098 VS金豊山学園高校 その3
金豊山との決勝戦、第2セットはこちらからのサーブ。
第1セットとは違い、今度はいつも通り俺が一番最初にサーブを打つようなローテで挑み、現在1巡目のサーブの5本目。
ボールを受け取り、これまたいつも通りエンドラインから大股で6歩。そこで回れ右をするまではルーティンワークだが、今日はそこでさらに相手コートを視る。
ぶっちゃけて言えば俺は今まで基本的に相手コートなんて見ないでサーブを打つことが殆どだ。わざわざ打つ直前に見なくてもボールを受け取る前に相手コートのローテ状態なんて確認できるし、そもそも俺は相手コートの隅っことかの選手ではなく位置を狙って打つことが多いからサーブを打つ直前に相手がどこにいるかなんて気にしないで打っていた。
あと、割と切実な問題として俺より背の高いチームメイトが相手コートを隠しているので見えないという問題もある。
いや、これ明日香達が意地悪をしているわけではなく、バレーボールの一般的な常識としてサーブを打つ瞬間を相手選手に見せないことでサーブを取らせにくくするという戦術がある。つまり、俺から相手選手が見えない=相手選手だって俺のことが見えないというむしろ俺のための目隠しなんだが、第2セットはあえて前衛に左右に分かれてもらい、俺の視界確保を優先してもらった。
この状態で今日は相手コートを視る。見るではなく視る。
(よし来い。私に飛んで来い!)
(嫌だなあ。またあの豪速サーブか……)
(お願いこっちに飛んでこないで)
集中しているためか、自陣コート分の9mどころか助走用に確保した距離を含めれば10m以上離れているはずの相手選手の意思が聴勁で聴こえる……なんてことはないが、気合が入っていることは伝わる。
ここで狙うは特定の選手ではなく、選手が意識している守備範囲。
相手の意思は聴こえないが、目線や体の重心から守ろうとしている範囲が手に取るようにわかる……なんてこともないが、きっとこっちの方を守りたいんだろうなあというのがわかる様な気がする。
あくまで気がするだが、きっとそう考えているんだと思い込む。信じる者はきっと救われるのだ。そしてその意思の逆を突く。
いつものように2歩助走からの3歩目でボールを上げ、5歩目でジャンプ!
ピーッ!
俺のサーブは相手に触れさせることなく、相手コートに突き刺さり、これで5-0。
佐伯監督が掲げたノルマまであと10点。
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「よし。私が悪かった。この試合、勝利を諦めよう」
第1セット終了後、佐伯監督は集まった俺達を前にいきなりの白旗宣言をした。先に指揮官が諦めんなよとツッコミを入れようとしたが……
「お前達も言いたいことはあると思うが、それ以上に実感したと思う。私もついさっき、試合開始直前までは『ひょっとしたらまぐれ勝ちだってあるかも』なんて欲があったが、もう白昼夢は見れない。
今の私達ではどう頑張っても勝てない。なんせ相手サーブがろくにレシーブ出来ないんだ。それも特定の選手だけじゃなくて相手選手全員のサーブをだぞ?どうやってバレーボールをすればいいんだ?」
これだ。ぐうの音も出ない。確かにまともにサーブレシーブが出来ないのだ。試合にならない。
「ただまあ、負けると言ってもこのまま何も出来ないまま負けたんじゃあ悔しいし、癪だから一矢報いて負けよう。
具体的には相手より先に25点取るのは無理だが、そうだな……その半分の13点……は区切りが悪いから15点だ。相手が25点取るより先に15点取ろう。
難しいが出来ないことはないと思う。サーブレシーブが出来ないと言っても100%出来ないわけじゃない。何回かに1回は出来るわけだ。その『何回かに1回』を確実にものにしよう」
負けるのは仕方ないが、ただ負けるのではなく、15点取ってから負けろと佐伯監督は言う。
「いいですね。高すぎる目標は目標として成り立たないですし、俺も前の学校で野球を教えていた頃に強豪校と戦うときには『コールド負けはしない』というのを目標にして戦ったことがあります。ある程度は希望のある目標設定でないと戦意も維持できませんし」
これに上杉コーチが賛同する。
ふむ……
まあ確かに15点、あと6点なら何とかなったりするのか???
「それと不味い作戦は変えよう。第1セットはサーブのレシーバーを限定したが、あれは失敗だな。レシーブの巧い雪子とバレー歴の長い明日香には引き続き広い範囲を守ってもらうが、その他の選手もセッターの陽菜以外は自分のところにボールが飛んで来たら遠慮なくレシーブをするんだ。失敗なんか気にしなくていい。どうせ松女の部員は誰がレシーブしたって上手く捌けないんだからな」
確かにレシーバーの限定は有効じゃないというか、それがバレたら金豊山は強引にでもこっちの定めたレシーバー以外の選手めがけてサーブを打ってくるからなあ。
一度ネットギリギリに張り付いた俺めがけてサーブが飛んできた時はマジでビビった。あん時は心の準備が出来てなかった割には偶然捌けたが、もう一度やれと言われても出来ない自信がある。
「逆にファーストタッチを高く上げるのは継続だ。速攻なんて狙わなくていい。というか彼我の実力差を考えると松女が速攻を仕掛けようがオープン攻撃だろうが相手は3枚ブロックをしてくる。だったら開き直って味方が楽になるオープン攻撃でもしっかりと得意な形で攻撃しよう。それから――」
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視点変更
実況席より
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『決まったぁあ!サーブでもエース、立花 優莉、第2セットはやくも4本目のサービスエースでこれで7-0。まるで第1セットの鏡写しのように第2セットは松原女子高校が強烈なサーブで金豊山学園高校を徐々にリードする展開で――あっとここで金豊山学園高校の大友監督がたまらずタイムアウトを申請しています』
『これは仕方ありません。金豊山学園高校としてはここで一度時間を物理的に切って立花優莉選手の集中力を削ぎたいところですから。それにしても彼女は凄いですね。あの高さとそこから打ち出されるサーブの威力は僕の現役時代のサーブより凄いと思います』
『大曽我さんの現役時代以上のサーブとなってしまいますと男子のトップレベルということですから、これを高校生が凌ぐのは難しいでしょう。
事実、立花優莉は昨日までの春高本選で1セットあたり平均で1回戦は8点、2回戦で6点、3回戦も6点、準々決勝で6.5点、準決勝では3.2点分、サービスエースで得点してます。
サービスエースでなくとも立花優莉のサーブのローテーションでこれまで準決勝の恵蘭高校戦を除くと1セットあたり平均で11点も取っています。
バレーボールは1セット25点取れば勝ちの競技ですから、1/6のローテーションに過ぎない立花優莉のサーブでその半分近くを取っていることになります』
『あの身長で男子以上の高さから打つスパイクにどうしても注目してしまいがちですが、サーブこそ彼女の真骨頂……とは言い切れないんですけどね。
厳しいことを言ってしまいますが、フィニッシュを決める彼女までボールを運べないのは松原女子高校の弱点なんです。
昨日までの4日間の試合を僕も確認したんですが、驚くべきことに彼女のスパイク決定率は2段トスになってしまった場合を除けば9割以上でした。
これだけすごいスパイカーがいるにも関わらず、それを活かしきれていない。勿体ないですね。ただ、逆に言えばこの部分は松原女子高校の大きな伸びしろでもあるんです』
『伸びしろというのは即ち可能性。前評判では圧倒的に不利とされている松原女子高校。この可能性を活かしてこのセット、ものにすることは出来るか。はたまたこのタイムアウトで流れを手繰り寄せ、前評判通りの勝利を金豊山学園高校が――』
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視点変更
立花 優莉視点
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第2セットはなんとか俺のサーブで最初は主導権を獲れた。が、その後が続かない。
最初こそ、俺のサーブが良い感じに決まったので8-0までリードを広げることができたが、第2セット9本目で捕まり1点を返された。これで8-1。
ここで金豊山は舞さんのサーブの番。
スパイクサーブとジャンプフローターサーブの二刀流サーブに大苦戦し、それでも舞さんのサーブを6本目でなんとか止めることができた。
これで9-6。最大8点のリードがたった1回相手にサーブ権を渡しただけで3点差に詰められた。
そしてこちら2番目のサーバーは主将の明日香。
頭に『女子にしては』がつくが、明日香は背が高く、力も強い。だから明日香のスパイクサーブは打点が高く、球速も速い。俺はそんなにバレーボールには詳しくないが、明日香のスパイクサーブが女子高生の世界では全国でも上位だというのは予測ができる。今年の春高には女子だけでも50校以上が出場し、登録された選手は800人くらいはいるが、その中で明日香より強いサーブを打てる選手は全体の1割もいないだろう。
それだけ強烈なサーブを打てるはずなんだが、明日香のサーブは相手に難なく……というのは語弊があるが、舞さんが乱れたファーストタッチを速攻用トスに変換し、俺達は相手のCクイック攻撃を止めれず、明日香のサーブは1本で止められてしまった。これで9-7。
再び金豊山のサーブ。
んで金豊山2人目サーバーも舞さんほどじゃないが強烈なサーバー。何とかボールを返せることもあるが、それは山なりボールで相手コートに何とか返せている状態で、攻撃を仕掛けられているわけじゃない。そしてそんなチャンスボールを全国女王に返してしまうと、当然のように一部で男子並みと評される凶悪な高さと威力を誇るスパイクで返球されてしまう。
あっという間に逆転を許し、こちらの3人目のサーバー、未来の番になった時には10-11と逆転された状態になってしまった。
その未来はドライブサーブというもの凄い縦回転のかかったサーブを打ち、技術がなきゃ取れないはずなんだが、やっぱり捌かれてしまう。
またもこちらは連続得点できず、三度サーブ権は金豊山へ。
なんというかこちらは俺以外が全員各駅停車で、相手はずっと特急電車のような試合展開だ。
俺は……自慢するようで悪いけど、新幹線?
い、いや第1セットのだってこっちの取った9点中5点が俺のサーブのターンだったわけだし……
それと差はサーブだけじゃない。
例えばスパイクにしても金豊山のスパイクは強力であんなのをまともにレシーブできるのはうちではユキだけなんだろうけど、そのユキにはまともにレシーブをさせないよう、徹底して対策を打たれている。
まず舞さんはファーストタッチが下手れてもどこからでも速攻を仕掛けてくる。これが本当に厄介。ちょっとくらいレシーブが乱れても構わず速攻をねじ込んでくる。しかも無茶な姿勢でトスをあげることがあってもトス自体はとてもキレイで丁寧。そして金豊山は常に複数枚のスパイカーが全員打つ気満々で走り込んでくる。
だから誰にブロックをついていいのかわからず、こっちのブロック体制はずっと振り回され続けている。
今、俺は後衛だけど、仮に前衛でブロッカーだったとしても状況は変わらないだろう。誰が打つのかわからないというか全員が打つ気である以上、なんちゃって聴勁でスパイカーの思考を読めても読んだスパイカー以外にボールが上がったら意味がない。
そしてブロックの隙間をついて、ユキ方面に打ち込んでくる際は、ユキでは微妙に届かない、でも他のチームメイトでも届かないからユキに取って欲しいという絶妙な位置に的確にスパイクを叩き込んでくる。
「はぁ……はぁ……」
第1セットからずっと前後左右に走らされっぱなしのユキはすでに両肩で息をしている。しかし、ここでユキの脚が止まったらいよいよ誰も金豊山のスパイクをレシーブ出来なくなる。
ちなみに、俺ならきっとボールには追いつけるが、まずあの強打を捌ける技術がない。
それを知られているのか、金豊山のスパイカーは全員、俺の守備範囲に打ち込んでくるときはびっくりするくらい俺の真正面に打ち込んでくる。
舐めやがってと思わなくもないが、俺がレシーブをすると、その時に腕とボールで発する音はやかましいというかなんというかユキが正面でレシーブする時とは違うけたたましい音が鳴る。即失点につながる様なものではないが、なんというか残念な感じの音だ。
せめてブロックさえまともに出来れば……
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……まてよ??
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実況席より
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『逆転を許しましたがまだまだ食らいつく松原女子高校。エース立花優莉も前衛にあがり、サーブは12月に行われたU-19の代表合宿にも呼ばれた村井。ここで何とか同点に追いつきたいところ。
その村井からの――強烈なサーブ!レシーブは乱れてしまうが――金豊山には飛田がいる!乱れたボールを飛びつきながらアンダーで後方に上げたにも関わらずボールはぴたりと自陣左側の位置へ!』
『とんでもないですよね。飛田選手は今最後はスパイカーの位置を見ないで、それでもスパイカーが欲する高さと位置にボールを上げてしまうんですから。
サーブは両校互角どころか立花優莉選手を擁する松原女子高校の方が上だと思います。それでもこの点差になるのはセッターの差ですね。松原女子高校もサーブで相手のファーストタッチを乱すんですが、それを修正してしまう飛田選手がいるかいないかの差が大きいですよ。
松原女子高校のお姉さんの立花選手もいい選手ですが、現役女子高生最高のセッターと言われる飛田選手と比べると、やはりな点が出てしまいます』
『準決勝で破った龍閃山高校と同様、金豊山学園高校はスターティングメンバーが全員一度はU-16やU-19で呼ばれたことのある女子バレーボール界のエリート軍団ですが、その中でも特に飛田の評価は高いと聞きます』
『あれだけの選手ですからね。当然でしょう』
『その飛田からのトスを最後はエース宮本が落ち着いて決め、これで16-12。じわりじわりと金豊山学園高校がリードを広げていきます』
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視点変更
女子決勝 第2セット終盤
金豊山視点
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「最後の悪あがきや。あっちの優莉ちゃんは気にせんで普通にレフトからぶち抜いたれ。実力差を見せつけるんや」
タイムアウトを取った大友監督は集まった選手に対し、開口一番そう告げた。
第2セットも終盤。先に20点の大台に乗せたのは第1セットと同じく金豊山だった。
が、ここに来て松原女子は妙なブロックシフトを敷いて奇妙な粘り方をしてきた。
ブロックも高度に組織化された現代バレーボールでは中央にあらかじめブロッカーを集めるバンチシフトで構え、その状態から左右にトスが飛んでも3枚ブロック体制に持っていくバンチリードブロックが主流である。
大会No1のブロック体制と言われる龍閃山はもちろん、金豊山もブロックはバンチリードブロックが出来るようにしている。
一方、圧倒的に組織力が未熟な松原女子高校はここまでブロッカーをあらかじめ右、中央、左に散らばせて配置するスプレッドシフトで対応していた。
このシフトでは左側のブロッカーは右側から飛んでくるスパイクには対応できず、反対に右側のブロッカーは左側からのスパイクには対応できない。
が、最初からブロッカーが散っているのでどこからスパイクが飛んできても最低1枚はブロッカーが付けられるというシフトである。
なぜ松原女子高校が流行りのバンチシフトではなく時代遅れのスプレッドシフトを採用しているかは容易に想像できる。
単純に組織力と技術力が足りないのだ。
現状のスプレッドシフトですら飛田の速いトスワークに翻弄されて下手をすればブロッカーが実質0枚という状態が度々あるのだ。仮にバンチシフトで構えていたらそれこそ左右からの攻撃に対応できず、ブロック機能不全という状態になっていただろう。
その松原女子高校がここに来てブロックのシフトをこちらから見た左側、つまりエースポジションにブロッカーを2枚固定、中央と右はブロッカー1枚とするリリースシフトに変えた。
リリースシフト自体は珍しいシフトではない。現代でも強力なエースに対し、あらかじめ固定でブロッカーを配置することはある。それを考えればこちらのエース格がいる左に2枚のブロッカーを配置するのはおかしな話ではないのだが、問題はブロッカーの位置。
左の2枚のブロッカーが防ごうとしているのは左も左、コートの横幅9mのうち、2人が並んで立つ2mもない狭い範囲だけ。
残る7m強の広い範囲はたった1枚のブロッカーで防ごうとしている。
普通こんなバカなシフトを敷いたら1名が守るには広すぎる7mのエリアからブロックなしの一撃を叩き込まれて終わりそうだが、この範囲をたった1名のブロッカーが守り切っているのだ。
守り切ると言ってもスパイクをシャットアウトされるわけではなく、ワンタッチされる程度にとどまるが、そのワンタッチが曲者なのだ。
松原女子の選手は技術力は低いが身体能力と士気は高い。強打を捌く技術はないが、上がったこぼれ球に対しては最後まで走って追うだけの体力とあきらめないガッツで拾ってくることが多い。
結果、攻撃が決まりきらず、むしろ左からブロック2枚をぶち抜いた方がまだ点につながるという奇妙な状態になっている。
その不思議な状態を作り出しているのがたった1人でコートの横幅3/4以上を守る立花優莉の存在である。
始末の悪いことにこんな状況になると負けず嫌いの飛田は意地でも立花優莉のブロックを破りたくなるような性格なのである。
これが悪い方向に進み、相手からのサーブが飛んでくる→こっちはスパイク攻撃でお返しする→そのスパイクがワンタッチされる→松原女子にこぼれ球を拾われる→松原女子からのスパイク攻撃で失点→相手のサーブという悪循環を生んでしまい、一時期は19-12の7点差リードが22-18の4点差リードまで詰められてしまった。
つまり先ほどのセリフは言葉とは裏腹に『変態機動の優莉ちゃんブロックは抜けないから諦めて左から攻撃しよう』というものなのである。
「そうですね。勝ち方にこだわれるほど私達は強くありませんから」
言いたいことはたくさんある。負けを認めたようで嫌。
だが、それ以上に勝たなくてはいけない、敗者には弁明の余地はないということを飛田はよく知っている。だから嫌だが――本当に嫌だが――めっちゃ嫌だが――やっぱり発言を翻したいと喉の奥まで言葉が出るが――勝ち方にはこだわれないと飛田は言った。
タイムアウト明けは相手からのサーブ。これを丁寧に拾って作戦通り左から攻撃。これが決まり、23-18。
さらにこちらのサーバーは一周してビッグサーバーの飛田の番。難なく2点決めて見せて第2セットも金豊山のものとした。
全日本バレーボール高等学校選手権大会 女子決勝
松原女子高校 VS 金豊山学園高校
第2セット
18-25
セットカウント
0-2