094 VS恵蘭高校 その6 剥がれるメッキと力押し
恵蘭との準決勝は俺達がやや不利のまま第3セットの中盤を超えていた。
相手のサーブ。
こっちの苦手なジャンプフローターサーブだ。
「私が取る!」
すでにフローターサーブには俺、明日香、ユキの誰かが対応すると作戦がバレている。
3セット目の序盤こそフローターサーブが苦手な奴を狙ってきたが、ここ数回は選手と選手の間を狙ってきている。
故に声に出して誰が取るか宣言するのが大事だ。
「優莉、任せた」
「優ちゃん」
チームメイトから誰が取るのか声を上げるのも重要だ。こうでもしないと選手同士でぶつかったり、反対にお互いに取ると宣言はしたものの、相手の声を聞いて遠慮しあって結局ボールを落とす『お見合い』をしかねない。
というか声を出して、チームメイトからの指示があってもぶつかる時はぶつかるし、現に一度、このセットで俺と明日香がぶつかった。別に怪我とかはしなかったが、こう、もやっとはする。
当時、俺も明日香も取る宣言をしていて、ボールの方を見ていたこともあってお互いのことに気が付かず、そのまま激突。
怪我はお互いになかったんだが……
運動エネルギーは体重と速度の二乗にそれぞれ比例する。あの時の俺と明日香は飛んでくるボールの落下予測点付近に移動していた。
スパイクサーブと違い、フローターサーブは球速に関してはそんなに速くない。だからお互いに声を出しながらそんなに速くない、似たような速度でお互いに近づいて行った。
そして激突の瞬間。柔らかく重たい衝撃が伝わり、そのまま吹っ飛ばされる俺。一方明日香はその場所をキープしたまま。
ぶつかった時に変なところでレシーブしたもんだからそのまま失点。これはいい。
が、俺がもやっとするのは明日香にあたり負けたこと。
そりゃ、今は俺の方が背も低いし、体の凹凸だって小さい。多分体重は俺の方が10キロは軽いだろう。
しかし一方で明日香だって体の凹凸は激しいが、肥満体というわけではなく、ゴッリゴリのマッチョボディというわけでもない、グラビアアイドルができそうな女子高生程度の体躯だ。
元男で中学3年生の時に身長が180cmを超えていた俺としては3歳も年下の女子高生相手に体当たりで負けたというのがどうにも……
しかもぶつかった直後にこう言われた。
「優ちゃん。ごめん。大丈夫?」
「私は大丈夫。明日香は?」
「平気平気。優ちゃん軽すぎて全然衝撃がなかったし。まるで『わたあめ』みたい」
……これが非常にこう、なんというか矜持を削られるというか……
とまあ俺の心うちの葛藤はともかく今はバレーだ。
オーバーで飛んできたサーブを処理する。俺はどちらかどころか胸をはって言えるほどアンダーよりオーバーの方が得意だ。俺的には腕2本で対処するアンダーより指10本使えるオーバーの方が安定するのは当然だと思うんだが、この意見はなかなか賛同者が集まらない。
「陽ねえ!」
作戦通りファーストタッチとなるボールなので高く上げる。そして走り込む。陽菜にボールが届くころには助走は完了済み。陽菜がジャンプトス。そして俺がすぐに相手コートにボールを叩き込む。サーブをきれいに返した時の基本、センターからの速攻攻撃。これをテンポ0で叩き込んで13-14。後1点で追いつく。
「いけるよ。後1点。まずは追い付こう」
明日香が声を上げる。第3セットは終始相手にリードを奪われたままだ。この辺りで同点、そして追い抜きたいところだ。
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視点変更
実況席より
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『最後はレフトから平山のスパイクをリベロの有村が対処できず、これで18-13へ。一度は追い付かれかけた恵蘭高校ですが、ここで再び突き放しにかかりま――
あっとここで松原女子高校はたまらずこのセット1回目のタイムアウトのようです』
『今のスパイクは技ありでした』
『大曽我さん。これまで堅守、好レシーブを連発してきた有村が第3セットに入り急に調子を落としたように見えますが……』
『それこそが恵蘭高校の作戦ですよ。有村選手、背がとても低いでしょ?』
『そうですね。手元の資料によりますと、今回の大会で登録された選手の中で背の低い順に並べますと1番低いのが松原女子高校の有村143cm、次が御影城北高校の久保田153cm、3番目に低いのが豊塚高校の山本で154cm、4番目が松原女子高校、立花優莉の155cmとなります』
『アンダーハンドレシーブは背が低い方が重心の関係で有利になるんですが、あそこまで低いのは却って不利なんですよ。有村選手の場合、2番目に低い選手と比べても10cmも背が低いんです。
一般的な女子高生の平均身長に至っては158~159cmですから、彼女は普通の女子高生より15cm以上背が低いんです。背が低いということはその分、手足だって短いということなんです。おそらく彼女の腕の長さは平均的な女子高生より10cmは短いはずです。1歩で進める距離だって10cmは短いでしょう。
バレーボールは直径およそ20cmですから彼女が1歩動いて守れる範囲は普通の女子高生よりボール1個分狭いんです。2歩なら手脚合わせてボール1.5個分、3歩ならボール2個分です。
恵蘭高校はここを的確に突いてきました。普通ならちゃんとレシーブできる、でも背の低い有村選手ではボールに触るのが精一杯の位置に的確に打ち込んでレシーブを乱しに来てるんです。改めて言います。先ほどの平山選手のスパイクは技ありの見事なスパイクでした』
『どうして今までその弱点を他校は突いてこなかったのでしょうか』
『突かなかったんですよ。あ、いえ『突けなかった』んですよ。松原女子高校はブロックが高いですよね。あのブロックを正面から高さで打ち破るのは女子では難しいでしょう。
なのでスパイクはそのブロックを避けるように打つんですが、そこが罠なんです。あれでまずスパイクコースを限定させてしまうんです。そしてその限定されたコースを通ってくる『限られた範囲』を有村選手が守る、というのが松原女子高校の作戦なんです。
なのでまずスパイクコースを限定するブロックが大切なんですが、これを恵蘭高校は第1セット、第2セットを使って崩しにかかりました。
ブロックは通常手と腕を使って『面』を作ることでスパイクを防ぐんです。ただ単に肩からまっすぐ上に腕を伸ばしただけだと、『面』にはちょっと物足りない。
だから腕と腕の間がボールを抜かれない程度に広げてブロックをするんですが、恵蘭高校は第1セットから針の穴も通すんじゃないかと思うほど精確で絶妙なスパイクで松原女子高校ブロッカーの腕の間を通してスパイクを決めていきました。こうなるとブロッカーの心理としては腕を閉めて間を抜かれない様にするんですが、そうなったら恵蘭高校のスパイカー達は腕の間ではなく腕の、ブロックの横を通り抜けるスパイクを打ってくるんです。困りますよね。腕を広げたら間を通り抜けられ、狭くしたら今度は横を抜かれるんですから。
そうなってブロックの形がわからなく――あ~。向島さん。松原女子高校のベンチを見てください。ここからでは何を言っているのかは聞き取れませんが、佐伯監督が両手をあげて指導をしています。
おそらくブロックについて平常心を取り戻すように言っているのでしょう。普段の彼女達を知らない僕ですら彼女達のブロックがおかしくなりつつあるとわかりますからね。
第1、第2セットをかけてブロックのフォームを崩され、乱れてしまったところを恵蘭高校は正面突破で打ち破りに来てるんです。こうなると有村選手はいつもならブロックでボールが飛んでこない範囲も守らなくてはいけません。
彼女にとってはそれは厳しいと言わざるを得ません。ですが、ブロックさえ普段通りに出来れば普段通りにスパイクコースを制限出来、そうなれば有村選手も再び『限られた範囲』だけを守ればいいようになります』
『なるほど。ブロックが乱れてしまうと、スパイクは多様な攻撃範囲を持ち、そうなるとリベロの有村はその全てを守り切れない。全てのプレーは繋がっているということですね』
『その通りです。バレーボールはなんと言っても『繋ぐ』競技ですから』
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視点変更
恵蘭高校 女子バレーボール部 主将
平山 麻里 視点
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作戦は上手くいっている。
私達の長所を活かし、相手の短所を突く。
如何に前情報が少なかったとはいえ、昨日までの春高の4試合とここまでの2セットで松原女子高校の無名特権は剥がれてきている。
有村は守備範囲内なら強打でも軟打でも的確に捌ける名レシーバーだけど、背の低さからかその守備範囲は狭い。だから左右に走らせてしまえば途端に無力化できる。
小立花は悪魔的身体能力を誇り、空いたスペースを的確に埋めてくるけど、強打を正確にレシーブできる技量がない。だからいっそのこと正面でも強いボールを打てばボールを捌けない。
村井はアンダーは巧いけど、オーバーは不得手としている。そして春高中に色々学んで取り込もうとしているけどいきなりすぎて迷走している。素直に高いところから打てばいいのに。
鍋川は前情報通りアンダーとオーバーの判断が遅い。胸元に打ち込めば簡単に失敗する。
その他にも連携不備や癖なんかもだいぶわかってきた。
例えば松原女子は身体的特徴からブロックをする際に他の高校よりちょっとネットから離れて跳ぶ。
だからブロックの指先ではなく根本を狙うと案外ボールの吸い込み(ネットとブロッカーの間にボールが落ちること)が発生する。
……それは相手も承知しているのか、吸い込みに関しては相当練習したようで、巧く対処されるケースが多いから狙わないけど。
なんでちょっと離れるかというと、そうでもしないとネットタッチを取られるからだ。大会史上最小なんて揶揄される松原女子だけど、ある意味では大会史上最大だ。
大立花、都平、有村が特に顕著で、比較的小立花と前島は慎ましやかだけど、全員が全員ユニフォームの胸元に刺繍してある『松原女子』の文字が内側から押し上げられて歪んでいる。
……あれで全員2歳年下なんだよね……
シメテヤル
個人的なみっともない感想はさておき、作戦は効いてる。ファーストタッチなんてさっきからずっと乱しっぱなしだ。相手にろくにレシーブをさせていない。普通ならもう勝っている。だけど……
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視点変更
実況席より
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『決まったぁぁぁあ!!
最後は小さな大エース立花優莉の一撃で松原女子高校は五度同点に追いつき、これで29-29。またもやデュースに持ち込みました』
『もうこれは凄いとしか言いようがないですよ。レシーブもブロックも組織力も作戦も全部恵蘭高校の方が上なんです。さっきみたいに普通ならファーストタッチを乱された時点でお終いですよ。精々そこから相手にボールを返すのがやっとのはずなんです。
ところが松原女子高校はそこから強引にボールを上にあげて最後はただ高く上がっただけのボールを妹の方の立花選手が強引にスパイクで押し込んでゴリ押しして得点を決めていくんです。バレーボールの常識を粉砕する戦い方ですよ。最早大怪獣とか大魔王とかそういう類としか言いようがありません』
『おっと。ここで終始優勢に進めているも後1点が届かない恵蘭高校からのタイムアウトです』
『ここはこの試合のターニングポイントになりますね。次は頼れる大エース、妹の立花選手のサーブです。彼女のサーブは強烈です。ここで後2点連続で取れれば松原女子高校がこのセットを取れますが、逆に取れないと今度は大エースがしばらく後衛になってしまいます。後衛になってしまうとアタックラインより内側でスパイクができません。反則になりますから。
彼女はバックアタックもできますが、コートのどこからでもスパイクができる前衛の方が融通が利きますし、何より決めやすい。ここが両校の正念場でしょう』
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視点変更
立花 優莉 視点
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ふぅ……
実に心臓に悪い試合展開だ。
さっき俺のサーブで一時期は30-29、後1点で第3セットを取れるところまで来たんだが、そこからのまさかの連続失点で30-31。
その後何とか1点もぎ取って31-31に持ち込むも、さらに恵蘭の猛攻で1点を失い現在31-32。相手のサーブだ。
まあ次のサーブはフローターサーブが飛んでくるから俺かユキが捌いて……
????
ここでピンチサーバー?
なんか背の低い……まあ、168cmの明日香ですらチビ扱いの女子高生バレーボール選手として、だから160cmはある。多分愛菜と同じくらい。
背が低いということは打点が低いということで俺みたいな非常識存在を除けばサーブは強くないはず。
でも163cmの奏ちゃんのスパイクサーブはめっちゃ強いからなあ。きっとその手のピンチサーバーだろう。
笛が鳴る。
?助走距離を取らないぞ?なんでだ?もう笛は……
!!!?
嘘だろ!!それは!!
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視点変更
実況席より
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『最後は1年生ながらプレッシャーのかかるこの場面できっちり大役を果たす松浦のサービスエースで33―31で第3セットは恵蘭高校が取りました。
大曽我さん。松浦の最後のサーブは天井サーブでいいんでしょうか』
『はい。天井サーブでいいと思います。向島さんは天井サーブと言えばアンダーハンドサーブで打つイメージがあると思うんですけど、フローターサーブで打ったって良いんです。大切なのは高くボールを上げてボールに落下の勢いをつけることですから』
『どうして松原女子高校の選手はボールに触れることなくボールを落としてしまったのでしょうか。
素人の考えですけど、重力落下の力を借りているとはいえ、普通のサーブの方が速いですよね?おまけにボールも落下中に軌道を変えるわけではありません』
『天井サーブは人の心理を考えられたサーブなんです。人は前から向かってくるものとは違い、上から落下してくるものについては見つめてしまうという特性があります。
また、この会場のように天井が高いとボールとの遠近感覚が狂ってしまい、先ほど見たようにボールを落としがちなんです。
特に松原女子高校の選手はただでさえバレーボールの経験が浅いうえに、練習はフィジカルトレーニングを重視しているとのことですからどうしてもボール慣れが足りてないんですよ。
僕が高校生だった頃ならともかく、今はサーブもオーバーハンドで取っていいことになってますから、慣れてしまえばさほど強力なサーブではないんですが……』
『……その話を聞くとまるで松原女子高校対策として出てきたように思えますね』
『……もしかしたら本当にそうかもしれません。対戦表が決まったのは12月の上旬。そこから1ヶ月で天井サーブを覚えたのかもしれません。アンダーハンドではなく、フローターで打ったのも元々フローターサーブの使い手だと――』
松原女子高校 VS 恵蘭高校
第3セット
31-33




