009 初の練習試合 相手はバスケ部
真面目な(?)練習編
5月下旬。IH予選まで割と間近だが、実は練習試合というのを4月から今までバレー部は一度もしていない。これには訳がある。
漫画なんかだと割とその場で顧問なり、主将なり、マネージャーなりが「試合組んできました♪」なんて簡単に組んでくるが、実際にはそうはいかない。
まずは顧問が他校に対し連絡を入れ、お互いの合意が得られたら続いて練習試合の出来る日をすり合わせていく。連絡を入れて練習試合予定日確定までは、スケジュール確認も含め短くて丸1日程度、下手をすれば1週間程度。実際に試合ができるのは早くて1ヵ月後、下手をすれば数ヵ月後になる。
ここでネックなのが、3月時点ではバレー部が廃部間近の部員数3名であったことだ。聞いた話だと昨年の夏以降、バレー部は人数割れを起こしていたらしく、練習試合も組めなかったらしい。となると、3月の時点でこちらは練習試合の予定なし。一方で他校はすでに練習試合の予定をばっちり組んでいる状態だった。
これまた、うちが強豪校であれば相手からのお誘いもあっただろうが、人数割れの高校を誘う高校もなく、必然的にゴールデンウイーク明けまで練習試合は組めなかった。
ならばゴールデンウイーク明けならどうかというと、ここでも組めなかった。これも漫画だと扱いが軽いが、練習試合のために他校に行くのも他校を呼ぶのも精神的な労力をかなり使う。おまけに松原女子高校バレーボール部は4月の時点ではルールもよくわからない素人が2人もいるのだ。しかも部員の人数の都合上、どちらか1人は試合に出さなければいけない。
まともにバレーのルールも把握していない奴を試合に出して、せっかく莫大な労力を費やして開催した練習試合を台無しにしては他校に悪い。
だからルールを覚えてから…とやっていたら5月も半ばを過ぎた。
なので未だに練習試合というのをしていない。この点については顧問の佐伯先生も頭を悩ませている。
「エリー、ちょっといいかしら?」
そんな練習試合を組めず困っていた土曜日のこと。相も変わらず部活ガチ勢のバレー部とバスケ部は学校が休みでも練習に来ていた。すると、練習中にもかかわらずバスケ部の主将、奥村先輩がうちの主将エリ先輩に話しかけてきた。二人とも真面目な先輩なので部活中に話しかけるなんて珍しいな。
両主将はなにやら話すと、続けてエリ先輩は佐伯先生へ、奥村先輩は上杉先生へ話しかけてた。はて、なんであろうか?
と、なにやら笑顔でエリ先輩が手で○を作って奥村先輩に合図を送ってる????
あ、今度はこっちに向かってきた。
「みんな、よく聞いて。この後、練習試合をするわよ」
・・・はい??
練習試合が出来なくて困っているのはなにもバレー部だけではなかった。バスケ部も4月頭、もっと言えば昨年の3年生が引退した時点で部員数はわずかに4人。バスケの試合に必要な人数は5人なので全員が試合に出ても足りない。4月になって新1年が3人入部したことで部員数は足りたが、時すでに遅し。同レベル程度の実力校は練習試合の予定が全部埋まってしまったらしい。なので、ここまでバレー部同様、練習試合の経験なし。これを憂いたバスケ部の主将、奥村先輩が一計を案じた。
すなわち、バレー部がバスケ部の練習試合相手になる代わりに、バスケ部がバレー部の練習試合相手になるというものだった。時間はお互い30分。計1時間とのことだ。
……バスケの試合30分って普通に死ねた気がするんですが……
なお、試合に際し、ハンデが設けられるらしい。バスケの試合ではバレー部は試合に6人出場していいようだ。他にもトラベリングやダブルドリブルも甘く見るそうだ。
反対にバレーの試合ではバスケ部は4回以上触っても反則にはならず、サーブもアタックラインからの投げ入れでいいらしい。
このほかは適宜試合を見つつルールを整えるそうだ。
「優ちゃんってバスケットボールのルールはわかる?体育でまだやったことがないけど……」
うげ……
明日香からの指摘で気が付いた!確かに設定上はストリート育ちの俺がバスケのルールを知っているのはおかしい!
ちなみに、5月までの体育は校庭ではサッカー、体育館ではバレーボールだったのでバスケットボールはやったことがない、というふりをしなければならないかもしれない。
「ま、漫画で知ってます。あの、左手は――ってスポーツですよね!」
「まぁ、優ちゃんの腕力ならできるかもしれないけど、普通女の子はあの漫画みたいにワンハンドシュート……えっと、片手でシュートなんか『出来ない』よ。シュートに必要な高さが出ないから」
げっ……バスケも性差があるスポーツだったのか。
困っているとバスケ部の部員(多分2年生の先輩)がアドバイスをくれた。
「そんなことないよ?男子はワンハンド、女子はボスハンドって決まってるわけじゃないし。打ちやすい方でいいよ。……もっとも今そんなことを言っているようだとシュートは期待できそうもないけど」
バスケ部員は苦笑していた。面目ない。俺も別にバスケットボール経験者って言えるほどバスケやったわけじゃないからなあ。あ、でも今のジャンプ力ならダンクが出来るはず。
そんな中で始まった練習試合だが、思いのほか盛り上がった。
まずはバスケ。確かにバスケ素人かもしれが、背丈もジャンプ力もあるのがバレー部には揃ってる。
「えっ!高い!」
ただのジャンプブロックにバスケ部員から悲鳴が上がる。陽菜や玲子、唯先輩は背が高く、ジャンプすればもはや壁だ。加えて俺に至っては部活でこそやってないが、小中学生時代に体育の授業や休み時間にバスケで遊んだことぐらいはある。
ジャンプシュートはあれだ、今の筋力で練習したことがないから精度は低かったが、形にはなっていたし、レイアップシュートは俺にだってできる。なにより……
「うそでしょ!アリウープ???」「なんでその身長で出来るのよ!!」
これ。男だった時は辛うじてリングに届く程度だったが、今の俺はリングより上に軽々手が届く。なのでダンクシュートだってできるのだ。
その他のバレー部員だと、明日香が飛びぬけて上手い。どう考えてもあの動きは経験者だよな?
とまあ、盛り上げる要素はあったが、それでもバスケの試合はバスケ部が当然のように圧勝した。
そりゃそうだ。いくら運動神経がよかろうがこっちは多分明日香以外は素人。いくら俺が反則じみたダッシュ力、ジャンプ力を持っていても活かせなければ意味がない。
加えてバスケ部主将の奥村先輩が素人目の俺から見てもすごい選手だった。ジャンプシュートの成功率が半端ない。
向こうのうるさい前島さんはプレーが速い。ドライブが凄く、瞬く間にゴールを奪われ続けた。
「あー!!!もうっ!また抜かされた!優ちゃん!そいつには遠慮しなくていいから!ガツンとぶつかって!」
「明日香。ガツンとぶつかったらファウルだからね……」
「大丈夫。未来は頑丈にできてるから!」
「えっと、優莉だったな。諦めろ。明日香は猿のような知性しかもたん野蛮人だ。淑女のスポーツであるバスケットのルールを理解するのは無理なんだよ」
「誰が猿よ!」「お前に決まってんだろ!」
……君達は練習試合中もガールズトークしないといけない縛りでもあるんですかね?
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「君、すごいね。女子でアリウープできる子、初めて見たよ」
バスケの練習試合終了後、奥村先輩から話しかけられた。
「あはは。身体能力任せのプレイなら出来るんですけど……」
先ほどまでの練習試合はひどかった。ガシガシ抜かれてフェイントにもバンバン引っかかった。バスケ部からすれば練習にならなかったのではないだろうか?
「そんなことないよ。やっぱり5人がきちんとチームとしてコートに立った実戦形式の練習、っていうのはためになるよ。エリ……バレー部の主将だってそれが目的で私達とバレーの練習試合をするんだから」
チームとしての練習か。そういえば俺達もやってなかったな。
「ところで奥村先輩。バスケ部も公式戦が近いはずですが、膝は大丈夫なんですか?」
奥村先輩は右ひざに大きなサポーターをつけている。バレーボールは飛び込みする際に膝で滑ることもあるから膝のサポーターは欲しいが、バスケはそうじゃない。現にバスケ部でサポーターをつけているのは奥村先輩だけで、その先輩も右ひざにしかつけていない。プレイ中はそんなそぶりを見せなかったが、膝が悪いのではないだろうか?
「あぁ。これ?う~ん。もうずっと痛いから慣れちゃった。動くには支障がないし、生理痛みたいなものだと割り切っているよ」
あっけらかんというが、それってまずいのではないだろうか?
「それより次はバレーの試合だね。こっちもお世話になったから、今度は全力でバレーをやるよ。へたっぴかもしれないけど」
続けて行われたバレーの練習試合は確かに俺達のためになった。試合自体は多少のハンデをつけても俺達が圧勝したが、大切なのはその内容だと思い知らされた。相手からのスパイクをブロック、カバー、拾ってトス、スパイク。こうした一連の流れを6人フルメンバーで練習できるのは大きい。
そして気が付かされた。ローテーション、意外とめんどい。後、俺(と玲子)はガチで守備の穴でした。
ぶっちゃけレシーブのレベルはバスケ部の前島さんの方が上。しかもスパイクとかも妙に上手い。ひょっとして経験者?
「そうだよ。未来は小学校の頃、私とバレーをやってたんだから。なのに中学になったらバスケ部に行っちゃうんだもん」
明日香が憤っている。が、これを聞いた前島さんもきれた。
「明日香こそ、アタシと一緒に小学校のころはミニバスやってんだろ!それを中学に行ったらバレーに逃げやがって……」
そのまま本日何回目か数えるのも馬鹿らしくなるガールズトーク開戦。お前ら本当に飽きないな。
でもそうか、5月も下旬になってようやく二人の仲が悪い理由が分かった。ガールズトークの内容から察するに、二人は小学生時代に揃ってミニバスケットとバレーボールの地元クラブに参加していたようだ。
で、中学に入り、本格的に部活をやろうとしたところでバスケとバレーに道が分かれた。それが原因で不仲になったと。
……漫画の中の人物か?こいつら?仲直りイベントはいつあるんだろう?
出来上がったので2話公開。
書き溜がないので明日はないかも