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092 VS恵蘭高校 その4 恵蘭のベンチ

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 春高 女子準決勝 

  第2セット終了直後

  恵蘭高校 視点

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「ナイスゲーム!」


 恵蘭高校の女子バレー部の塩尻(しおじり)監督は鷹揚に手を叩きながら第2セットを制した教え子達を迎えた。


 余談だが、塩尻監督は勝っても負けても死力を尽くした教え子達はナイスゲームと言いながら出迎えるようにしている。

 

 

「ここまで圧勝できたなら第1セットから取りに行けたのでは?」

「そりゃ無理な話だ。バレーには流れがある。それに結果として一歩及ばなかったが、第1セットだって捨てたつもりはない」


 良い流れで終わった第2セットに気をよくして、接戦で落とした第1セットも取りに行けたのでは、と発言する白瀬コーチに対し、それは無理だと塩尻監督は断言した。

 

 第2セットで思った以上の大差をつけられたのは第1セットがあればこそだ。

 

 後衛時の立花妹(6番)が見せる異常なまでの反応速度。試合前からそれはわかっていたが、その理由までは特定できなかった。スパイカーの視線、もしくは微妙なフォームの違い、あるいは指先。これらのいずれか、あるいは複合してボールの行き先を先読みしているのだろうと予測はしていた。

 が、結果として第1セットでは計7回、立花妹(6番)の死角、もしくは非常に見えにくいところから攻撃したにもかかわらず、いずれも拾われてしまった。流石に7回連続のまぐれ当たりなどあるまい。理由はわからないが、立花妹(6番)はボールを見ずともボールの行き先を超高確率で予測できる。

 

 不可思議現象ではあるが、それを解析するだけの時間が惜しい。

 

 他にも碌なデータの無い松原女子の選手の特徴を探りながらの第1セットだった。

 

 

 

 対して第2セット。

 

 第1セットの探りで多くの仮説の真偽を確かめられた。それでもわからないものは不思議なこともある、と割り切った。それが功を奏した。

 

 昨日のVS市巌高校戦(3回戦)からも松女(相手)の精神的支柱は主将の都平(7番)だと推測できた。故に最初は集中して狙った。

 

 一芸特化型(スペシャリスト)の多い松原女子の選手の中で彼女は珍しい万能型(ゼネラリスト)の選手で、アンダーもオーバーもある程度以上の水準であり、凹ますには手間を要したが、それでもスパイクを3連続封殺(ドシャット)した辺りから効果が出始めた。

 

 

 

 前衛時(前にいる時)は予測成功率100%という凶悪な予測して飛ぶブロック(ゲスブロック)後衛時(後にいる時)は広い守備範囲でボールを拾う立花妹(6番)は『開き直る』ことで対処した。ゲスブロックに捕まるなら、その前提でスパイクを打てばいい。広いスペースに見えてもそれはボールを寄せるための『釣り』だと知っていればそこには打ち込まなければいい。

 

 

 

 バレーボールも高校生の世界となれば10年以上の経験を持つ選手も多くいる。そんな選手は総じて幅広く欠点の無いプレイヤーとなっている。対して松原女子の選手は経験値が圧倒的に足りていないが、一芸、二芸だけを見れば全国クラス、という選手が多い。

 

 全日本やU-19に選ばれた立花妹(6番)村井(3番)はもちろんだが、例えば鍋川(10番)はレシーブもトスも並み以下だが、ブロックとそれに伴うネット際のプレイだけに関していえば恵蘭の選手と比べてもそん色がない。

 

 

 美佳()優莉()に比べて評価が低いが陽菜(4番)も良いセッターだ。ファーストタッチが乱れると速攻用のトスが出来なくなるが、それを強引に速攻にもっていかない慎重さ、と考えれば欠点とは言えない。松原女子では選手間の最高到達点がチーム内で1m近くも違うにも関わらず、各スパイカーの望む高さにボールをあげられるトスの技量はもっと褒められてよい。背も174cmとセッターにしては長身。中学3年間はバレーから離れていたのが惜しまれる。セッターはバレーボールで一番練習が必要なポジションだ。

 仮にその3年間を公立校レベルでもいいので、きちんとした環境で練習していれば今は未熟に見えるレシーブも改善され、今頃は『今大会屈指のセッター』、2年後の高校3年生時は『現役高校生最高のセッター』と呼ばれていたかもしれない。

 

 幸か不幸か現状は『きれいにボールが返ってくれば丁寧なトスが出来るセッター』程度なので敵としてみればさほど怖い存在ではない。

 

 

「さて。第2セットは取れたわけだが、第1セットは落としている。これでようやく1-1。ここからはいつものように2セット先取制の試合だと思って仕切り直そう。

 おおよそ松女(向こう)の実力は把握できたな。相手はフローターサーブを苦手としている。立花姉(4番)鍋川(10番)前島(11番)は特に不得手としている。積極的に狙っていこう。それから――」

 

 仕切り直しの第3セットに向けて恵蘭の選手に指示を出す塩尻監督。

 

 相手に隠し玉はないはずだ。負けたら終わりのトーナメントで出し惜しみする理由はないのであるならもう使っているはずだ。それに隠し玉を用意できない理由もある。

 

 松原女子の選手は総合力は低いが全国レベルの長所を最低1つ以上持っている。そしてチームとしてお互いの短所を長所で上書きすることでチームとしては高い総合力を見せている。それは裏を返せば表に出ている長所ではなく、隠された短所をつけば案外脆いことを意味している。そして隠し玉とはプレイに幅があって初めてできるものだ。隠し玉を仕込む余裕があるならその前に短所を消しに来るはずだ。

 

(あとはわからないのがあちらの監督か……)

 

 塩尻監督個人の意見として、松原女子の監督はよくわからない、が正直なところだ。

 

 部員割れの廃部寸前のバレー部をわずか8ヶ月で、しかも部員の半分以上は素人もどきという悲惨な状態から全国に導いた手腕は凄いが、それは単純に新入部員に恵まれただけかもしれない。


 積極的に策を弄するタイプには見えないが、それは単純に手駒が少ないだけかもしれない。自分とて部員僅か8人では相手に応じて臨機応変に戦い方を変える、とはできないだろう。それが出来るのは様々なタイプの選手がいて初めてできるものだ。

 

 春高では試合後、勝敗にかかわらず監督と主将へのインタビューがある。それを聞いた限りでは熱意は感じられるが、それ以上は感じ取れない。

 そのインタビューで印象に残るのは相手の都平(主将)だ。よく相手のことを調べている。そこからの理論的な作戦の立て方はとても一介の学生とは思えない。流石自分の恵蘭の女子バレー部員(預かっている子)よりも10以上偏差値が上の高校で成績上位なだけある。会話1つとっても知性を感じる。

 

 彼女の様な部員がいるのなら監督は置物でも勝てる。

 

 ……が、県予選では姫咲高校に大きくやられたにもかかわらず、すぐに立ち直らせていた。あそこまでの仕切り直しは一高校生に出来るとは思えない。

 

 

(考えても仕方ないか。出来るならメンタルリセットされずに第3セットになって欲しいが、相手の精神状態によらずこちらが実力で勝てばよい)



「白瀬コーチの話は聞いたな。相手のスパイクがどれだけ強力でも点は1点しか入らん。ちゃんとレシーブすれば骨が折れたりもしない。ビビる必要はない。

 そしてうまく隠してるが、向こうは弱点だらけだ。ここで意地になって相手の得意分野で勝負する必要はない。第3セットの作戦は――」

 


 基本方針は第2セットのまま、相手の実力を封じるというよりは自分達の力を発揮して戦う。塩尻監督はそう決めて第3セットに挑むことにした。



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