閑話 OG その1
長くなったので分割。試合描写は次のお話になります。
「うぅ……寒い……」
「今日は今年一番の冷え込みだってさ」
「それを言うなら今冬でしょ?今年はまだ4日目なんだから」
松原女子高校バレーボール部のOG、板垣恵理子、岡崎唯、荻野美穂の3人はほぼ始発の電車に乗り込み、都内某所の体育館を目指していた。
目的はもちろん全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称春高に出場する後輩の応援のためである。
なお、流石に開会式は見送った。生で見ようとしたら前泊をしないといけない。そんな予算は一般高校生の懐からはポンポン出せない。
道中、時間があるので色々な話が出る。そして彼女達は3年生。避けて通れないあの話題が出る。
「それより来週はセンターなんだけど、みんなはどう?」
「あれ?言わなかったっけ?私は12月に推薦で大学受かってるよ?」
「センターなんて所詮足きりでしょ。私の志望校だと8割取れればいいんだから、まず大丈夫よ」
「裏切り者!!!!」
3人のうち、唯はすでに12月中に関西圏の某有名私大に合格、美穂は夏から猛チャージで今では旧帝大すら狙える学力を誇っているのでセンター試験は山だとは捉えていない。唯一、恵理子のみが早くもセンター試験に怯えていた。
「だいたい、3年になってからセンター対策をしようなんて遅いのよ。そういうのは1年生のうちからやっておくものなのよ」
「「それはない」」
センター対策は1年生のうちからやるべきだと主張する美穂。それをおかしいと非難する恵理子と唯。
そうこうしているうちに目的の体育館は見えてきた。そして目的以外の者も見えてしまう。
後ろ姿、2年前は1度も見なかった私服姿、かつては耳が出るほどのショートヘアだったが、今は襟足が肩に届くほどまで伸ばしている。
それだけ違ったところを見ても見間違えるわけがない。というか見間違えていたならそれはそれでいい。問題は当人にも関わらず挨拶をしないこと。
「「「おはようございます!」」」
3人は半ば条件反射で大きな声であいさつをした。それに対し――
「ちょ、ちょっと止めてよ。恥ずかしいじゃない。とっくの昔に私は卒業してるのよ?」
顔を赤くしながらかつての松原女子高校バレーボール部主将、都平 今日子は後ろを振り返った。
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「それじゃあ4月からは荻野は大学でも私の後輩になるかもしれないんだ」
「直近の模試ではA判定だったのでそうなる可能性が高いですね」
「合格したら教えてね。1人暮らしになるんでしょ?借りる部屋のアドバイスが出来るよ」
現松原女子高校3年生の恵理子達と2年前に同校を卒業した今日子との会話は、2年前に今日子が主将を務めていた頃よりも穏やかだった。理由は当時より朗らかで優しい表情を浮かべる今日子にある。
「……今更言っても遅いけど、あの頃はごめんなさい。みんなに厳しくし過ぎたわ」
「えっ……」
思わぬ告白に戸惑う恵理子達。
「私が1年生だった頃はまだインターハイで全国に行った先輩達がいて『もう一度絶対に全国に行くぞ!』って圧が強かったの。今にして思えばそれにすっかり洗脳されちゃって、『勝たなきゃ』って思いだけが強くてどうやって強くするだとか、部員の気持ちだとかに気を配るだけの余裕がなかったのよね……」
「……」
「だから明日香……妹達が軽い練習で全国に「「「それはないです」」」」
「都平先輩が何を聞いたのかは知りませんけど、後輩達はものすごく練習しています」
「そうです。むしろ内容は先輩達よりずっとハードな内容です」
「確かに才能のある後輩ですけど、楽をして春高に行ったなんてことはありません」
強い反論に思わずたじろぐ今日子。
「そ、そうなの?今は都内で1人暮らしだから毎日妹と顔を合わせているわけじゃないけど、話せばいっつも楽しそうにバレーの話ばっかりするから、そんなにハードな練習はしていないとばっかり……」
「明日香も含め今の1年は全員排球狂なんです。普通だったら吐くか動けなくなるかの2択のきつい練習を毎日嬉々としてやり続けて、さらに自主練まで追加しちゃう変態の集まりなんです」
「「うんうん」」
「そ、そうなんだ……」
当人達がいないことをいいことに平然と暴言を吐く恵理子。それに同調する唯と美穂。まあいたところで同じことは言っていたが……
なお、その『吐くか動けなくなるかの2択のきつい練習』を6月まで3年生というプライドだけで3人とも毎日やり続けていたりする。
……そして夏以降、部員達に体力がついたことと、優莉がスポーツ医学の権威、山下からの助言を受けてさらにハードに、より練習強度が増したことを3人は知らない。
「だったらなおのことダメ主将だったわね。明日香はそんなに厳しい練習を部員に強いても不満が出なかったどころかみんなついてきた。私は……」
「「「……」」」
それは難しい問題だ。恵理子達はそう考える。
今の1年生は程度の差こそあったが全員が排球狂だった。
呑気に見える優莉や内向的で大人しい雪子ですら負けることを嫌ったうえに、勝つための努力は(一般的な部活動の範囲であったが)惜しまなかった。
……当人達の間では玲子だけが排球狂で、明日香が精々熱血スポーツ少女、立花姉妹と雪子はごく一般的なバレー好きと言っていたが、それは彼女達の容姿レベル並みに平均が狂った世界の話でしかない。
恵理子達は良くも悪くも主体性に乏しかったので3年生3人の意見より1年生5人の意見が優先されて練習が行われた。
厳しくとも目標に向けて部員一丸となって努力と改善を惜しまない気風がそこにはあった。
一方で2年前はどうだったか。
あそこまでの熱意を持っていたのはおそらく目の前にいる今日子1人だけで他はそこまでではなかった。仮にあの世代に今年と同じ練習を課せば1週間で廃部レベルまで部員が減っていただろう。
同じ志を持つ者もいない。共に高めあう仲間がいない。
一方で当時の3年生が1年生だった頃は3年生に全国に行った先輩がいた。
私達は出来たんだ、お前達もやって見せろと、無言の圧力を受けていたと先ほど告白されたばかりだ。そのプレッシャーは容易に想像できる。
だからこそ、今日子が気を抜かず自他ともに厳しく律することで部をまとめていたのだと今なら思い至ることが出来る。
そして、だ
「確かに練習は厳しかったですけど、あれはあれでよかったと思います」
「なんだかんだ高校3年間の思い出で一番記憶に残っているのはバレー部が厳しかった1年の時と3年の時ですし」
「2年生の時は修学旅行とかあったはずですけど、なぜか記憶が薄味になってますし……」
やっている時は辛くて厳しくて仕方なかった。だが、思い返してみればそれは懐かしい記憶として刻まれていた。そしてそれはこの先もきっと変わらないだろう。
後輩からの思わずの告白に戸惑う今日子。そして思わず吹き出してしまった。
「ぷっ。そうね。確かに高校生の時に何をしてたって聞かれたら私も『バレー』って答えるわね」
後輩の言葉に苦笑する今日子。
2年前は怖いとすら思った姿は虚像だった。
プレッシャーから解放された都平今日子はよく笑い、よくしゃべる明るい性格になった。
なんとなく妹がもう少し年を取って落ちつけばこうなるだろうと予測できた。
(((まあ外見は似ても似つかないけどね)))
姉の身長は160cm弱。成人女性の平均値で背は低いとは言えないが、高いわけでもない。
横方向も大サイズの妹と異なり平均並みだ。顔も巧みな化粧でごまかしているが素顔は妹より童顔であろうと同性の恵理子達は容易に推測できた。
なまじ顔だちが似ているので一緒に歩けば明日香が姉で今日子が妹だと誤解するものが出るだろう。
なお、余談だが縦にも横にも10cm近く妹より小さい姉だが、学力は反対に偏差値にして10以上姉の方が上である。
すっかり気さくになり、『もう卒業したんだし、軍隊みたいな挨拶は止めて』といった今日子だが、その後姿を見た瞬間、自らの発言を翻した。
「おはようございます!!」
1人で先ほどの恵理子達3人の挨拶を上回るのではないかという声量。頭もブンッという風を切る音が聞こえるのではないかと思うほど急速に下げて礼をする。
「え?あ?ひょっとして都平?」
「ちょ、ちょっと止めてってば。色々誤解されるでしょ?」
その挨拶を受けた長身の女性2人はつい先ほどの今日子同様、顔を赤くしてやめるよう言ってくる。
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「あっはっは。そりゃそうね。たった3年間だったけど、あの空間の癖はまだ抜けないわ。今でも時々夢に見るし」
「私達も当時の先輩を見かけたらやっちゃうかもね」
今日子が大声で挨拶をしたのは4年前の松原女子高校の卒業生で名前は藤根 朝日、藤根 夕陽。双子の姉妹だ。
藤根姉妹もまた、バレー部の時代錯誤な上下関係に当時は染まりきっていた。そしてそれから4年が経ち、当時が異常だったといえるくらいまで毒気が抜かれていた。
「あの、バレー部って昔から上下関係が厳しかったんですか?」
「う~ん。本当の大昔は知らないけど、少なくとも10年くらい前は違ったみたいね」
「とにかく私達の2個上の代が凄かったし、ヤバかった。バレー自体が巧いだけじゃなくて、昭和のスポ根漫画全開のノリで上下関係がすっごくきつかった。
私達が1年の時にインターハイで全国に行けたんだけど、その時に応援に来てくれたOGの先輩達がドン引きするレベルで根性昭和バレー部になったらしいわね」
「その時にOGの先輩達から聞いた話だと、私達の2個上の代は1年生の時から体育会系のノリが凄くて2年生、3年生と進級するたびにバレー部の雰囲気を作り変えていったって話だったわ。ちなみに、私達も1個上の先輩達も2個上の先輩達を裏では『女番長』とか『スケ番』って呼んでた」
「そうなんですか」
「そう。だから、板垣?だっけ?君は凄いよ。あの昭和のバレー部を現代風に変えちゃうなんて」
「私達の代で先輩を名前呼びなんて考えられなかったよね」
「そ、そんなことないですよ。たまたまです。名前呼びもたまたま姉妹が入部して苗字で呼ぶと混乱してしまうので――」
「え~私らの時なんか『おい!藤根!』だったし、それで呼ばれてない方が返事をすると『お前じゃない!』って怒られるんだよ?」
「あれは理不尽だっ「「おざまーーーす!!!!(おはようございます)」」」
突如大声を上げながら頭を下げる藤根姉妹。その視線の先には――
「あ~うん。久しぶりね。藤根の姉と妹」
ほほを指で掻きつつ、ばつの悪そうな顔をする現松原女子高校バレーボール部顧問にして6年前のバレーボール部部員の佐伯加奈子がいた。
(……もしタイムマシンが出来たら真っ先に高校生時代の自分をぶん殴りに行こう)
4年経っても過剰なまでの挨拶をする後輩を見て改めて佐伯加奈子は心に決めるのであった。
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おまけ
松女バレー部 世代まとめ 年齢は現在軸でその年度になる歳を表記
1年生 16歳 優莉達の世代
2年生 17歳 ーー
3年生 18歳 恵理子達の世代
1年前卒 19歳 ーー
2年前卒 20歳 今日子達の世代
3年前卒 21歳 ーー
4年前卒 22歳 藤根姉妹達の世代
5年前卒 23歳 ーー
6年前卒 24歳 佐伯先生達の世代
Q.いつもと投稿時間が違うよ?
A.実は当初、藤根姉妹は3年前卒という設定でした。この姉妹は今日子と佐伯先生を結びつけるキャラなのですが、最後に見直しをしていたら3年前卒では佐伯先生とは会わないことが判明。急遽見直していたら遅れました……