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082 美佳ねえの夢

 6泊7日で行われた全日本女子バレーボール代表合宿も6日目の練習が終わり、明日で最終日。

 

 ほぼ同日程にて行われたU-19代表合宿は4泊5日だったので1日早く始まり、1日遅く終わる形だ。もっとも最終日もギリギリまで練習したU-19合宿とは異なり、明日は午前中だけの練習で、慰労会も兼ねた昼食後に解散というスケジュールだ。なので明日に慌てて荷造りしたり、後日に宿泊所から忘れ物の連絡が来るのを避けるために今のうちから荷物をまとめておく。

 

 で、アスリートの合宿なので日中は汗をたくさんかき、それに備えて着替えもたくさんある。かといって汗を吸い込んだ衣類は合宿中そのままというわけでもなく、備え付きの乾燥機付き洗濯機で毎日洗濯もしている。日々の洗濯である程度ローテーションしているとはいえ、それでも結構な量の着替えを持ち込んでおり、今現在それを畳んだりしまったりしてるんだが……

 

「優。洗濯物、乾燥機からお前の分も取ってきたぞ。で、私の分もまとめといてくれた?」


 とても困ったことに俺は同室の美佳ねえの着替えも一緒に畳んだりしている。

 

 ちなみに合宿中はずっと美佳ねえとのツインルームだ。誰かと相部屋になる必要があるのであれば、美佳ねえとの相部屋が一番助かる。

 

 女子校で結構慣れてきたとはいえ、俺は意識的には男なので妙齢の女性のあられもない姿は目の毒だ。それも血を分けた姉妹ならある程度緩和される。

 

 まあそれでも気になることはある。例えば今触っている俺よりも明らかに大きいサイズの下着。

 

 

「美佳ねえ。私というか俺に下着触らせていいの?」


「何をいまさら。普段から涼ねえとか陽菜の下着も触ってんだろ?」


「いや、俺正直陽菜のはともかく涼ねえと美佳ねえのは未だにちょっと抵抗あるよ」


 特に涼ねえのは色々凄い。触るのも恐れ多いくらい格の違いを感じさせる凄い下着なのだ。


「抵抗のあるなしで言えば中高の頃に悠の下着を洗ってた頃の方がよっぽど抵抗があったよ」


「ですよねー」


 俺と美佳ねえは本来3学年分離れている。んで当時の俺はまったく気にしなかったが、俺が中学1年から3年までの間は美佳ねえは高校1年から3年で、しかし中学生だった俺は洗濯当番のローテーションなんて一切気にせず洗濯籠に自分の下着を入れていた。

 

 ……つまり当時大学生だった涼ねえや高校生だった美佳ねえに男子中学生の下着を洗濯させてたわけで……

 

 当時の俺はどこまでデリカシーがなかったのだろうか?

 

「そんな深刻になるなよ。別に弟のパンツくらいどうってことないって。それくらい妹に下着触られても何にも思わないってことだよ。優だって父さんの下着、普通に洗濯できるだろ?」


 ふ~む。確かに父さんのパンツが洗濯籠に入っていても普通に洗濯出来るな。



 なんて会話を挟みつつ、俺は再び洗濯物を畳む。美佳ねえには部屋の片づけと見回りをお願いした。思わぬところに忘れ物があるといけないからな。

 

 

「お~い。優。勉強道具出しっぱなしだぞ?」

 

「それは後でやるから出しっぱなしでいいの」


 公休扱いだったとはいえ、俺が平日5日間、1週間分の授業を受けなかった事実は変わらない。期末試験後で松女は現在イベントラッシュの真っ最中。やれ芸術鑑賞だ球技大会だで、ずっとべったり授業があったわけではないが、それでもこの遅れはなかなかつらい。

 

 帰ったら陽菜に俺が休んでいた間の授業を教えてもらう予定だが、それでどこまで巻き返せるか……




「……なあ優。お前何でそんなに一生懸命勉強してんの?」


「は?そんなの勉強は学生の本分だからだよ。それに3年になって慌てて受験勉強するよりも1年のうちからしっかりと基礎を固めた方が後で泣きを見ないって涼ねえも祐樹も雄太も言ってたし」


 それに例えばセンター試験で使う数Ⅰ数Aは1年の2学期までに習った内容で殆ど解ける。大学受験勉強はもう始まっているのだ。

 

 まあ目下の目標は3学期の期末テストで陽菜に勝つことだな。


「そうじゃなくて、優は勉強で大学行くの?こう言っちゃなんだけど、そんなことしないでも優ならスポーツ推薦でどこだって行けるぞ?

 むしろ手段を選ばないならいきなりプロスポーツ選手にだってなれる。スポーツの世界で成功する人間はほんの一握りだけど、優は確実にその一握りに入れる」

 

「……俺、自分がプロスポーツ選手になれる姿って全然想像できないんだよね。それでご飯を食べていく姿なんてもっと想像できない」


 客観的に自分を評価して、女子としてなら今の時点でも世界トップクラスの運動能力を持っていると自覚している。

 

 松女に入学してからの9ヶ月間を考えれば本格的にトレーニングをすればひょっとしたら男子も含めて世界トップになれるかもしれない。

 

 いや、バレーのジャンプで170cmくらい跳べるわけだからある分野ではもう世界1位の記録を狙えると思う。


 しかし、それが飯のタネになるかと言われると微妙だ。さっきも言ったがそんな未来は想像できない。

 

 例えば俺が将来農家になったとしよう。誰しも飲まず食わずでは生きていない。だから誰かが食べる野菜を作って売って、それで生活の糧を得る。想像できる未来だ。

 

 

 例えば自動車メーカーに入社したとしよう。自動車は移動に輸送に便利だ。今の日本にはなくてはならない物の1つだろう。

 その自動車を作るのか売るのか修理するのか整備するのかはわからないが、社会貢献にはなるし、誰かがやらなくてはいけない、やって欲しい仕事の1つだ。その1つに俺が成るのはまあ想像できる。

 

 

 しかし俺が例えば何らかの競技で五輪の代表選手になったとしよう。この前、山下さんのところでバイトをした時に100mの自己ベストがついに10秒04と9秒台が見えるところまできた俺なら金メダルも夢ではあるまい。が、それが人を魅せる様なものなのかはわからない。

 

 別にプロスポーツ産業が無意味だとは言わない。むしろスポーツ観戦は好きなくらいだ。

 

 が、俺自身にそんな商業価値があるとは今一思えない。



「まあスポーツでお金を貰うのが理解できないってのは私も理解できるよ」


「はぁ???」

 

 美佳ねえは今年の2月頃にプロ入りを表明。すぐさま国内外の有力チームから誘いがあってつい先日国内の某チーム入りが決定したばかりだ。


「いや、美佳ねえは自分でプロ入り表明したじゃん。なんでスポーツでお金を貰うのが理解できない人がプロ入りするのさ?」


「あれ?優にも言ったろ?私の将来の夢というか進路希望先は体育教師だぞ?プロ入りは資格を取るための通過点だよ」


「ますますわからないよ!なんで体育教師希望者がプロバレーボーラーになるのさ?」

 

 確かに去年の今頃……いや今年の正月くらいまでは美佳ねえは体育教師になるって言ってたけど……


「順を追って説明してやるよ。確か去年の1月後半だったかな?姫咲(母校)の赤井監督から電話があって私の進路先がなかなか決まらないことを心配されたんだ。

 ついでにチームによってはコネもあるから行きたいチームがあるなら教えてくれ、ってね。で、私は言ったんだよ『行きたいチームは姫咲高校です。私は監督のように指導者になりたいです』って」

 

「へ?美佳ねえってバレーボールの指導者をやりたかったの」


「……あーー。そういや優と陽菜にはいってなかったな。そうだよ。涼ねえには言ってあるけど、私は姫咲で後輩達にバレーを教える道に進みたいんだ。体育の先生ってのはそのための前準備だね。

 んで体育教師枠の空きはないか聞いたら、赤井監督から自分が学校の上層部に頼めば1枠くらい空けてもらえると思うけど、押し込むのにもそれなりの大義名分が欲しい。で、バレーボールの3大大会のどれでもいいから金メダルを取ってきたら体育教師にしてやるってさ」

 


「はあぁあ??」


 ちなみにバレーボールの3大大会とは五輪、世界選手権、ワールドカップの3つである。そして俺の記憶が確かなら――

 

 

「美佳ねえ。確か日本って随分長い間その3大会どれも制してないよね?」


「そうだよ。1980年代以降は1回もないね」


 半世紀近く制してない大会制してこいって事実上断られてんじゃねえの?

 

 そんな俺の感情が顔に出てたのか、美佳ねえはそれを否定する。

 

「赤井監督は出来ないことを言うことはないさ。それにこの合宿でもわかったろ?私が拾って優が決めればどんな相手でも勝てるって」


「……俺の参戦は決定かよ」


「いいじゃないか。ちょっとくらいお姉ちゃんの夢に協力してくれよ」


「そもそも俺が代表に選ばれるとは限らないんだけど?」


「この合宿に参加している奴で優莉が選ばれないなんて思う奴なんていないよ。高さが正義のバレーで優は何mまで飛べてんだよ」


 まあそうだろうなあ。……面倒だな。選ばれたらその時に考えよう。

 

 

 

===============


 翌日。

 

 午前中に昨日の試合の反省を兼ねた練習(昨日の試合で出来なかったこと、ミスが出たところを重点的に練習)を行い、合宿の全メニューを消化。最後は慰労会を兼ねた昼食でこの席ではお酒も出る。俺は呑めないけどな。


 その慰労会が始まる直前、田代監督がこんなことを言った。

 

「荒巻、上田、大河原、川村、菊池、木村、坂井、重野に立花は2人とも。お前達だけちょっと集まれ」


 なんだろうか?呼ばれた10人が集まるとその理由を話してくれた。

 

「ここに集まった10人はよほどのことがない限り、来年の世界選手権に選手として出てもらう。ついては今一度、代表選手として自覚を持って行動してほしい。

 また、投薬は摂取する前に必ずこちらに連絡してほしい。ただの風邪薬、ただの花粉症の薬といった中にもアンチドーピング機構で禁止されている成分が入っている場合もある。

 それから――」

 

 

 

 ……美佳ねえの夢はバレーボールの指導者。そのために姫咲で体育教師として採用される必要があり、そのためには世界選手権で金メダルが必要。そして俺は来年そのメダル取りに協力させられることが半ば決まっているようだ……

 

 

 マジかよ。世界選手権のある9-10月って思いっきり中間テストと被るじゃん。




「でも、私が『手伝って』って言ったら協力してくれるんだろ?」


「さすがにちょっと考え――」


「そういえば何年か前に弟が勝手に家出してすごく困ったことが――」


「美佳ねえの夢のためなら喜んで協力するよ!!」



 いつの世もお姉ちゃんには逆らえないのである……


補足

 姫咲は教員免許がないと原則運動部の監督やコーチにはなれません。

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