102 実力を出した結果
もうちょっと続きますよ。
試合終了の笛が鳴り、金豊山のコートからは歓声が上がる。中には感極まって泣く子もいる。対して松女はどうか。
ここまでの対戦相手達のように悔しくて泣く子がいるかというと……
「負けちゃったね」
陽菜が苦笑しながら俺に近づいてくる。他のみんなも仕方なし、という顔をしている。公式戦で負けたのは6月の姫咲戦以来だが、あの時とは全然違う。
「悔しいと思える程、勝ち目のある試合じゃなかった。完敗だ」
あの時はぼろぼろ泣いた玲子もすっきりした顔で振り返っていた。
「私は悔しいよ。何が悔しいって悔しいって思えないのが悔しい」
「あ、わかる。むしろ1セット取った時点で実質私達の勝ちみたいに思えちゃうのがなんか悔しい」
「いや~頑張った頑張った。お疲れ」
運よく1セット取ったし、第1セット以外はそれなり以上の接戦が出来た。その時点で十分ミラクルだ。何度やってもこれ以上の結果はでまい。
みんなそれがわかっているから仕方ない、という顔をするのだろう。
「っとと」
「わっ!大丈夫?」
長く魔力を使い続けて疲れていたのだろう。思わず足がもつれてしまい、前に倒れるところだった。
それは仕方ないとして、倒れた先には陽菜がいて、俺は顔から陽菜渓谷に突っ込むことになった。如何にも男の子向けの漫画に出てきそうなラッキースケベなシーンだが、漫画と違って陽菜は拒絶するどころか普通に受け止めた。
……
いやさ。不味くね?いろいろ不味くね?
バランスを崩して倒れかけた俺を腕とかを使って止めればいいはずなのに、なぜかそのまま自分の渓谷で受け止める陽菜も大概だが、この状態で嬉しいではなく『ちっ!巨乳め!もげろ』と反射的に思う俺もどうかと……
いや、これは陽菜に女性としての魅力が足りないのだろう。うん。俺が悪いわけではない。
「陽ねえ。暑苦しいから放して」
「?優ちゃん頑張ったからもうちょっとお姉ちゃんに甘えてもいいんだよ?」
「いいから!ほら、先生も怒るよ?」
俺が渓谷から脱出すると同時に佐伯先生から声が飛ぶ。
「お前ら!いつも言ってるだろ!最後の礼までが試合だぞ!きっちりやれ!」
だが、そんな佐伯先生と隣にいる上杉先生の顔も負けた悔しさなど感じさせず、よく善戦したものだと顔に書いてあった。
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「「ありがとうございました!」」
両チームがネット越しにエンドラインに立ち、礼。
これで試合終了だ。まあこの後、ネットまで駆けて行って相手選手と握手するのがいつもの流れ。ついでに登録選手数が相手より少ないからこちらは複数名と握手するのもいつもの流れ。
んで……
「優莉。今日は私の勝ちね」
「……今日はっていうかいつも舞さんが勝ってますよ?」
「あら?12月の合宿じゃあ手も足も出ないで負けたけど?」
「あれは私じゃなくて周りが凄かったんですよ。私単品じゃ舞さんに勝てませんよ」
「バレーボールはチームスポーツだからそれも込みだと思うけど……。まあいいわ。試合が終わったから教えて。優莉はどうやって私のセットアップを見抜いたの?」
ぎくぅう!!
そこを突っ込まれると辛い。『不思議パワーで考えを読み取ってました!』なんて言っても信じてもらえないだろうし……
「し、視線とか、舞さんが発する雰囲気とかで何となくです。そ、それに第4セットの途中からはわからなくなりましたし……」
「ん?あぁ。やっぱりそういうこと。前から気を付けてたんだけど、やっぱり視線とかでバレちゃってたのか。ちなみに優莉がわからなくなったのは途中から考えるのをやめて無心でトスをあげるようにしたからよ。考えなしで上げるもんだから視線とかもなかったでしょ?」
ご、ごまかしきれたのか???
「……あら?でも昨日の恵蘭との試合なんかだと優莉の位置からはセッターが見えない場合があったわよね?それでもスパイクが飛んでくる方向がわかったみたいだけど?」
ぎくぎくぅぅぅうううう!!
「あ、あはは。舞さん、私、セッターだけを見てるんじゃないんですよ?対戦相手によってはスパイカーの顔、腕の位置、手のひら。そういったのを複合的に見てるんです。『セッター』だけ、『スパイカー』だけ、『過去の傾向』だけからじゃないんです」
「なるほど。複合的な要素から予測を立ててたのね。そりゃ理由がわからないはずだわ。恥ずかしい話、私達ずっと優莉がスパイクのコースを予測できるのは何か1つの理由があるからだ、って思いこんでたの」
「あ、あはは」
よし、なんとかごまかしきれた!
俺の回答に満足したのか、舞さんは握手の手を放し、金豊山のベンチへ……ではなくなぜか陽菜のところへ向かう。
「陽菜。きついことを言うけど、私が松原女子のセッターならこの試合、3-0で勝てたわよ。3年の夏か春、どこまでバレーを続けるかわからないけど、よく覚えておいて。優莉と玲子がいて高校生相手に負けるようならそれはセッターに問題があるってことよ」
おいおい。いきなり俺の陽菜に何きつく言ってるわけ?第一、俺がいるからって勝てるとは――
「それは私が一番わかってます。もう負けません」
?おや陽菜が言い返した?
つーかチームスポーツなんだから1人が凄くても勝てんと思うんだが……
だが、俺のそんな気持ちとは別に舞さんも陽菜もすっきりした顔をしてる。なんでだ?
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『優勝した金豊山学園高校の大友監督にお越しいただきました。監督、優勝おめでとうございます』
『ありがとうございます』
『春高は昨年に続き2連覇となりますが、昨年との違いはあるのでしょうか』
『そうですね。去年は勝つことで精一杯。勝つことだけを考えていました。
で、そんな中、選手はもちろん、僕としても学校としても初めて春高を制したことで、挑戦する側から挑戦される側になりました。
てっぺんとって目指すもんがなくなって、自分達は今後どんなバレーをしたいか選手たちと話したんですわ。そしたらみんなして『かっこいいバレーをしたい』と言ってきたんです。
なので今年はかっこええ、小さい子が見たらあこがれるバレーをひたすら目指して今日まで来ました』
『失礼ですが、かっこいいバレーとはどんなバレーなのでしょうか』
『横綱相撲と言いますか、『驕り』ではなく『誇り』をもって堂々と戦うバレーです。例えばアピールプレイとかは僕はむしろ好きなくらいなんですよ。
勝つために最善を尽くす、どこが悪いことですか?勝つんやったらそうした狡さも必要なことです。ただ、それがかっこえぇか、と言われれば違うでしょう。
そもそも『くさいところ』やのうてきちんとラインぎりぎりに打ち込む、ダブルコンタクトを取られそうな癖は無くす、ネット際にボールが来てもネットに触らず上手にボールを捌く、そういった1つ1つのプレイがきちんとしていたらアピールなんかイラン子ですわ。
皮肉なもんでして、去年までは勝とう勝とう思ってドンドン難しい技を覚えに行きましたが、今年は時間はかかっても基礎の完成度を上げる練習を多く取り組みました』
『ひょっとして最後のオープン攻撃も『かっこいいバレー』の一部なのでしょうか?』
『えぇとこ気が付きましたね。そうです。山なりに返ってきたボールに対し、リベロの秋山が高くキレイにセッターの飛田へボールを返しました。
地味で気が付かんかもしれませんが、この時、レシーブをした秋山はスパイカーの助走コース確保のためにさっと移動しました。
その後の飛田のセットアップですがただのオープン攻撃ではありません。宮本の最も得意とする位置にボールをぴたりと上げて見せています。
宮本もしっかり腕を振って今日一番かもしれへん高さで攻撃しました。
全部なんてことないかもしれません。ですが、今日の今は春高の5日目決勝の最終セットです。選手はみんな疲労困憊。
その中であぁした攻撃で決めれたのは自分達のやりたいバレーを最後まで貫き通せたのかな、と我ながらも思ってしまいました』
『なるほど。そのかっこいいバレーで秋も春も制しました。監督、次の目標は?』
『2月の下旬に行われる大阪の新人大会で勝つことです。いやホンマ大変ですよ。よそ様のところを馬鹿にしたくはありませんが、大阪はごっつレベルが高いです。
そんなレベルが高い高校のうち、春高に出られなかったところは8月、あるいは11月からずっと新チームで練習してきました。
対してうちは今日までユニフォームを着ていた子が8人抜けますし、その中で後2ヶ月弱で新チーム作りをしなければなりません。今から頭が痛い――』
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『最優秀選手賞を受賞した飛田選手にお越しいただきました。飛田選手、おめでとうございます』
『ありがとうございます』
『これで2年連続の最優秀選手賞受賞となります。まさに現役最強の女子高生バレーボーラーといったところですね』
『う~ん。去年までの私だったら『そうですね』なんてうなずいていたかもしれませんが、今年はそんな風に思えません。私が受賞できたのは優勝した高校の選手だからと思っています』
『去年までということは、今年は去年に比べ自信がないということでしょうか?』
『いいえ。去年は怖いもの知らずというか視野が狭かったんです。自分が一番バレーの才能があるって思っている節がありました。今年はそれをちょっとだけ俯瞰して考えるようになりました。
そうなると本当にみんな巧いんですよね。優秀選手に選ばれた選手なら誰でも……あ、うちの宮本だけは違います。彼女が実力を発揮したのは準決勝の龍閃山と決勝の松原女子との試合の時だけですね。
セッターとして選手の力を引き出しきれなかったことは反省点ですね』
『以前のインタビューでいつかオリンピックで金メダルを取りたい、と言っていました。その思いは変わりませんか?』
『はい。全く変わらないどころか、年々強くなる一方です。確かに世界の壁は厚いですが、同時に私達も強くなっています。特に今日まで敵だったライバル達も全日本代表となれば頼もしい仲間になります。
再来年のオリンピックにまずは代表選手として選ばれるようこれからも練習を続けて――』
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『春高に一大旋風を巻き起こした松原女子高校の佐伯監督にお話を伺ってみたいと思います。監督、県立高校として29年ぶりの快挙まで後一歩のところでしたね』
『はは、後一歩に見えたかもしれませんが、実情は後一歩どころか十歩あっても足りるかどうか。今回、私達は様々な幸運に助けられました。金豊山学園さんは組み合わせからもう何度やり直しても優勝、もしくはそれに近いところまで行けると思います。一方私達はもう一度同じことをやれ、と言われても決勝までいけるかどうか。金豊山学園さん相手にしても1セット取れるかどうかだと思います。本当に完敗です。積み上げられたものの違いを感じさせられました』
『積み上げたものと言えば松原女子高校の選手の皆さんは全員が1年生、しかも中学時代はバレーをやっていない選手ばかりで敗因として挙げられた積み上げられたものがない状態です。まだまだ挑戦の機会はありますが、いかがでしょうか?』
『そうですね。全員が1年生ですし、今日までに得た経験を武器に来年の今日、今度は運に頼らず実力で決勝まで勝ち抜き、そして決勝でも勝てるよう練習していきたいと思います』
『松原女子高校と言えば公立高校、少ない部員数、優秀な学力でも話題となりました』
『それはこちらとしては正直不本意ですね。確かに公立高校より私立高校の方がより多く出場していますし、強豪校と言われる高校も現在ではほとんどが私立高校です。
ですが、私立高校と公立高校でバレーのルールが変わるわけではありませんから、『私立高校だから有利、公立高校だから不利』だなんてことはありません。私立高校が強いのは日々練習しているからです。その努力を認めないわけにはいきません。
少ない部員に関しては仕方ありません。年々子供の数は減っていますし、それに対して女子スポーツは多様化しています。いくつもある女子スポーツの中でバレーを選ぶ生徒が減ってしまったのは残念ですが、勝って有名になることで集まる生徒もいると思いますので練習し、勝つことで新入部員を募集したいと思います。
最後に学力ですが……
はっきり言わせていただきます。プロ養成校ではなく高校生なんですから勉学は励んで当たり前です。
そして一部の報道で誤解があるようですが、部員全員が優秀な学力を誇っているわけではありません。確かに上位十傑に入る生徒もいますが、一番ひどい生徒だと下から数えた方が早いくらいの学力です。また私も松原女子高校のOGなので断言しますが、正直1年生の学力なんてあてになりません。
文理分けを行った2年生以降が大切なんです。そこでも優秀な成績であれば、初めてよくやったと言えるのです』
『これは手厳しい。学力に関しては監督としてではなく教師としての一面を見せる佐伯監督ですが――』
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全日本バレーボール高等学校選手権大会 女子部
優勝 金豊山学園高校
準優勝 松原女子高校
3位 恵蘭高校
龍閃山高校
個人賞
最優秀選手賞
飛田 舞 (金豊山学園高校 3年)
優秀選手賞
飛田 舞 (金豊山学園高校 3年)
宮本 千鶴 (金豊山学園高校 3年)
津金澤 杏奈(龍閃山高校 3年)
長森 聖 (龍閃山高校 3年)
平山 麻里 (恵蘭高校 3年)
立花 優莉 (松原女子高校 1年)
補足
春高バレーの個人賞に新人賞とベストスパイカー、ベストサーバーの項目はありませんが、仮にあったら3つとも全部優莉が受賞しています。
反対に作中では表記していないベストリベロ賞が実際にはあり、作中世界でもカットしているだけであります。
受賞者は恵蘭高校のリベロで優莉の凶悪サーブ/スパイクを幾度となく拾い上げたことで文句なく満場一致だったとか……