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閑話 金豊山学園高校VS龍閃山高校 その4

(あかんな……)


 試合は第4セットの中盤。時計を見れば14時半近く。試合開始が12時半なのですでに試合開始から2時間近くが過ぎている。通常バレーボールは1セット30分以下、おおよそ20~25分程度で終わる。ところがこの試合は両者の実力が高いレベルで拮抗し、ラリーが続くので1セット30分以上の時間がかかっている。その分、疲労は他の試合の比ではなく、特に毎回ボールに触り、敵味方の動きに注意を払っているセッターの飛田、インターハイの怪我が10月に入ってようやく完治し、それでもエースゆえにラストボールが集中する宮本の両名は相手に悟られぬよう上手く隠しているが、疲れがたまっていると大友監督は判断した。


(いったん引っ込めるか?いや、飛田や宮本の代わりはおらへん。代えたら試合を持っていかれる。それにもう1人しんどいのがコートにはおる。我慢比べや。それと――)


 大友監督は4セット目1回目のタイムアウトを申請した。

 

======


「攻撃が単調になっとるで。最後宮本に任すにしてもちゃんと囮はせいや。それと飛田。宮本ばっかりトス上げとるのバレとるで」

「スパイカーが千鶴以外打つ気がなさそうなので上げてません。あれじゃ囮にもなりません」

「だったらそれを周りに言えや!自分らエスパーやないんやで!おうお前ら、今日までなんでキッツい練習してきたんや?今日と明日、勝って日本一になるためやろ?

 今更特別難しいことはせんでええ。練習でやってきたことをやればええんや。例え囮やろうと打つ気で入れや!」

 

 叱咤するとともにベンチに座り込む宮本(エース)に声をかける。

 

「おう。宮本。いけるんか?」

「もちろんや。後10セットでも余裕ですわ」

(それを両肩で息をしながらでなかったら良かったんやけどな)


「千鶴。私がトスをあげるのは使い物になるスパイカーだけよ」

「そやったら問題ないな。今日の試合の感じやと、うちがつぶれるよりとっつぁんがヘタレる方がはやそうや」

「はぁあ???私全然余裕だし!」

「わはは。ならまだまだ()()()はいけるっちゅうことやな」


 司令塔とエースは疲労困憊のはずだが戦意は全く消え失せていない。


(こらあ腹くくるしかないな。こいつらと心中するしかないわ)



「まてまて。えぇか?金豊山は2人だけのもんやない。コートにいる6人だけでもない。ベンチに入れんかった子も全員合わせての金豊山や。

 バレーは繋ぐスポーツや。次の仲間が楽になるボールを上げるんや。あと、スポーツドリンクは濃いめに作らせたからみんな飲んどけよ。汗は水分以外にもいろんなもんが体からでるんや。それから――」

 



=======


 育成と勝利を同時にこなさなければいけないのが学生スポーツの難しさだと大友は考えている。どんなにいい選手も3年経てば卒業してしまう。卒業と入学があるのでチームは毎年作り直し。加えて男子ほどではないが女子も高校の間で身体が成長する。そのため身体作りも大切なことだ。

 



「バレー部さんとバスケ部さんは良いですね。好きなだけ体を大きくしていいんですから」




 職員会議で食生活の改善を訴えた時に体操部の監督からそう皮肉られたこともあった。言いたいことはあったが、言われたことも理解できた。

 

 体が大きいほど有利なバレーボールは食事で身体をとにかく大きくしていい。筋肉をつけたかったら運動・食事・休憩の3つをバランスよく行えばいい。

 が、体操のような競技は違う。小さい体でなければいけない。一方で身体は鍛えなければいけない。まだまだ体は大きくなるのに、だ。過去に何度も体重超過で怒られている体操部の女子生徒を見てきた。

 

 

(あの指導はわいには無理や。人間、腹が減ったら何にもできへんと思っとるしな)

 

 

 金豊山高校バレー部の指導者となって10年近く経った。その間、如何に無理なく体を大きく鍛えるかをずっと考えてきた。だからこそ予感できる。このコートで真っ先にリタイアするのは彼女だろうと。




 


「うくっ!」





 ジャンプからの着地直後、そのまま踏ん張りがきかず後ろに倒れる選手が出た。

 

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 視点変更

  女子準決勝 第2試合

   実況席より

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『!!あっとここで龍閃山高校の津金澤選手が倒れ込みました』

『脚でもつったのでしょうか?太ももの裏側をおさえていますね』

『すでに試合時間は2時間を超えています。両校とも選手の疲労がたまっているのだと思いますが……』

『自分で立てないのでしょうか?心配ですね』



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 視点変更

  女子準決勝 第2試合

   金豊山視点

=======

「チャンスや。これは偶然やない。自分らがあっちの2mを左右に走らせて跳ばさせた結果や。あっちの2mが倒れても自分らがまだ両足で立っているのは今までの練習、身体作りの成果や。なんも卑怯なことはあらへん。容赦なくここで試合を決めるで!」

 

 会場は津金澤選手の負傷退場により一時的なタイムアウトとなっている。そこで手を緩めることなく勝ちきれと檄を飛ばす。

 

 

 大友はバレー部員に負荷の高い練習だけでなく、例え泣かれようともたくさんの食事を強制してきた。練習で酷使した筋肉を回復し、食事で得た栄養で体を成長させるための睡眠時間も確保したつもりだ。3年生に至ってはそれを3年間、ずっとさせ続けたのだ。体の強靭さは高校女子バレー界随一だと思っている。昨年の夏に怪我をして1ヶ月ほど本格的な運動が出来なかった宮本も怪我前はしっかり鍛えていたし、怪我後は神経質なくらいアフターフォローも行った。

 

 対して相手の津金澤選手はどうか。

 

 夏の頃と比べると足腰を強化したのはわかる。が、所詮は夏から4ヶ月の付け焼き刃。年季が文字通り違う。加えて高すぎる身長。これはかつて自分が失敗した道だからわかる。身長が高ければその分、体重もある。おそらく180cm級の選手と比べてダンベル1個分くらいは重いはず。ダンベル1個持って運動をし続けたらどうなるのか。当然体にかかる負荷も大きい。それで過去に大友監督は何人も練習や試合中に負傷者を出したこともある。

 

 経験豊富とはいえ、龍閃山高校の監督も2m級の選手を育てたことはあるまい。それが仇となったのか、あるいは津金澤選手なら最後までできると信じて送り出したのか。

 


 こちらもギリギリではある。だが、ここが勝敗を分けるポイントだ。

 

 

「小平、日野。向こうの2mが抜けるで。センターラインからぶちかましたれ。飛田!」


「一番決まりそうなスパイカーにトスをあげます」


「だ、そうや。えぇな。今までのブロックのシャットアウト分、全部利子とリボンをつけて返したれ」

 


=====


 その後、21-19で2点リードしていた龍閃山はブロックの柱、津金澤を失ったことと、ここぞとばかりに一気呵成に攻め立てる金豊山の猛攻の前に6連続失点をしてしまい、第4セットを21-25で落としてしまう。

 


 さらに続く第5セット。第4セットからさらにギアを1段階上げた金豊山のエース、宮本のスパイクは津金澤抜きでは止めることができず、序盤から大きくリードを許してしまう。

 


 なんとか復活したのか7-14と相手のマッチポイントで再び津金澤を投入するが……

 

 

 

=======

 視点変更

  女子準決勝 第2試合

   観客席 立花 優莉視点

=======

 

「……アタシら、あれと明日やんの?」

「わかってたけど、どうしよう……」


 明日香と未来のコンビですら口数を減らす程の高レベルな試合に俺達はちょっと前の勝利の気分なんて吹き飛んでいる。

 

 本当にどうしたもんかね?


 試合時間は2時間半を超えようとしていた。疲労もたまっているはず。なのにコートにいる一部の選手は元気いっぱいだ。ゾンビかな?


 

 一時期負傷退場していた津金澤先輩も復活し――


 

 ってその津金澤先輩がブロード攻撃!復活したばかりだというのに本当に元気だな。

 

「陽ねえ、明日どうする?」

「(むすっーー)」


 おやおや?

 

 おかしいぞ~

 

 なぜか陽菜お姉ちゃんが不機嫌だ。

 

 準決勝第2試合開始直後は疲労により寝てしまった陽菜達だが、何もずっと眠りっぱなしというわけでもなかった。全員第2セットの中盤くらいまでには誰に言われるまでもなく起きた。まあ30分強昼寝した感じだな。疲れていたのだ。寝てしまっても仕方あるまい。気にすることはない。だからもう一度にっこり笑って言ってやろう。


「陽ねえ気にしなくていいよ。疲れてたんだし。だから私の膝枕で寝――」

「お姉ちゃんを敬わない生意気な口はこれかなぁあ!!」


 陽菜が俺のほほを引っ張る。

 

 ふはは!

 

 言い返せないからと暴力に頼るとは所詮は小者!


 当面の間はこれを武器にからかい続けよう。


 ちなみにばっちりスマートフォンで寝顔は撮影済みだ。ついでに撮った写真は涼ねえと美佳ねえにも「春高でお疲れの陽菜お姉ちゃん」というタイトル付きで送っている。

 

「陽菜、優莉。仲が良いのは知ってるけど、今は明日のことを考えてほしいな」


「ちょっとユキは黙ってて。ここは姉としてビシッと妹を教育しておかないと」


「別に膝枕くらいいいじゃないか。それに相手は陽菜に添い寝してもらえないと寝れない子供なんだからムキになるのはお姉さんらしくないと思うぞ」


 玲子さんや。それは大変遺憾な誤解ですよ。一緒に寝てるのは俺が陽菜を湯たんぽ代わりに利用しているのであって別に一人で寝れないわけではない。

 

 と、確かにふざけている場合ではない。

 

 試合の方は津金澤先輩が入ったことで龍閃山が最後の抵抗をしているが、やはり開いた点差はどうしようもない。最後は舞さんからの速攻トスを千鶴お姉さんが決めてゲームセット。

 

 ……参ったな。金豊山はサーブが単純に速くて強い。だったら点取り合戦に持ち込むしかないんだが、この試合を見た限り、レシーブも半端なく巧い。たぶん俺達のサーブ位なら拾われる。

 

 金豊山相手……まあ仮に今日勝ったのが龍閃山だとしても変わらないが……に試合になるイメージが全くわかない……

 

 

 







 

 春高 女子準決勝 第2試合


 金豊山学園高校 VS 龍閃山高校

       25-22

       25-27

       23-25

       25-21

       15-10

 セットカウント

        3-2


 






 明日の予定


 春高 決勝戦


 男子 11:30開始


 (準決勝第1試合の勝者) VS (準決勝第2試合の勝者)

 





 女子 14:00開始


 松原女子高校 VS 金豊山学園高校



 

負傷退場は2018年の女子の某選手を思い出します。最後までいたら誠英にワンチャンあったような……



作中設定補足

Q.松女がこんだけビビるんだったらその松女に負けた恵蘭が勝ち上がっても勝負にならなかったのでは?

A.恵蘭だったら勝負になってました。恵蘭高校はレシーブが巧みで優莉のサーブですら易々とサービスエースを決めさせない程の守備力を誇ります。当然それ以下の玲子達のサーブなどもっと簡単にレシーブしてしまいます。仮に金豊山と恵蘭が戦ったらそれこそ舞さんと千鶴お姉さんの体力が尽きるまで延々とボールを拾い続けていたことでしょう。


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