080 激突!全日本VSU-19 前編
まさか全日本代表とU-19代表が試合をするなんて夢にも思うまい!
まさか全日本代表とU-19代表が試合をするなんて夢にも思うまい……
まさか全日本代表とU-19代表が試合をするなんて夢にも……
2ヶ月ぶり2度目の感想欄からのネタバレを食らった作者より
全日本女子バレーボール代表合宿も今日で5日目。
ここまでの5日間でおおよそのペースはつかめてきた。
初日はチーム内の連携を確認する練習が多く、2日目以降は午前中に基礎練習+チーム練習、午後に他のチームをここに招いての練習試合、夜は練習試合の反省会といった具合だ。
練習試合の相手は女子の強豪社会人・大学生チーム。例えば昨日は12月上旬に全日本インカレを制した天馬大学の女子バレーボール部だった。
なお、昨日の対戦相手の大貫監督からは「姉の方の立花を返してくれないと勝負にならない」と苦笑された。美佳ねえは美佳ねえで「天馬はこんなに弱くはない」と嘆いていた。他にも例えば由美さんが所属しているプロチーム相手に練習試合をした際にも「私が相手チームにいればこんなに簡単にやられないのに」と愚痴られた。
これは対戦相手に悪いことしてるよな。相手の主力を引っこ抜いて練習試合を強いているわけだし。とはいえ、全日本代表は文字通り日本の代表なので他の日本のどのチームにも負けるわけにはいかない。
それに田代監督からは「お前ら、1セットでも落としたら罰走だからな」と脅されているのもあって過去3日間で1セットも落としてはいない。今日も負けるつもりはないが、なんと今日の対戦相手はある意味、俺達と同じく日本代表だったりするのだ。
さて、気合を入れたところで目下の課題は朝ごはんの時にわしゃわしゃにされた髪の再セットだ。なんでみんな俺の髪を触りたがるかなあ……
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視点変更
都内某所 第3者視点
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4泊5日のU-19日本女子バレーボール代表合宿もこの日で最終日。
最終日は朝からバスに乗り、南下。神奈川県は某所、とある体育館を目指して移動していた。
「みんな。ここまでよく頑張った。今日で合宿も最終日だ。今日の練習試合の相手はすごいぞ!なんと女子バレーボールの全日本代表が相手だ!胸を借りるつもりで思いっきりやろう!」
移動中のバスの中、U-19をまとめる橋波監督はそう発破をかけた。が――
「と、建前はそうだが、実際には違う。みんな。何とか全日本代表に一泡吹かせてくれ!」
……なにやら恨みたっぷりのようだ。
「監督。なにか全日本代表に恨みでもあるんですか?」
「代表メンバーにはないが、監督の田代監督にはある。……実はこの合宿、本当はもう1人呼びたかったんだ。だが、その選手を全日本代表に盗られてしまったんだ」
なんとなく全員が察する。噂に聞く立花優莉のことだろう。
「他にも津金澤も「ちょっと待ってください。全日本に呼ばれてるんでしたらU-19に呼ばないで下さい。というか今からでも全日本に合流していいですか?」」
橋波監督の意見を遮ってまで全日本の方がいいという津金澤。
「そ、そんな冷たいこと言うなよ。それに津金澤は『今回呼びたい』じゃなくて『次は呼びたい』だったからな」
真面目な話、高校1年生の頃から当時の高校3年生や社会人1年目を追い抜いてU-19のレギュラーを勝ち取った津金澤がU-19最後の年となる来年に出れないとなると橋波監督としては非常に困る。
「監督。私は?」
ここで強心臓を持つ飛田が『自分は日本代表に呼ばれてないのか』と聞いた。これを聞けるのが飛田である。
「あー……。飛田は特に聞いてないな」
「ふっ」「ちっ」
橋波監督の言葉を聞いて勝ち誇る津金澤。舌打ちする飛田。
だが、橋波監督としては飛田も抜けてもらっては困る。彼女も津金澤同様高校1年生の頃からU-19のレギュラーを勝ち取った猛者なのだ。柱を2本も失った状態での来年の国際試合は考えたくない。
「飛田も実力的には全日本に選ばれてもおかしくないと思うが、如何せん今の全日本でセッターは豊富だからな」
橋波監督から見て女子バレーボール全日本代表のうち、最も層が厚いのがリベロ。続いてセッター。この2つはわざわざ経験の浅い高校生から選ばずとも経験も実力も併せ持った選手がいる。
反対に最も層が薄いのがミドルブロッカー。特に日本人というか黄色人種の特徴からか、津金澤の様な長身の選手は本来のどから手が出るほど欲しいはずだ。続いて欲しいのが単独で決定力のあるスパイカー。
数年前、当時の全日本女子バレーボールの鍋島監督はall-rounder6という戦術を駆使し、全員スパイカーという超攻撃的布陣で世界に挑み、十数年ぶりに国際大会で日本に銅メダルをもたらした。
が、それが限界だった。
高さを技術とチームワークだけで補うのは限界があるのだ。
田代監督はそれがわかっている。だからこそ、規格外の高さを叩き出せる立花優莉を守備に難があり、と知っていても無理やり招集したのだ。
一方で立花優莉を入れてしまったことで、『コート内に大きな守備の穴が2つもあったら勝負にならない』として津金澤を呼ばなかったのだろう。津金澤は長身の選手らしく、アンダーは不得手としている。
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バスに揺られること2時間弱。U-19代表一行は目的の体育館に着いた。一同が着替えてアリーナに向かうとそこでは全日本代表が練習をしていた。
「ん?お、来たわね。よし。いったん練習はここまで。10分休憩するわよ」
U-19代表一行に気が付いた田代監督はいったん全日本代表の練習を止め、U-19代表一行に向き合った。
「ようこそ。君達を待っていた。今日は胸を借りようだとか、精一杯戦うだとかそんな殊勝なことは考えなくていい。全力で全日本代表を倒すくらいの気概で戦ってくれ。
今日、君達が良いプレイを見せてくれたらすぐにでも全日本代表に入れてもいい」
堂々とした引き抜き宣言にU-19の橋波監督は「そりゃないよ」と絶望的な顔を見せるが、田代監督はそれを無視して続ける。
「もちろん冗談ではない。知っているかもしれないが、私はかつて17歳で全日本代表のユニフォームに袖を通した。だから君達が今、全日本代表のユニフォームを着るのは少しもおかしくない。現に今回私が呼んだ選手で一番若い選手は君達と同じく高校生よ」
よく知っている。呼ばれたのは立花優莉だ。
「と、期待させたところ悪いけど、今の代表を追い出すのは厳しい。私は公平に評価して今の君達には代表入りの力はない、としているから呼ばなかった。君達にはぜひ、私の目が節穴であったことを証明してほしいわね。以上」
言いたいことだけ言って去っていく田代監督。その後姿を追う橋波監督。
「監督、困りますよ。U-19にだって事情があるんですよ」
「私にも事情はあるんですよ。私の現役時代には届かなかった五輪での金メダル。これを――」
そんな大人の会話が聞こえてくる中、ひときわ小柄な少女がU-19代表一行に近づいてきた。
「玲子!6日ぶり~」
立花優莉である。……なぜかどう見てもサイズの合っていない練習着を着ている。
「優莉。その見慣れない練習着はどうしたの?」
「これ?まだ正式じゃないから全日本のユニフォームは配れないけど、練習試合に来たチーム相手にバラバラの格好で戦うのは一体感がないから良くないってことで急遽配布されたの。
酷いんだよ!練習着の中に1着もSサイズがないの!せめてMサイズがあればよかったんだけど、一番小さいのでLサイズからだったから……」
少し裏話をすれば、練習着に関しては団結を促そうとスタッフが突貫で用意したものである。したがって練習着の提供側は個々の選手のサイズを聞いていない。
そんな中、背の高さが絶対正義のバレーボール、まして国家代表に選ばれるほど優秀な選手の中に、どうしてSサイズの練習着が必要な者がいるという発想が出ようか。
こればかりは提供側を責められない。
そもそも優莉に関して言うなら田代監督と橋波監督との間でどちらが呼ぶかギリギリまで話し合いがあった。
そのため、仮にサイズを聞いていたとしても優莉しか着れないSサイズの練習着をわざわざ用意したかは神のみぞ知る世界である。
「優莉。久しぶりね」
「あ、舞さん。お久しぶりです。今日よろしくお願いします」
フランクに話しかけてくる飛田に対し、丁寧にお辞儀をする優莉。彼女も年上を敬う礼儀作法くらいは身に着けているのだ。
「待ってなさいよ。すぐに追いついて見せるわ」
「??追いつくって何のことですか?」
「……」
礼儀は知っていても、空気は読めない。だが、飛田は玲子から日頃の優莉がどんな様子か聞いていたのでこれが煽りではなく、天然だと理解していた。
(あまりにも日本語が流暢だから誤解しがちだけど、優莉は日本に来てまだ2年。修飾語がない日本語は優莉には難しいわよね)
「言葉が足りなかったわね。全日本には先に優莉が呼ばれちゃったけど、私もすぐに呼ばれるようになるから、全日本で待ってて」
「あ、ごめんなさい。そういう意味だったんですね。でも私もいつま「お人形さんみーつけた!」」
そこに突如割り込んだのは宮本だった。
「うひゃー。優莉ちゃんもユキちゃんと同じで、ちっちゃいし、軽いなあ。うちは千鶴や。千鶴姐さんでええで」
「あ、はい。私は優莉です。千鶴お姉さん、よろしくお願いします。出来れば下ろしてくれると嬉しいです」
いきなり両脇に手を入れられ高い高いをされたにもかかわらず、あわてず騒がず下ろしてくれたら嬉しいという優莉。
「……アカンわ。優莉ちゃんはボケをボケ倒してくる子か。優莉ちゃん、こういう時は『なんでやねん!』って突っ込まなあかんで?おかしいやろ、いきなり他人を姐さんって呼ぶなんて」
「?そうなんですか?全日本の皆さんは『自分のことはお姉さんと呼べ』って会った初日から言ってきましたよ?」
……大丈夫なのか?全日本代表……
U-19代表一行の誰しもが内心そう思った。
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U-19代表一行の嫌な予感はある意味で当たり、ある意味で外れた。
あの後、優莉の周辺に全日本代表が集まり
「うちの愛玩対象兼偶像に何をするんだ!」
「優莉ちゃん、大丈夫?いじめられてない?お姉さんが守ってあげる」
等々、アレな一面を見せる全日本代表。一部にはまともな選手もいたが……
目指すべき目標がこれでは……と思っていたのは休憩時間の間のみ。
休憩時間が終わると彼女達はすぐに代表の顔に戻っていた。体育館の空気もピリッとしまったものになる。
なるほど、これが、全日本代表か。
U-19代表一行は目標が高いままであったことに安堵する。
が、これすらも間違っていた。
午前中はそれぞれに練習を行い、昼食後の午後から練習試合となったのだが、その練習試合開始直前の事。
橋波監督からスターティングメンバーの発表後、コートに入るとそこにはとても午前中優莉で戯れていた人物とは思えない程の闘志溢れる代表の姿があった。
午前中、練習中は引き締まっていた空気はさらにもう一段階、引き締まる。
あのほんわか雰囲気の優莉ですらキリッとしているように見える。
(……高い)
体躯に関して言えば全日本とU-19では差が殆どないはずなのにネットを挟んだ相手コートからは『高さ』を感じていた。
練習試合第1セットはU-19からのサーブ。1番手はU-19で一番のサーブの使い手。飛田 舞からだ。
(これは侮れないわね……)
笛が鳴ると、最初から侮らず相手コートの隅に渾身のサーブを叩き込む。が――
「沙月」
なんということもなさげに立花美佳がセッターの名を呼びながら飛田のサーブを拾ってしまう。
(さすがに全日本の守護神は手強いわね……)
背の高いリベロが低いリベロに対して有利な点は守備範囲の広さである。単純に背が高いほど腕が長い、という以外にも1歩で動ける範囲は長身の選手の方が有利である。
今の飛田のサーブも他の並みのリベロなら『あと1歩』が足りず、体の正面ではレシーブされなかったであろう。
もちろん、ただ背が高いだけでなく高いレシーブ技術あって初めてその長身が活きるのであるが……
ボールは高く山なりにセッターの位置へ。所謂Aパスだ。ここからならどんな戦略もセッターは立てられる。さて最初は――
見ればレフトから優莉が走り込んでいる。
早すぎる。
ファーストテンポだとしてもその助走タイミングは早すぎる。
失敗したのか?と一瞬思ったが違う。
これはテンポ0だ。
ボールがセッターの位置に届いた時にはすでに優莉の助走は踏み切りまで完了している。そこにセッターから高く鋭く速いダイレクトデリバリートスが上がる。優莉が跳ぶ。その高さは女子どころか男子ですら上回るほど高い。
間もなく4m近い高さから雷のような一撃がU-19のコートに突き刺さった。
ちょっと補足。
ハイキューのという漫画で誤解されるかもしれませんが、テンポ0(マイナステンポ)は本作中にもあるように本来は『セッターがトスをあげる際にスパイカーは踏み切りまで完了している』状態からスパイクを打つことです。
間違っても『セッターがトスをあげる際にスパイカーはすでに跳んでいてさらにスパイクを打つべくフルスイングの最中である』というわけではありません。
お知らせ
少し前に公開したデータセクションは見直すかもしれません。例えば本作中屈指の天才、飛田舞ですが、そのスペックは身長176cm、スパイク298cm、ブロック290cm。
一方、現実世界で日本代表の監督をやっている方の現役時代のスペックは身長176cm、スパイク305cm、ブロック289cm……
まあ、あちらは中学3年生の時に全日本代表に選ばれるくらいの怪物ですが……