番外編 文理希望調査
本作の続編と言うか2年生編や新作が全然書けないので息抜きに昔の没ネタをサルベージしてみます。
本編の049話前に入れようとして没ったお話です。途中とても残酷な描写があります。ジェノサイドです。
目の前で行われている私から見れば本当にどうでもいい、くだらないことを熱心に議論する涼ねえと悠にい。
私、立花 陽菜はこの光景を見て『私に理系は無理』ということを確信した。
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場面変更
しばらく前の出来事
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「今から配るのは2年生進級時の進路希望調査だ。文系に進むか、理系に進むか。みんな真剣に考えろよ」
朝のショートホームルームで担任の榊原先生が私達に用紙を配りながらそう告げる。
「まだ早いと思っているかもしれないが、もう9月だ。後7か月後にはおそらく全員が2年生に進級する。それまで、もっと言えば3学期が始まる頃には自分がどちらに進むか決める必要がある。
今回配ったのは1次調査用だと思っていい。だが真剣に考えろ。この紙でお前たちの将来が決まると思っていい。これはきっかけだ。今一度、自分が何になりたいのか真剣に考えるんだ。
……間違っても友達が行くから、とかで決めるなよ。提出期限は今週末。記入を終えた者からここに置いてある回収BOXに入れるように」
そう言ってから榊原先生は教室から出て行ってしまった。
「進路希望だってさ。優ちゃんはどうする?」
「名前を書いて理系って書いてあるところに丸つけた。ちょっと待ってて今出してくる」
私は左隣の席の悠にいに声をかけたけど、予想外にもう名前を書いて用紙をBOXの中に入れに行ってしまった。
……理系って書くのは予想してたけど、あっさりすぎない?将来の事なんだよ?
「優ちゃんは理系に進むって決めてるみたいだけど、将来何になりたいの?」
席に戻ってきた悠にいに聞いてみる。
「私?私はね、将来お薬を作れる人になりたい。ほら、私が前にいたところってお医者さんもあんまりいなくて色々な人がちょっとした病気や怪我でも死んじゃってたから……」
悠にいの発言で周りの空気がちょっと冷える。きっと周りの子は悠にいの、立花優莉が昔は内戦国で暮らしていた、という設定を信じているからそこから想像してしまったのだろう。
私は真実を知っている。悠にいが「前にいたところ」というのは異世界の事だ。
悠にいは異世界のことをあまりしゃべってくれない。でも時々聞く話から想像するに、剣と魔法の世界も現実世界のことになればファンタジーではなく悪夢でしかないということだ。
その世界では人が簡単に病気で死んだらしい。それを知っている悠にいは薬学の道を選んだんだろう。
……夏休みの2回目の合宿から、今度こそ本当の意味で優ちゃんのお姉ちゃんになろうって決めたんだけど、やっぱり悠にいは悠にいで私よりいつもちょっと先を進んでいた。頑張らなきゃ。でもなにを?私は何になりたいんだろう?
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視点&場面変更
立花 優莉視点
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最近陽菜がウザい。玉木商業での合宿が終わった辺りからとにかくお姉ちゃん風を吹かせたがる。何をするにしてもこれしろ、あれにしなさいと言ってくる。
寝る時も暑苦しいのに「ほら優ちゃんこっち!」と無理やり俺を自分のベッドに誘い込んでくる。無視しても俺の手を引っ張ってでも自分のベッドに誘い込んでくる。
しまいには「もう。こっちって言ってるでしょ!」となぜか半ギレしながら俺を持ち上げてでも自分のベッドに連れ込んでくる。
……力比べなら負けないが物理的に俺は軽く、陽菜より10キロ以上軽いから仕方ないのかもしれないが、美佳ねえならまだしも陽菜にお姫様抱っこをされるとは……
というか、このパジャマ……
今、俺が手に持っているパジャマは先ほど陽菜から「もう9月だから夏用じゃなくて秋用のパジャマに変えるね」と渡されたものだ。
女になって以来、俺が自分で衣類を選ぶと
「優莉、それはちょっと……」
「まあ優はちょっと前まで男だったわけだし……」
「優ちゃんが自分だけで自分の服を買うのはとりあえず10年くらいは禁止ね」
と、涼ねえ達にダメ出しを受けているので俺に単独で自分の衣類を買う権利は認められておらず、支給される衣類はやたらとガーリッシュな色とデザインばかり。
当然俺は抗議したが認められるわけもなく、勝手に3年近く家出で迷惑をかけた前科がある以上、強く主張もできないのでいつも渋々それらを着ていた。
が、このパジャマはガーリッシュではなくフェミニンな感じだ。
2つの違いは致命傷と重傷くらいの違いはあるのでようやく陽菜も俺の気持ちが分かったのかと思えば、これには1つ問題があった。さっきみた陽菜のパジャマと色違い。
……見栄を張ってしまった。正確には色の他、サイズが違う。
姉妹 (?)で色違いのパジャマで寝るってどうよ?
「お~い。陽菜~」
なので原因となる陽菜を呼んだんだが……
その陽菜はニコニコの怖い笑顔のまま俺の正面に立つといきなり俺のほほを左右に引っ張った。
「ん?ごめんね。お姉ちゃん、耳が遠くなったのかよく聞き取れなかったの。なんて言ったの?妹の優ちゃん。お姉ちゃんのことはなんて呼べばいいんだっけ?この間の学力テストで学年5位を取れるくらい頭だっていいんでしょ」
こ、こやつ!
今は家で家族しかいないんだから陽菜って呼んでも問題ないだろ。後、学力テスト5位って嫌味で言ってるよな?お前、そのテスト4位だったよな?
が、俺は長男。陽菜の兄貴。それに長子も以前言っていたではないか。
『陽菜はずっと末っ子だったから妹か弟が欲しかったのよ。優莉も本当はお兄ちゃんなんだから、妹のわがままに付き合ってあげて』
と。
つまり俺は陽菜のいうことに従うのではない。涼ねえのいうことに従い、兄として妹のわがままに付き合ってやってるのだ。
「陽ねえ。ちょっといい」
「いいよ。妹の優ちゃん。お姉ちゃんに何を聞きたいの?」
そしてこの笑顔である。わかっていてもちょっと殴りたい。が、それよりも聞きたいことがある。
「陽ねえ。さっき私が貰ったパジャマ、陽ねえと色違いなんだけどどうして?」
「はぁ……。前に優ちゃんが私のパジャマを見て私みたいなパジャマがいいって言ったからわざわざお揃いのパジャマにしたのに……」
いやそれ誤解だって!少女少女したパジャマを押し付けられるのが嫌で女物でもせめてもうちょっと高校生らしいパジャマにしてくれって意味で陽菜みたいなパジャマって言ったのであってお前とお揃いにしたいわけじゃないんだよ!
「まったく。優ちゃんがどうしてもって言うからお揃いのパジャマにしたのに。嫌ならいいけど、昨日までのパジャマは捨てちゃったし、ちょうどいいのがないから優ちゃんは寝る時に7月の体育で着てたスクール水着でも着て寝る?」
「大好きな陽菜お姉ちゃんとお揃いのパジャマで寝れるなんてとっても嬉しいです!」
理解した。
ここで逆らうとろくな目に合わない。
ということがあって俺の寝間着が陽菜とお揃いになった。が、なぜか涼ねえがこれを面白く無いと思ったようだ。
もともと俺が不本意ながらも陽菜と一緒に寝ていることも面白いと思っていないようで
「優莉は陽菜とは一緒に寝るのね。へえ~」
「やっぱり身近にいる陽菜の方が頼りになるのかしら?」
等々、真綿で首を絞めるようにあれこれ言いだしていた。
これに対し、その度に俺も「社会人の涼ねえと高校生の俺達とでは生活サイクルが違うよ」とか「俺が朝練の時って5時起きだよ?一緒に寝たら涼ねえに迷惑をかけるよ」等、色々と反論はしていた。が、今回の件は許されなかった。
最終的に
「め、迷惑じゃなかったら私、涼ねえと一緒にお揃いのパジャマを着て寝たいなあ(震え声)」
と言うまで許されなかった。
「涼ねえ。これ着なきゃダメ?」
「あら?優莉が私とお揃いがいいって言ったのよ?」
……
あれは言ったんじゃなくて言わされたんだが……
とにかく、俺が手に持っているのは涼ねえの寝間着とサイズだけが違うものだ。ガーリッシュでもフェミニンでもないがとてもアダルティなネグリジェ。
別に卑猥なものじゃないが、これを涼ねえが着るととても蠱惑的だ。目のやり場に困る。ガキンチョの俺には絶対に似合わないだろう。
「涼ねえの寝間着って昔はもっと普通のだったよね?俺が帰ってきたあたりからネグリジェに変えたけどなんで?」
「優莉。私だって少しは考えてるのよ。弟の前でこういう格好をされたら困るでしょ?」
確かに。でも現在進行形で困ってるんだよなあ。
「?あれ?でも俺がもし最初から女だったらもっと昔からネグリジェにしたかったの?なんで?」
「着てみればわかるわよ。それとも着にくいなら優莉が好きだって聞いた高校のスクール水着でも「ちょっと待ってって!すぐ着替えるから!」」
藪からスネークを出すわけにはいかない。すぐさま着替えることにした。目の前には涼ねえがいるが、ついさっきまで一緒に風呂に入っていたわけで今更恥ずかしがるのもおかしな話だろう。
そして着替えるとすぐにわかった。
「おぉ~~~」
思わず感嘆の声が出る。このネグリジェ、締め付けが全くない。頭を通して上からストンと落としてお終い。
女になってわかったのだが、とにかく女の衣類は締め付けがきつい。下着もそうだが、上着やスカートもなんだかんだ体をしぼるデザインが多い。
陽菜と揃いのパジャマも締め付けは緩いが上着とズボンのツーパートものになっている以上、腰のところにゴムの締め付けが少しだけある。
たいしてこのネグリジェは本当にストレスフリー。
まあウエストも絞らないので涼ねえのように凹凸が激しくないと塗り壁に見えてしまうだろうが、どうせ家には涼ねえと陽菜しかいない。見栄など張っても無駄だから寸胴でもぬりかべでも別に構わない。
「ね?楽でしょ?」
「うん。楽。だから涼ねえはネグリジェで寝てるんだね」
「優莉もそのうち思い知ると思うけど、日中は下着の締め付けがきつくてね。かといってしっかり支えないと歩くのも困るし……」
涼ねえが言っているのはブラの事だろう。あの巨大な塊を支えるのだから大変だ。
……ちなみに俺は歩くくらいならノーブラでもあまり困らない。涼ねえはいつか思い知ると言っていたが、果たしてそんな日が来るのだろうか……
というわけで寝るために涼ねえのベッドに俺も潜り込む。
女になってロクな目にあったことがないが、その中で唯一得をしたと思うのが涼ねえとのスキンシップが激増したことだ。
男だった時には考えられないが、今は週に複数回一緒にお風呂に入っている。というかお互いに入っていても気にせず一緒に入らないといつまでも風呂に入れない。女は風呂でやることが多すぎる。他にもハグなんかしょっちゅうだし、結構な頻度で半裸・全裸姿を拝むことができる。
倫理的にどうかとは思うが、普通に嬉しい。恥かしいので面と向かっては言わないが……
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視点変更
ほぼ同時刻
立花 陽菜視点
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悠にいの態度がなんか腹立つ。
私と一緒に寝る時は本当に嫌そうだったくせに涼ねえと寝る時は口では嫌がってるくせに態度はどうみても嬉しそう。
ふんだ!
その悠にいが誘われて涼ねえの部屋に行ってから少しするとなにやらバタバタと音がしてくる。というか私の部屋に近づいてきてる???
「陽ねえ!ちょっといい?」
バーンと豪快に私の部屋の扉を開けて悠にいが入ってきた。ノック位しろとあれほど口酸っぱく言っているのに!
しかし悠にいの姿格好は……
私、これに日頃「私のお姉ちゃんは学校一の美少女」って言われてるの?
なんかさらに腹が立ってきた。
そんな私の内心を無視して悠にいはいきなり私に抱きついてきた。
……反応が面白いから日頃は私がやってることだけど、反対に抱きつかれるとびっくりする。思わずぎょっとしてしまい、固まっていると悠にいは私に抱きついたまま深呼吸をした後、とても失礼なことを言いだした。
「やっぱり陽ねえより涼ねえの方が甘くていい匂いがする!」
「それは私に対する嫌味かなあ?」
悠にいの両頬を引っ張ってみる。
それは驚くくらい柔らかくてよく伸びた。まるでパン生地みたい。
……そりゃスキンケアを叩き込んだのは主に生活習慣が完全に一致する私だけど、絶対に私より悠にいの方がきれいな肌だ。同じことをやっているはずなのにこの差。理不尽だ!
そうこうしていると続いて涼ねえまでやって来た。
「優莉。どうだった?」
「やっぱり涼ねえの方がいい匂いがする!」
「それは客観的に証明できる?」
「問題はやっぱりそこだよね。せめて美佳ねえがいれば2人の意見としてより証明できるんだけど……」
……よくわからないけど、何やら2人でブツブツ言いだした。
「涼ねえ。優ちゃん。なにがなんなの?私にもわかるように説明して?」
「優莉と一緒に寝ようとしたら、突然『涼ねえからは陽菜より甘い匂いがする!』っていったの。これっておかしくない?」
何がどうおかしいのか。少なくとも私は悠にいが私のいないところでは陽菜って呼び捨てにしている方が気になる。
「えぇ!陽ねえわからないの?こんなのおかしいじゃん!」
一体何がおかしいのか私にもわかるように説明してほしい。
「あのね陽菜。若い女性の身体からは『ラクトン』に由来する成分が分泌されて、これが所謂女性特有の甘い香りになるの」
「で、あくまで『若い』女性特有なの。だから新陳代謝の盛んな女子高生の陽ねえよりもう少しで25歳になってぶっちゃけアラサーになる涼ね――痛い!痛い!」
「ということで、私より陽菜の方が甘い匂いがするはずなんだけど、優莉が私の方がいい匂いがするって言うのよ。これはおかしいでしょ?」
……そんなの個人差の範囲じゃないの?というかぶっちゃけどうでもいい。
だが、涼ねえと悠にいはこれはおかしいと断言し、それがなぜなのかを話し合っている。
ふと昔のことを思い出す。あれは私と悠にいが小学生、美佳ねえが中学生で涼ねえが高校生の頃の話。
よくある知育教材のアリの巣キットを見た私は地面の下にあるアリの巣ってこうなっているのか、凄いなあ、とだけ思った。
けど悠にいは違った。
「実際に地面の下にこんな風にアリの巣があるとは限らないじゃん」
なんて言って、でも地面の下なんて見れないと私が言えば、
「すぐ冷えて固まる樹脂か金属をアリの巣に流しこめばわかるんじゃないのか?」
って物騒なことを言いだした。
言い出しただけでは終わらなかった。
悠にいはホームセンターで電子工作に使うはんだを大量に買ってきてそれを溶かしてアリの巣に入れようとして失敗した。
それで涼ねえに怒られたのだ。
当然だよね。あぶな――
「あのね、ゆうくん。はんだは融点が低いからすぐに――ちょっと難しかったわね。えっと材質が良くないわ。そんな時はアルミを使うのよ」
……涼ねえは怒ったわけではなくダメ出しをしただけだった。
その後も涼ねえと悠にいは2人で大もりあがりしながらアルミホイルをたくさん溶かして液状になったアルミを家の庭にあったアリの巣に流し込んだ。
で、後日すっかりアルミが固まったところをこれまた2人で楽しそうに庭をほじくり返してアリの巣を取り出したのだ。
一体何がそんなに楽しいのか私にはさっぱりわからなかった。
けど、美佳ねえがなんで2人が盛り上がっているのか教えてくれた。
「陽菜。涼ねえと悠は『理系』なんだ。わかるか?普通の人と違う変わった連中。それが理系だ」
のちのちわかることだし、美佳ねえの理系への偏見も大概酷いものだけど、この時私は確信した。
私は絶対に理系じゃないって。
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進路希望調査票
1年2組18番 立花 陽菜
問1.あなたは2年生進学時に文系/理系どちらを希望しますか?
〇文系を希望
どちらかといえば文系を希望
どちらかといえば理系を希望
理系を希望
問2.特別進学クラスへの編入が可能なら希望しますか?
〇はい
いいえ
アリの巣にいたアリは知的好奇心の犠牲になりました。