100 VS金豊山学園高校 その5
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全日本バレーボール高等学校選手権大会
女子決勝 第4セット
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決勝戦第4セットは松原女子高校からのサーブ。サーブの1番手は立花優莉。敵味方双方の予想通り、強烈なサーブで第4セット先取点は松原女子高校。その後、立花優莉の強烈なサーブをなんとか6本目で止め、サーブ権は金豊山へ。
ここから半ローテ分、松原女子のエース立花優莉は後衛。金豊山としてはなんとしてでもここで試合の主導権を握りたいところ。
だがここで松原女子高校が粘る!粘る!!粘る!!!
バコーン!!
レシーブの際にサーブの勢いを殺しきれずに大きな音を立ててしまう。それはレシーブとしては決して良好な結果を生まず、ボールは明後日の方向へ飛んでいく。
「取っただけでもナイスレシーブ!」
「カバー!カバー!」
「明日香!追いつけるよ!」
コート外に飛んでいくボールを追いかけ、拾う!
「ラスト!繋いで!」
「ユキ!」
「みんな戻って!」
最後を託されたリベロはボールを追ってコート外にも散った仲間が戻る時間を稼ぐためにもアンダーで高く、それでいて金豊山コートの奥深くへボールを打ち上げた。
……それ自体は良いプレーではあるが、所詮山なりで返ってきたボール。
「チャンボ!チャンボ!※」(チャンスボールの略)
金豊山は慌て騒がず返ってきたボールを高くセッターの位置へ返球。同時に複数名のスパイカーが助走に入る。
「格好つけなくていい!1枚でもいい!好き勝手に打たせるな!」
ここで信じられないような言葉が松原女子高校のベンチから飛んでくる。スパイカーに対しブロッカーが1人ではほとんどの場合でスパイクを止めきれない。簡単にブロッカーの横を抜かれてしまう。
一方でそんな指示を出さなくてはいけない事情もある。第1、第2セットは常識通り2人以上のブロッカーをスパイカーに割り当てようとした。
が、相手のセッターはファーストタッチがちょっとやそっとどころかよほど乱れない限り強引に速攻に持っていけるだけの技量を誇り、かつセットアップも巧みでどこにボールを上げてくるのかわかりにくい。これに攪乱されてどフリーにスパイクを打たれるケースが多くみられた。
故に松原女子高校は開き直ってブロックは1枚だけになっても確実に相手スパイカーにプレッシャーをかける作戦に出た。
確かにブロッカーの左右を抜いてスパイクを打つのは容易。一方で完全フリーとは確かに異なり、一部のコースが制限され、それが若干のストレスに変わる。所詮は若干ではあるが……
ピッ!
ブロッカーの横を抜けてボールがコートに落ちる。金豊山に追加点だ。
だが――
「ドンマイドンマイ」
「いけるよ。まだまだいけるよ」
「ナイスガッツ。拾えるものは諦めずに拾っていこう」
失点した松原女子高校の面々はコート中央に集まり、軽く円陣を組み、互いを鼓舞する。これ自体は第1セットから見られた光景だが、発する雰囲気が違う。
第1、第2セットでは抵抗する方法がわからず、ただガムシャラに頑張って何とかしよう、というものだったが、第2セットの終盤からは『エースを前衛にすればスパイクは何とかなる』という明確とはいえないが対抗策が生まれた。
現金なもので、闇雲に頑張るのと具体的な指標がある中で頑張るのとでは後者の方がより力を発揮できる。
それが後一歩ボールに食らいつく原動力となり、仕切りにぶつかりそうになった時に諦めるかぶつかってもボールを取りに行けるかの違いを生んでいた。そのわずかな違いが一方的な試合か、なんとか抗する試合かの違いを生んでいた。
続く金豊山のサーブ。
いつも通り相手コートの隙間をついたはずのサーブだが、そのスペースに当然のように現れる小柄な選手。
パスッ……
小さく静かな音を立てて上がるボール。
サーブレシーブをした小柄な選手、立花優莉は確かに強打のレシーブを苦手としているが、優れた運動能力と基本を守る素直さを併せ持っている。
アンダーハンドレシーブの基本、前につんのめることなくボールの下に身体の中心で入り、腕ではなく膝で運ぶ。それ自体は小学生バレーボーラーでも知っていてやろうとする基本中の基本。
失敗してもめげずに愚直に基礎を守り続けた。間違ったことはしていない。故に何回かに1回は上手くいく。
ボールは高くセッターの位置へ。これならどんな攻撃方法も使える。レフトから攻撃するかそれともセンターか?
その時、金豊山のコートに緊張が走る!
ファーストタッチを無事成功させた立花優莉が助走体勢に入っている。
確かにファーストタッチはよかった。松原女子としてはなんとしてでもサーブ権を手にしてローテを回したいはず。つまりここは確実に点を取るためにエースのバックアタ――
バスンッ!!
金豊山の選手の目が松原女子の後衛に向いている隙に前衛の村井が金豊山のコートにボールを叩き込んでいた。
確かに後衛に目がいっていた。
しかし全く警戒していなかったわけではない。
それがキレイに決まったのは村井の技量によるものだった。Aクイックと見せかけて斜めに跳び、Cクイックの位置で打つスパイク技の1つ、エア・フェイク。
遠く実況席からは
『ここでセンター村井が中央突破!金豊山の隙をつきました!』
『今のエア・フェイクは見事ですね。ジャンプ力があるおかげで斜めに跳んでも普通の女子選手より高い位置に打点がありますし、何より直前まで僕もAクイックかと思いました。男女の違いによる筋力・体格差を除けば現役時代の僕以上でしょう』
という声が聞こえる。
松原女子は立花優莉のワンマンチームではあるが、だからと言って他の選手を警戒しなくていいわけではない。各選手は全国レベル以上の一芸を何かしら持っている。
それはわかっていたはずだが、あまりにも大きな脅威につい備えが疎かになってしまう。そしてエースに注目を集め、注目している隙に他の選手が点を取る。他の選手を注意すればエースが点を強奪する。
これこそが松原女子の必勝・必殺戦法。
わかっていたはずだ。それは松原女子高校が春高出場を決めた11月の時点で金豊山学園高校を含む多くの高校がわかっていたはずのことだが、ここに来て松原女子の選手が息を吹き返したことで改めて脅威となってそれが立ちはだかるようになった。
気が付けば松原女子高校はリードを何とか保ったまま再びエース・立花優莉が前衛となるローテに突入していた。
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視点変更
女子決勝 第4セット中盤
金豊山視点
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「あぁ。そうだったの。おかしいと思ったのよ。なんで優莉の1枚ブロックに必ずあたるんだろうって」
9-13と4点リードされたところで金豊山の大友監督は第4セット1回目のタイムアウトを取った。
そこで集まった選手に対し、
「試合前、相手リベロはごっつやり手やから真正面からは狙うなとは言うたけどな、一遍も打つなとは言うてへんやろ!」
という叱咤を掛けた。
そこでようやく飛田は優莉が1枚ブロックで跳ぶ時はわざとリベロへのコース、相手からすればリベロの視界を確保していることに気が付いた。
「せやかて重さん。そらぁ堪忍や。ネット越しのユキちゃん、めっちゃ怖いんやで。そのまま真正面に打ったかて拾われるだけや。せやったら優莉ちゃんにワンタッチしてもろうた方がまだ点につながるわ」
監督の言葉に反論をするのはエースの千鶴。言葉を発したのはその1人だが、他のチームメイトも同じように思っているようだ。
(情けない。優莉が後衛の時には相手リベロの嫌がるところに打ち込んでいるから気が付かなかった。優莉が前衛にいる時だけ戦い方を変えてきているのね)
自分で思っている以上にスパイクを止められていることにイラついて冷静さを失っているのだと自覚させられる。
「んでとっつぁん。なんかいい案は?」
「かっこ悪いけどこのまま自爆するのを待つ、のも一手ではあるわね」
「そらぁ却下やな。かっこ悪すぎやん」
目下、最大の障害となっている立花優莉の変人ブロックだが、おそらくあれは第5セットまで持たない。
トスコースを読むために飛田をギリギリまで注視している。それをするだけの集中力は大したものだが、あの集中力が長時間持つとは思えない。
現についさっきですらラリーが終わるごとに両ひざの上に手を置き、大きな息づかいはネット越しの金豊山側のコートまで聞こえていた。体力はともかく、精神はギリギリだろう。
他の面々も大声と気合でごまかし、時たまファインプレーが飛び出すこともあるが、たまってきている疲労から徐々に動きが悪くなってきている。
無理もあるまい。
松原女子高校も基礎体力に自信があるようだが、所詮は1年生。2年3年と積み重ねてきたこちらとは違うし、そもそもトレーニングの質・量ともに自分達の方が優れていると自負できる。
試合という特殊性から普段以上のプレイが出来ているようだが、それは逆に普段以上に疲れるということ。さらに今は春高5日目の決勝。蓄積された疲労もある。
金豊山学園の選手も疲れているが、それは松原女子の選手よりはマシだろう。また、仮に疲労からプレイの質が落ちるようなら選手を変えてしまえばいい。
一方の松原女子はボールを追いかけ、その時に仕切りにぶつかり、足でもひねったか選手が1人交代している。これで向こうのベンチにはもう交代できる選手がいない。
この点でもこちらが勝っている。
が、その勝ち方は望むような勝ち方ではない。自分達は女王。強い相手をさらに強さで上回ってこその勝利に意味がある。
「あ、あの飛田先輩がいいトスをあげてくれているのに決められなくてごめんなさい……」
ここで2年生の小平がすまなそうに体を小さくして言うが……
「はぁ?別に小平は悪くないわよ。1枚ブロックに簡単に捕まる私が悪いの。あんたはいつも言っているけど、堂々と飛びなさい。それだけで勝てるわ。小平だけじゃない。
金豊山のスパイカー陣は今大会最強よ。これで負けるようならそれは私が悪い」
その時、金豊山学園の選手、監督、コーチ、マネージャー、つまり発言をした飛田以外の全員に電流が走った。
あの唯我独尊の飛田が『自分が悪い』と言ったのだ。
「と、とっつぁん。どっか悪いんか?」
「なんでそうなるのよ。いつも言っているけど、みんな簡単に限界の壁を作りすぎるのよ。私がトスをあげたところが限界値。そこまで跳べばいい。それで負けたらその時はスパイカーを活かせなかった私が悪い。
簡単なことよ。いい?相手はちょっと身体能力に優れただけの素人が2人、他は悪いけど全国上位レベルとは言えない連中。対してこっちは高さ、力、技術に優れている。うちが負ける道理はない」
……
「なあとっつぁん。そやったらいい案あるで。うちが前に言うたん覚えてへんか?」
「前っていつの話よ?」
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視点変更
立花 優莉視点
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ぐぉぉぉおお。
頭がガンガンする。だがあと12点取ればこのセットが取れる。そうすれば第5セットにもつれこんで、そこでも15点先に取れば勝てる。そこまでの辛抱だ。頑張れ!俺!負けるな!俺!
こっちのサーブ。陽菜がジャンプフローターサーブで金豊山のコートを襲うが簡単に拾われる。良いサーブなのに。これは基礎力の差だな。
だが、ここで舞さんのトスコースさえ読んでしまえば俺が跳んでスパイクに触るかあるいはユキがレシーブすることであっちの殺人スパイクを攻略できる。手前みそだが俺のスパイクの前には多少の技量など関係ない。
だから――
????????????????
舞さんから全く思考が感じられない?????
どうなってんだ???
その直後、俺はバレーボールを始めて、初めてボールに一切反応できず相手スパイクを自陣コートに落としてしまった。
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“なあとっつぁん。うちが昔、『優莉ちゃんがブロックに跳んで来ても直接戦うんのはとっつぁんやない。うちや』言うたん覚えてるか?今がまさにそうや。せやからとっつぁんは余計なことを考えんと頭を空っぽにしてあげたいトスをあげればええねん。そしたら『今大会最強』のスパイカーが決めたるわ”
世間では圧倒的にラグビーですが、バレーボールもワールドカップをやっているんですよ。1.5軍とはいえ去年の世界選手権で優勝したセルビア相手に勝ってもいるんですよ。オランダにも勝ってるんですよ……