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078 合宿

 12月も折り返しを過ぎた頃。春高も間近という時期に金豊山の3年生、飛田舞と宮本千鶴は東京に向かっていた。


 U-19の代表合宿。それが都内で行われるのである。


 春高直前なので辞退する、という選択肢も当然あった。だが、仮に他のライバルチームの選手が参加していた場合、女王たる自分達が春高を優先して出ない、というのはプライドに障る。

 

 そしてなにより――

 

「松原女子高校から1名参加するのよね?」

「とっつあん、それ何度目や。そやで。ユキちゃんがSNSで『うちからも1人出ます』って書き込みしとったん、とっつあんも知っとるやろ」

 

 松原女子高校から1名参加。となれば当然立花優莉の参加であろう。

 

 録画班が撮った春高予選の映像を見た。スパイクの際には腕ではなく上半身がネットより上の位置にあった。それも先日発売されたバレーボールの月刊誌を読めば納得だ。

 

 最高到達点は378cm

 

 高く飛ぶだけの素人ならさほど怖くないが、夏の頃とは違い技量も身につけつつある模様。

 

 出来ることなら対戦前に確認しておきたい。

 

 そんな思惑もあって参加を決めた。

 

「しっかし、参加理由が『逃げたみたいに思われるのが嫌』とか『優莉ちゃんを偵察しておきたい』とかまるで小者やで?」

「うっさい」



=====

 東京某所 夏に全日本女子バレーボール代表が合宿を行った場所に今度はU-19代表が集まった。

 

 代表チームでは頼もしい仲間でも来月は敵同士となることもある。故に――

 

「久しぶり。元気そうね」

「そっちこそ元気そうでなりより」

 

 金豊山の飛田と龍閃山の津金澤が挨拶と共に握手をしている。が、友好的な雰囲気はあまり感じられない。

 

 飛田から見て松原女子高校を未知の強敵だとするならば、龍閃山は既知の強敵だ。

 

 1月の春高、8月のインターハイ、9月の国体。いずれも辛勝だった。特に目の前にいる津金澤は8月までは身体能力にものを言わせたプレイが目立ったが、9月になると技も使ってきた。11月の春高予選の映像を見ればそれがさらに磨かれている。ただでさえ高い背丈に高い運動能力を誇る彼女が技術まで使えば手に負えない。


 欠点をあげるならば協調性にかけるところだろうか?差別と思われるかもしれないが、過去の実体験から日本人ならそこは空気を読んで協力しろ、という場面でも我を通すことがあった。

 

 

 

 一方、津金澤から見ても飛田は油断ならない強敵だ。体幹バランスがとんでもなく優れているのか、ちょっとやそっとファーストタッチを乱しても当たり前のように速攻を仕掛けて来る。U-19ではチームメイトだったからこそ知っているが、そのトスは正確無比。ここに上げて欲しいというところにボールがぴたりと飛んでくる。そのくせフォームに癖などないから敵側にいるとどこにトスが飛んでくるかわからない。


 バレーにおける短所は我儘なところくらいだろう。空気の読めない傲慢でスパルタなトスを何度も見た。ハーフの自分以上に空気の読めない日本人は彼女だけだ。

 

((我儘さえなければもっと仲良くなれそうなんだけど……))


 残念なことに2人ともお互いがお互いにすれ違っていることに気が付かない

 

 

 

 

 一方で春高は春高、U-19はU-19で切り替えられている者もいる。

 

「おぉ、(かな)ちゃんやないかい!ついに一緒のチームやな!」

「はい!よろしくお願いします!宮本先輩!」


 金豊山の3年生エース宮本と龍閃山の1年生エース金田一(きんだいち) (かなで)は仲が良い。

 

 そもそもバレーボールという限られた世界で年少の頃から頭角を現していた彼女達は多少世代が前後していても知り合い以上の関係ではあることが多い。

 

 さらに――

 

「あ、奏だ!」

「奏!久しぶり!」

「あ!知佳!正美!久しぶり!」


 春高に出場する選手だけでU-19の代表は選ばない。惜しくも出場を逃した姫咲高校からは1年の沖野と徳本が選ばれていた。なお、金田一、沖野、徳本の3人はかつてU-16で同じチームに参加しており、当時から仲は良かった。

 

 

「春高出れないけど呼ばれたから来ちゃった」

「私なんて春高予選は補欠だったんだけどなんでか選ばれちゃったんだよねえ」

「ん~。選考は春高予選だけじゃなくてインターハイとか国体とかもあるんじゃないの?それよりも知佳達の予選の決勝の相手すごかったね!動画で見たけど、2mくらい跳ぶ人が相手だったんでしょ?」


 ピクッ!

 

 飛田と津金澤が反応する。

 

「あぁ、あの外国人ジャンパーでしょ。もうすごかったよ」

「スパイク打つ時なんてネットの白帯より上にその子のおへそがあったんだよ!もうわけわかんない!」

「あれ絶対に映像加工だと思ったのに!じゃなかったらワイヤーアクション!」

「「だよねー」」


 きゃいきゃいと話が盛り上がる1年生。

 

 その会話に反応する飛田と津金澤。


(とっつあんとつねやん、混ざりたいなら混ざればええやん)

 

 近くで苦笑しつつ、助け船を出すことに決めた宮本。ちなみにつねやんとは『つ』が『ね』ざわからつけたあだ名である。

 

「なぁなぁ。奏ちゃんに知佳ちーにまっちゃん。うちらにもその話教えてーな。めっちゃ跳ぶ子、優莉ちゃん言うんやろ?」

「宮本先輩も彼女の事知ってるんですか?」

「名前くらいだけや。せやけど、一緒にこの合宿参加するんやろ?だったら仲良うやりたいやん」


 にこやかに言う宮本。なお、まっちゃんとはとくもと『ま』さみからつけたあだ名である。


 だが……

 

 

「私達、松原女子高校から参加する子とここまで一緒に来ましたけど、立花さんはこの合宿に参加しませんよ?」

「なんやて!」

「よろしくお願いします」


 宮本の叫びと新たにアリーナに入った代表候補の挨拶はぴたりと重なった。

 

 

=======


「そっか。自分、玲ちゃん言うんか。うちは千鶴や。千鶴姐さんでええで」

「このアホの言うことは話半分でいいわよ」


 宮本の放言に即座にツッコミを入れる飛田。なお、バカ、ではなくアホ、になっているのは大阪での3年近い寮生活(教育)影響(成果)である。そして松原女子高校から選ばれたのは立花優莉ではなく、村井玲子だった。


「でも、ちょっと残念ね。松原女子高校から1人来るって聞いてたからてっきり優莉が来ると思ってたんだけど」

「私で、すいません」

「別に怒ってるわけじゃなくて、なんで優莉が来ないのかな、って思ってね」


 当然の疑問を口にする飛田。


「国籍の問題で呼べなかったんじゃないの?あなた達みたいに両親ともに日本人だとなじみがないでしょうけど、彼女、片親は外国人なんでしょ?私みたいにはっきりと国籍は日本を選ぶって言わないと面倒なことになるわよ」

 

 こちらは片親が外国籍の津金澤。なお彼女の場合、母親こそオランダ人だが生まれは日本、育ちは父方の祖父母の家ということもあり日常生活レベルで話せるのは日本語のみだ。

 ……母親が名付けた『アンナリーゼ』という名前が泣いている。



「いえ、国籍の問題ではなく優莉は別の集まりに呼ばれたのでU-19(こちら)にこれ「なんですって!」」


 玲子の話を遮る飛田。そして同時に察する。

 

 

「くっ……。考えてみればそうよね。そっちに呼ばれるわね……」

「舞。どういうこと?」

「杏奈。優莉(あの子)は今、多分だけど横浜に行っているよ」

「あっ!」


「ちょう。とっつあん、つねやん、2人だけで納得しとらんと、どういうことかうちにも説明してや」

「その前に確認だけど、優莉は私達とほぼスケジュールが重なる形で横浜で6泊7日の合宿をしている、そうよね?」


 確認のために玲子に尋ねる飛田。その答えは――

 

 

 

=======

 1日前

 神奈川県 某所

  立花 優莉 視点

=======

 

 目の前に正式な国際試合もできそうなくらいでっかくて立派な体育館がある。……いやまあ約9ヵ月後に実際に行われるんだけど……

 

「見つけた!お~い!優!って、制服にその髪だと目立つな!」

「私も美佳ねえみたくスーツの方がよかった?」

「優の場合、可愛くて目立つからあんまり変わらないぞ?」

「……ところで美佳ねえ。何で私、ここにいるの?」

「?そりゃおまえ、自分でここに来たんだろ?それとも涼ねえに付き添いでもしてもらったのか?」

「そういう意味じゃなくて、何で私はここに呼ばれてるのか、って聞いてるの!」

「そりゃ、涼ねえ(保護者)私と陽菜(家族)が合意したからだろ?」

「私の意思は?!」


「優。世の中は民主主義で動いてるんだぞ?そして涼ねえ、私、陽菜が賛成票を投じてる。後はわかるね?」

「それ、数の暴力!」


 余談だが、立花家で家族投票を行う場合、通常の票数は8票分。内訳は涼ねえが4票、美佳ねえが2票、俺と陽菜が1票だ。

 不平等と思うなかれ。原則涼ねえも美佳ねえも強権は使わず、俺か陽菜の意見を最大限通してくれる。が、一方で涼ねえが譲れない時は涼ねえの意見がそのまま家の方針となる。


「……じゃあ反対に聞くけど(お姉ちゃん)が『一緒に参加して』って頼んだらお前断るの?」

「二つ返事で参加するよ」

「ならいいじゃん」

「良くないよ!プロセスって大事だから!」


 俺の立場になって考えてほしい。

 

 ある日突然、担任の榊原先生から「例の合宿で休む間は公休扱いになる。学校は気にしないで思いっきりやってこい」と言われ、

 それに返事をしたのは俺じゃなくて陽菜で、しかも「大丈夫です!家族一丸となって支えますから!」と返答された時の俺の混乱具合が如何なるものだったのか。

 

「でも、こういうのは周りが乗せないと優は参加しそうもないからなあ」


 ……さすが俺の姉。あらかじめ相談されてたら「まだ早いです」って断った可能性は正直低くない。

 

 

 はぁ……

 

 どうしてこうなったのか。

 

 美佳ねえと一緒になって体育館の入り口に入る。正面の体育館スケジュール表の使用欄には今日から7日分、次のように書かれてた。

 

 

 

 

 

 

 

 『全日本女子バレーボール代表 国内合宿』





Q.春高前に合宿とかアホじゃね?

A.私もそう思うのですが。実際に2018年はU-19の男子が春高も近い12/7~11で合宿をやってます。当然春高に参加する高校の選手も参加してます。何ででしょうね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 現実でも代表合宿と高校のチームでセッターのトスが違うので春高で不調になった選手がいましたね
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