閑話 金豊山学園高校VS龍閃山高校 その3
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??? 視点
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津金澤 杏奈は子供の頃から背が高かった。
バレーを始めた小学校3年生の時点で身長は170cm。小学校卒業時には188cm。中学入学早々に190cmを超え、卒業する頃には196cmまで背は伸びた。
その後、高校3年間ではあまり伸びなかったが、通常女性は15歳を過ぎればそれほど背は伸びないので当然と言えば当然である。
その長身ゆえに小学生の頃に同級生の男子からからかわれることもあったがそんな時は大抵恵まれた体躯から繰り出す拳をもって制圧していた。
整った儚げで可憐な容姿からは想像もつかない程、彼女は勝気な性格だった。
そんな彼女がバレーボールを始めたのは単純に背が高かったから周りに半ば強引に始めさせられたからだ。
小学生のネットの高さは男女共通で2m。小学6年生の平均身長は男女ともに150cm半ばほど。そこで大人以上の背丈を誇る彼女は無敵だった。ジャンプするまでもなく手はネットを超え、彼女が軽く跳んでスパイクするだけで誰もブロックできず、さらに小学生はポジションのローテーションがなかったので常に前衛。まさに『敵』『無』し。
だが、彼女が本格的に有名になったのは中学3年生の時である。
小学生の頃は地元のクラブチームに所属し、無名の弱小チームを全国に導いたがチームメイトは全国レベルには程遠く、彼女は無敵でも他を崩され全国では序盤に敗退。
彼女自身は注目の選手であったが、日本人とオランダ人のハーフということで将来どちらの国籍を選ぶかわからなかったためナショナルチームへの招集も無し。
加えて本人は「バレーボールなんて背が高ければ努力も練習もしないで勝てる」とバレー自体への熱意もなく、強豪私立校の誘いを断り中学校は地元の公立中学へ進学。
中学でもバレーを一応やってはいたが、なぜバレーをやっているかと問われれば「小学校の頃はただの義理。中学校の頃は部活動が強制だったから」と塩反応。
それでも並外れた身長、運動神経の良さ、バレーセンスの高さを持ち、さらに中学2年生の冬に日本国籍取得を公言したこともあって中学3年生にして初めてU-16に呼ばれたのだが……
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「あんた真面目にやりなさいよ」
「は?」
U-16代表候補として召集された合宿初日の練習でのこと。津金澤は自身より20cmほど背の低い170cm台にいきなり真面目にやれと言われた。
「おチビちゃん。何を言ってるのかな?」
「ッチ!!!……あぁそう。あんた図体がデカいだけの素人なのね。仕方がない。跳び方を教えてあげるわ。感謝なさい」
「余計なお世話よ。だいたいバレーってのは相手より高いところで打てばいいのよ。おチビちゃんの言う『跳び方』を知らなくてもブロックされないんだから問題ないでしょ」
「本当にド素人なのね。田舎のちっちゃい世界で猿山の大将――」
「ちょっと待って舞。言い方!初対面なんだし、言い方ってあるでしょ?」
「あのねえ、麻里。こういう世間知らずのうぬぼれ屋には最初にガツンと言わないといけないのよ」
「……自分のことを棚に上げてそう言える舞の神経の太さが羨ましい……」
この174cmのチビは飛田 舞といい、合宿中に事あるごとに重箱の隅をつつくように細かいことまであれこれ口を出して津金澤を不快にさせた。
そして何より腹立たしいのは――
「よっと……」
「くっ!!」
練習で対戦すると20cm以上も低い彼女に空中戦でいい様にやられたことだ。
それまで津金澤は限られた地域でしかバレーをやってこなかった上に、その地域にずば抜けた逸材はいなかった。多少の小細工は全て体躯の差で蹴散らしていたが、それが彼女には通じない。
「図体がデカいだけで何ともないわね」
嘲る様なセリフ。津金澤の心に火が付いた。いつか勝って「所詮チビじゃバレーは勝てないのよ」と言ってやる。そう心に決めた。それまでセンスに任せて適当にやっていた練習も真面目にやるようになった。進路も誘いのあった中では通学できるほどではないが実家から近く、設備も充実している強豪私立校を選んだ。
その私立校は強豪と呼ばれるだけあって1年の夏まではレギュラーを取れなかった。だが、1年の冬にはレギュラーを獲れた。2年の夏は直接、飛田舞のいる金豊山に勝ってインターハイも制した。
しかしその時に彼女をチビと罵る気にはなれなかった。その頃にはバレーは背丈だけではないと学んだからだ。深く学べば学ぶほど背丈は有利な点ではあっても絶対ではないと学ばされた。なによりU-16やU-19で一緒のチームになった時の彼女は確かに心強い。その点は認める。
その上でマウントを取るためにも勝ち続けたかったのだが……
続く2年の冬の春高、3年夏のインターハイは相次いで金豊山に惜敗。背は勝っている。何かが欠けているのだ。チームメイト?いやそれはない。相手と互角以上のチームメイトだ。
ならば一体何が……
「そうやってバレーなのに個人技で何とかしようとするところじゃないの?」
どうやったら金豊山に勝てるかと聞いてみれば同じくU-19仲間で龍閃山女子バレーボール部の主将 長森 聖はそう答えた。
「杏奈は真面目過ぎるんだよ。舞を観察してみてよ。セッターってポジションの差はあるけど、1人じゃなくて常に複数のスパイカーを操ってるんだよ?1対1じゃなくて1対複数に持ち込まれてるの。
そりゃ杏奈は背も高いし、センスもあるよ。でも相手は複数人で来てるんだからこっちも数で対抗しないと」
なるほど。確かに1対複数では勝てないのは道理だ。しかし、どうすれば1対複数に持ち込めるのだろう?
「杏奈はセンターでしょ?あっちはトスを左右に振ってくるんだから、こっちもブロックを左右に展開できるようにしなくちゃいけない。そのためにはブロッカーの連携を強化して、常に複数枚ブロック体制を敷けばブロックの中心が杏奈なんだから勝てる。まあその分、杏奈は左右に動かなきゃいけないけど……」
……フットワークの基礎練はしんどいからあんまりやりたくないんだけど、舞に負けるよりは……
「主将、流石ですね。うまく津金澤先輩をのせてフットワークの――」
「しっ!黙って。杏奈にばれると面倒なんだから」
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視点変更
女子準決勝 第2試合
実況席より
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『ここで主将長森のバックアタック!最後は頼れる大黒柱の一撃で25-23。セットカウントは2-1と先に決勝に王手をかけたのは龍閃山高校です』
『今のは上手く前衛に隠れて決めましたね』
『U-19でもエースとして活躍した長森ですが、実は今大会に限ると点取り屋というわけではないんです』
『1年生の金田一選手が好調ですからね。ですが先ほどのように美味しいところを持っていくイメージが強いですね。もしかしたら意図的なものかもしれません。
197cmの津金澤選手、163cmの金田一選手は目立ちますからね。そこを囮にして勝負所で決めに行く、というスタイルに徹しているのだとしたら策士ですよ』
『王手をかけた龍閃山高校、追い込まれた金豊山学園高校。第4セットはどうなるでしょうか?』
『このまま龍閃山高校が、と言いたいところですがちょっと気になるところがあるんです。まず龍閃山高校はリードブロックという常にスパイカーにプレッシャーを与え続けるブロックを使い、相手の冷静な判断力を奪ってくるんですが、ここまで金豊山学園高校がそのリードブロックにイラついた様子を見せないんです。しっかり耐えて、高い打点で――』
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視点変更
女子準決勝 第2試合
龍閃山高校のベンチより
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「よし。よくやった。このまま第4セットも取りに行く――なんて思ってる奴はいないだろうな。ここからが正念場だ。最後の1点まで気を緩めるな。2年生以上は去年の春高を思い出せ。あの時も2-1から逆転されているんだ。特に相手の宮本に気をつけろ。ここ一番の集中力は随一だ」
「え~!宮本先輩、あそこからさらにすごくなるんですか?」
「奏は知らないのね。あの千鶴は気分屋だから……」
春高 女子準決勝 第2試合
金豊山学園高校 VS 龍閃山高校
25-22
25-27
23-25
セットカウント
1-2
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おまけ
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好きな食べ物
平山 麻里 → パンケーキ
舞・千鶴・杏奈「女子か!」
麻里「女子だけど……」
長森 聖 → 龍閃山高校付近の中華屋『陽蘭軒』の麻婆豆腐
奏「そんなに美味しいんですか?」
聖「美味しいわよ。1回くらいなら奢るわよ。一緒に行く?」
奏「行きます!津金澤先輩も……っていない???」
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翌日の朝練
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監督「ん?金田一は休みか?」
杏奈「奏は昨日聖が陽蘭軒に連れて行ったので……」
監督「……まあ午後には回復するだろう。多分」
陽蘭軒
本格四川料理が味わえる。ただし、めっちゃ辛い。というか痛い。
どうでもいい話ですが、私の場合、蒙古タンメンで表すと五目蒙古タンメンまでは美味しくいただけますが、北極ラーメンはライスの力を借りないと完食できません。