表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/208

エピローグ完 わけあってTSした少年 当面バレーボールを続けます

これにて本作は完結といたします。

どうしてこうなったのか。


「第1次ラウンドはあくまで1次ラウンド。中には突破だけを目標にしてあえて主力を休ませたりしている強豪国もある。全勝突破したから自分達が強いと勘違いはするな。勘違いしていいのは決勝で勝った後だけ。それを忘れないように」

 

 厳しい口調と表情で俺達に油断するなと告げる田代監督。それに返事をする揃いのユニフォームを着た全日本女子バレーボール代表の面々。

 

 ……何がどう間違ったか、この『揃いのユニフォームを着た全日本女子バレーボール代表の面々』に俺が含まれているという不具合。

 ちなみに今着ているユニフォームだが、松原女子高校の一昔前どころか昭和を思わせるデザインのユニフォームとは異なり最新鋭のスタイリッシュな感じではあるが、同時に袖なし(ノースリーブ)で襟なし。おまけに身体にぴったりとくっつく感じである。

 

 いやね、理屈はわかるんですよ。バレーの特性を考えれば袖がない方が肩の動きを阻害しないだろうし、動きやすい様にぴったりとしつつも伸縮性と速乾性のある素材を使うのも理解できる。

 けど、袖なしということは普段からやっているとはいえ一々わきの処理も気にしないといけないし、身体にぴったりということはモロに身体のラインが出る。自慢じゃないが、少なくとも女子日本代表の面々の中ではトップは美佳ねえで決まりだが、次点くらいなら狙えるプロポーションだと自負している。

 

 が、だからといって見せびらかせたいわけではない。


 あぁ。よく女子が「スクール水着は身体のラインが出るから嫌」って言っていたが、こういうことか。別にスタイルが良くても、それを見せたいと同義にはならないってことだ。

 

「――よし。今日から始まる第2次ラウンドも全勝を狙っていく。1回くらい負けても3次ラウンドに行けるとかは考えるな。私達は優勝しに来たんだ!行くぞ!」


 勇ましくミーティングを閉める田代監督。そして――

 

「優莉。聞いた?セッターが私に変わっても1次ラウンドと同じように攻撃の中心は優莉よ。優莉は作戦通り全部のボールを打つつもりで跳んで。ボールは私が持っていくから」

 

 舞さんが俺達の作戦を確認する。何が恐ろしいって本当にどこに跳んでもボールがちゃんと飛んでくるのだ。ただし手抜きジャンプをすると微妙に手が届かないので常にフルジャンプの必要はあるが……

 

「おーし。優。今日も私が拾って優が決める。これで行くぞ」

 

 リベロなのでデザインこそ同じだが色の違うユニフォームを着た美佳ねえが俺の頭を――ってやめろって!わしゃわしゃするなって!試合前にもう一回セットするの大変なんだから!

 

 ……しかし周りのみんな、本当に背が高いな。俺も春先から7cmほど背が伸びたんだがこの中では文句なく一番低い。

 

 

 というかこの大会に出ている全選手中160cm台はたったの7人しかいない上に、俺以外は全員リベロ。

 

 おかしいな。俺、今163cmで成人日本人女性の平均身長より背が高いはずなんだけど……

 

 

=======

 視点変更

  実況席より

=======

『バレーボール女子世界選手権、第2次ラウンドの第1試合が間もなくの開始となります。実況席には元日本女子バレーボール代表選手の小林(こばやし) 郁恵(いくえ)さんに来ていただいています。

 小林さん。第1次ラウンドは全勝、しかも1セットも落とすことなく突破しましたが、いかがでしょうか』

 

『強いですよね。今の日本代表は日本女子バレーボール史上最強のチームだと思います』


『その強さの秘訣はどこにあるのでしょうか?』


『高さに対抗できるようになったことと、強力な点取り屋が加わったことが大きいですね。このどちらも私が現役時代から日本に欠けているといわれてきました。ところが今の代表はこの2つが高さでは津金澤選手、得点は妹の立花選手が加わったことで大きく改善しました。ここに日本伝統の組織力と守備力が加わり一躍世界でも勝てるバレーに変わりましたね』

 

『高さと得点力を手にした日本代表。ここでスターティングメンバーが発表です。まずはキャプテンで日本代表唯一の30代、唯一のママさんバレーボーラー、そして唯一世界選手権、ワールドカップ、オリンピックの三大大会全てを経験したことのあるベテラン、荒巻選手です』


『やっぱり経験というのはものすごい武器なんですよね。第1次ラウンドでも味方を鼓舞するシーンが多くみられました。

 特に今の日本代表は荒巻選手以外では最年長でも25歳。津金澤選手、飛田選手、妹の立花選手に至っては10代ですから精神的な支柱という意味で荒巻選手の存在は大きいと思います』


『それを裏付けるような話題もあります。田代監督の荒巻選手を指して「コート上の監督。このチームは荒巻と心中するチーム」と評価して――』

 

=======

 視点変更

 ほぼ同時刻

  松原女子高校より

=======

 

 制服が夏用から再び冬用に変わった10月上旬。

 

 普段は実質バレーボール部が占拠している第2体育館に、衣替えをしたばかりの冬用の制服を纏った生徒が多く集まっていた。これは生徒が日本代表に選ばれたということを受けて、松原女子高校側が第2体育館に簡素なパブリックビューイングを用意し、希望する生徒が学校で応援できるような体制を作り上げたためである。

 

 ……パブリックビューイングと言ってもTV映像をプロジェクターを使ってスクリーンに映すだけだが……

 

「あ、優莉ちゃん!」

「優莉先輩、今日も可愛いですね!」

 

 見知った顔がTVに映ったことで体育館から歓声が上がる。

 

 

「今日も優莉ちゃんは美佳さんの後ろを歩いて入場してるわね。優莉ちゃんって本当にお姉ちゃんが好きよねえ」

「まあねえ……」


 級友の愛菜からのツッコミに相槌を打つ陽菜。

 

 実態としては全日本代表のあまりの淑女ぶりから身を守るために姉を盾にしていると本人から聞いているが、わざわざ日本代表の恥部を晒す必要もないとそのことは黙秘することにした。

 

 

「こうしてTVに映って世界を相手に戦っている姿を見ると優莉がずいぶん遠くの人に見えるな」

「そんなこと言って。玲ちゃんも2年後()6年後(その次)のオリンピックの時にはきっとTVの中(向こう側)だよ」

 

 普段一緒に練習している仲間が遠くに見えると言う玲子に対し、いずれ玲子自身がそうなると言う明日香。

 

「未来。今日の試合、勝てると思う?」

「勝つに決まってんだろ。あのニンジャがどんだけおかしいのか歌織だって知ってんだろ。リレーで3人が足引っ張っても1人で貯金作って世界新記録を叩き出すような奴だぞ?アイツがいて勝てないなんてよっぽどの雑魚だけだぞ。……まあ怪我があったら仕方ねえけどな」

 

 かつてのチームメイトの未来と歌織も応援に駆け付けていた。ここで未来の言っている『リレーで3人が足引っ張っても世界新記録』とはおよそ二ヶ月前のインターハイでの出来事である。

 

 競技としての陸上に興味がない優莉を周囲が何とか説得したのが5月の事。この時リレーにも参加させようと、1人だけでやらせるのは申し訳ないという名目で学校の俊足自慢を集め、100m×4リレーと400m×4リレーにもエントリーした。

 

 結果、碌に練習もしてない中、単純な身体能力だけで挑んだ優莉は、個人競技に関してはたかが県予選であるにも関わらず、高校女子新記録どころか世界新記録を連発。一躍有名になり、8月のインターハイでは日本の高校生用の大会にもかかわらず世界中の陸上関係者が訪れるという事件にまで発展した。

 そしてその場で自身が少し前に打ち立てた世界記録を軒並み更新し、陸上関係者を大いに喜ばせ、同時に困らせた。

 

 もっとも、この狂乱に本人はすっかり辟易してしまい、「高校生のうちは二度と陸上関係の大会には出ない」と公言してしまった。

 

 これを聞いた陸上関係者は、3年生時(来年)の世界選手権は出ないのかと落胆するものと高校卒業後(再来年)のオリンピックには出る気があるのかというものの2つに分かれたという。

 

 一方で彼女が本業と位置付けているバレーボールではわけあって県大会決勝で敗れてしまい、インターハイ出場を逃している。

 

 先ほどの『怪我があったら仕方ない』はこのことを指していた。そうでなければ犬猿の仲であるバレー部を一々フォローなどしない。

 

 



=======

 視点変更

 ほぼ同時刻

  某SNSサイトより

=======


『TV見てる?』

『見てる』

『見てるわよ』


 松原女子高校バレーボール部OG、板垣 恵理子、岡崎 唯、萩野 美穂の3人はそれぞれの生活拠点からTVを見つつ、スマートフォンを介してかつてのチームメイトと連絡を取り合っていた。

 

 一緒の場所に集まれないのは仕方がない。3人とも4月から大学生として新生活を送っているが、地元に残っているのは板垣のみ。萩野は東京、岡崎に至っては大阪で1人暮らしをしている。

 

『それにしても私達、あの子にバレーを教えていたのねぇ……』

『日本代表にバレーを教えてたなんて誰も信じてくれそうもないけどね』

『第1次ラウンドの試合もTVで見たけど、本当に別人だもんね』

『まあ見た目からしてもう別人だもんね』

『わかる。去年の今頃まではどっちかというと高校生じゃなくて中学生に見えたけど、今じゃもう別の意味で高校生に見えないもんね』

『やっぱり外国人って成長が早いのかな?もう顔つきも体つきも大人って感じだよね』

『あれ、絶対にモテるよね。もう男子選びたい放題じゃない』

『でも、優莉だしねえ』

『それもわかる。ほら、この間の試合の後でアイドルグループの大屋君がインタビューしたの見た?』

『見た見た。優莉が塩対応過ぎてTVの前で呼吸困難になるくらい笑った』

『私も』

『でも本当に大きくなってるわよね。サイズいくつなのかな』

『身長じゃなくて胸の話?そう言えば唯は私とエリが合宿の手伝いに行った時にいなかったね。その時に聞いたんだけど、優莉はEだってさ』

『E!?じゃあ陽菜に追いついたの?』

『情報が古すぎるって。陽菜は今、Gらしいよ』

『……世界が違い過ぎる……』

『ちなみにその時にユキにもあったけど、あの子も成長してたわよ』

『おっぱいがでしょ?』

『身長も大きくなってギリギリ150cmですって。胸は大きくなりすぎてブラを探すのが大変って言ってたわね』

『というかみんな大きくなってたわよ』

『なんでよ』

『バレーで勝つために背を伸ばそうとして、食トレを取り入れようとしたの。なんでも金豊山が導入してるとかで。

 それで春ごろから栄養学をそれぞれ独自で調べてみんなで共有して各自食事に取り入れるようにしたらしいんだけど、なぜかみ~んな身長()じゃなくて胸とお尻()ばっか成長したって明日香が嘆いていた』

『ちょっとその栄養学を詳しく教えて!』



=======

 視点変更

 ほぼ同時刻

  天馬大学 女子バレーボール部寮 共用スペースより

=======

 

『――スターティングメンバーに起用されたセッターは第1次ラウンドの全試合を任された川村選手ではなく、ここで今大会初出場となる飛田選手のようです。え~手元の資料によりますと川村選手は第1次ラウンドの最終試合での接触プレイで左手首を負傷。この試合では控えに回るようです』

 

『私は先ほど今の日本代表は史上最強と言いましたが、あえて弱点を言うのであれば選手層の薄さですね。第1次ラウンドは全試合同じスターティングメンバーで戦いました。

 そして試合中にピンチサーバーやワンポイントブロッカーで選手を交代する場面もありましたが、基本的には選手は固定化されています。それだけ今のレギュラーのレベルが高いということなんですが、反対に言ってしまうとサブの選手はレギュラーの選手が多少調子が悪くても出番を奪えない程、実力に差があるということです』

 

『それを裏付けるようなコメントを田代監督からも頂いています。『飛田を使うのはリスクがあるが、先を見据えた場合、3次ラウンド、決勝ラウンドは万全の状態の川村でないと話にならない』とのことです。川村選手は国内リーグで最高のセッターと評されてますからね。やはり学生の飛田選手では代役は厳しいのでしょう』


『ただ飛田選手もこれまでアンダーカテゴリーでは随一のセッターと評されてきました。荒巻選手の武器が経験なら飛田選手はその逆で、経験という武器が不足しているだけなんです。この試合を通じて――』


 


「わはは。とっつぁん。めちゃくちゃ言われてるなあ」


 天馬大学女子バレーボール部の1年生にしてエース、宮本は今のチームメイトと共にかつてのチームメイトをTVの前から応援していた。



「でもこれで黙っているほど大人しい性格やあらへんやろ?」

 

 TVからは飛田に対して随分厳しい声が聞こえてくるが、かつての相棒はこの過小評価を試合中に吹き飛ばしてしまうだろう。そうなると宮本は確信していた。

 

 同時に……

 

 

「どうだ?宮本。ちゃんと『悔しい』か?」


 TVの置いてある共用スペースに現れた天馬大学女子バレーボール部の大貫監督は宮本の気持ちを確認する。

 

「当たり前ですやん。今回はあかんかったですけど、ワールドカップかオリンピックまでには追いついてみせますわ」


 同時にかつてのチームメイトがいち早く国旗を背負っていることが悔しく、情けなく思っていた。

 

 

 その目がまだ死んでいないことを確認すると大貫監督は他にもいるバレー部員を叱咤する。

 

「いいか。お前達はただ応援するだけではダメだ。今TVに映っている、お前達の先輩にあたるリベロの立花は昨年までここにいた。2年生、3年生、4年生なら覚えているだろう。

 あいつは天才だ。天性の才能を無限の努力で磨ける本物の天才だ。だからあそこに今、立っている。あいつはいつも誰よりも熱心に練習していた。

 立花だけじゃない。3年前に卒業した初雁も控えとはいえ、やはり国旗を背負う選手にまで成長した。2人は共通して練習の虫だった。先輩に出来たんだ。お前達が出来ない理由はない。

 悔しいと思え、追い付いて見せる、追い抜いてやると気概を見せろ。お前達があそこに加わるのは決して夢物語なんかじゃないんだ」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 自身が預かっているバレー部員に対し、大貫監督は発破をかける。が、現実的には1年の宮本以外が全日本代表に選ばれるのは厳しいと思っている。

 

 その宮本にしても可能性は巡り合わせの関係から極端に低くなってしまった。

 

 究極的に言ってしまえばコートにいる6人全員が背が高く、運動能力にも優れ、レシーブ、トス、スパイク、サーブ、ブロックの技術が高く、さらに協調性も持ち合わせていれば最強のチームが出来上がるだろう。

 

 だが、現実的にそれはあり得ない。だからこそ、それぞれの選手の長所を活かし、短所を補うようなチームを作ることで強いチームを作り上げる。

 

 宮本を選手として評価するならスパイカーに欲しい点取り屋の感覚を高いレベルで持ち合わせている。高さで彼女を上回る選手はいるだろうが、点取り屋という面ではそうはいないだろう。半面、レシーブやトスは決して一流とは言えない。

 

 少し前までならこれでよかった。全日本に欲しいのは点を取れるスパイカー。だが今は違う。規格外の高さから陸上の投擲種目で軒並み女子どころか男子も含めた世界記録を出せるほどの膂力で豪速スパイクを叩き込む立花優莉が現れてしまった。

 

 事実、世界選手権の第1次ラウンドで全試合を通じてスパイク決定率は8割以上、全日本代表の総得点の6割を超える点を彼女のスパイクで稼ぎ出している。

 

 こうなってしまえば点取り屋は不要。今の全日本に欲しいのは彼女まで正確にトスを繋ぐことのできる選手に変わった。宮本の同世代ならば得点能力と高さは劣るがリベロ並みの守備力とセッター並みの丁寧なトスが出来る平山が、飛田、津金澤に続いて呼ばれる可能性が高い。

 

 セッターも確かに川村、飛田は良いセッターだが、至高のセッターというわけではない。タイプは異なるが素早いトス回しを得意とするセッターが他にもいる。

 

 が、全日本代表の田代監督は『速さ』ではなく『高さ』で戦いを挑むためか、その手のセッターは召集すらかかっていないという。

 

(宮本が呼ばれるには今TVに映っている重野を超えないと出番はないんだが……)


 大貫監督が嘆く重野とは、宮本の4つ上の世代で現在国内プロリーグの得点女王の重野由美。やはり彼女も宮本と同様に点取り屋の感覚を持ち合わせているが、宮本とは違い守備も巧い。


(こればかりは時の巡り合わせか。いやそれを乗り越えて、簡単に代表のユニフォームを着れないからこそ選手のレベルが上がるというものか。さて、では俺はどう選手達を導く?)

 

 

 指導者という立場から純粋に全日本代表を応援できないが、これはこれでやりがいがあると大貫監督はTVを見ながら思った。

 

 

 

 

=======

 視点変更

 ほぼ同時刻

  姫咲高校 女子バレーボール部寮 食堂より

=======

 

『リベロの立花美佳選手の名前が呼ばれるとこの大歓声です』


『お姉さんも妹さんも立花姉妹はどちらも容姿が華やかですからね。でもそれだけではありません。妹の立花優莉選手がエースなら姉の立花美佳選手はリベロで守護神。普通ならリベロはサーブ権を持っている時といない時で選手を切り替えます。

 これはサーブレシーブとスパイクレシーブとではレシーブ側に要求される技術が異なるからです。それぞれに特化した技術の選手を用意するのがこうした国際舞台では常識です。なによりサーブレシーブとスパイクレシーブ時でリベロの選手を切り替えることでベンチからの指示をリベロの選手を通じてコートに伝えるという役目も持っているのですが、ここまで日本代表は全ての試合でリベロは立花美佳選手固定です。これはバレーボールの常識からは離れているのですが、しかしここまでの試合を見ればこれも納得してしまいます。エクセレント(良いプレー)数はすでに他のチームのリベロの3倍以上を記録しています』

 

『小林さんの言葉を裏付けるように今日の対戦相手のフィリップ監督は「日本攻略のカギは妹の立花(ヤンガー・タチバナ)ではなく姉の立花(エルダー・タチバナ)だ」と試合前に公言するほどです』



 食堂から歓声が上がる。やはり卒業生がTVに映ると盛り上がる。本来ならもう少し練習する時間だが、今日は少し早めに切り上げて晩御飯を取りながら卒業生も出ている女子日本代表を応援する形になった。

 

 

「それにしてもよく私達、6月に優ちゃん達のいる松原女子に勝てたね。優ちゃん、世界相手にぶっちぎりの得点女王だよ?」

「あの時もセッターが控えの1年じゃなくて陽ちゃんだったら負けてたと思うけどね」


 そんな声が食堂から聞こえる。


 今から遡ること4ヶ月前。インターハイ本選をかけて姫咲は松原女子と県大会の決勝で戦うことになった。結果は3-2、しかも5セット中4セットでデュースが発生する接戦の末、姫咲が勝利することができた。

 

 松原女子とはそれ以前に練習試合をすることもあったが、その時はセット換算で1-6の完敗状態。全日本でエースを担う立花優莉とU-19で早くも裏エースの座を獲得しつつある村井玲子の2枚看板を擁する松原女子に勝つのは容易ではない。


 が、それはフルメンバーでのこと。午後の決勝戦が行われる前に午前に準決勝が行われたが、ここで松原女子の正セッター、立花陽菜が終盤、ブロックで跳躍中に横から跳んできた選手と空中で激突、その際に着地に失敗し、右足首を負傷し、決勝戦には出られなかった。

 

 決勝戦では代わりの1年生セッターが出てきたが、松原女子に入学して2ヶ月の1年生に立花優莉と村井玲子のセットアップは荷が重すぎた。

 

 彼女達、特に立花優莉の最大の武器は打点の高さである。が、言い換えれば高い打点にあわせてトスをする必要があり、並みの女子高生スパイカーより1m以上高く跳ぶ立花優莉に速攻用トスを上げるのは容易ではない。

 

 結果、決勝で速攻が使えない松原女子はオープン攻撃ばかりになってしまい、その単調さからなんとかボールを拾えるようなった姫咲が辛くも勝利することができた。

 

 

「それだけセッターが大切だということです。そしてセッターにつなぐレシーブも重要なのです。バレーボールは繋ぐ競技。誰か一人でもダメなら全てがダメになってしまうのです」


 姫咲の赤井監督はついつい派手なプレーばかりに目がいってしまう教え子をそう諭す。

 

(それにしても贅沢な光景ですね)


 TVに映る選手を見て赤井監督は思う。

 

 

 

 今回全日本代表に選ばれた選手のうち、半数を超える11名が姫咲の卒業生、自分の教え子だ。さらに言ってしまえばそのうちの4人がレギュラーとして試合に出続けている。

 

 かつて赤井監督が今預かっている子供達よりさらに幼い頃、日本女子バレーは世界でも屈指の強豪だった。その姿をTVで見るたびに憧れ、バレーを始めたのが小学生の頃。

 

 だが、低身長から選手としてではなく指導者としてバレーの道を歩み始めた頃にはかつてのバレー王国の姿はすっかりなくなってしまっていた。

 

 

 なんとかかつての姿を取り戻したいと願って早40年超。ようやくその願いは手の届くところまで来ている。

 

(さて。このまま優勝してしまうと美佳さんはバレーを引退して私の後進になりたいと言いかねませんね。なんとか後2年、オリンピックまでは現役でいてもらわないと……)


 かつての教え子で今TVの中でリベロのユニフォームを着ている立花美佳には『バレーボールの三大大会いずれかで金メダルを取ったら姫咲高校でバレーボールを教える道を開く』と約束してしまっている。

 

 それをどうしたものかと赤井監督は苦笑しながら策をめぐらせるのであった。

 


=======

 視点変更

 ほぼ同時刻

  立花家より

=======

 

「どう?お父さんからも見えてるの?」

「あぁ。見えてるさ。紛争地域だからってTVくらいはあるし、ネットだってつながるからな」


 ネットを通したTV電話で立花涼香は実父と会話をしていた。BGMはお互いに別途付けっぱなしにしているTVから流れる世界選手権の音声である。

 

「にしてもこれが悠司かぁ。すっかり美人になったな」


「本人に言わせればようやく陽菜と並んで私や美佳には足元にも及ばないそうだけどね」


「あいつも変なところでナルシストだな。涼香達とは比べられんのは当然だが、まだまだ陽菜の方が可愛いだろう」


「……」


 それはひょっとしてギャグで言っているのか。それともツッコミ待ちなのか。それともただの親バカなのか。涼香は判断に困ってしまった。しばし考えて話を逸らすことにした。

 

「それにしても父さん、今度はいつ帰ってこれそうなの?」

 

「正月にうまくいけば、だな。ほれ、この間の8月に悠司……今は優莉か。あいつが陸上で派手にやらかしただろ?あれ実はマズくてな。前に今の優莉は俺が若い頃に遊んだ春を売るお店で春を買って生まれた子って作り話を作ったろ?

 あの時、適当に指名した売春宿は実は反政府組織が資金集めのために作った宿っていうのが調査でわかってな。

 あいつの運動能力がおかしいのは反政府組織が作った生体兵器から生まれた子だからだ、なんていう説が出回ってちょいと外交問題になってしまってしばらく帰れそうにない」

 

「……」

 

 嘘から出たなんとやら。確かにそれはシャレにならない。父親はしばらく家に帰ってこれそうもないと確信する涼香。

 

「それに今の家ってなんていうかすごく入りにくい」


「?どうして?」


「涼香は女だから気が付かないと思うが、今の立花家は完全に女の園だぞ。一歩入った瞬間にわかる。ここは男子禁制の家だってな」


「その家の主はお父さんなのよ?法律的にも。第一、女の園って言うけど、それなら随分前からそうだと思うけど?」


 立花の家を実質長子長女の涼香が仕切るようになってからもう10年以上経つ。その間、家長の父は滅多に帰ってこず、家の住人は自分以外は妹2人と弟1人。はっきり言うが随分前から自分色に染めているという自覚はある。

 

「涼香はわかってないな。優莉が悠司だった頃はもちろんだが、あいつがいなかった頃にもちゃんと家には男が入っても問題ない空気があった。一昨年の夏、あいつが帰ってきた直後もそうだったんだが、そっから徐々に男子禁制のオーラが漂い始めて去年春に帰ってきた時にはもう家に入るのをためらうくらいだったぞ」

 

「そういうものかしら?」


 そういうのは毎日いるとわからないものかもしれない。が、日頃の生活を思い出すと家に女性しかいないのをいいことに自分も陽菜もやりたい放題し、その度に優莉が顔を真っ赤にして注意していたものだ。が、最近はその優莉も風呂あがりには裸で出歩いたり、洗濯物をその辺に置いているような……

 

 もちろん、父親が帰ってくる前には綺麗に片付け、格好も父親のまえではしっかりしているつもりだが……

 

 

「自覚はあるようだな」


「お父さんの前ではきっちりしているつもりなんだけど……」


「なめんなよ。ろくすっぽ顔も見せないが俺はお前達の父親なんだぞ」

 

「そうね。『お父さん』」

 

 

 普通の家庭とは違うだろうが、立花家(うち)にもちゃんとした親子の絆がある。涼香は改めてそれを実感した。



=======

 視点変更

 ほぼ同時刻

  世界選手権真っ只中

   立花 優莉視点

=======

 

 試合開始。

 サーブは相手から。

 

 笛が鳴り、強烈なサーブが飛んでくるが……

 

「オーライ。オーライ」

 

 舞さんや玲子のサーブより強烈なサーブを美佳ねえは何事もなかったように軽々捌く。

 

 美佳ねえの同級生の由美お姉さんが前に「美佳相手にスパイクとかサーブ練習をすると自信を無くす」って言ってたのを思い出す。バレーを知れば知るほど美佳ねえの怪物ぶりがわかるようになる。俺ではなく美佳ねえこそバレー怪物なんだと思う。

 

 美佳ねえが捌いたボールは高々と舞さんのところへ。こうなると俺が助走に入っていないとまずいことになる。

 

 同じく美佳ねえの同級生の沙月さんと比べると舞さんのセットアップには一切遊びがない。技量的には沙月さんもピンポイントの高さに上げることが出来るはずだが、「そんなに簡単にベストジャンプが出来るわけがない」とトスに若干のやさしさが含まれる。

 一方、舞さんのトスはスパルタだ。油断すると本当に手が届かない。が、反面ハマれば強烈なんだが……

 

 舞さんにボールが返る。舞さんはやっぱり俺にセットアップしてきて……

 

 

 

 相手のコートを視る。

 

 

 相手ブロッカーの手は視界すら遮ることが出来ないようだ。明瞭な視界。ここからコンマ秒の世界でコートを守り切るにはたった6人じゃそれこそ全員が美佳ねえクラスの怪人でもない限り無理だ。

 

 

 

 バシンッ!!

 

 

 

 自画自賛するが、男子のスパイクより凶悪、言い換えれば人が見て判断するのは不可能な速さでボールを相手コートに叩き込んだ。

 

 

 まずは1-0

 

 

「よーし。優。ナイスキー、ナイスキー」

「優莉。高さは今ので大丈夫そうね。次もいくわよ」

「優莉ちゃん。確認するわよ。優莉ちゃんはレシーブもブロックもしなくていい。そっちは私達でフォローする。だから点を取ることだけを考えて」


 点が入ると俺に集まり、俺を頭やら背中をバシバシ叩きながら称賛する全日本女子代表の面々。

 

 

 思えば去年の春に明日香に半ば強制される形で始めたバレーだが、気が付けば俺の生活の中心になっている。

 

 

 だが、悪くはない。

 

 

 このままもう少し、少なくとも高校生の間は続けてもいいだろう。その先は知らんけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














 

==============

 約1ヶ月後のスポーツ新聞より

 

 

 『バレーボール女子日本代表 世界選手権 金メダル!!』


長くの応援、ありがとうございます。

気が付けば本作は1年以上続けてたんですね。びっくりです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白かった。投げ銭できないのが残念
読み返していて思ったのですが、舞さんのスパルタトスは練習ならやっていいけれど、本番じゃダメですよね。よく監督から指導入らないもんだなあ。諦められてる?
[良い点] 完結したこと [気になる点] 完結したこと 我が儘ですが、もっと彼女達の活躍が見たい [一言] 久しぶりに出会えた、読み応えのある良い作品でした。 面白かったです、ありがとうございます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ