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008 5月中旬 ある日の風景

ほのぼの日常編

 体育会系の部活は先輩後輩の上下関係が厳しい。これは常識ではなかったのか。俺は今の自身が置かれている環境には疑問を呈さずにはいられない。バレー部の3人の先輩、エリ先輩、唯先輩、美穂先輩はあり得ないくらいお人好しのいい人たちだった。高圧的な態度で接されたことは一度もない。

 これはあれか俺の出自の(偽)情報が学校中に出回り、可哀そうな子として認識されているから俺だけ特別に優しいのか?



「う~ん。多分関係ないかな?お姉ちゃんに対しても優しいよ?」

「今更だけど、陽菜って優ちゃんと話す時だけは自分のことを『お姉ちゃん』っていうね。それはさておき、私に対しても優しいよ」

「この手の部活の片づけは普通下級生がやるのが暗黙のルールだよな?」

「そう。少なくとも私が小中学校時代に所属していたバレー部ではそうだった。けど……」


“今日の朝練の片づけは私達3年生でやるから1年生は先に戻っていいよ”

“いっつも1年が私達がやる前に片付けてしまうから、たまには私達にやらせてくれよ”

“私達3年生は、1年生と違って教室が1階だから教室に戻るのも楽だし、気にしないで先に戻って”


 ということが朝練終了後にあり、現在バレー部1年生5人は部室で着替え中である。もちろん裏では3年生が片づけをしている。ありえん。


「ありえんと言えば、この前の日曜日、駅前で陽菜たちを見かけたんだが……」

 この前の日曜日に駅前ということは二人そろって買い出しに出かけていた時のことか。

「玲子、見かけたなら声位かけてくれてもよかったと思うんだけど?」

「いや、かなり難易度高いぞ。完全に二人だけの世界だったしな」

「私達、普通に買い物してただけなんだけど……」

「その様子が、まるでカップルのようだったぞ?優莉が持っていた買い物袋を『優ちゃん重いでしょ。お姉ちゃんが持ってあげる』と陽菜が取りあげたり、優莉は優莉で『今夜何を食べたい?陽ねえの好きな物を作る』とか言っていたし」

 随分がっつり聞いてんじゃねえか!会話が聞こえるくらい近くにいるんだったら声位かけろや!というかその会話、ちゃんと聞いたんかい!カップルというよりは熟年夫婦並みに所帯じみた話しかしてないぞ!

「盗み聞きって趣味が悪くない?」

 陽菜が俺の気持ちを代弁してくれた。

「いや、すまない。本当に声をかけるタイミングを逸したんだ。というかあれほど仲の良さそうな陽菜が優莉にあんなひどいことをすることは最初、思えなくてな」

 はて?俺は何かひどいことをされたのだろうか?う~ん。あ、洗濯当番の時に人の心をへし折るサイズの下着を洗わされてる!


「それ、お姉ちゃんの下着より涼ねえの下着の方がへし折られない?お姉ちゃんは涼ねえの下着を洗うたびにへし折られるけど?」


 涼ねえとは俺達の長姉であり、おっぱい怪物である。あれずるいよね?いったい何を食べればあそこまで育つの?


「悪いが、ブラの話はしていない。陽菜。君は妹に古着を押し付けているそうだな?」


 ?????

 よくわからんが部室の空気が一気に悪くなった。


「ち、違うの。誤解なの。優ちゃんが私の古着でいいっていうから仕方なく……」

「え~。私そんなこと言ってないよ。『古着でいい』じゃなくて『古着がいい』だよ」

 一時期悪くなった空気が一気にやんわりとしたものになった。なぜだろう?


「あ~。うん。そうか。どうやら私は優莉のシスコンぶりを甘く見ていたようだ」

「そ、そうなんだよ。もう、お姉ちゃん困っちゃうんだよ。なんでも陽ねえ、陽ねえだもん」


 男と女の違いは様々あるが、そのうちの一つは衣類だろう。女になった当初、衣類には非常に困った。スカートだとかのフェミニンなデザインもそうだが、それ以上に何を着ていいのかわからんのである。

 しかもコーディネイトだとか、はやりだとかがここに混ざるともはや人外魔境。全くついていけん。しかもクッソ高い。これをあほみたいにそろえる。正気の沙汰とは思えない。

 かといって知らないふりをしていると姉×3がおぞましいレベルでフェミニン全開の衣類でそろえてくるので、まだしもの妥協範囲として俺はひたすら陽菜の衣類を真似ることにした。金も勿体ない。古着で十分だ。

 なお、古着を譲ってもらう際には陽菜のお姉ちゃん心を擽るべく、「陽ねえのセンスがいいから私も真似したい」とか美辞麗句をそろえて陽菜をおだて続けた。その結果、陽菜はそれはもう嬉しそうに、

 「そんなにお願いするのならお姉ちゃんが特別に譲ってあげる」

 ということでなんとか古着を入手した次第である。

 で、衣類に関してひたすら陽菜を真似ること半年。気が付けば俺自身の衣類センスも陽菜に似たものとなった。こうなるとわざわざ買う必要はない。着たい服は陽菜の部屋のクローゼットの中にある。

 元々上に姉が二人いる陽菜も他人に服を貸すことに抵抗はないようで

 「陽ねえ。服かして」「いいよ。洗って返してね」

 とこれくらいで借りれる。

 

 

「優ちゃん。ちょっと確認するけど、私服って陽菜の古着ばっかなの?背丈がだいぶ違うのに?」

「うっ……。どうせ私は背も胸も小さいですよーだ」

「そうやっていじけて論点をずらさないで。なんで私服が陽菜の古着になるの?」

「???えっと私の着たい服が陽ねえのお古だから?あと古着だけじゃないよ!ちゃんと陽ねえから借りることもあるし!」

「……優莉、あなたは人生を損している」

 なぜにwhy?なんでフルボッコ状態なのか?

 

「ふう。わかっていない優ちゃんのために特別講座を開いてあげる。まず、日本人の成人女性の平均身長は158cmくらいです。なので当然、アパレルメーカーはまず、この平均身長帯にあう衣類を作ります。当たり前です。この身長帯が一番ニーズが多く、一番売れやすいんだから。なので種類もこの身長帯が一番多い。では、この中でこの身長帯に合致するのは誰か。優ちゃんだけよね」

 まあそうだろう。でも平均がいいなんて誰が決めたんだ?

「こと服を選ぶことに関しては平均が一番いいの!優ちゃんは知らないかもしれないけど、身長170cm以上で可愛い服なんてまずないからね!しかも着るとデザインが崩れて似合わないし!」

 明日香が力説する。陽菜がうなずいている。なんと玲子までもが賛同のようだ。

「背が低くてもダメ。私の場合、小学生並みの身長だから途端に服が子供っぽくなる。しかも、それだとこっちが入らないからさらに衣服が限られる」

 ユキはユキで嘆いている。だが、ひとこと言わせてくれ。その巨大な塊はもげてしまえ!

「とにかく、優ちゃんはこの中で唯一服が選びたい放題な身長なんだからもっと可愛くしないとダメなの!」

「私にとってその可愛いを追及すると陽ねえの服になるんだけど……」

「よし、まずはその認識を改めよう」

「?それどういう意味?陽ねえが可愛くないって意味なら私に喧嘩を売ると同意語だからね」

「陽菜と優莉とでは背丈が違うし、そもそも人種も違う。優莉がシスコ……陽菜をリスペクトしているのは知っているけど、それとは別に自分に似合う衣服を探す必要はある」

 意外。玲子っておしゃれに興味があったんだ。こんな力説されるとは思わなかった。もちろん直接言わないけど。


「いや、服くらい自分で好きに――」

「あれ?みんなまだいたの?ひょっとして私達を待ってたの?」

 ポールだとかネットを片付けていた3年生が部室に戻ってきた。今更だが、終わるまで体育館で待っていればよかったのかもしれない。

「エリ先輩、聞いてください。優ちゃん、ひどいんですよ!」


 え?ひどいの俺なの?



「全面的に優莉が悪い」

「え~私のどこが悪いんですか!」

「その自覚がないところからだ!」


 事情を説明したら唯先輩が怒ってしまった。解せぬ。というかバレー部に入って一番最初に理不尽に怒られた事例がこれってどうなんだよ?

 

「優莉は知らないと思うけど、身長170cm以上の女の子用の服って極端に少ないから……」


 美穂先輩が苦笑しながら教えてくれる。

 

「うちの部員だと、唯に明日香に陽菜、玲子は背が高いから途端に選べるサイズが少ないと思うよ。ユキはその……」


「反対に小さすぎてジュニア向けになります。大丈夫です、エリ先輩。自覚してますから」

「あ、うん。ごめんね。とにかく、服を選びたい放題なのは平均身長並みの美穂、優莉だけなの。私でも時々、気に入ったのが小さすぎて着れないことがあるし」

 エリ先輩、確か165cmくらいだったよな?それでもう服が選べないのか?

「でも、ファッション誌のモデルはみんな背が高くて恰好いいんですけど……」

「優莉。現実を見なさい。あんな背が高くて胸も大きいモデルみたいな人なんていない――」

「ん」

 俺が指さした先には陽菜と明日香がいる。

「ダメよ。あんな突然変異体と比べちゃ!もっと現実を直視しないと!」

 そうか、あの二人は突然変異体だったのか。

「とにかく、優莉はちゃんと自分に合った――」


 キーンコーンカーンコーン


「あ、予鈴!」

「まずい!みんな早く着替えて出て!あと5分で教室まで行かないと遅刻になっちゃうよ!」


 この後、俺達1年生は4階まで全力ダッシュで何とか遅刻を免れた。



「とにかくさ、優ちゃんはもっと服にこだわるべきなんだよ」

「え?その話、まだ続いてるの?朝練の時の話じゃん!」

 すでに時刻は16時10分。今は放課後であり、準備運動の柔軟中だ。どうでもいいが、長く体操をやっていたという玲子は余裕の180度開脚を披露している。関節が壊れているのではないだろうか。

「壊れてなどいないさ。これくらいすぐに……とは言わんが、長くやっていれば優莉も出来るようになる」

「優ちゃん!そうやって話をそらさないで!今、優ちゃんにとって大事な話をしてるの!いい?優ちゃんは背丈的に1年生の中じゃ唯一、おしゃれを一番楽しめるんだよ!そこを無駄にしないで!」

「私の場合、おしゃれを自由に楽しんで、その結果、理想が陽ねえの格好なんだけど……」

「え~お姉ちゃん困っちゃうよ。そっか、お姉ちゃんの格好が理想かぁ」

「陽菜と優莉ってシスコンだよね」

「姉妹仲が良いことをシスコンって呼ぶなら私、一生シスコンでいい」

「私もシスコンでいいや」

「くっ。このシスコン姉妹が……」


パンパン


エリ先輩が手を叩く。

「ハイハイ。1年達。おしゃべりはここまで。そろそろ真剣に部活をやろうね」

「ハイッ!」

 部活ガチ勢ではあるが、合間を縫っておしゃべりくらいはする。が、本筋はやはり外さない。すでに日付は5月も半分を過ぎてきた。

IH(インターハイ)予選まであと3週間。




余談

 この日の練習終了後、冬に日本に来た俺には梅雨から夏に向けた衣類がないと陽菜によって暴露されると、即座に【第1回 優莉の私服をそろえてあげよう会】という迷惑極まりない会が開かれた。

続けて土曜日の練習帰り(土曜の練習は午後4時に終わる)に駅前テナントで衣類を見繕うことが俺の意思に関係なく確定。しかも1年生だけではなく、3年生の先輩方も面白がって参戦が決定。

 いや、駅前のテナントって入ってる店がショボいからそんなに種類豊富じゃないじゃん。あそこで選ぶのしんどくね?という俺の意見は却下された。

 そして土曜日の練習終わり。先の宣言通り、練習終わりに駅前のテナントで部員全員できゃいきゃい言いながらウィンドウショッピングを楽しんだ。

 俺の衣服だが、案の定なんかフリフリのを薦められた。曰く、お人形さんみたいに可愛いんだから、絶対に似合うんだとさ。あのな、その展開、読めてんだよ。前に姉×3から似たような服を推薦されてんだがら。……あぁ。そういうことか。姉×3も背が高い。自分が着れないから俺に薦めてんのか?

 ついでにクレープなんぞを食べながらここで気が付いた。あ、俺、普通に青春してんなあ。女子高生なのが残念だけど。

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― 新着の感想 ―
そうだよなぁ…… 切った張ったの世界に2年いたんだもんなぁ……
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