閑話 OG その2
「あ、朝日!夕陽!こっちこっち!席空いてるよ!」
「あれ?都平じゃん!久しぶり!」
体育館の観客席に入るとそこにはすでに他のバレー部OGが何人かいた。気が付けば何世代もの元バレー部員が一塊になって集合することになった。
現世代を唯一知る恵理子達はその集団の中心に座らせられた。
「あ、入ってきたよ」
公式ウォームアップのためにアリーナに姿を現す現松原女子高校バレーボール部の面々。
「うわぁ……聞いていた通り8人しかいないんだ……」
「数が少ないし、背も高くないから迫力にかけちゃうよね」
「?でも10番とかは相手にも負けてないくらい高くない?」
「あの暴れん坊の佐伯がジャージを着てあそこにいることが凄い不思議……」
「あ、あそこのジャージを着てる人って国語のうっちん?うわぁ懐かしい」
思い思いの言葉を発するOG達。そして他校との違いに気が付く。
「でも他所の高校と比べると応援団が少ないわね」
「仕方ないよ。うちはただの県立高校。吹奏楽部とかチア部に『冬休みを返上して応援しに来て!あ、費用はそっち持ちだから』なんて言えると思う?」
「そうなると動員力で他校に負けちゃうのもしかたないか」
実際問題、ぎりぎり日帰りできる距離とはいえ春高の会場は連日通うには遠すぎる。荷物の多い吹奏楽部ならなおのことだろう。
「あ、でも仮の話ですけど、準決勝まで残ったら最後の2日間は学校からチア部と吹奏楽部の応援団を派遣するそうですよ」
「流石に5日間の旅費は工面できなかったそうですけど、2日間なら補助金が出せるそうです」
「あれ?それってお金の問題だったの?私は宿がどこもいっぱいで、取れないからこれない、最後の2日間だけなら敗退して帰る高校もたくさんあるから宿が取れて応援に来れるって聞いたんだけど……」
これは現高校3年生からの情報。ちなみに補助金は昨年末に募った寄付金からねん出される。
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公式ウォームアップが始まる。
バチーン!!
優莉のスパイクでアリーナ全体に轟音が響き、空気が一瞬固まる。ただの一撃で他のコートからの注目も集めてしまう。
「いやいやいや。あれはないでしょ。何m跳んでるのよ?あの子?」
「音だって凄すぎるわよ。あんなの体にあたったら怪我しちゃうじゃない!」
「隣の男子より凄いんですけど……」
(((あぁ。懐かしい。私達も昔そう思ってた)))
動揺する松女バレー部OG。かつて自分達が通った道だと達観している恵理子達。
そして試合が始まる。
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第1セットは松原女子高校からサーブ。
ピーッ!
笛の鋭い音と共にサーブの1番手、立花優莉が助走を行い、強烈なスパイクサーブを東富士のコートに叩き込む。東富士は一歩も動けないまま1点を失う。
「あれはないって」
「あんなのどうやって取るの?」
思わずつぶやくバレー部OG。彼女達は知らない。
県大会予選では姫咲をはじめとする強豪があの殺人サーブに果敢に挑み、そして完全ではないにしろ、攻略して見せたことを。
(((やっぱり優莉のサーブっておかしいのよねえ)))
改めて自分の感覚が狂い始めていることを教えられた恵理子達。
その後、松原女子高校は相手を圧倒して試合を進める。
まず、サーブが強い。
立花優莉はもちろんだが、他の部員もサーブが強くサービスエースで点を取ったり、そこまでいかずともファーストタッチを乱すことが出来る強烈なサーブばかりだ。
そしてファーストタッチが乱れるとトスは2段トスになりがち。速攻なんてもっとあり得ない。
なんとか2段トスのオープン攻撃を仕掛けるも、松原女子のコートからは高い3枚ブロックが立ちはだかる。
大会史上最低の平均身長の松原女子高校だが、身体能力でそれをカバーし、ブロックの高さは春高に出場する高校の平均以上だ。
「うわ。えげつない。またドシャット(スパイクをブロックで封じて得点になること)……」
「あの子達、凄いね。ブロックするときに肘までネットの上に出てる。私なんて精々前腕が半分出るかどうかだったのに……」
「ブロックは高さもタイミングも揃ってるし、凄いね」
OGの面々は松女バレー部の凄さを実感した。その強さを知っている恵理子達はちょっとだけ鼻を高くした。
「ところで板垣さん。なんであの村井は松女に来ちゃったの?あれだけ巧かったら姫咲とか陽紅とかから声がかかりそうなんだけど……」
当然の疑問だ。しかし、約1年前に村井玲子をバレーボールで推薦しようなどという人間が出るはずもない。
「あの3番は村井玲子っていうんですけど、実はバレーを始めたのが4月からなんです……」
唖然とするOGの面々。
気持ちはわかる。松女のコートである意味立花優莉以上に目立つのが村井玲子だ。
コートの中央に陣取り、レシーブにブロックにスパイクにと八面六臂の大活躍だ。あれが実はバレー暦8ヶ月です、とは簡単には信じられない。
この他、松女のコートを俯瞰してみればやはりバレー暦の長い都平明日香と有村雪子の2人が巧い。他は……
「あの小さいハーフの子は凄いんだけど、なんていうか普通ね」
「そうそう。すごく運動能力は高いんだけど、レシーブとかは普通なのよね」
他は普通に見えてしまう。
OGの先輩方は気が付かない。
やはり立花優莉もバレー暦8ヶ月だが、今となっては普通、言い換えれば下手くそには見えない。
そもそもバレー部で経験者といえるのは都平明日香と有村雪子だけだ。他は長いブランクがあるか高校からバレーを始めたかのどちらかだ。それを春高までに全国で戦える、全国大会で普通だと、平均だと思わせるレベルまで技術を磨いてきたのだ。
コートを見ればサーブレシーブを乱し、コート外に飛んで行ったボールを追いかける立花優莉の姿が見えた。そしてボールの下に潜り込むとコート中央の村井玲子に向けて2段トスを行っていた。
(あ、キレイなトス……)
何の変哲もない高くキレイなごく普通の2段トス。この会場にいる選手で今、立花優莉が行った2段トスが出来ない者の方が少ないだろうと思われるごく普通のプレイ。
しかし、4月から6月までの2ヶ月間は大半をサーブとスパイクの練習に費やし、トスの練習はあまりしてこなかったと知っている恵理子達は後輩の確かな成長をそのプレイから感じ取れた。
立花優莉が上げたトスを村井玲子がスパイクとして決め、第1セットは終了。
松原女子高校は幸先の良いスタートを切った。
春高 1日目 1回戦
松原女子高校 VS 東富士城西高校
25-8
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視点変更
第1セット終了直後
立花 優莉 視点
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ん?ふと聞き覚えのある声が聞こえた気がして2階の応援席を見るとなんとエリ先輩達が応援に来てくれていた。
「優ちゃん、いきなり手を振って、どうしたの」
「陽ねえ、あそこ。エリ先輩達がわざわざ応援に来てくれてる!」
「あ、本当だ!」
エリ先輩の方を見ると近くに明日香に何となく似た女の子がいた。背伸びして大人びた格好をしているが、たぶん俺達と同い年か、あるいは年下か。つまり……
「明日香。明日香の妹もあそこに来てるよ」
おそらく明日香の妹かあるいは従妹とかそんなところだろう。が、俺の発言を受けて明日香はニヤニヤとした表情――兄妹の礼儀を弁えない時の陽菜によく似た顔だ――で告げる。
「あれは私のお姉ちゃんだよ。そうだよね。やっぱり私の方がお姉ちゃんに見えちゃうよね」
「おいニンジャ。間違っても今日子さんに『明日香の妹』なんて言うなよ。絶対に怒られるから」
なんということだ。明日香も陽菜同様に無礼な奴だったのか。
そうとわかれば決して今日子お姉さんとやらに無礼な真似はすまい。話す機会があればお姉さんを称える言葉を送っておこう。
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補足
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実際の春高では応援団の席が優先されて一般の観客はなかなかいい席では試合を見ることができません。
作中のOG達は一般の観客に分類されるのでいい席で見れるとは思えないのですが、そこは『松原女子高校は公式応援団を派遣していないので観客席に強豪私立校と比べると余裕がある』と脳内補足をお願いいたします。
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おまけ
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お話が短いのでおまけを追記。好きな食べ物、バレー部関係者バージョン
立花 涼香 → もんじゃ焼き
涼「具材にこだわりはないわよ。野菜もお肉も魚介も全部好きよ」
美「でもあれを家でやると鉄板がボロボロになるんだよなあ」
優「だから立花家にはもんじゃ専用のホットプレートがあるんだよ」
陽「ぶっちゃけただボロいだけのホットプレートだけどね」
立花 美佳 → イチゴのショートケーキ
涼・優・陽「……ショートで満足するの?」
美「いいだろ!好きなんだから!ワンホールくらい食べても!」
都平 今日子 → タケノコの里(キノコ派は死すべし!)
明「お姉ちゃんが味覚音痴で辛いです」
今「愚妹が頭だけでなく舌も残念で辛いです」
明「お姉ちゃんが舌だけでなく胸も残念で辛いです」
今・明「……」
その後、大喧嘩が始まったことはいうまでもない
佐伯 加奈子 → ハンバーグ
加(みんなにバレたら子供舌だなんだと言われそうね)
勝「東京まで来たんだ。もう少し南下して静岡まで行ってさ〇やかに行ければなあ」
加(!!)
上杉 勝 → カレーライス
勝「カレーが嫌いな男子など存在しない!」
加「女子でも嫌いな子は少ないですよ」
勝「夏の暑い日に辛口カレーと麦茶のコンボは最強!」
加「あれはいいですよね」