにしてるが。

 この他、俺ほどではないが髪が長いのは玲子と美穂先輩か。どちらも肩の下位まで伸ばしている。もちろん今はしばっているけど。

 逆にうちにはベリーショートが誰もいない。全員短くとも耳が隠れるくらいには髪の毛を伸ばしている。

 いいじゃないか。髪くらい伸ばしたって。髪の毛でプレイが変わるわけじゃないんだぞ!

 

 会場近くで準備運動。調子は可もなく不可もなく、つまりいつも通り。

 試合開始直前。公式ウォームアップ。悪いとは思いつつ、ここでは作戦通り俺と玲子は全力で飛ばず、軽く飛んでスパイク練習。


「監督。サーブこっちからです」

「そうか。行くぞ。これが公式戦初戦だ。これを3年生最後の試合にするなよ!」

「「「「「「「「ハイッ!」」」」」」」」




ピッーーーー!!

「お願いしまーす!」


双方エンドラインから一礼をし、コート中央へ。両者握手後、試合スタート。


 スターティングメンバーはこの前の発表通り。ベンチにはリベロのユキと交代した玲子と、美穂先輩の姿が……

 いや、試合に集中だ。


 

 笛の合図からほどなくしてエリ先輩は試合開始となるサーブを打つ。

 相変わらず嫌なところへ打つ。相手のバックレフトのさらに左側、でもちゃんとライン内に正確なサーブが飛んでいく。

 

 レシーブが乱れた!乱れたがカバーもうまい。俗にいうチャンスボールだがこちらにボールが返ってきた!女子バレーはこれでいい。ボールを落とさなければ勝ちなのだ。






 

 

   常識ならば

   






   

 返球をユキがレシーブ。当然のようにAパス(レシーブしたボールがセッターの位置にパスされること)され、陽菜がこれまたトスの基本の様な、そして丁寧な高めのパスをあげてくれる。


 そして

 

 キュッキュッダン!!

 

 俺は助走し、バックスイングも得て高く飛ぶ。この高さ、もはや誰も届くまい!!!

 

 

 バチコーン!!!

 

 

 相手コートのアタックライン付近に渾身のスパイクが決まった。蔵上高校の選手は誰も動けない。唖然としている。

 審判すらしばらくたってようやく笛を鳴らした。

  1-0

 まずは先制点。

 

 「あんなの取れるわけないよ……」

 

 蔵上高校の選手がつぶやいたのが聞こえた。

 

 

 

 その後の試合は一方的な展開だった。一方的な展開だったとはいえ、相手もすごかった。まず、エリ先輩は計15回サーブを打ったのだが、一度もサービスエースを決めさせなかった。


 エリ先輩のサーブは穏やかで優しい性格からは想像もつかない程、えげつないものである。フローターサーブと言われる無回転サーブであり、空気抵抗の関係でボールを取ろうとしたところで急激に変化する。これをエリ先輩は8割近い確率で相手コートの好きなところへ打つことができる。


 余談だが、俺や玲子がこのサーブを受けた時、まともにボールに触れるのは3回に1回程度、触っても明後日の方向にボールが飛んでしまい、レシーブがまだしも出来たと言える程度にボールがあげられるのは15回に1回あればいい方という具合だ。また、この時のレシーブはAパスではなく、Bですらなく、大半がCパスと呼ばれるものである。



 そんな極悪外道サーブ(とエリ先輩に言ったら「優莉には言われたくない」と言われた)を15回受けて、すべてこちらに返球できるどころか、スパイクまでもっていった方が多かったのだ。これはすごい。だが、悲しいかな相手が悪かった。こっちは多少レシーブが乱れようが、ツータッチ目に高くボールが上がってしまえば俺が全部スパイクに変換して相手に返せてしまう。



 実のところ、俺(と玲子)はこの2ヶ月間、ひたすらスパイクとサーブだけを練習してきた。他はかなりおざなり。


 監督の佐伯先生曰く、「レシーブは他の奴に任せていい。優莉と玲子はブロックとスパイク、サーブだけでいい。ブロックも誰かと一緒に飛べばいい」

 というものであり、これを忠実に守った結果、レシーブもトスも試合で使うには悲惨だが、なんとかスパイクとサーブだけは形になっているという状態である。

 そして俺のスパイクだが、すまないね。おそらく蔵上高校のブロックの高さは270cmもないだろう。俺のスパイクは相手ブロッカーの手のひら30cm以上上を通過して相手コートに突き刺さり続けた。

 

 そして現在第一セットは18-2


 ここまで俺は全ての点に絡む大活躍である。得点18点の内訳は

 ・スパイク16点

 ・キル・ブロック2点

 いずれも俺の手によるものである。

 ブロックの2点は相手が俺達のことを知らないからこそだ。背が低いからと俺のところからスパイクを抜こうなんて甘い。背は低いがブロックの高さも俺が一番チームで高いんだぞ。


 ちなみに2失点の内訳は 

 ・スパイクが豪快に相手コートのサイドラインを超えた 1点  

 ・ブロック時にネットに触れた 1点

 いずれも俺の手によるものである。



 もう一度言おう。俺は全ての点に絡む大活躍である(白目)。


 

 そして再びサーブ権がこっちに来た。都合3回目のサーブ権であり、俺のサーブの番。

 「よーし、向こうの厄介な6番が後ろに下がったぞ!ここからだ!」

 相手高校の監督がなにやら言ってる。甘い。俺が後衛になったということはローテーション上、対角線の玲子が前衛になったということなんだが……

 いや、それ以前に、俺のサーブを止めなきゃいかんのですよ?



 コートのエンドライン中央より外に向かって6歩歩く。回れ右。深呼吸「ふぅ~、すぅ~」。これが2ヶ月間かけて作り出した俺のサーブのルーティンワーク。って、


「み、みんなひどいよ!もっと私を信用してよ!」

「いや、信用した結果がこれなんだよ!」

「大丈夫!みんな優ちゃんのサーブの『威力は』信頼してるって」


 見ればみんなコートの左右に散って中央を空けてる。そして俺は中央からサーブを打つわけで、すなわち、俺のサーブが向こうのコートに入るなんて信じてないわけだ。

 そりゃ今でも練習中、よくネットにあたるけどさ。

 さらにみんなばっちり後頭部を抑えてる。これは威力は信じてるわけだ。ひどくね?泣いちゃうよ?


ピッーーーー!!


 もう少し文句を言いたかったが、笛が鳴った。確か8秒以内にサーブを打たないとダメなはずだ。

まず助走に2歩。2歩目でボールを上にあげる。そして続く3歩はスパイクのステップ。あわせて計5歩。

エンドラインから6歩歩いたのは助走のいきおい込みでは5歩ではエンドラインを超えてしまうから。

そして5歩目はジャンプだ。さらに――――――



 バチーン!!

 

 女子バレーではまず見ないスパイクサーブ。それが俺のサーブだ。

 その初サーブはノータッチエース(相手に触れさせず得点となるサーブ)で決まった。


「あんなの反則だよ。男子のスパイクじゃん」


 蔵上高校の選手の嘆きが聞こえたが、聞こえないふりをした。



 その後、俺は計6本のサーブを打ち、現在24-3。6点追加分は全て俺のサービスエースだ。そしてサーブ権が相手に移ったところで俺の出番は一時なくなる(リベロのユキが代わりに出るからな)。



「どうだ?初めての公式戦は?」


 俺はベンチに戻り、笑顔の監督からたずねられた。


「ふわふわしててよくわからないです」


 正直な感想。試合っていつも緊張する。男だった時からいつもこんな感じだ。


「そうか」

 監督は俺の頭を軽くなでる。


「まだ試合は終わってない。サーブ。よかったぞ。最後の1本以外だけどな。……1万本練習したかいがあったな」


 うむ。今日までに俺はあのスパイクサーブを4月から今日までに計1万本練習したのだ。

 ……どっかの漫画では1週間でジャンプシュートを2万本とかバカげたことをやってるけど、現実にはまず無理だからね。というかこれも相当無茶だったからね。いや、つらかった。でもそのかいはあった。

 まあ、今日7本サーブ打って1本は豪快にホームラン(相手コートのエンドラインを大きく超え、すぐにアウトとわかるサーブ)だったわけだけどさ。

 

 松原女子高校 VS 蔵上高校

  第1セット 

       25-3

Q.エリ先輩のバレーの実力ってどれくらい?

A.高校女子バレーに必要な能力、技術を5段階評価すると全部3。サーブだけ4という感じ。

  陽菜や明日香はほとんどが4。優莉はスパイクとサーブが規格外の9とか10だけど、レシーブが1とかそんな感じ。

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