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075 春高に向けて 後編

時間軸的には前編と同じ日だったりします。

 予選が終わって3日経つが未だに自分の中であの時の熱というか興奮は残っている。全く、俺は途中参加だというのに……

 

 コートでは朝から元気いっぱいの生徒達が元気に練習している。教師になって良かったと思うことの1つは教え子から若さという活力を貰えることだ。あのエネルギッシュな感じは高校生でないと出せない。朝から気力も体力もMAXな感じだ。それが伝播して俺も元気になれる気がする。

 

 そして教師になって、というか女子校の教師になって困ったことと言えば……

 

「あいあむしー」

「んだとぉぉお!!」

 

 きっかけは何だか知らんが妹の方の立花と前島が口喧嘩を始めた。

 

 その内容がちょっと……

 

 君達、すぐそばに若い男がいるんですよ?君達から見ればもうおっさんなのかもしれないけど!

 

 それ自体は良いんだが、そうか、立花妹はCカップか……

 

 っていかんいかん!俺は教師。この程度で動揺しては……

 

 目の前で乳繰り合う女子高生が1組……

 

 さらにこぼれ聞く話から立花妹は81で姉はFになっていると……

 

 って!落ち着け、KOOLだKOOLになるんだ!

 

 

 こんな時は、こんな時こそはそう、古典だ!

 

 

 

 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

 

 娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

 

 おごれる人も久しからず 唯春の夜の夢のごとし


 猛き者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ

 

 ……

 

 

 ふうぅ……

 

 滅びの美学を描いた平家物語も素晴らしいな。人はいつかは滅びる。栄華もいつかは綻びる。これほど素晴らしい物語が800年も前から日本に存在していたというのだから驚きだ。

 

 やっぱり古典は最高だぜ。

 

 

 自己紹介をしよう。俺の名は上杉 勝。30にしてようやく古典の魅力に気が付いた公立高校の国語教師だ。

 

=======


「あ、はい。協力ありがとうございます。寄付金は――」


 俺がなんちゃって(真剣にやってはいるが、競技歴3ヶ月のド素人だ。なんちゃってもいいところだろう)でコーチをやっているバレーボール部が春高に出場が決定したのが3日前。試合翌日の月曜日ほどではないが応援や寄付金の申し出の電話は未だに鳴る。今は俺が授業のない空コマだから電話を受けているが正直捌ききれない。


「上杉先生。ポスターですがこんな感じでどうですか?」


 俺に声をかけたのは美術の小林先生。作ってくれたのは商店街に貼る寄付金を集めるためのポスターだ。

 

 世知辛い話だが、東京遠征は金がかかる。

 

 往復の交通費もそうだし、物価の高い東京で勝てば勝つほど宿泊費はずっしり効いてくる。まして俺の預かる生徒は客観的に見てそんじょそこらのアイドルユニットが裸足で逃げ出すほど容姿が整っている。下手に安宿に泊まればどうなるか。必然的にある程度以上セキュリティのしっかりしたところを探さなくてはいけないが、そんな宿程高く、こちらの予算をひっ迫させてくれる。

 

 そこで寄付金を募るわけだ。

 

 別におかしなことじゃない。バレーボールの世界はどうだか知らんが、高校野球では当たり前のことだ。俺もかつて甲子園に出場した際は全校生徒の父兄や地元の商店街、それからOB会にも世話になったもんだ。流石に高校野球の強豪私立のように半ば強制的に寄付金を募る気はないが、援助がないと困るのも事実だ。

 

 その寄付金を募るためのポスターを美術の小林先生に作っていただいたというわけだ。

 

 当初、俺と佐伯先生でポスターを作っていたところ、あまりの酷さに横で見ていた小林先生が代役を買って出てくれたためお願いして今に至るのだが、その出来栄えは見事としか言いようがない。

 

「ところで貼る場所はどうするんですか?」

「それなら駅前や商店街から許可をいただきました」


 実はこれに先立ち、いくらかの寄付金をいただいている。正直ありがたい。なんでも立花姉妹は地元の商店街でよく買い物をするので覚えているそうだ。まああの姉妹は目立つからな。その時の仲睦まじい姿から応援したいという店主が大勢いた。あいつら今時珍しいくらいいい子だしなあ。

 

 さて、泊まるところはどうするかな。最悪俺はネットカフェとかでも十分なんだが……

 

 春高で他校がよく利用している宿というのも調べたが、俺達がそれを使ってもいいものやら……

 

 なんせこっちは監督、コーチを含めても総勢たったの10人。他のチームの半分以下だろう。これは身軽さでもあるのだが、宿屋からすると「本来なら20人程度の宿泊(=それだけの収入)があるところが松女を泊めると半分になる」といった具合だろうし……

 

 あぁ。後は駐車場か。

 

 ボールやらウォーターサーバーやらバレーに使う用具は俺が学校から借りるマイクロバスで輸送するんだが、それを停める駐車場も考えなくてはならないし……

 

「はぁ……全く。面倒なことになりましたな」


 思わず愚痴がこぼれる。

 

「おや。面倒という割には口元が笑ってますよ」


 愚痴にツッコミを入れたのはポスターを作ってくれた小林先生。

 

 ……認めよう。俺はこの状況、この苦労が楽しくて仕方ないのだ。別にドMというわけではない。

 

 青春の1ページにスポーツを真剣に取り組み、全国の舞台へ挑む。その生徒を後押ししたいがために俺は教師になったのだ。野球とバレーボールという違いこそあるものの、これこそ俺が教師生活に求めていたものだ。楽しくないはずがない。

 

======


「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 国のスポーツ科学なんちゃらという部署から来た山下さんという方を出迎える。

 

 立花妹の出鱈目な身体能力。

 

 それは一体どこから生まれているのか調べるべく定期的に彼女を専用の施設に呼び、様々なデータを取っているらしい。なんでも食事も普段どんなものを食べているのか、といったことも研究対象のようだ。

 そして今日は普段、学校でどのような練習をしているのか調査するために来たらしい。ただ、個人で来ると不審感を招きかねないのでVボールという雑誌の取材と同日に受けることとなった。

 

「立花さんの普段の練習はどんな風ですか」

「そうですね――」


 俺は普段の練習風景を(変な描写は全部カットして)伝える。そして頭をかかえる山下さん。

 

「理解できません。科学的にあり得ないですよ。どうしてそんな運動強度であんな身体能力を保てるんですか?」


 俺も不思議だ。きっと解き明かしたらノーベルプライズだろうな。

 

======


「ギュッってやった!」


 その不思議を解き明かしたらノーベルプライズ間違いなしの原因となる少女は涙目になって何かを訴えている。

 

「佐伯先生。何かあったんですか?」

「大したことじゃありませんよ。優莉の身長を先ほど測ったんですが、そうしたら身長が2mm縮んでいたようで、本人が先ほどからクレームを入れているだけです」


 ……あぁ。佐伯先生はわかっていないな。彼女は女性にしては長身(ぶっちゃけ俺よりも高い)だから身長測定で背が縮まることの悔しさを知らないのだ。

 

 そんな俺も身長は171cm。男子としては普通だが、甲子園に出る球児の中では背が低い方だった。だからかつては必死になって背を伸ばそうとしたもんだ。もちろんミリ単位でも伸びたら嬉しかった。

 

 

「ギュッってやった!絶対にギュッてやった!」


 なおも涙目で訴える立花妹。それを冷ややかに見るバレー部員(ただし1名除く)。

 

「まぁまぁ。時間はあるんだし、もう1回測ってもいいじゃないですか」

 

 俺としては立花妹の気持ちもわかるのでそんな案を出してみたが、却下された。認めてしまうと納得するまで計測する奴が出るからだそうだ。これは身長測定のためではない。おそらくランニング&スタンディングジャンプ測定のためだろうな。


 

 案の定……



「しゃぁああああ!ざまぁあああ!」

「いやぁあああああ!」


 ただ助走をつけて跳ぶだけのランニングジャンプ測定は勝った負けたで大盛り上がりだ。

 

 ちなみに雄叫びを上げているのが前島。記録は289cm。嘆き悲しんでいるのが都平。記録は288cm。

 

 身体測定で5cmも背の低い前島が都平に勝つのは凄い。前島のポジションがセッターなので無駄なジャンプ力だと言わざるを得ないが……

 

 

 都平が負けたのはきっと胸部と臀部に大きな重りが……

 

 

 いかんいかん。落ち着け。古典を諳んじるんだ。

 

 

 

 春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際 少し明かりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる

 

 夏は夜 月のころはさらなり――

 

 

 

 

 ……

 

 

 ふうぅ……

 

 随筆の傑作、枕草子も素晴らしいな。四季の彩が目に浮かぶようだ。

 

 

「ははは。あんなのありえない……」

 

 俺が落ち着きを取り戻すのと反対に山下さんは呆然と立ち尽くしてしまう。まあ俺もあれはないと思ってる。信じられないことだが記録から察するに立花妹は直立している俺を飛び越えることが出来るのだ。

 

 そんなの信じられるか?

 

 

 

 

 

 立花 優莉

 

 身長 155.9cm

 指高 204cm






 最高到達点 378cm

 

 

 

 

  

======

 おまけ

======

 

 春高向けの取材が終わったその後。練習は終わったが片づけが残っている。俺は先に来客を見送り、さて体育館に戻ろうとしたその時だ。

 

「上杉先生。少しいいですか?」


 体育館へ続く廊下で声をかけてきたのは1年生の数学担当である榊原先生だ。確か都平と立花姉妹の担任でもあったな。

 

「どうかされましたか。榊原先生?」

「その、言いにくいのですが、この間の実力テストのことで少し……」


 そう言って榊原先生は1枚の紙を見せてくれる。そこには――


「バレー部が毎日頑張っているのは承知していますが、やはり学生の本分は勉学であると……」

「最後まで言っていただかなくて結構です。ありがとうございます。私からきっちりと言います」




「都平ぁああ!」


 勢いよく体育館の鉄扉(真冬なので練習中は閉めている)を開けて目的の人物の名前を呼ぶ。

 

「ど、どうしたんですか。上杉先生」


「どうしたもこうしたもあるか!この間の実力テストの件だ!」


 げっ、という顔をする都平。

 

 実力テストとは直接成績に反映されるものではないが、現時点の学力を計るためのテストのことだ。進路相談とかにも使える。ぶっちゃけ1年のうちはさほど重要視していない。赤点でさえなければだが。

 

「お前、5教科平均が23点とかふざけてんのか!」

「ひ、ひどい!点数を大声でばらすなんてプライバシーの侵害です!」

「ひどいのはお前の点数だ!」

「で、でもあれは通知表に反映されないって聞いてますし、別にみんなも……」


 そう言って都平は部員の方を見るが……


「いや、流石に赤点は引くわ……」

「明日香。定期試験の成績が悪かったら部活動禁止って言われたの忘れたの?」

「主将抜きで春高を戦うことになりそうね」


「ちょ、ちょっと待って!え?みんなそんなに実力テストの結果が良かったの?」


 都平の主張は賛同を得られなかった。そりゃそうだ。


 都平の学年順位は216人中200位。バレー部でぶっちぎりで悪い。部内ブービーの前島ですら117位だしな。さらに――



「ちなみに学年トップ10のうち、4名がバレー部員だぞ?」


 

 流石にトップ5入りはなかったが毎日遅くまで練習をしていることを考えれば感心なことだ。


 

「8人中4人がトップ10入りか。すごいね」

「どうせ陽菜、優莉、ユキ、愛菜の4人だと思うけど、それぞれ何位だったの?」



「……トップ10ってバレているから言うけど私は6位」

「あ、私は愛菜の1個下で7位だった」

「陽菜お姉ちゃんは凄いよ!学年で9位だったんだから!凄いでしょ!美人でスポーツも出来ておまけに勉強も出来るんだよ!」


 あ、やっちまった。燃料を投下してしまった。

 

「いや~私のお姉ちゃん流石だなあ。あこがれちゃうなあ。頭のいいお姉ちゃんって素敵だよね。ね、学年順位9位さん」


 煽り方がエグい。一見褒めたたえているように聞こえるが、先の実力テストで立花妹の順位は8位。嫌味にもほどがある。見れば立花姉の肩は震えている。


「優ちゃん」

「なぁあに?とっても頭のいい陽菜お姉ちゃん」


 お互いニコニコ顔の立花姉妹。怖い。そしていつも思う。この姉妹は本当に学習しないな、と。

 

「お姉ちゃん不敬罪で有罪!ハグの刑に処す!」

「や、やめろ!胸を押し付けるな!」

「どう?うらやましいでしょ?優ちゃんのと違ってお姉ちゃんのは粗末でも貧相でもないんだからね!」

「そ、粗末なんかじゃない!」

「やーいやーい。貧乳!寸胴!お子様ランチ!幼児体型!」


 女子高生がじゃれあっている姿は特定の困った人には大うけするだろうが、俺は教師。聖人であらねばならぬ。こんな時はそう、徒然草だ。

 


 

 

 つれづれなるままに――



 

バレー部員個々の詳細データは決めかねています。

とりあえず優莉はブロックでも340cmくらいは跳ばそうと思ていますが……


何気に困っているのが指高です。誰か適切な値を教えていただけないでしょうか……




=====

2019/5/15追記


本文中のKOOLは誤記ではありません。わざとです。

意味は2つあり、1つはCOOLをより強調したいときにあえてKOOLと表記するネットスラング、

もう1つは「ひぐらしのなく頃に」から引用です。



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