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091 VS恵蘭高校 その3

=====

 春高 女子準決勝 

  第1試合 第2セット

   コート外にて

=====


 女子の準決勝第1試合が行われている裏側では第2試合に向けて龍閃山高校の選手は各々準備をしていた。無論、チーム合同のウォーミングアップは存在するが、それは試合の始まる1時間ほど前から行う。それまでは各人の調整に任されている。

 

 ストレッチを行う者、お気に入りの音楽を聴き集中する者、対戦相手の金豊山のデータを確認する者、早くも体を動かす者……

 

 龍閃山の主力、津金澤 杏奈は音楽を聴きながらストレッチをするタイプだった。わざとチームから少し離れ、1人の世界に入っている。余計な真似はしてくれるなとその背中が語っている。

 


 が、それを邪魔するものが1人。


 

「先輩。先輩は松女と恵蘭、どっちが勝つと思いますか?」


 龍閃山の1年、金田一 奏である。

 

 マイペースなこの子に何を言っても無駄だとこの半年超の間で学んだ津金澤はイヤホンを取ってそれに答える。

 

「さぁ?第1セットから見てないし、どっちが勝つかなんてわからないわよ」


 身も蓋もないが、正直な意見を言う。

 

「第1セットは25-20で松女が取りました。このままいくと思いますか?」


 回答を貰っても追撃の手を緩めない金田一。これに再び津金澤が答える。

 

「ふ~ん。恵蘭が落としたのね。けどあの麻里が大人しくやられっぱなしになるとは到底思えないわね」


「『麻里』さんって恵蘭の主将ですよね?そんなにすごい選手なんですか?」


 金田一から見て今の3年生でずば抜けて凄いのは目の前にいる津金澤以外には金豊山の飛田と同じく金豊山の宮本くらいだ。平山については年の割に巧いな、くらいで世代別ならともかく前述の3人とは違い、全日本代表のユニフォームを着れるほどの逸材には思えない。そんな考えが顔に出ていたのか、津金澤がさらに言葉を続ける。

 

「奏。麻里がU-19でなんてあだ名されているか、知ってる?」


「知ってます!モンローですよね!」


「その恥ずかしいあだ名で呼んでるのは千鶴(バカ)だけだから。正解は『お母さん』よ」

 

「え~。同世代にそれはないんじゃないですか?」


「けど、それ以外にいいあだ名がなかったのよ。チーム全体がかっかしている時はみんなを宥めて、落ち込んでいる時はみんなを励ますのが上手くて、前に引っ張るタイプのリーダーシップはないけど、後ろから支えてチーム全体を前に進ませる縁の下の力持ちだったから、まるでチームのお母さんみたいって言われたの」

 

「わかるようなわからないような」


「それだけいっつも落ち着いて周りに流されず、チームメイトのことを見れていた。だから適切なアドバイスが出来た。

 で、麻里の場合、厄介なのは味方だけじゃなくて敵のことも細かいことに気が付くのよ。正直言って()()()()()()()()()()()ね」

 

「!!」


 金田一は驚いた。目の前にいる津金澤という選手は自分から見て圧倒的な才を誇る飛田や宮本相手でも「蹴散らす」「倒す」などの好戦的な言葉ばかりを言う人物だ。なのに平山に対してだけは「敵にしたくない」ときっぱりと言うのだ。

 

「平山先輩ってそんなにすごいんですか?」


「すごい。今頃松原女子の連中もそれを堪能しているころだと思うわ」



=======

 視点変更

 同時刻

 春高 女子準決勝 第1試合 第2セット

  恵蘭高校 女子バレーボール部 主将

  平山 麻里 視点

=======


 フェイントで押し込んだボールが拾われる。

 

 はいはい。わかってますよ。小立花()なら拾えるよね。瞬発力凄いですね。

 

 でもそこから速攻を仕掛けるためにいったん戻ってバックアタックの助走を稼げる?無理だよね。だから小立花()がスパイカーなら置かないブロッカーを今回は置く。置くことが出来る。

 

 

 村井(センター)からのBクイック。

 

 焦ってるね。上がったボールをすぐに攻撃に使うなんて。これを落ち着いてブロック。この村井(センター)は高いけど、()()調()()()()()()()()()()()

 

 恵蘭(うち)は本気で春高優勝を目指しているの。この程度の高さの攻撃、防いでやる。ブロックでスパイクを上手いことシャットアウト出来た。これで22-14。あと3点でこのセットが取れる。

 

 またもやこっちのサーブ。しかも相手の苦手なジャンプフローターサーブだ。





 ピッーーーー!!






 笛の音と共にサーブ。



 エクセレント!!

 

 

 いいところに飛んでった。何より高さが良い。背の低い小立花(6番)有村(8番)なら少し膝を曲げてオーバーにするところだけど、長身の鍋川(10番)がそれを真似るには本人の背が高すぎる。

 

 だったら何歩か下がってアンダーか、あるいは何歩か前に出てオーバーにすべきなんだけど、判断が遅い。結局膝を伸ばして胸でレシーブ。一番やってはいけないレシーブだ。レシーブというよりは体にあたったというべきボールはそのままコートに落ちた。

 

 これで23-14。

 

 

「後2点!後2点!」


 応援席からの声援が大きくなる。松原女子の面々はあまり試合慣れしていない。こうした声もプレッシャーになるはずだ。

 

 

 そして松原女子の選手は好不調というか、流れで大きくプレイの質が上下する選手が多い。その筆頭が大立花(4番)鍋川(10番)。流れが悪いと動きが消極的になる。村井(3番)都平(7番)前島(11番)は早く点を取ろうとしてプレイが雑になる。

 あまり変わらないのが小立花(6番)有村(8番)。あとは映像を見る限り、劣勢でも堂々と自分のサーブが出来る白鷺(9番)もおそらくプレイの質が上下しないタイプだ。


 ここで小立花(6番)有村(8番)白鷺(9番)辺りがチームを落ち着かせれば話は違うんだろうけど、昨日話した限り、小立花(6番)はものっすっごいお姉ちゃん子で個人で収まる範囲ならともかく大立花(大好きなお姉ちゃん)にも影響するようなチーム全体の方針に関して、自分の意見を押し付けるようなタイプには思えない。有村(8番)は大人しい子でこちらも積極的に意見を言うタイプじゃない。白鷺(9番)に至ってはそもそもベンチだ。


 あるいは主将で経験者でもある、都平(7番)が鼓舞をすれば違ってくるのかもしれないけど、そちらは第2セット早々に()()()()()()。どうしたって人間ミスが重なると後ろ向きになる。励ます側が一番失点しているのに周りを励ますなんて、と考えがちになる。そんなの気にしないで「私もミスしたけど、これから取り戻す。みんなも硬くならないで」と言えればいいのだけど、私でもそれはなかなか言えない自信がある。


 さて――

 


文乃(ふみの)。次のサーブはさっきよりもうちょっとネットに寄せて」


「りょーかい」


 ラリーとサーブまでのわずかな時間。それでも一言二言を伝える時間はある。文乃なら私のオーダー通りにサーブが出来るはずだ。







 ピッーーーー!!




 笛の音と共にこちらのサーブ。

 

 サーブは先ほどと同じくジャンプフローターサーブ。飛んでいく方向もだいたい同じ。ただし距離がちょっと短い。

 

「任せて!私が取る!」


 勇ましいことを言ってボールの下に潜り込む小立花(6番)

 

 

 

 お見事

 

 

 

 フローターサーブのレシーブのお手本みたいなオーバーハンドトスでボールはセッターに。所謂Aパスだ。ここだけ見れば満点。でも次の動作を考えたら良くて80点だろう。

 

 

 

 そしてセッターからの……

 

 

 

 やっぱりね。

 

 


 これはついこの間、それこそ11月の県予選まではなかった新しい弱点――弱点と言ったら失礼か。新しい特徴だ。

 

 

 小立花(6番)はレシーブが巧くなった。これはいきなり巧くなったわけではない。おそらく去年の4月から今日にいたるまで日々の積み重ねの結果、上手くなったのだ。

 

 まずこの点は褒めるべきだ。

 

 高校生ともなると周りは経験者ばかりが当たり前の女子バレーボールの世界で初心者がいきなり飛び込んで、今では曲がりなりにも全国で戦えるところまでになっている。この点は凄い。

 

 そして努力家の彼女は難しいボールをレシーブ出来るたびに少しずつ自信を深めていったのだろう。その自信はプレイに現れ、今までだったら取れなかった、あるいは取りに行こうともしなかったボールも取りに行くようになった。

 

 もし、それでレシーブが成功したら?

 

 

 次もできる、次はもっと難しいボールだって取って見せると思うのではないだろうか?


 春高のわずか4戦ですらその傾向がみられるのだ。自信をもってプレイすれば結果が返ってくる。彼女はそれだけの能力を持っているし、それだけの才能がある。だから彼女は短期間で大きく守備範囲を広げたはずだ。

 

 

 スパイクのフォームだって良くなった。6月頃の試合の映像を見たけど、あれは酷かった。それに比べて今はどうか。キレイでスムーズなフォーム。そこから叩き出される6月頃とはまるで違う高さ。

 

 こちらも凄い。少なくとも私では絶対にあんな高さまで飛べない。

 

 

 でもこの2つが合わさるとどうなるのか。

 

 

「くっ!!」

「優ちゃん?!」


 

 大立花(お姉さん)のあげたボールに手が届かず、空振りする小立花()。悲鳴を上げる大立花(お姉さん)

 

 

 そのままボールは落ちて24-14。あと1点でこちらがこのセットを取り返せる。

 

 

 

 

 

 

 相手の考えそうなことを考えてみた。続く失点、開く点差。エース格の村井(3番)は先ほどドシャットした。となれば当然小立花(もう1人のエース)に頼りたくなる。


 今の彼女は後衛。つまりはバックアタックなら出来る。春高までにちゃんと後衛速攻(パイプ)まで使えるようになった。

 

 となればファーストタッチがAパスに出来れば小立花(6番)後衛速攻(パイプ)だろうと容易に想像がつく。

 

 

 

 ここで一計。

 

 

 小立花(6番)はレシーブに自信を深めている。そして鍋川(10番)はフローターサーブを受けるのが苦手。そうなれば先ほどのように鍋川(10番)の代わりに小立花(6番)がレシーブするだろう。しかしボール自体はネット寄りに落としている。小立花(6番)は今のローテでは後衛。アタックラインより手前でスパイクはできない。だからレシーブの後、アタックラインより後ろまで下がって、そこから助走、さらにアタックラインより手前でジャンプ。

 

 

 

 働かせすぎ

 

 

 

 頼りすぎ

 

 

 

 そもそもどうして小立花(6番)は6月の頃と比べあそこまで高く跳べるようになったのか。純粋な筋力の増加もあるでしょうけど、一番はフォームを見直したから。

 その結果、今では最高到達点は378cmだそうだ。これも胡散臭い。今目の前で跳ばれているのを目算すればそれ以上、多分4m近くまで跳んでいるはずだ。

 

 

 が、これはちゃんと飛べた場合のこと。

 

  

 逆を言えばちゃんと飛べなくなってしまえばそこまでは跳べない。現に助走距離をちょっと削っただけで今まで届いたボールに手が届かなくなった。だから空振りした。

 

 

 ……まあ『そこまでは跳べない』でどう見ても360cmくらいまでは跳んでるから勘弁してほしくはあるんだけど……

 

 

 

 あの場面、一番反省すべきはセッターの大立花(4番)。スパイカーが打ちやすいボールを上げるのは基本中の基本。いくら頼りになるからって助走も不十分なスパイカーに無理難題を押し付けすぎ。

 

 けれども小立花(6番)にも反省すべき点はある。自分がバックアタックを打つと知っているのだからファーストタッチはもっと高く上げるべきなのだ。

 

 バレーボールは繋ぐスポーツ。だというのに繋がるボールへの意識が低い。もっと『活きた』ボールを学ぶべき……と言いたいが、競技歴1年未満やブランク有の部員で結成された彼女達にそれは酷だろう。

 

 

「後1点!後1点!」



 観客席から大声援が届く。昨日までと違って相手にも応援団がいるみたいだけど、サーブ1本ごとに名前のコールが飛ぶこちらとは場数が違う。



「文乃。ナイスサーブ。このまま決めていいわよ」


「そう?悪いわね」



 まずはこの第2セット。取りに行きましょうか。


=======

 視点変更

  実況席より

=======


『準決勝第1試合第2セットは恵蘭高校が取り返しました』


『う~ん。やっぱり1年生だけで精神的な支柱がいないせいでしょうか。松原女子高校は崩れると脆いですね。ここで頼れる上級生から一声あると違うんですが』


『松原女子高校には第1セットでは見られなかったセットアップミスも見られました。これはどうしてでしょうか』


『セッターの心理としてはなんとしても相手ブロッカーを振り切って点を取りたいんですよ。ブロックを振り切るのはスパイカーではなくセッターの役目ですから。

 点差がついている、ブロックに何本もスパイクが捕まっている。自分が何とかしないと。こうした気持ちがちょっと空回りしちゃったのかな、と思います』

 

『反対に恵蘭高校は大差のリードにもはしゃぐことなく試合を進めていたように見られます』


『本当に高校生なんですかね。とても落ち着いた試合運びです。恵蘭高校は2、3年生が主力なんですが、松原女子高校と比べてたった1歳だけ年上とは思えないお姉さんのバレーです。この辺りは流石、百戦錬磨の強豪校ですね』


『第2セットを恵蘭高校が取ったことでセットカウントは1-1。振出しに戻った形ですが、第3セットはどのような――』








 松原女子高校 VS 恵蘭高校

   第2セット

      14-25

      

      

      

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