089 VS恵蘭高校 その1
準決勝第1試合は昨日ちょっと話したモンロー先輩こと平山先輩率いる恵蘭高校だ。恵蘭の特徴は昨日のミーティングで聞いた。確か……
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「明日の準決勝は予想通り恵蘭高校と戦うことになる。ベスト4まで残った高校だから言うまでもなく強いぞ」
春高3日目を勝ち残った俺達は夕食後、俺達が泊っている部屋に佐伯先生と上杉先生を招いて明日に向けての作戦会議をしていた。
俺達が借りている旅館には会議室がない。今回泊まる場所を選定するにあたり、会議室の有無については優先度が低く最初から度外視していたらしい。佐伯先生、上杉先生も同じ旅館に泊まっているがどちらも一人用の部屋でぶっちゃけ狭い。集まって何かをするには必然的に俺達が泊っている部屋が使われることになる。春高前日、初日、2日目いずれもこの部屋で翌日の作戦会議をしているしな。
「先生!恵蘭ってどんな風に強いんですか?」
「恵蘭は伝統的にツーセッターで戦ってくる。今年もそうだ。ツーセッターと言っても私達が去年の秋ごろにやっていたものとは練度が違う。そして選手1人1人がとにかく多芸多彩だ。オールラウンダーというべき選手が何人もいる。そうだな、去年の夏前に玉木商業と戦っただろう?
夏以降のではなく、あの頃の玉木商業に戦術をちょっと強化してミスを無くして手堅い守備が出来るようになって身長を5cmほど足せば恵蘭高校だ」
「それもう別の高校……」
「あの、8月以前の話をされても私達わかりません……」
元々バレー部だった俺達からすればそれはもはや別チームだとしか思えないし、元はバスケ部だった3人からすればイケメン先輩がいた頃の玉木商業の話をされても困るだけだろう。
「という意見が出るだろうと思ったからまずは今日の試合の動画を見た方が早いだろうな」
そう言うと上杉先生はあらかじめ用意していたノートパソコンとプロジェクター (どちらも学校の備品を持ってきている)を使って壁に今日の試合を映す。
……
あ~さっき佐伯先生が強化版玉木商業って言った理由が分かったわ。確かにこれは玉木商業だわ。
スパイカーが常時複数枚。バックアタックもよく使う。セッター以外もトスが普通に巧い。う~ん。こう見ると2人いるセッターはどっちも凄いな。2人ともセットアップに癖がないからどこにボールが上がるかわからん。動画だと聴勁が効かないからますます不明だ。
一方で玉木商業らしからぬのが連係ミスの無さ、手堅い守備力、そして強烈なサーブ。やっぱり平山先輩のサーブは凄い。
……この前の合宿にはいなかったけど、確か平山先輩も本来ならU-19だったんだよな。
なるほど、玉木商業のイケメン先輩が世代代表に呼ばれないわけだ。顔以外は完全に平山先輩の方が上。いや、イケメン先輩にはイケてるボイスもあった。
他には……
「なんか、攻撃が速くない?」
スパイクだとかの球速が飛び抜けて速いわけではない。ただ、何かが速い。
「良いところに気が付いたな。それも恵蘭の特徴だ。恵蘭高校はトスをあえて低くして攻撃してくる」
は????
いやいや。そんなのスパイクがブロックに捕まるだけですやん。
「皆が言いたいこともわかる。だけどもうちょっとシンプルに考えてみよう。例えば同じ位置から同じセッターがボールを2mあげるのと3mあげるのとではどちらがより早く目的の高さまで到達する?」
そりゃ2mの方だろう。セッターが同じであればかけられる力は同じ。となれば低い方が到達点までの時間が短いはずだ。
「極端な話をしてしまえば、ブロックさえなければトスなんてネットをちょっと超えたくらいまで上がれば十分だし、低いトスの方がコンマ秒の世界ではあるが早くボールを打てる。恵蘭は伝統的に低く速く鋭いトスでスパイクを打ってくるんだ」
「でも先生。それで強くなれるんですか?」
「強くなる。というか、お前達にはわからないと思うが、私にとって学生最強の女子バレーといえば恵蘭なんだ」
?????
訳が分からんという顔をする俺達の中で1人だけ納得顔をしている奴がいる。明日香だ。
「先生が中高生の時の恵蘭は強かったですからねえ」
「そうなんだ。あの頃は恵蘭に勝つ=高校生女王みたいなところがあったからな」
「明日香。どういうこと?」
「あぁ。ごめん。私達だけで納得してたね。えっと恵蘭高校は本当に昔から高校女子バレーが強かったんだけど、特に私達が小学校低中学年くらいの10年くらい前が特に強かったの。
そりゃたまに、姫咲とか龍閃山が勝ったりしてたけど、基本的に全国は恵蘭が制覇って感じだったの。ちなみに金豊山はここ数年で強くなった高校で、10年くらい前は関西では強いところ、くらいだよ」
「へえ。金豊山って割と最近強くなったんだ」
「そうだよ。ちなみに、金豊山の大友監督は『恵蘭さんに勝つためには恵蘭さんと同じことをしても勝ちきれません。だから恵蘭さんとは違うやり方でチームを強くしようとしました』って雑誌のインタビューに答えるくらい意識しているはずだよ」
「……強すぎたゆえに不当な誹謗中傷を受けることもある。日本の女子バレーが弱いのは恵蘭が原因だ、というものだな」
????
どうしてそうなるんだ?
「恵蘭の戦い方って低くて短いトスからの速攻を使うっていうのはわかるよね?で、高校でこのやり方が一番強いものだから、上の世界、つまりプロだとか世界を相手にする時にもこの戦い方をするんだけど……
結果は知ってるよね。もう何年も日本は世界で通用していない。その原因は高校で低いバレーで勝つ恵蘭が問題だ、って一部の人がいうの」
「恵蘭の強さは高度な戦術とそれを実行できる技能の多様性にある。世界で通じるバレー指導が出来ない理由を高校の指導者に持ってくるあたりが真の――」
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とそんな話を昨夜聞いた。
こいつらが強いだろう、というのは公式ウォームアップからも見て取れる。俺が近くでスパイクをしていても淡々とアップをしている。まるで恐れていない。
弱いところというか俺達が楽に勝てる相手は大抵俺のサーブとスパイクに萎縮してしまってプレイが硬くなり本来の力を発揮できないパターンだ。
恵蘭にはその雰囲気がない。
「サーブはこっちからだよ。優ちゃんよろしくね」
審判のところに行っていた明日香が戻るなり俺にそう告げる。俺達は先手必勝のチームだからな。コイントスに勝ったのだろう。そうなると最初のローテはこうなるはずだ。
ネット
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FL FC FR
BL BC BR
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エンドライン
FL:村井 玲子
FC:前島 未来
FR:都平 明日香
BR:立花 優莉
BC:鍋川 歌織(有村 雪子)
BL:立花 陽菜
※未来と歌織は後衛時にユキと代わる
俺達はとにかくサーブで攻める。一番強力なサーブが打てる俺が一番最初、その後も強力なサーバーをそろえている。
春高にあたり、歌織もジャンプサーブからスパイクサーブに変えている。両方とも広義ではジャンプサーブと言えるのだが、便宜上、両者を分けている。
11月までの歌織はサーブを打つ際に腕を振り下ろさなかったが、今は腕を振り下ろして打つようになっている。腕を振り下ろす分、ボールに勢いがつき、強力なサーブとなっている。なぜ11月までそうしなかったか、と言われればコントロールがつけられなかったからであり、あれから1ヶ月で腕を振り下ろしてもサーブがある程度は狙ったところに飛ぶようになったので春高ではスパイクサーブに切り替えている。
また、今はベンチにいる愛菜もフローターサーブからジャンプフローターサーブに変えた。こちらも打点が高い分、強力なサーブになっている。
なぜサーブばかり凄くなっているか、それはサーブの練習に力を入れているからであり、逆に言えばサーブしか力を入れられないのである。
考えてみて欲しい。部員は8人。2チーム分いないのでどうしてもフルメンバーでのラリー練習なんて出来ないし、仮に3対3をやったとしても過剰な攻撃力を持つ俺がスパイクをすると大抵そこでラリーが止まる。もちろんここでレシーブやトスの練習をしているがどうしたって『活きた』ボールを使った練習はしにくい環境なのである。
環境を嘆いていても仕方がない。人数が少ない分、コートを自由に使えたし、サーブの練習がたくさんできた。それはそれでいいことであるはずなのだ。
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ピッーーーー!!
笛の音と共に試合スタート。俺のサーブだ。いつものように2歩目でボールを上げ5歩目で打つ。サーブは恵蘭のコート奥に飛んでいき、相手はサーブレシーブを試みるも失敗。まずは1点。
が――
「ドンマイドンマイ」
「今のは仕方がないね」
「さ、切り替えていこう」
そんな声が聞こえる。やはりビビっている様子はない。もう切り替えられている。これは苦戦するパターンだ。
ピッーーーー!!
この試合2本目のサーブ。さっきは右奥を狙ったが、今度は左奥を狙ってみる。相手はボールに向かい、サーブレシーブするもそのボールは大きく乱れている。
「ライト!ラスト!」
セカンドタッチでカバーするもボールは山なり。ライトに上がっているが後ろから上がってくる所謂2段トス。
こうなればこっちのパターン。単純なオープン攻撃は大抵ブロックに捕まる。あるいは逃げのフェイントで――
バシンッ!!
こちらの予想に反してボールはネットとアタックラインの間に落ちた。これで1-1。
凄いのは相手スパイカー。
こちらはオープン攻撃ならブロックの壁が3枚になるんだが、ブロックの内側をえぐるような軌道でスパイクを決めたのだ。
低いトスからの速攻だけが恵蘭の武器ではない、ということか。
春高 女子準決勝 第1試合
松原女子高校 VS 恵蘭高校
第1セット
1-1