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閑話 進化の怪物

 U-19日本女子バレーボール代表


 事実上、女子高生の中から日本代表を選抜したチームである。


 所詮高校生と侮るなかれ。すでに体力面においては成人とそうそう変わらないところまで鍛えられている。技術面においても参加者の殆どが小学生の頃からバレーをやっていたというだけあってなかなかのものだ。

 

 そんな中、1人だけ技量面において劣る選手がいた。

 

 松原女子高校から選ばれた村井玲子。

 

 技術面において劣るのは仕方がない。なにせバレーを始めたのは今年の4月から。競技歴はようやく9ヶ月目に入るという経験の浅い選手だ。

 

 だが、彼女が選ばれたことに対し不満を抱く者はいない。

 

 スパイクの高さは310cm。

 

 これは津金澤杏奈に続く選手2位で、身長が176cmであることを考えると驚異の値だ。彼女は『素材』として呼ばれたのだ。また、技量に劣ると言っても競技歴9ヶ月目と言うことを考慮すればむしろ優れているとさえいえる。そして性格。謙虚で真面目。練習に対し、真摯に取り組む姿を見てどうして嫌いになれようか。今もこうして指導者の教えに耳を傾け、さらなる技術を取り込もうとしている。


 

「ふむ……」



 その姿勢を飛田舞は大変気に入った。気に入ってしまった。


 

======


「村井さんだったわね。ちょっといいかしら?」

 

 練習中の休憩時間、飛田は玲子に話しかけた。

 

「試合でセットアップすることもあると思うけど、他の子と違ってあなたにはトスをあげたことがないの。ちょっと打ってもらえないかしら?」


「わかりました。よろしくお願いします」


 休憩時間のわずかな隙間を縫って自主練を始める2人。2人が練習を始めてようやく宮本がそれに気が付いた。

 

(アカン。適当なところで止めへんと……)


 飛田は生粋の排球狂(バレージャンキー)である。そしてその熱意を他人にも平気で押し付ける。味方に才能のある子を見かけたら指摘し、伸ばさずにはいられない性質の持ち主である。

 

 そこまでならまだしも可愛げがあるが、如何せんその伸ばし方はいわゆる「かわいがり」方式である。言葉を選ぶということを知らない。相手の気持ちをあまり考えず、「これが理想だ。ついてこい」を平気でやってしまう奴である。

 

 例えば金豊山では入学初日の練習で3年生に対し「先輩達ならこれくらいのトスは打てます!手を抜かないでください!」と言ってしまうかなりアレな性格なのである。疲労なんて考えず、スパルタトスをあげることもある。

 

 正論ならいつ何時でも受け入れられると思ったら大間違いである。


(たとえ正論でも言い方によっては人は傷つくんやで。場合によっては心ごとやられるんやで。っちゅうか前に同じユースに呼ばれたチームメイト泣かせてしもたんもう忘れたんか?)


 そんな宮本の心配なんぞどこ吹く風。案の定、


「ジャンプが前に流れてる。高く跳べるんだからそれを無駄にするな!」

「フォームが悪い。それじゃ力が伝わらない」


 だとかをオブラートに包まず言っている。正しいかもしれないがそれを指導するのは監督やコーチのはずで、同じ選手である飛田の役割ではないはずだ。


 そもそも競技歴1年未満の彼女にはまず伸び伸びやらせようという指導陣の方針をどうして感じ取れないのだろうか?

 

 早めにフォローをいれようとする宮本だが、玲子の顔色が思った以上に明るいことに驚き、それをやめてしまう。

 

 

 宮本は飛田が排球狂(バレージャンキー)界に君臨する排球狂(バレージャンキー)の女王であることを知っているが、玲子のことは知らない。

 

 玲子は超厳格(ドストイック)界を支配する超厳格(ドストイック)の権化なのだ。

 

 厳しい指導?自分が未熟なのだから仕方がない。

 きつい言い方?むしろ自分のためを思っての言い方だ。不満に思う理由などない。

 

 むしろ飛田の言い分は理路整然としたもので決して精神論からの助言ではない。玲子にとってはありがたいものだ。故に――


「ご指導ありがとうございます。もう一度いいですか?」


 凹むことなく、再練習を要求した。これには飛田も思わずにっこりだ。飛田からすればやる気のある子は嫌いではない。加えて、玲子は飛田の言ったことをすぐに修正して見せた。これにも満足だ。

 

 気が付けば休憩時間ぎりぎりまで2人の自主練は続き、次の休憩時間も

 

 

 

「村井。ちょっといい?」「飛田先輩、少しいいですか」


 と、どちらともなく声を掛け合うようになっていた。ついにはその日の練習終わりには

 

「舞さん!さっきコーチの人に聞きました!アリーナは21時まで使っていいそうです!」

「玲子よくやった!千鶴!ちょっとこっち手伝って!」


 などとお互いに名前で呼び合うところまで仲が良くなった。

 

 なお、この夜の自主練に際し玲子が

 

「ブロックがついてもスパイクを決められるようになりたい」

  

 と要望したことがきっかけで

 

「杏奈!ちょっとこっち来て付き合いなさいよ。玲子。あのでっかいのは図体がデカいだけあって高さ『だけ』なら女子高生どころか世界レベルよ。

 これを抜けるようになればどんなブロックも1枚なら抜けるわ。あと千鶴!あんたも来なさい。千鶴はU-19のエースを名乗ってるだけあって高さはともかく技量ならNo.1女子高生よ」

 

 と、この排球馬鹿(バレーバカ)の共演に津金澤と宮本は半ば強制的に協演するはめになってしまった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ゆえにこのU-19の合宿中、玲子の異常さに気が付いたのもこの3人が最初だった。

 


(あれ?昨日より巧くなってる?)

(なんやこの子?最初は出来へんかったことがどんどん出来るようになってる??)

(こんな短期間で変わるものなの??)


 玲子のバレー学習能力の異常性。だが、この短期間でここまで巧くなるのなら合宿参加前からもっと巧い状態での参加となるのではないだろうか?あるいは手でも抜いていたのか?

 

 

 

 

 

「そんなに変わりましたか?」

 

 玲子が急に巧くなりつつあるので思わず理由を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

 

「もしかしたら体操の経験が効いているのかもしれません。先輩達はどうかはわかりませんが、私にとって体を動かす際にはイメージが必要なんです。

 例えば体操で後方転回……バク転の方がわかりやすいですかね?とにかく、後方転回の様な回転技をする際には回転する際に見える視界とその時の体の動きのイメージが出来てないとうまくできないんです。

 これはどんな体操選手でも一緒らしいんですよ。例えば五輪に出るような選手が跳馬で3回転するような場合も床や天井といった見える景色をイメージしながらでないと跳べないはずなんです。

 逆に言ってしまえばイメージさえ出来れば出来るのかな、と私は思います。今まではどんな景色が見えてくるのか、どう体を使えばいいのかわからなかったんですけど、U-19(ここ)で一緒に練習している人は皆さんすごい選手ばかりですから、それを自分なりに落とし込んで体の使い方を真似たのが変わった原因かもしれません」

 




 

 冗談ではない。




 

 まるで少年漫画のように「相手の技を見て覚えた」を現実世界でやってのける天才がいるとはどうして想像できようか。


 

 ……確かにいきなり出来るようになってはない。それにサーブ1つ取ってみても毎回同じようにベストサーブを打てるわけではない。しかし、U-19(ここ)で一緒に練習しているチームメイトがきっかけで技術の階段を何段階かとばして成長をしているのは事実。





 

 彼女の高校は言っては悪いがごく平凡な公立高校。



 

 おそらく一定レベル以上上の選手が不在で、これ以上技術を模倣すべき選手が近くに不在だった。が、U-19(ここ)に合流したことでさらなる技術を身につけたとしたら……

 


 

 

 

 時間軸は少し後の話になるがU-19日本女子バレーボール代表合宿を終えて大阪に戻った際、母校の大友監督から合宿はどうだったかと尋ねられた時、飛田と宮本は次のように答えた

 


 

「優莉はいませんでしたが、それ以上に危険な魔人がいました」

「アレはあきませんて。玲ちゃん、人の面被った怪物でしたわ。あらもう、全国の猛者と戦わせる前にさっさと叩いてしまわへんとえっげつないことになりますわ」



 ……なお、事前に発表されている対戦表によると、金豊山学園高校が松原女子高校と戦えるのは両校が決勝まで勝ち抜いた場合のみである……

体操選手が体の動きと視界のイメージがないと跳べない、というのは昔、体操の池谷選手が言っていたことなので事実かと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優莉がチート(化け物)なら玲子はバグ(怪物)ですわ。 玲子を全日本に混ぜたらどこまで成長するのかみものですね。
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