010 インターハイ予選 初日前夜
6月に入り、今週末というか明日からいよいよ全国高等学校総合体育大会、通称インターハイの県予選が始まる。
県によって予選方式は様々だが、俺達の県の女子バレーは出場高校54校、これを4つのブロックに分けて各ブロックで2週間をかけてトーナメント戦。翌週、勝ち抜いた各ブロックの代表校でトーナメント戦を行い、優勝した1校のみが県の代表としてインターハイに出場できる。
……シビアな県である。県によっては上位2チームが出場できたり、トーナメント戦ではなく総当たりのリーグ戦だったりするが、そんなのおかまいなしの一発勝負の世界である。
ちなみに松原女子高校バレー部は昨年1回戦敗退の実績から見事に逆シード枠、ブロック代表になるには4試合勝ち抜かなくてはならない。
「今日の練習はここまでだ。今週末のIH予選について話をするぞ」
顧問の佐伯先生が俺達をホワイトボートの前に集める。どうでもいいが、集まる時にはエリ主将から「集合!」の号令がかかり、俺達部員は「ハイッ!」の返事後、駆け足でホワイトボードの前に集まっている。実に運動部である。
「はっきりいう。お前たちの強さは未知だ。弱点も多いが、それ以上に強みもある。うまくかみ合えば姫咲高校にも勝てると思っている」
姫咲高校とは高校女子バレー界において県で最強、全国でも上位に位置する超強豪校である。明日香曰く、「でも今年は昨年ほど強くない」そうだが、それはあくまで全国レベルでの話。県最強は揺るがないそうだ。
「だから臆することなく、堂々と戦え。それと遅くなったな。1年にはユニフォームを配るぞ。明日忘れるなよ」
配られたユニフォームはジャージと同じくサックスカラーを基調としたユニフォームだ。……俺からするとユニフォームの前後に松原『女子』と刺繍されているのがちょっと恥ずかしい。もう女になって1年近く経つんだがなあ。
「!!ユキだけ色が違うぞ?なぜだ?」
「ユキはリベロだからね。リベロは他と違っていつでも交代できたり、スパイクやブロックをしちゃいけないってルールがあるから他の選手とユニフォームの色を分けるのが決まりなの」
「そういうことだ、玲子。優莉は良く知ってたな」
「姉が全日本のリベロですから」
「そういえばそうだったな。優莉も技術を磨けばお姉さんと一緒に全日本のユニフォームを着れるかもしれないぞ?」
それはどうかなぁ。まあ美佳ねえのこともあってリベロのユニフォームの色が違うことくらいは知っている。ちなみにユキのユニフォームは俺達と違い、濃い緑色だ。めちゃんこかっこいい。
ちなみに背番号だが、3年生は据え置き、1年生はクラス順、出席番号順に空いている若番から順にあてはめたもので番号自体には意味がない(by佐伯先生)。
で、その番号は以下の通り。
1番:エリ先輩 (チームキャプテン)
2番:美穂先輩
3番:玲子
4番:陽菜
5番:唯先輩
6番:俺
7番:明日香
8番:ユキ (リベロ)
「それではリベロのことを詳しく知っている優莉に質問だ。6人制バレーの位置としてのポジションをあげてくれ。リベロは言わなくていいぞ」
「えっと左前衛から時計回りの順でフロントレフト(FL)、フロントセンター(FC)、フロントライト(FR)、バックライト(BR)、バックセンター(BC)、バックレフト(BL)になります」
「正解だその通り。ちなみに知ってると思うが、サーブはBRがおこなうものだ。相手からサーブ権を取ったら先ほど優莉が言った順番でポジションがぐるぐる回る。これはみんないいな?」
「「「「「「「「ハイッ!」」」」」」」」
「それで今週末の試合だが、スターティングメンバーはこれで行く。誰かが怪我をしたとか、試合で噛合わないとかがない限り、県予選はこのままだと思っていい」
「!!」
佐伯先生は黙々とポジションと背番号をホワイトボードに書き入れる。
バレーボールの試合に出れるのは6人+リベロ1人。俺達は8人。つまりは……
FL:5番 (岡崎 唯)
FC:6番 (立花 優莉)
FR:4番 (立花 陽菜)
BR:1番 (板垣 恵理子)
BC:3番 (村井 玲子)
BL:7番 (都平 明日香)
L:8番 (有村 雪子)
→ 3番と6番が後衛時に出場
ネット
――――――――――
FL FC FR
BL BC BR
――――――――――
エンドライン
……美穂先輩の名前がない。だが、佐伯先生はそこに触れない。先生は前々から公言していた。『今考えられる最強のメンバーで試合に挑む』と。だから俺達も聞かない。聞けない。
「まず、優莉と玲子だが、お前たちは好きにやっていい。初心者の積極的なミスをどうこう言う奴はこのチームにはいない。レシーブは取りに行ってミスしたなら仕方がない。
だが、ボールを取りに行かないといった消極的なミスはダメだ。それとスパイクとサーブも思い切っていけ。決して『入れていこう』と消極的になるな。ミスるのならアグレッシブにやって失敗しろ。いいな」
「「ハイッ!」」
「続いて恵理子。お前がこのチームの柱だ。誰が何と言おうと。だから苦しくとも前を向け、声を出していけ。それとサーブを一番最初にしたのも理由がある。お前が一番サーブが安定している。まずはサーブで相手の戦意をくじけ」
「ハイッ!」
「唯。お前がブロックの要だ。高さで1年に負けてるとかそんなのは気にしなくていい。コート上ではお前がブロックを指揮しろ。優莉と玲子はまずは唯の隣で飛べ。唯が飛ぶ場所がお前たちの飛ぶ場所だ」
「「「ハイッ!」」」
「陽菜。お前がチームのセッター、ゲームメーカーだ。試合をコントロールするのはお前だ。それと妹と玲子は高度なトスはスパイクに出来ん。丁寧に高めにあげてやることを決して忘れるなよ?」
「ハイッ!」
「明日香。うちには優莉、玲子の二大怪獣がいるから自信が持てないかもしれないが、お前も普通なら余裕でエースアタッカーだ。それだけの実力も才能も秘めている。自信を持て」
「ハイッ!」
「雪子。知っての通り、優莉と玲子はこの2ヶ月、ほぼスパイクとサーブに練習を費やしてきている。レシーブ練習はその分おざなりだ。お前がコートに出ているときは二人分守る気持ちでいろ、いいな」
「ハイッ!」
「それから――――」
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ミーティングが終わり、用具を片付け、部室へ。なんとなく空気が重い。一人だけ試合に出れない。しかも3年生が、である。
「いやー。あっぶね。てっきり私がスタメン落ちかと思ったけど、美穂がスタメン落ちだったかぁ」
この重苦しい空気を換えたのは同じく3年生の唯先輩だった。
「いやね、この間、美穂と二人で佐伯先生のところに行ったんだよ。『「今考えられる最強のメンバーで試合に挑む」をウソにしないでください。弱かったら3年生でも外してください』って」
驚きの告白である。
「実はあの時、私はそれで外れるのは唯だと思ってたんだよね」
え?美穂先輩まさかの腹黒発言?
「はっはっは。言った本人のセリフじゃないけど、私も外れるなら私だと思ったんだけどねえ。やっぱポジション?MBってうちのチーム、私だけじゃん。レアリティの高さがレギュラー入りの秘訣だったみたいだね」
「うぅ。それ言われるとつらい。同じセッターの陽菜、すっごく上手いし、背も高いし、美人だし……」
「いや、美人は関係ないでしょ。陽菜は美人で可愛いけど」
当の3年生は笑っている。??????
「だから、1年生たちは気にしなくていいって言ってるのよ」
エリ先輩が答えを言ってくれた。
「そりゃ、3年生なんだし、試合には出たいわよ。でも、強いメンバーが試合に出る。当然のことじゃない。それに私達が生まれてくる前位の松女だとむしろ3年間1回も試合に出れないケースの方が、むしろ多いって聞くし」
「それに、私、諦めたわけじゃない。先生はさっき『県予選はこのまま』って言った。だったら本選に出ればもう一度選考の機会があるってことじゃない」
「うっ……そうなるともう一度正セッターの座を巡って美穂先輩とやりあうんですか?」
陽菜がおそるおそる言う。が、
「いやー。うち、スパイカーに強力なのがいるし、ツーセッターもありじゃない?となるとアタッカーにならない唯がライバルなわけで……」
「な、なんだとー。私はレギュラーを離さんぞ!やれるものならやってみろ!」
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確かに強力なスパイカーを複数有する俺達にツーセッター戦術は合うかもしれない。だが、そのための練習時間は?あとどれだけ残されている?
そもそも大前提のIH予選勝ち抜きがどれだけ難しいか、1年生以上に知ってるのに?
それがわからない先輩達ではない。でもあえておどけて見せているのだ。
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その日の帰り道。玲子と二人だけで少しだけ話す機会があった。
「美穂先輩、小学校の頃からバレーやってるってさ」
「私達ははじめて2ヶ月だよな」
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世の中には才能ってものがある。時間をかければ必ず成功するものではないし、成長するものでもない。努力は報われるというのは半分嘘だ。報われたものはすべからく努力をしているが、努力をしたからといって報われるわけではない。
「県予選を勝ち抜くには何試合に勝てばいい?」
「6試合」
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「やることは決まったな。6勝してもう一度、佐伯先生に選手選考してもらうか」
「もとよりそのつもりだよ。というか玲子。明日香に『全国制覇しましょう』って言われてバレーを始めたんでしょ?だったら県予選くらい突破しないとね」
「そうだったな」
玲子と軽いやり取りをする。が、気持ちは本気だ。バレー暦2ヶ月の本気を見せてやる。
実際には公式戦直前でユニフォームを渡すなんてないと思いますが、背番号をお知らせするためにあえて入れています。
スターティングメンバー発表については補欠とレギュラーの差があまりない場合は直前発表もありうると考え、この形にしています。