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002 ニュージェネレーション! ―金森 翼―

おっかしいなあ

真面目に書きたい婚約破棄ものは筆が進まず、ついに息抜きで書いている方が出来上がってしまう不具合

 私――金森(かなもり) (つばさ)が、バレーボールと出会ったのは小学5年生の秋。

 

 友達の家で遊んでいて帰るのが遅くなったある日。

 

 たまたま小学校の体育館の前を通るとなぜか明かりがついていた。消灯を忘れたんだろう、代わりに消しておこうと思って近づくと、そこでは小学生用バレーのクラブチームが練習していた。

 

 ……その後は私を見かけたクラブチームの監督から「見学だけでもどうだい?」と誘われてあれよあれよという間に私もバレーをやることになった。

 

 結果論だけど、バレーは性に合ってたから誘われてよかった。

 

 そんな小学生のバレーボールもやはり8月の全国大会で幕を閉じる。1年を通じてならば、秋や新春にも大会はあるけど、終わりは6年生の夏。それも全小に出た場合だけ。

 

 普通は県予選の5月、6月に終わる。

 

 ……だから私が5年生でバレーボールを始めた時に6年生がいるなんて思わなかった。第一その子――年上なので『その子』は失礼だけど――はとても背が低かった。140cmくらいしかない。平均身長を考えれば小学4年生くらいの身長しかない。だからその子が――有村先輩が私より1学年上だと知った時はとても驚いた。

 

 後から考えてみると、練習中はサポートに回っていたり、監督やコーチもあからさまに特別扱いしているのだから気が付け!って話ではあるんだけど……

 

 

 そのバレーボールクラブは後から知った話だけど、厳しい練習とそれに裏打ちされた強いチームだった。練習は月・水・金の17時から19時。土日は基本は土曜日が9時からお昼休みを1時間挟んで15時、日曜日に試合があれば土曜日練習はなし、という感じ。

 

 他を知らずにバレーボールを始めたからこれが練習量の多い方だなんて気が付くのはずっと後の話。その厳しい練習もあってか入った年こそ出れなかったが、全小には最近10年で6度も進んでいる。そんなチームで10月にバレーボールを始めた私は年が明けた2月にレギュラーに定着した。自慢になっちゃうけど、私は運動が得意。5年生のマラソン大会は男子より速くゴールしたし、背だって小学5年生当時で160cmだった。

 

 女子小学生のバレーボールは成長期の真っ只中ということもあり、巧さよりも単純な身体能力がものをいい、背丈とジャンプ力を持った私が他の子からレギュラーを奪った形になった。当然やっかみは受けたけど、それは仕方ない事。なにせ1年以上早くバレーを始めた子からレギュラーを奪ったのは事実。

 

 でもそれも4ヶ月後の6月には――

 

「翼!すごいよ!」

「ナイスキー翼!」

(かな)ちゃんが去年の秋に入ってきてくれて本当に良かった!!」


 私はチームのエースとして君臨し、実力をもってチームメイトからの信頼を勝ちとり、全日本小学生大会の県予選すら突破した。さらに続く8月の全小はベスト8まで勝ち残った。

 

 ちょっと大げさな言い方をすると、私はチームを全国ベスト8まで導いたエース。だから私立中学からお誘いもあった。

 

 でも全部断った。

 

 理由は単純明快。

 

「まあ断るよね。金森さんは砂川中学に行くんだろ?わざわざ離れたうちにこなくてもあそこは女子バレー部が強いからね」


 そう。

 私の学区の公立中学は今私が所属している小学生バレーボールクラブの選手がほぼそのまま進学することもあって、公立中学校とは思えない程、強い。去年の全中では全国ベスト16。今年は全国ベスト8まで勝ち残ったと聞いている。

 

 バレーボールをやるなら強いところがいい。

 

 だから私立中学からの誘いを受ける気なんてない。

 

 

=========


 それから9ヶ月後の4月。私は中学生になった。

 

 私の通う砂川中学校は部活動が実質強制で、でも元々バレーボールをやる気だった私は困らなかった。そのバレーボールは小学生と中学生ではルールが大きく異なる。

 

 まずネットの高さ。

 

 小学生は男女共通で2mだったけど、中学生は女子は2m15cm、男子は2m30cmにもなる。男子用のネットは本当に高いけど、女子用のネットも十分に高い。15cmも高くなったらサーブもスパイクも今まで通りだとネットに引っかかる。

 

 

 そして一番困ったのはローテーション制。

 

 当時の私は高身長にものを言わせたスパイクが得意で、反面レシーブは苦手だった。それでも小学生の頃はポジジョンが固定制で、スパイクのための準備と称してサーブレシーブは極力取ってもらい、スパイクレシーブはそもそも自分が前衛固定でブロックのために跳ぶから必要としなかったのであまり問題にならなかった。

 

 けど中学生になってからは違う。ローテーションによっては後衛になってレシーブをしなくちゃいけない場面がある。

 

 さらに厄介なのが自陣コート内の動線。ポジションローテーションということはセッターが後衛になることがあるために、その時はセッターが通る道を空けなくてはいけない。これもポジション固定の時にはなかったこと。


 また、ローテーションと共に中学生のバレーからは新たに『リベロ』が登場する。正直に言えば私はこの『リベロ』を軽視していた。リベロは攻撃に参加しない、後衛限定の守備職人。そして後衛限定だからこそ背丈はあまり関係がないポジション。要するに背の低い選手でも活躍できる、お情けで作られたポジション。事実、小学生のバレーボールでローテーション制が採用されていないのは、成長期前の背の低い子が前衛時に何もできずに負けてしまうとバレーボールに対しての意欲を失ってしまうので、背が低くても活躍できるようにポジションを固定していると聞いている。第一、レシーブがちょっとくらい巧いよりも、レシーブがそこそこでもスパイクもサーブもブロックも全部できる方がいいに決まっている。

 

 そんな言っては悪いけど可哀そうなポジションのリベロには、あの有村先輩が2年生ながらレギュラーの座を射止めていた。相変わらず中学生には思えない程の低身長。多分140cmくらい。

 

 ……別の意味ではとても中学生には見えないくらい大きいんだけど……

 

 一方、私は中学1年生入学当時で166cm。クラスどころか男女を含めた学年でもトップクラスに背が高い。有村先輩には悪いけど、私はお情けじゃなくて実力でポジションを勝ち取ってバレーボールをやってやる。

 

 そんなバカな考えは10日もしないうちに消し飛んだ。

 

 

 有村先輩は出鱈目なくらいレシーブが巧かった。小学生のクラブチームでの有村先輩は主に補助員として立ち回っていたからここまで凄いとは知らなかった。それだけじゃなく、レシーブ前後のフォローも巧く、コート内の他の選手の動線も邪魔にならないように動き回れていた。

 

 だからすぐにリベロというポジションは背が低い選手がやるものじゃなくてレシーブが巧い選手がやるものだと認識できた。

 

 それにしても中学バレーは凄い。いやリベロが凄い。仮にやることがレシーブだけで、レシーブ練習だけをすればいいとしてもあそこまで巧くなれる自信はない。

 

 

 

 レシーブ専門のリベロは凄い。

 

 

 でもこれが誤解ではないかと思い始めたのは、5月上旬に中学生として初めて他校と練習試合をした時。

 

 

(あれ???)



 そしてそれが誤解だと確信をもって思えたのは5月から6月にかけて行われた公式戦。

 

(もしかして……)


 

 その確信が対外的にも証明されたのは全中の県予選最終日、決勝戦の後の個人賞発表の時。


 

「――ベストリベロ賞は砂川中学校 2年生 有村 雪子さん」



 凄いのはリベロじゃなくて有村先輩だった。



 その後、私が中学1年生の時の砂川中学校女子バレーボール部は全日本中学校選手権大会で運にも助けられて全国ベスト4まで勝ち進んだ。他人行儀な言い方になってしまうのはベンチにも入れなかった私はそれをアリーナ席から応援するばかりだったから。


 でもそれは私が中学校に入ったばかりの頃に出場選手が選ばれたから。確かに選手が選ばれた6月頃の私はローテーションに不慣れで、レシーブだって下手だった。あれから2ヶ月間、私はレシーブ練習だってがっつりやった。仮に8月の今、選手を選ぶとしたら先輩達を押しのけてレギュラーとまではいかなくてもベンチ入りは出来る自信がある。

 

 その自信が間違いでないことは全中からさらに2ヶ月後の秋の新人大会で証明できた。私は1年生ながら2年生を追い抜いて一気にレギュラー入りした。年が明けた2月の新春大会ではエースこそ奪えなかったけど、ローテーション上はその対角、裏エースを任されるまでになった。

 

 

 新人大会と新春大会はどちらも県内大会限定であったけど、それでもどちらも優勝した。

 

 

=========


 自分で言うのもなんだけど、ここまでの私は調子に乗っていた。

 

 だって仕方ない。

 

 小学5年生の秋にバレーを始めて1年足らずでチームのエースになってしかも全国ベスト16まで勝ち進んだ。

 

 中学生になって最初の数か月は小学生と中学生のバレーの違いに戸惑ってレギュラーは取れなかったけど、半年もしないうちにレギュラーを取ってしかも県最強チーム。

 

 これで調子に乗るな、なんていう方が無理じゃない。

 

 バレーボールはチョロい。そんな風に思ってたのよ。

 

 だけど順調に行ったのはここまで。

 

 中学2年の時に試練が訪れた。

 

=========


 中学2年生の時、私達砂川中学女子バレーボール部は県予選の決勝戦で敗れて全国を逃した。

 

 実力差的には10回戦えば6~7回は勝てる相手だったと思う。それでも負けること自体は仕方がない。バレーボールは良くも悪くも得点しやすいし、失点しやすい。ちょっとしたことで勝ち負けがぶれるのはしょうがない。

 

 でも負け方はあり得なかった。

 

 相手はリベロもいない、交代要員もいない、たった6人だけのチーム。しかも1人はサーブ位しか出来ない棒立ちの素人がいた。

 

 でも負けた。

 

 それは相手チーム、六崎中学のセッターとエースがトンデモナイ化物だったから。

 

 私はそれまで自分にはバレーの才能があって、天才なんじゃないかって思ってた。でもそれはあの2人に粉々に打ち砕かれた。あれが真の天才なんだって思い知らされた。一学年上の先輩達に聞いてみれば先輩達が小学校6年生の時に全国に行けなかったのもあの2人に負けたからだった。

 

 試合の後、風のうわさであの2人の天才はU-16に呼ばれるほどだとさえ聞いた。

 

 でもここまでだったらまだよかった。あれが本当の天才。いつか追いついてやる。そんな気持ちがあった。

 

 

 だけど、現実はさらに過酷だった。

 

 中学2年生の秋。

 

 なんとなくバレーボール雑誌を見ているとあの天才2名が呼ばれたU-16の大会について書かれていた。

 

 けど……

 

 

『次世代ニューヒロイン!小さな大エース 金田一 奏!』


『8月に行われたアジアユース選手権で日本女子バレー界に新たなエースが誕生した(中略)全試合でユースの得点源として活躍をした金田一選手の身長は162cm。リベロを除けばチーム唯一の160cm台でありながら(中略)』

 

 書かれていたのは金田一とかいう知らない選手。六崎中学の2人のことはほとんど書かれていない。唯一書かれていたのはメンバー表での記述のみ。そんなはずはない、と思ってちょっと調べてみると、六崎中学の2人はU-16では控えのベンチウォーマーだった……

 

 あの凄い2人でもベンチ入りがやっと。

 

 ――じゃあ私は何番目?

 

 背が絶対のはずのバレーで私より低い162cmの選手が国際舞台で大活躍。

 

 ――私の方が背が高いはずなのに……

 

 その背だって、168cm。去年1年間で2cmしか伸びていない。気がついたら私は『大きな選手』から『小さくない選手』になっていた……

 

 

 更にショックだったのが――

 

 

「え?有村先輩、高校でバレーボールやらないんですか?」

「やらないわけじゃない。バレーボールで進学しないだけ」

「ど、どうしてですか?」

「誘いがなかった」

 

 1学年上で内心一番バレーボールが巧いと思っていた有村先輩にバレーボール推薦の話がなかった。全国大会だけを見れば高校生バレーは中学生バレーよりさらにレベルが高い。でもそれは決して中学生が高校生になると爆発的にバレーボールが巧くなるから、じゃない。

 

 全国大会に出るような強豪高校は有力中学生をスカウトして、巧い選手だけを集めた、巧い選手だけのチームを作っているから。

 逆を言えば、そんな高校に行かない限り、高校でバレーボールをやろうとしても周りは下手っぴばかりということになる。


 頑張ることにも意味はあるけど、競技として勝つことを目的とするのならば絶対にバレーの強い高校に進学しないとそこで高校バレーは終わってしまう。

 

 

 ……つまりそういうこと。

 

 悟った。思い知った。

 

 私は天才なんかじゃないし、凄いと思った有村先輩も強豪高校からの推薦がないくらいの凡百の選手だということ。

 

 私は小さな世界でお山の大将だった。


=========


 中学2年生の秋からしばらくの間、私はバレーに対しての熱意を失っていた。部活はそりゃ強制だから出てたし、練習もやっていた。ただ、どこか適当だったし、あまりいいプレイは出来ていなかった。

 

 幸か不幸か、周りからは『あれだけ熱意を向けていた全中に出れなくてスランプに陥っている』と誤解されていたから対外的には大きな問題にはならなかった。


=========


 再びバレーを真剣にやるようになったのは年が明けた2月頃、新春大会が終わった後に母から言われた一言がきっかけだった。


「バレーもいいけど、もうすぐ3年生よ。受験の事、忘れないでね」



 そうか。私ももうすぐ中学3年生。来年の今頃は高校受験のはず……

  

 ふと自分の進路を真剣に考えてみる。1年前の私なら将来はバレーでやっていく、なんて考えたかもしれない。でも今はそんなことは全く考えられない。私は凡人じゃないのかもしれないけど天才でもない。今はいいけど、この先バレーエリートと競い合えば必ず負ける。その程度の才能。

 

 逆に言えば今ならまだ勝負になる。まだバレーの天才達はいろんなチームに点在している。高校になればバレーエリートだけのチームが出来るけど、中学はまだその辺が緩い。

 

 だから『今』

 

 勝って勝って勝ち続けて有終の美を飾って中学で勝つバレーはお終いにする。

 

=========

 それから夏までの間、私は周りから熱を入れすぎだと心配されるくらい全力でバレーに取り組んだ。結果は県予選は突破。けれども8月の全中は初戦敗退。

 

(ここまでか……)


 本音を言えば1年生の時の全国ベスト4を超えたかった。

 

 でも確かな満足が私を包んでいた。

 

 話は前後するけど3月から10月にかけて色々な高校からバレー進学の誘いを受けた。それくらい私は周りから惜しまれている選手として引退する。自分なりに引き際の美学を貫けた。

 

 

 それから4ヶ月後の12月。

 

 8月までバレーをやり続けることに少しだけ難色を示していた母も、夏休み後半から勉学に励む私を見て何も言わなくなった。今時点の手ごたえとして偏差値が70を超えるような高校は怪しいけど、それ以下ならまず合格できるという自信がある。

 

 さて、そこまでした上で私は将来何になりたいのだろう?

 

 今勉強して少しでも学力の高い高校を目指しているのは、わからないなりに将来の選択肢を増やすため。勉強だけではないと安易に否定する人もいるけど、現代日本においてよい高校、よい大学に進学することは確実に未来の選択肢を増やせる。

 

 将来何になりたいか決められないのなら、後で後悔しないように今から選択肢を増やす準備をする。

 

 そこまでは良い。その先。働いている自分がいまいち想像できない。

 

 幼稚園児とか小学校低学年の頃は「お花屋さん」とか「ケーキ屋さん」とか言っていたような気もするけど今はそんな考えはない。

 

 割と最近、2~3年前なら「プロのバレーボール選手」なんて答えていたかもしれないな、とふと考えてびっくりした。

 

 今の自分からバレーボールがすっかり遠くなっているという事実。

 

 もう全身受験生でバレーのことはきっとこの先、青春の一ページとして思い出すくらいだろうな、なんて思って苦笑してしまった。

 

 そんな中、受験勉強中にうっかりお茶をこぼしてしまい、ダメになった過去5年の公立高校過去問題集を再び本屋に買い直しに出かけた時の事。

 

 

(バレーのドラマか、それとも漫画の実写化のポスターかな)


 

 それがそのポスターを見かけた時の第一印象だった。

 

 だって、仕方がない。中央に大きく写っているのは日本人じゃなくて髪の長い外国人の女の子。一本おさげのその子がスパイクをしているシーンを撮ったものなのだけど、顔がとても整っていて可愛い。モデルかアイドルだろうと察してしまう。第一、あの長い髪の毛はスポーツをやるのには不適切過ぎる。

 

(にしてもダサいわね。なんのドラマか漫画の実写化かは知らないけどユニフォームが古臭い。もうちょっと工夫して見栄えのするものにしないと。

 今時こんな古臭いユニフォームの高校なんてないわよ。それと芸能人を集めたから仕方ないのかもしれないけど、こんなに可愛い子だけのチームなんてあるわけないじゃない。

 あと、全体的にだけど特に4番と7番の2人は胸が大きすぎる。スポーツをやっている高校生ならこうはならない。胸元にある高校名が歪んでるじゃない。アスリートをなめるなと言いたい。高校名は松原女子??あれ???って!!!!)

 

 そのポスターでは小さく写っていたから気が付くのが遅れた。1人だけ色の違うリベロのユニフォーム。それを着ているのはあの有村先輩だった。


(え?え?なにこれ???)


 改めてポスターを見てみるとこんな文字が下方に書かれていた。

 

『松原女子高校バレーボール部 春高全国大会出場決定』

『出場にあたり皆様からの寄付金を募集しています』

『連絡先:松原女子高校バレーボール部顧問 佐伯(TEL:――――)』



 !!!!!

 

 

 信じられない。何が起きたのか。松原女子高校は確か体育科がない、普通の県立高校のはず。そんな高校が県予選を突破???



===========


 その日の夜。私は緊張しながらその電話番号へ電話をかけた。有村先輩は話しかければ気さくに話してくれるけど、自分から発信するような人じゃない。私はそもそも他人と積極的に話すような人間じゃない。なので1年近く連絡は取っていなかった。それを今になって先輩に電話をかけるのは緊張する。

 

『はい。有村ですけど』


「有村先輩。お久しぶりです。金森です」


『あぁ。翼。久しぶり。どうしたの?』


「今日、駅前の本屋にポスターが貼ってあったので知りました。遅くなりましたが春高出場おめでとうございます」


『それでわざわざ電話してくれたの?ありがとう』


(よし。つかみは上々。あとは――)


「先輩は高校に入ってもバレーを続けていたんですね」


『?私、バレーを辞めるって言った?』


「言ってませんが……その、ただの公立高校に進学してしまったので……」


『あぁ。うん。正直、松原女子高校であんなに一生懸命バレーボールが出来るなんて思わなかった。私はツイてた。入学前は遊びの延長くらいにしか出来ないと思っていたから』

 

(やっぱり……)

 

 高校バレーは勝利を目的とするバレーとそうでないバレーの二極化が進む。こう言ってしまうと「全ての高校バレー部は真剣に勝利を目指している」なんて言う人も出ると思うけど、それは建前。

 バレーボールに限らず、スポーツに力を入れている私立高校は著名な大会で勝つことで生徒、つまりお客を集めることに腐心している。それは学校運営のために必要なことだから悪いとは思わない。そしてそんな高校は有力選手を全国各地の中学校からスカウトして集めて、さらに同じ部活動内で競い合わせることでスポーツ特化の選手を作り上げる。

 そんな強豪私立校から声がかからないような二流以下の選手を集めてお気楽にバレーボールをやっているような高校が勝てると思う方がどうかしている。

 有村先輩もそれはわかっている。だから『あんなに一生懸命バレーボールが出来るなんて思わなかった』、『遊びの延長くらいにしか出来ないと思っていた』と言ったのだ。

 

 一方でこうも考えてしまう。

 

「先輩はどうして高校でもバレーボールを続けたんですか?最初から勝てるような高校だと思って進学はしてないんですよね?」


 嫌な考えだけど、先輩は松原女子高校バレーボール部のレベルは高くないと考えたうえで進学している。お気楽なバレーボールをやるために進学したのか?なんでバレーボールを続けているのか?

 

『……翼が何を私に聞きたいのか、どうして電話したのかなんとなく分かった。私は『バレーが好きだから』続けている』




 !!

 

 

『さっきも言ったけど、松原女子高校に進学して勝つことを真剣に目指したバレーが出来たのは偶然。たまたま凄い同級生が何人もいたからそれが出来た。でもだからこそわかった。私は多分、そんなにすごい選手にはなれない。少なくともナショナルチームには呼ばれないし、プロにだって何かの間違いがなければなれない。翼は知ってるかもしれないけど、今年の国体に選手として出場できたの。本当にすごいよ。トップの選手は。逆立ちしたって追い付けない。選手として上回るなんて無理』

  

 ……あぁ。やっぱり有村先輩程の選手ですらプロにはなれないんだ。国体に選ばれたことはすごい事なのに、まだまだ上があるんだ。

 

 だったらどうして……

 

『でもそれと私がバレーを続けるのは話が別。例え一番になれなくても、悔しい思いをたくさんしてもバレーを続ける』


 ……

 

『翼はどうして小学生の頃からバレーをやってたの?砂川中学のバレー部は厳しいよ?他の部活の方が楽そうだったでしょ?どうして?』


 それは勝て―――


 ふと右手を見てみる。相手のブロックを躱してスパイクを打ち込めた時の右手の快感。それは相手が難敵であるほど、強かった。私は――


 意外と自分の気持ちが単純だった。バレーがしたい。なにかこのままだと嫌だ。

 

『あ、先に言っておくよ?松女(うち)のバレー部、練習は結構大変だよ?中学校の頃よりもっときつい。授業だってグッと難しくなるからね』


 それは重畳。私は楽をしたいわけじゃない。努力して、その結果が報われたいのだ!

 

 ……私ってドMなのかもしれない……

 


===========


「第一志望は松原女子高校にした?なんでまた?金森ならもうちょっといい高校でも行けるぞ?あ、別に松原女子高校が悪い高校ってわけじゃないんだけどな。ただ、近いからとかなら考え直せって先生()は言うぞ?」

 

 有村先輩との電話の後に行われた担任の先生との進路面談で私が松原女子高校が第一志望だと伝えた。ちゃんとそれらしい理由も作った。これで親は説得できた。

 

「考えた上です。私は将来何になりたいのか、決まっていないんです」


「それなら前も聞いたぞ。で、将来やりたいことが決まった時に選択肢をつぶさないためにとりあえずいい高校に行って選択肢を増やそうって話になったよな?」


「はい。その通りです。その……あの後もずっと考えていたんですが、やっぱり将来何になりたいのかわかりません。そもそも私は文系志望なのか、理系志望なのかさえわかりません」


「それも前聞いた……ってそういうことか」


「松原女子高校には『特別進学クラス』という文系科目も理系科目も学ぶコースがあると聞きました。文理が決められないのなら両方学べるところがいいと思って松原女子高校を希望します」


「一応言っておくぞ?松原女子高校の特進は希望者全員が行けるようなものじゃないぞ?高校1年生の時に上位1クラス分に入ってないといけないんだぞ?」


「覚悟の上です。親も説得しています」


「ま、そこまでわかってるなら俺から言うことはないな。金森の成績ならまあ入試は合格だろう。精々『体調管理に気を付けて当日風邪をひくな』『入試当日は時間に余裕を持って行動しろ』くらいだな。頑張れよ。で、頑張りすぎるなよ。お前の悪いところは思い込んだら一直線なところだ」


「はい!」



==========


 それからさらに3ヵ月後

 

(341番。まあ、あるわよね)

 

 松原女子高校 入試の合格発表当日

 

 私の受験番号341番は当然のようにあった。


 有村先輩達松原女子高校バレーボール部はつい2ヶ月前の春高で準優勝という快挙を成し遂げた。建前上は不遇な公立高校からの快進撃、ということで世間で割と最近まで話題になっていたけど、ぜぇええええっっったいに容姿も加味されているとしか思えない。

 

 まあそれもあって松原女子高校には例年より多くの願書が提出された。


 合格ラインは例年500点満点中400点前後だけど今年はもうちょっと上がるとされていた。


 けど、私にはあまり関係ない。自己採点では452点だった。他の入学希望者にもっと上の高校にいけって文句を言われても仕方のない点数でちょっと申し訳ない。

 

 

 さて――

 

 私は鞄の中からスマートフォンを取り出す。合格発表のある今日は先輩達が休みであることは聞いているのだ。


「有村先輩ですか?私です。金森です。――はい。無事に受かりました。それでお願いがありまして。――いえ、合格祝いが欲しいわけではなく、春休みの間、先輩達バレー部の練習に混ぜていただけないでしょうか」







 松原女子高校 新1年生


  金森(かなもり) (つばさ)


  身長:169.4cm

  志望ポジション:ウイングスパイカー

  ポジション才能:良く言えば超高校級。悪く言えばプロには一歩足りない

  

 補足

  同タイプの明日香(1年生入学当時)との比較

   スパイカーとして:ほぼ互角。技量は翼がやや上。明日香は左利きという長所あり

   サーバーとして:互角

   レシーバーとして:完全に翼が上


翼はSRPGに例えると「最初からある程度完成されたステータスを持ち、最終的にはレベル1からのたたき上げには一歩劣るかもしれないが最後まで使える1軍にいるユニット」になります。某手強いシミュレーションの最新作で例えるとシャミアあたり。


Q.翼って明日香の完全上位互換?

A.単独のバレーボール選手としては上位互換です。ただし、コミュニケーション能力は圧倒的に明日香が上。

 逆に翼は雪ん子と同じく誰かのフォローを必要とするタイプ。総合的に考えると明日香の方がいて欲しい選手かと。


 その他、明日香と比べると

  学力:明日香<<翼

  容姿:明日香>>翼

  

 ※そもそも本作の登場人物中、明日香より美女・美少女は立花姉妹+津金澤先輩位……


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― 新着の感想 ―
[良い点] 美佳が迷える雪子に伝えた「君はバレーが好きなんだよ」という言葉が時間を越えて翼の迷いを解くという展開。 [一言] 第二部楽しみにしてますが、ご自分のペースで無理なさらぬよう。
[良い点] 2人目の新入生の翼はとっても有望ですね。 明日香の上位互換ってことは、バレー技術を点数化するなら松女で一番になるのでは。 残り1枠のレギュラーは確定。というかぶっちゃけ愛菜よりずっと上です…
[一言] ドMバレーボーラーがまた一人松女に。まさにM女バレー部(笑) 体力お化けにドストイックにドMにロリ巨乳、すげぇな松女バレー部(笑)
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