101 VS金豊山学園高校 その6
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実況席より
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『ここで最後はバックアタック!これで24-19。金豊山学園高校、ついにマッチポイントです。追いかける松原女子高校。ここで踏ん張ることができるのでしょうか?』
『あと1点で試合が決まってしまうかもしれないところですが、ここは両チーム慌てず平常心でプレイしてほしいところですね』
『それにしても一時期乱れたかのように見えた金豊山の飛田のセットアップですが、再び安定するようになりましたね』
『いいえ。あれは『乱れた』ではなく『乱した』だと思いますよ。飛田選手が『乱した』トスをあげた時は松原女子高校の前衛に立花優莉選手がいました。
彼女は第2セットの終盤から第3セットにかけて神業ともいえるスーパーブロックを連発しています。それが出来たのもトスをあげるギリギリまで飛田選手を観察し、誰がスパイクを打つのか正確に読み取っていたからです。おそらく飛田選手の癖を見抜いたのでしょう。
これに対して飛田選手はあえてトスを『乱す』ことでこの癖を隠してセットアップを行いました。結果、金豊山の選手にはいつもと違う微妙に合わないトスが上がってきますが、それ以上に立花優莉選手のトス読みを封じました。こうなると背の低い立花優莉選手は厳しいですよね。
彼女が神業ブロックを出来たのは相手のセットアップを読んで相手より早く跳んで相手より高い位置にブロックを持ってくることで成立しています。それが崩れてしまったことで流れが一気に金豊山に傾いてしまいました』
『なるほど。そして今は立花優莉が後衛ですから再び飛田はいつも通りのセットアップをしていると。さあ優勝まで後1点と迫った金豊山。ここで最後となるかもしれないサーブは――あっと!ここで小平がサーブをネットに引っ掛けてしまいました』
『金豊山の選手は何度も大舞台を経験しているはずですが、優勝まで後1点となるとプレッシャーも大きいですからね』
『これで24-20。このまま金豊山がいくのか。はたまたここから松原女子が逆転し、第5セットまでもつれ込むのか』
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視点変更
立花 優莉視点
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参った。完敗だ。
まだ試合は終わっていないし、俺自身最後までボールを追うことを諦めたり、全力を尽くさなかったりはしないが、彼我の実力差は圧倒的で点差以上の超えられない壁を感じる。
舞さんは俺が前衛に回ったとき、本当に「考えないでトスをする」というトンデモナイことをやってのけた。
これは本当にすごいことだ。
強い意志をもって自分の望む方向、位置にセットアップするのも当然凄いが、一切考えず無心でセットアップできるのも高校生というカテゴリーの中では舞さんだけだろう。
少なくとも陽菜や未来をはじめ、今まで見てきたセッターで無心でトスを出来る様な選手はいなかった。
あれは何百、何千とトスの練習をしてきたからこそ無意識で出来る境地のはずだ。
そしてそれに合わせられる金豊山のスパイカー陣も凄い。スパイカーから発せられる雰囲気から察するに舞さんは無心で各スパイカーが妨害なく絶好調時に跳べた際の打点目がけてセットアップをしている。
が、実際には今は第4セットの終盤で疲労はあるし、何よりコート内の動線は味方選手同士で入り組むものだ。妨害なく絶好調時の最高打点まで跳べるというのは案外少ない。だから微妙にトスが高かったり、位置がずれたりするがそれを空中で修正してこちらに打ち込んできた。
金豊山のスパイカーはここまで基本的に舞さんが綺麗に上げたトスを高い打点で打つだけが巧いと思われたが、ちゃんと乱れたトスを打つ技量も持っていた。
さらにここに来て――バレーを始めたのが去年の4月からだから1年近くの時間を経てようやく――俺はバレーは背が高い方が有利であるということ、160cmにも満たないチビがどれだけ不利なのかを痛感させられた。
俺は今まで背の低さをジャンプ力で補ってきたどころか、長身の選手を上回る高さを出していたが、金豊山の選手をブロックしようとするとそれができない。
そもブロックにおいて『高い』とは単純に高く跳ぶことではない。相手がスパイクを打つその瞬間にどれだけ高い位置にブロックを置いておけるか、である。
例えば山なりに上がったボールを打つ、所謂オープン攻撃なら余裕で相手スパイカーのジャンプのタイミングにあわせられる。何ならちょっとくらい早く跳んでも俺の方がジャンプ力があり空中に長くいられるから問題にならない。
速攻でも、これまでに戦ってきた相手ならタイミングをずらされて手が届かないことはあったけど、高さで負けを意識させられたことはなかった。
だが、金豊山はまずセッターからのトスが物理的に速い。これは直線軌道でヒットポイントにセットアップするダイレクトデリバリートスを舞さんが上げるからだ。
高校生どころかプロだってよく使う、ちょっとだけふわっとした軌道を描くインダイレクトデリバリートスに比べると、1秒にも満たないほんの数瞬だけど早くスパイクが打たれる。
さらに金豊山の選手はみんな背が高く、打点も高い。だから俺が並みの女子高生バレーボーラーのスパイクをブロックする場合と比べ、ほんのちょっとだけ高く跳ぶ必要がある。その『ちょっと』のぶんだけブロックの完成が遅くなる。まあこっちも本当にほんの数瞬だが……
さらにさらに金豊山の選手は上手くいく時はファーストタッチを高めにあげる。そこからセッターとしては長身の舞さんが高い位置から高い位置へトスをあげる。だから低い位置から高いスパイカーの打点にボールを上げるよりほんのちょっとだけ早くボールがヒットポイントに上がることになる。これもほんの数瞬だが……
しかしこれらが重なると俺がインチキ聴勁で舞さんの声を聞かない限り、微妙なところで手にボールが届かないという事態が発生した。
本当にあとほんの数cm。俺が瞬き数回分早く跳べていれば手が届いたと思うし、あるいはあと数cm腕が長ければ手が届いたのに、という展開。
多分バレー歴の長い明日香やユキあたりは何度となく泣いてきただろうこのどうしようもない体格差をまさか俺も体験するとは……
そしてそのまま相手に連続得点と逆転を許し、それでも何とかローテを回して俺のサーブのターンで猛追したが、追い付ききれなかった。
それを踏まえたうえで俺が後衛になった場合のセットアップはどうか。
“今度は相手の右側、俺達から見ると左側にトスが上がる”
俺が後衛に下がると舞さんはいつも通りのセットアップに戻った。だからボールの上がる位置が読める。さらにスパイカーの思考からスパイクが飛んでくる方向が読める。
まず、スパイカーの望む高い打点にぴたりとセットアップする舞さんの技量。そこから瞬時の判断でこちらのブロックを抜けてスパイクを叩き込んでくる金豊山のスパイカー陣の技量。
金豊山は高さとパワーでゴリ押ししてくるパワーバレーなどと揶揄されるがそんなことない。そんなゴリ押しをするのは松女くらいだ。高さとパワーに加え技術も兼ね備えた一撃は、コースを読んだ程度で止められるものではない。
こっちのブロックの横をついてラインぎりぎりにスパイクを打ちこまれる。それを何とか俺が反応して拾うが、俺に強打を捌く技量が足りず、ボールはそのまま直接金豊山コートへ山なりに返って行った。
さらに続く金豊山の攻撃。
相手はファーストタッチを丁寧に処理し、理想的なAパスで舞さんのところへ。
次はどう来る?
相手の前衛は現在スパイカーが3枚。さらにファーストタッチはリベロの選手が取り、バックアタック要員も確保している。スパイカー4枚のうち、誰を……
「レフト!オープン!最後よ!決めなさい!」
は????
どんな攻撃にもつなげられるのに、あえて攻撃方法を宣言???
舞さんは松女のコートにも聞こえるくらいの大声でレフトからのオープン攻撃を宣言。現にボールは千鶴お姉さんのいるレフトに高く上がっている。
いやいやいや
ただのオープン攻撃なら俺達だって3枚ブロックを作れる。あんなに高くボールを上げられたら俺達にだって迎撃態勢を整えられる。
だがそんなこっちの反応などお構いなしに悠然と、堂々と助走に入る千鶴お姉さん。
こちらも3枚ブロックで応戦するが――
バチンッ!
千鶴お姉さんの強烈な一撃がブロッカーの誰かの手にあたる。
が、そのままブロックの手の隙間をボールが抜けて――俺やユキが飛びついてでも拾おうとするが無情にも届かず――そのまま俺達のコートに落ちた。
参った。
最後の最後に勝ち方にこだわられてなお、負けるとは……
完敗だ。
全日本バレーボール高等学校選手権大会 女子決勝
松原女子高校 VS 金豊山学園高校
9-25
18-25
25-22
20-25
セットカウント
1-3
優勝 金豊山学園高校