004 女子高生2年目も色々ありそうだ
女子高生2年目は早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
……本当に何やってんだろうな。俺。
最近は女子高生ぶりも板についてきたらしく、女子高生らしからぬ不審な挙動も減ってきたと言われる。学校でも「優莉 (ちゃん)もすっかり日本に慣れたね」なんて言われる始末。
でも、例えば女性物の下着を身に着ける時、『男なのにブラをつけるとか、これはただの変態行為なのでは?』などと自問自答をしたりもする。
そんな悲しい現実と戦いながら始めた高校生活2年目は色々あって、色々ありそうだ。
まず生活環境。
我が家には社会人2年目の涼ねえ、高校2年生になった俺と陽菜以外にもう1人、美佳ねえが4年ぶりに一緒に住むことになった。
今年の3月に大学を卒業した美佳ねえは大学在学中は寮生活だったんだが、この4月からプロのバレーボーラーとして地元……というには少し離れすぎているが、とにかくプロチームに所属することになった。このプロ入りにも裏ではひと悶着があった。美佳ねえの希望進路は母校の姫咲高校での体育教師兼バレーボール部の指導者である。それを叶えるためには日本が半世紀近く取れていないバレーボール三大国際大会、すなわち世界選手権、ワールドカップ、オリンピックのいずれかで金メダルを取ってくる必要があるとのこと。この条件を出してきたのは姫咲高校の女子バレーボール部を率いる赤井監督で、美佳ねえは今年の世界選手権、来年のワールドカップ、再来年のオリンピックのいずれかで達成する気だ。
ここで問題が1つ。
仮に美佳ねえが今年の世界選手権で金メダルを取ってしまった場合、せっかく入ったプロチームには1年しか所属しないということだ。仮にオリンピックでようやく金メダルを取れたとしても3年でチームを離れる。
弟から見た贔屓目を差っ引いても美佳ねえはバレーボールが巧いが、果たしてそんな短期間で抜ける、プロを腰掛け程度にしか思っていないと思われても仕方のない思想の持ち主で、しかもプロとしての実績がない美佳ねえを欲しがるチームがあるか、ということだ。
現にプロ入りを表明した後、複数のチームがスカウトに来たらしいが、美佳ねえからの条件を伝えるとどこも渋ったらしい。だが、最終的にはたとえ1年でも、ということで拾ってくれたチームがあり、そこに所属することとなった。
ちなみにこのチームには同期に今年の3月に高校卒業後、いきなりプロ入りした津金澤先輩がいる。
で、その美佳ねえだが、どこぞの研究施設に拉致監禁されていた俺とほぼ入れ替わる形で4月上旬から全日本女子バレーボール代表の国内合宿に参加していてここしばらくは家にいない。今年は9月末から10月にかけて女子のバレーボール世界選手権が開催されることもあり、それまでは結構な頻度で日本代表の合宿が行われる。5月上旬の連休は海外遠征の合宿もあり、しばしば帰ってこれるとはいえ美佳ねえが本格的に戻ってくるのは世界選手権が終わった10月末からだろう。
余談だが、美佳ねえも召集されたバレーボール女子日本代表の合宿に俺も誘われたが、学業優先を理由に断っている。
考えてみて欲しい。新学年早々、丸一ヶ月学校に来ないとどうなるか。どう考えても今年は学校でボッチになることが確定。そんなの嫌すぎる……
それに俺自身としてはバレーボールはもちろん、スポーツ全般で生計を立てていく気は今のところない。なので学業優先は間違ってはいないと思う。
故に6月、7月、8月にもそれぞれ合宿が行われるが、それも断っている。
が、さすがに直前の9月からの合宿は断り切れず、10月は世界選手権に選手として出場し、大会日程は勝ち進めば10月下旬まで続くので、女子日本代表が負けない限り――美佳ねえがいる時点で負けっこないが――今年の2学期の9月10月はほぼ学校には行けない。
この期間は専属の教師をつけてくれるように念入りに依頼しているので練習や試合の前後で自主的に勉強し、皆に遅れないようにするつもりだ。
学業の話が出たので学校の話をしよう。
こちらも色々ある。
俺の通っている松原女子高校はちょっと変わっていて、通常2年生から行われる文系/理系の選択クラス分けの際にもう一つ、特別進学クラスが1クラス分発生する。これは1年生時に優秀な成績を修めた者で希望者のみ選べる学級で文系科目も理系科目もがっちり学ぶことを目的とするクラスだ。俺とついでに陽菜もこの特別進学コースを選んで2年生になっている。
で、俺達が進級した特別進学クラス、通称特進クラスのクラスメイトはなんというか、よく言えば真面目で謙虚。悪く言えば地味で積極性に欠ける生徒ばかりだ。
考えてみて欲しい。
学年中から学業優秀な生徒だけで作られた特進クラス。
小学校でも中学校でも構わないが、学校でテストの点が良い奴の特徴はどんなだったか。おちゃらけた人気者とか、運動の出来る奴であることは稀で、基本的には校則をきっちり守る真面目で大人しい子ではなかっただろうか?
で、そんな奴らだけで結成された今年のクラスと去年のクラスとでは日常の風景ですら異なる。
例えば去年だと休み時間にファッション誌や男性アイドル雑誌を読んでいる子が多かったが、今年だと休み時間中に教科書や参考書を開いている子が多い。恰好一つにしても去年は徐々に高校生活に慣れてきて、3学期になる頃には校則違反すれすれレベルの化粧をしてくるクラスメイトも多かったが、今のクラスメイトは相手が男性ならすっぴんと言ってもごかませる程度にしかやってこない。(なお、本当の意味ですっぴんの子はまずいない。絶対にいない。俺だって男の時には絶対にやっていなかったスキンケアとかはやっている。正確には「やらされている」)
授業中は静かでそれでいて的確な質問や回答が飛び交い、進みも早い。まあ授業の進行速度については文系/理系と同じ授業コマ数にも拘らず特進クラスは習う科目が多いので1コマ当たりの進み具合が同じではとてもではないが一冊の教科書が1年では終わりきらない。必然的に進行速度が加速するのは仕方がない。
学業面では優秀だが、その反面、運動が苦手な子が多い。これは体育の授業で感じる。
クラスメイト数は33名。特進クラスに入るには1年生の時に学年40位以内に入っていることが条件だが、学業優秀者全員が特進クラスに進むわけではないのでこの人数になっている。
なお、一番少ないのは理系クラスの2組。その数31名。そして文系クラスの3~6組は37~38名のクラスになっている。
余談だが、1組と真逆なクラスが4組だ。
今年の2年生の中から、必ずしも全員というわけではないが元気な奴、騒々しい奴、派手な奴はだいたい4組に集められている。俺と仲が良い奴らだと明日香、玲子、未来が4組。面倒な奴はひとまとめにして、担任が体育教師。
失礼だが、クラスのメンツと担任を掲示板で見た瞬間に蟲毒という単語が浮かび上がった。
この前の体育の授業中、田島先生が「1組と2組の奴らは素直でいい子揃いだなあ」としみじみ言っていたので「4組は元気いっぱいで大変そうですね」と返したら「まあそれでも8年前の佐伯・桜井・真田の『さささ三人衆』の担任を任された時よりはずっとマシだから」と真顔で返された。
佐伯……
確か佐伯先生が松原女子高校を卒業したのが7年前で2年生の時の担任が――。
いやこれ以上は止めよう。
で、そんな真面目なクラスメイトが多い特進クラスの担任は去年生物、今年は化学の教師になる平原先生だ。その平原先生に言わせると「高校2年生は最も充実した高校生活を送れる1年です。勉強だけではありません。楽しいことがたくさんあります」だ、そうだ。
まあ、確かに文化祭や体育祭といった行事をはじめて体験する1年生やなにかにつけて「進路」を考えなくてはいけない3年生と違って2年生は純粋に行事に注力できる。
10月には修学旅行もあるしな。
ちなみに去年は9月に開催した体育祭が6月、10月に開催した文化祭が11月に行われることとなっている。
これはたぶん俺が原因だよなあ。
俺が9月と10月はほぼ不在となる中、学校行事が2つも開かれるのはどうかと学校側で判断して時期をずらしたとしか思えん。
最後に部活。こっちも色々あった。
部活動見学が可能になる初日に来た新入生が20名弱。その後の体験入部期間にちらほら来た新入生も合わせると合計40名くらいは見学に来た形だ。今年の1年生は俺達の時と同じく216名。ということは新1年生の約2割が見学に来た形だ。
そして今は4月末。
今も部活に来てくれている新入生は15人程度。
これは正直仕方がないだろう。
4ヶ月前の春高の時に散々『松原女子高校のバレーボール部は勉強も部活も頑張っている』と宣伝してしまったのだ。あれを見れば『ひょっとして松原女子高校のバレーボール部は楽に勉強も運動も出来るようになるのでは?』と勘違いしても仕方がない。現実にはどちらもものすごい努力の上に成り立っているだけなんだが……
で、今年入ってきた1年生に俺達が去年の今頃やっていたようなトレーニングをやらせたところ、脱落者が多数出た。
そりゃしんどいしなあ。
しかも俺達の時と違って、先輩たる2年生の俺達はそれよりはるかに強度の高い練習をしている。ここで続ければ俺達と同じくらいまで鍛えることが出来ると思える者と、こんなに差があるんだから無理と諦めるものの2種類に分かれる。後者は当然バレーボール部から離れる。
さらに入学早々に行われた実力テスト。
これにもやられた奴は大勢いた。
何度も繰り返しになるが、松原女子高校の学力偏差値は60ちょい。ここは全体の20%より学力が上の奴でないと入れない高校なのである。
当然、そんな高校に入ってくる生徒はみな、中学時代は当たり前のように成績優秀者で定期テストで平均点以下など取ったことがない子ばかり。
が、ここはその『成績優秀者』だけが通う高校なのである。
当然、全体の学力平均は上がり、入学早々に行われた学力テストで生まれて初めて平均点以下を取ってしまった子が大勢でた。
これにショックを受けて、部活動より勉強を頑張ります、って子が出てしまうのも仕方あるまい。有効なアドバイスをしようにもそれは「勉強をする」以外にないしな。おそらくゴールデンウィークの強化練習、そして5月の中間テスト。この2つが新1年生達の壁として立ちはだかるだろう。これを乗り切れた奴だけが多分最後まで残る奴ではないかと思っている。
で、その1年生の中にはとんでもない奴がいた。
ユキの小学校、中学校の後輩で金森 翼。
明日香曰く「なんで松女に来たのかわからない!」という凄い奴。去年の全中県予選でベストスパイカー、ベストサーバー、最優秀選手、ベスト6に選ばれている。つまり去年の県内最高の女子中学生バレーボーラー。
それを聞いて俺も思ったね。ついでに聞いてみた。
「なんで松女に来たの!もっとバレーの強いところがあるじゃん!推薦とかなかったの?」
そしたらそれに対して、学費無料の特待生では声がかからなかったという断りがあったものの、推薦という形なら県内私立2強の姫咲と陽紅はもちろん複数の県外高校からも声はかかっていたそうだ。
だが、学力面で不満があったためそれを断り、勉強も部活動も力を入れている松原女子高校を選んだとのこと。
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やべーよ。こいつはやばいですよ。
女子高生ガチ勢じゃないですか。マジでやばい。
志が崇高過ぎる。
世間のイメージはともかく、実態としては主将の明日香はバレー極振りのバカだし、俺と陽菜の成績が良いのはお互いに負けたくないという割としょうもない理由からだし、ユキが勉強するようになったのは壊滅的点数を叩き出して親に怒られたからだ。
そんなところにこんな本当の意味で意識高い系女子高生を混ぜ込んだらいかんでしょ……
そんな翼は身体能力では受験期間という運動をしていない期間もあったためか、確かに俺達2年生と比べると劣っているが、1年生の中ではトップクラス。さらにバレーボール自体も凄く巧い。
いや本当になんで松女に来ちゃったんだよ……
なぜか松女に来たという意味では玲子の後輩の大河 奈央もだ。もう大河って苗字で分かるようにあの体操一族の大河の子。バレーボールは素人と本人が言っているように確かに去年の俺や玲子と同じ今の時点はただの素人だ。身体能力は去年の玲子ほど圧倒的なものではないが、随所に運動センスの良さを感じる。1年生唯一の未経験者だが、これはひょっとすると化けるかもしれない。
他の1年生はバレーの経験者だというが、なんというか普通というか十把一絡げな感じ……
いや、1人だけ見どころのあるやつがいる。雨宮 結花ちゃんだ。彼女はなんと昔、自動車に轢かれそうになったところを美佳ねえに助けてもらい、以降美佳ねえのファンなのだそうだ。俺がわかっている、と評価しているのは美的センスの良さ。
「その、優莉先輩も美人だと思いますけど、お姉さんの美佳さんの方が美人だと思います!」
これだよ。これ。
よくわかっているではないか。
どうも周りの連中は東欧風の見た目の俺が美人に見えてしまう補正がかかっているが、結花ちゃんはその補正を無効化し、ちゃんと誰が美人なのかわかっている。客観的に評価してどう考えても俺よりも美佳ねえの方が美人だが、それをちゃんとわかる偉い子なのだ。
そんなかわいい後輩からお願いされたこともあって、美佳ねえとちゃんと会わせてやろうと現在画策中だ。
さて、明日からは5月に入り、いよいよバレー部の練習も高校の勉強も本格化する。1年生はついてこれるか。当然、フォローはするが最後は本人がどれだけやる気を出すか、なのである。
出来れば10人くらいは残ってほしい。
5月の連休の最後は玉木商業や姫咲との練習試合もある。実戦練習がこの時期から出来るのは去年との大きな違いだ。2年生が全員レギュラーになっても1枠は空く。今のところ大本命は翼だが、ポジション的には明日香と被っている。そこがどうなるか。出来れば代わりのいないセッターとかリベロの子が覚醒すると良いんだが、どうなることやら……




