閑話 ライバル校
「ふざけてるの!」
飛田は観客席で激怒していた。理由は先ほどまで目の前で行われた松原女子高校と東富士城西高校の一戦にある。
「東富士の連中は勝つための努力をしていない!」
第1セットは松原女子のなすがまま、一方的に攻められて全国大会出場校同士の戦いとは思えない程の大差で負けている。
なぜそうなったか。理由は飛田の言葉通り、松原女子に勝つための努力、対策をしていないからである。
バレーボールは男子と女子で別スポーツと言えるほど戦い方が違ってくる。
高さと筋力に優れる男子バレーは一撃必殺のサーブやスパイクが飛び交い、点を奪い合う荒々しいスポーツとなる。
対して女子バレーでは男子のように一撃必殺になるようなスパイクやサーブが発生せず、必然的にラリーが続き、制するためには技術と連携が重要となる。そのため、女子バレーは男子バレーと違い、流麗なスポーツになる。
ところが松原女子、というか立花優莉はこの常識に反して一撃必殺のバレーを行う。
スパイクとサーブの高さと速さは女子どころか男子のトッププロレベルと比べてもそん色がない。
が、逆に言えば男子のトッププロレベルと同等なのである。その男子の世界では如何に大エースとはいえスパイクやサーブは常に決まるようなものではない。
ボールが分裂したり、レシーブをしたら腕の骨が折れるといったことが起きるわけでもない。
対策はいくらでもある。
まず、恐れずボールに向かうこと。超速スパイクだろうとなんだろうとまずはボールに触らなければお話にならない。これは気の持ちようで何とでもなるうえに、春高の組み合わせは一ヶ月前に発表されているのだ。準備をする時間がないとは言わせない。
出場する全校の対策を練るのは難しく、また効率的ではないが、必ず戦う事になる初戦の相手の情報もろくに調べないとは何事か。
女王だなんだと言われる金豊山も対戦すると思われる高校については徹底調査を行っている。
春高までの道のりは決して楽ではない。その楽でない道を歩んできた相手の努力を認める意味でも事前調査は大切なことだ。
それをしないのは『お前のところはいちいち調査をする価値もない』と言っているのと同然。大変失礼なことなのである。
「まあまあ、とっつぁん落ち着きぃや。春高に出る高校全部が優勝目指してくるわけやないんやで?中には目標が本選出場っちゅう高校かてあるんやし。ま、うちも気に入らへんねんけどな」
飛田を宥めつつもやはり準備が出来ていないことについては気に入らないという宮本。
「ところで松原女子はツーセッターのはずよね。さっきの試合を見たらセッターは立花姉だけに見えたんだけど?」
このつぶやきは金豊山のチームメイトではなく、龍閃山高校の津金澤のものである。
……別に仲良しで一緒に観戦しているわけではない。
注目校ながら情報が少ない松原女子高校。
幸いにして金豊山、龍閃山どちらもシード校なので1回戦が行われる初日は試合がない。なので一番良いところから試合を見ようとしたらものの見事に位置が被ったのだ。
『私達が先に来た』『はあ?何言ってんの?先に来たのはこっちでしょ』
とジャブから始まった罵り合いは試合開始と共に中断。そのまま両校入り乱れての試合観戦となっている。
「多分ですけど、松原女子からすればワンセッターこそ本来の形で、県予選の時はずっと不本意な形で戦ってきたんですよ」
「奏ちゃん。面白い説やけど、なんか根拠はあるんか?」
「根拠って言うほどじゃないんですけど、そもそもおかしいじゃないですか。優莉ちゃんに玲ちゃんと、大砲が2枚もあるんですよ?わざわざ小型拳銃に頼る必要なんてないんですから、スパイカーを何枚もそろえる必要なんてないんです」
「そうね。ツーセッター戦術はスパイカーが3枚、レフト、センター、ライトからの3択を常に強いることで相手ブロッカーを攪乱してスパイクの成功率を上げるのが目的だけど、そもそも攪乱の必要がないスパイカーがいるならシンプルなワンセッターの方が練習も楽だし、コート内の動線もシンプルにまとまるわね」
「じゃあどうして県予選はツーセッター戦術を使ってきたのよ?」
「……はは~ん。うちにも読めてきたで。つまり予選の時を使うてずっと正セッター争いをしてたっちゅうことやろ?」
「多分ですけど、そうだと思います。雑誌とかの記事を読む限り松原女子はそもそも経験の浅い選手ばかり。普通なら県予選前にポジション争いは決着がつくんですけど、ポジション適性を見極めるまでの時間が足りなくて仕方なくツーセッターで県予選を戦ったんだと思います」
「逆ならともかくツーセッターからワンセッターならそんなに大きな負担にはならないし、もとより立花姉と前島はスパイカーとしても、まあ県大会レベルなら優秀だし、春高までにポジション争いを完結させるって寸法だったのね」
なお、勝手に勘違いしているが、実際のところは当初陽菜と未来が『自分がセッターをやる』と言って聞かなかったからこそのツーセッターであり、ワンセッターに戻ったのは優莉を活かせるのは陽菜の方だと判明したからである。
……あれ?大体あってる……
「それにしてもさっきの舞のセリフじゃないけど東富士にはちょっとがっかりね。もうちょっと対策を打ってくればここまでの大差では負けないのに……」
「なあつねやん。そっちはどんな対策してきたん?」
「なんでそれを敵チームに教えなきゃいけないのよ?」
「細かいことはええやん。答え合わせみたいなもんや。せや!順番に1個ずつ言っていくのはどうや?」
「はぁ……じゃ、ハーフタイムの間だけよ。さっきそっちの舞も言ってたけど、『強打にビビらない』。これは最低条件。で、次はそっちよ」
「狡いなあ。それ、対策やのうて前提条件やん。まあえぇか。『とりあえずボールを返すはやらない』。これやると優莉ちゃんのスパイクで返されるからな。チャンスボールで返すのはアカンねん。ホンマ、バレーの常識が通じん相手や」
「『高角度からの攻撃をレシーブできるようにする』。あの小っちゃいのの攻撃で一番厄介なのは速さではなく高さよ。
単純にブロックできない高さ、というのも厄介だけどスパイクの発射位置が普通の女子高生バレーより1mくらい高いからボールの軌道が上から落ちてくる感じになるの。普段とは違う角度から飛んでくるボールをレシーブできるようにならないと辛いわね」
「その対策やったわ!うちらは脚立にスパイク役乗せて受ける練習してん」
「それだと体重が乗らないじゃない」
「つねやんさっき自分で言うてたやん。やっかいのなのは『速さやのうて高さ』やで?」
「……龍閃山もコーチを脚立の上に立たせてスパイクさせたけど、U-19の合宿で感じたあの破壊力は出せなかったわね。ま、高角度からのスパイク対策は出来たと思うけど」
「次はうちらやな。『優莉ちゃんが後衛時に最高攻撃力になるようにローテを組む』。優莉ちゃんと点取り合戦してもしんどいだけや。後ろに下がってるうちに点取った方がなんぼか楽や」
「ちょっと待ちなさい。それは逆でしょ?彼女が前衛にいる時こそ最強の火力をぶつけるべきよ。そうしないといつまでもローテが回らなくて彼女が前衛に居続けるのよ?」
「そんなことないやろ。松女の「千鶴も杏奈も黙って。2セット目が始まるわよ」」
宮本と津金澤が松女対策で盛り上がりを見せようとした所で第2セットが開始される。
試合は第1セットと同様、終始松原女子高校が圧倒し、ゲームセット。松原女子高校は2回戦へと進出した。
松原女子高校 VS 東富士城西高校
25-8
25-9
セットカウント
2-0
松原女子高校 2回戦進出
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試合終了後
観客席にて
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「ところで舞、千鶴。あなた達、なんでこの試合を見に来たの?松原女子高校はブロックの反対側よ?あたるとしたら決勝だけじゃない。」
「はぁ?そんなこともわからないの?」
「わかるわけないわよ。だってあなた達、準決勝敗退で大阪行きでしょ?」
「ははは。つねやん、ボケのセンスはあらへんなぁ。準決勝敗退で帰るんはそっちやろ?」
多くの高校スポーツの全国大会には魔物が棲んでいる。
いつ大番狂わせが起きても不思議ではない。
が、それでも多くの高校女子バレー関係者は確信している。
大会4日目、準決勝第2試合は金豊山学園高校 対 龍閃山高校になると。
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おまけ
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好きな食べ物。他校編
市川 真貴子 → コーヒーゼリー
真「甘くないゼリーに甘いミルクをかけるのが良いのよ。ゼリー本体が甘いのはちょっと……」
西村 沙織 → じゃがりこ
沙「今だから告白します。姫咲高校女子バレー部は平日間食禁止なんですけど、陰でこっそり食べてました!」
徳本 正美 → ツナマヨおにぎり
正「おにぎりだけは知佳と趣味が合わないんだよねえ」
沖野 知佳 → 鮭おにぎり
知「正美は西洋かぶれだよ。おにぎりにツナマヨなんて邪道だよ」
飛田 舞 → プロテイン
舞「何か文句あるかしら?」
千「とっつぁん、これボケへんでええんやで?」
宮本 千鶴 → お好み焼き
千「下に麺を敷くのは邪道や!」
舞「そんなことで余計な喧嘩を売らなくても……」
津金澤 杏奈 → 塩羊羹
奏「先輩、顔に似合わず渋い和風趣味ですね」
杏「顔と味覚は関係ないでしょ?」
金田一 奏 → 山かけ月見そば
奏「お蕎麦は二八で!十割蕎麦はボソボソして好きじゃないんです……」
杏「……全然女子高生らしく無い食べ物がでてきたんだけど?というかこの子に渋いって言われたの?」